2章 第12話

『これはまた……ずいぶんと独創的な形の建物だな。 カオルたちの部族はこのような形の建物を好むのか?』

 秘密基地をみたテオドールとその配下のゴブリン達は、その見慣れない形似あんぐりと口をあけた。

 そして、驚いたとも呆れたともつかない感想を述べる。


「ドラゴンたちが作った巣をベースにしている。 俺達の文化とはちょっと違うかな」

 ……とは返事をかえしたものの、言われてみれば確かに建物と言うより"巣"だな。

 俺の部下たちによって加えられた装飾や階段は、先刻のガスパールの寝返りのせいでボロボロになってしまい、今はすっかり自然に還ってしまっている。

 かなり贔屓目に見ても、廃墟どころか遺跡にしか見えない。

 こいつは早いところ修復をせんといかんな。


「ほら、あそこだ。 お前らのところのペットだろ。 迷惑だから早く回収してくれ」

『わかった』

 俺がスパイスの結界のある場所へと案内すると、テオドールは躊躇無くマナイーターに近づき、まるで飼い犬のように抱きしめてそのツルリとした表面を優しくなではじめた。

 すると、マナイーターもまた飼い主に再会した迷い犬のようにテオドールに抱きついてキュウキュウと甘えるような声を上げる。

 意外な光景だが、もしかするとコレは知能が高くて人に懐く生き物なのかもしれない。


 しばらくしてマナイーターが落ち着くと、テオドールはこちらをむいて深々と頭を下げた。

『いや、すまない。 しかし、おかげで助かった。

 コレが逃げ出してしまったから、かなり難儀していたのだ』

 ほう、難儀とな? 妙に引っかかる物言いをしやがる。


「何か問題が起きているのか?」

『森の奥で、悪しき魔力が増大している。 その魔力が我々の里の近くにまで流れこんできているせいで、多くの不都合が出ているのだ』

 ちょっとまて。 それは聞き捨てならんぞ!


 あわてて俺が精査のスキルを発動させると……うわぁ、本当におかしな魔力が森の奥から流れてきてやがる。

 しかもそのおかしな魔力の源泉は、ちょうどテオドールの集落とこの秘密基地の場所を繋いだ線の延長上にあるようだな。

 つまり、マナイーターが俺達の秘密基地にやってきたのは、その魔力の流れを追ってきたということだろう。

 なんと迷惑な……。


「具体的には、どんな不都合が出ているんだ?」

 俺がそう尋ねると、テオドールはそのガッチリとした顎に手を当てて、眉間に皺を寄せた。


『そうだな。 たとえば、このマナイーター……ムニ=ニと言う名前だが、こいつが想定していないペースで成長し、自分の檻を壊して出て行ってしまった。

 あとは、狩りに出かけた奴等が体調を崩したりしている』

「つまり、魔力の食いすぎで太った挙句、食い足りなくて外に逃げ出したって事か。 どうしようもない食いしん坊だな」

 俺が冷めた視線を送ると、マナイーターのムニ=ニはプルンとわずかに身じろぎをした。

 一応、責められているという事はわかっているらしい。

 どうやら、俺が思っているより知能は高いようだ。


「でだ。 森の中の瘴気が増大している理由だが……何か奥にヤバいのがいるぞ」

 俺の発動した精査のスキルは、これが自然現象では無いことを伝えてきている。

 つまり、何らかの知的生命体が意図的にこの現象を引き起こしているということだ。


 だが、そんなことぐらいは同じスキルを与えたテオドールもわかっている。

 いや、問題に早くから接している分、俺よりも多くの情報を握っているはずだ。


『しかり。 何が居るかまではわからぬが、根本的な問題の解決をするなら、その何かについて対処を試みるしかあるまい』

 何が居るかわからない? 嘘だな。

 精査の能力を与えたこいつが、その力を使って"何か"の正体を調べないはずは無い。


 おそらく外部の存在に簡単に助けを求めればゴブリンの長として面子が立たないのかもしれないが、どちらかというとこれは俺たちを危険に巻き込まないための方便だろう。

 そういうところに関しては、妙に気が回るタイプのやつなのだ。


「対処する……ねぇ。 これだけの瘴気を撒き散らす相手だぞ。 お前らだけでどうにかできる相手だと思うか?」

『正直、難しいだろうな』

 俺が欺瞞を責めるような目でそう言い放つと、テオドールはあっさり首を横に振る。

 まぁ、言っては何だがゴブリンだからな。

 テオドールはそこそこ強いようではあるが、基本的にドラゴンたちのようにデタラメな強さを持っているわけではない。


「悪いが、これはお前等だけの問題ではない。 そいつを放置したままでは、俺達がこの隠れ家を安心して利用できないからな」

 俺がわざと強引な台詞で介入の意思を告げると、やつはかなり嫌そうな顔をした。


『悪いが遠慮してはもらえないだろうか。 これはこの森の住人の問題だ』

「そいつは出来ない相談だな。 なにせ、俺達はこの森の住人になろうとしているのだから」

 だいたい、こいつらに任せたところでたいした意味は無い。

 事態を解決するどころか、むしろ悪化させる可能性だって高いのだ。

 そしてそれ以上に、居住区近くに住んでいる友好的な知的種族を失うデメリットが大きい。


『どうしてもダメか?』

「説得できると思っているなら好きなだけ試すといい」

 俺が慠然ごうぜんと言い放つと、テオドールは目を伏せて沈黙した。


『カオルよ……あまりイジメてくれるな』

「イジメられるような事をするやつが悪い」

 自分たちに解決するための力が足りていないのを自覚しているなら、くだらない面子にこだわらず素直に頭を下げればいいのだ。


『それで何を望む?』

「まずは、そちらがどう動くつもりだったかを知りたい」

 こと、俺達の森に対する知識は検索や精査で調べた"情報"であり、"経験"ではない。

 基本的な方針については、こいつらのやり方を補佐する形が望ましいだろう。


『わかった。 まずは日を改めてどこか話し合いをする場を設けよう。 少し考える時間をくれないか』

 だが、テオドールは即答を避けてそんな提案を出してきた。


 あぁ、そうきたか。 なぁ、テオドール……それはあんまりだろ?

 だが、そういわれると、こちらも強く言うことはできない。


『では、また後日に。 カオルの都合を考えるとと、七日後になるだろうか?』

「まぁ、そうなるだろうな。 あまり早まった事はするなよ? 

 俺が無駄とは知りながらそう釘を刺すと、テオドールは少し悲しげな微笑みを浮かべつつ部下のゴブリン達を促し、マナイーターのムニ=ニをつれて森の奥へと消えていった。


「やれやれ。 守る気の無い約束で時間をかせいで、その間に急いで解決しようだなんて思っていなけりゃいいんだがなぁ」

 だが、その可能性を考えても意味は無い。

 止める手段は存在するが、それをする名目が無いからだ。


 確かにテオドールたちの行動に無理やり介入すれば、彼らの危険は減るだろう。

 だが、それは「お互いがお互いを信用していなかった」と言うことになり、結果的にどちらの面子も立たなくなる結果がまっているのだ。


 そうなると、もはや俺達は以前のように屈託の無い付き合い方は出来なくなる。

 むしろ俺からすると、テオドール達が俺達を裏切って行動し、その結果失敗するといった前提でフォローの準備をするほうが無難なのだ。


 そして、テオドールもまた俺がそう考えることをわかっていて、わざとあんな台詞を吐いたのである。

 大人の関係ってのは、時にどうしようもなく愚かで感情的で非効率的だ。


「まぁ、向こうも何かしら手は考えているはずだから、失敗するとは限らないんだが……とりあえずこちらで出来る事もやってはおかないとな」

「ですね。 こちらのほうが瘴気の源に近い位置にありますし、影響を受けるのは先になるはずです」

 やりきれない気持ちを抱えた俺に、百池がやけに事務的な口調で答えを返す。

 その乾いた言葉のやり取りに、俺は意味も無く苛立ちを覚えた。


「……とりあえず、グッサンにも相談かな。 一度、全員で話し合ったほうがいいだろう」

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