2章 第13話
「……と言うわけで、まずは瘴気をどうにかする方法について考えているんだ」
俺がガスパールたちの洞窟に戻り、今後の方針についての説明をすると、グッサンはタバコの煙をドラゴンの形に変えながら小さく首かしげた。
一緒に煙で出来たドラゴンも首をかしげるあたり、芸が細かいというか、妙にあざとい。
ちなみにこの形、モデルはガスパールじゃなくてリリサだな。
「根本的な原因についてはいいのかい? 後手後手にまわるのは嫌なんだけど」
そのもっともな意見に、俺は苦笑を浮かべる。
なぜならば……。
「いざとなったらガスパールかアガサを呼べばいい話だからな」
そう、最初から戦力に関して言えばすでに馬鹿馬鹿しいほど過剰なのだ。
これがゲームならば、簡単すぎてつまらないと評価されそうな程度には。
「あぁ、それもそうか。 それこそ邪神や魔王でも出てこない限りは問題がないってわけだね」
おい、それ……フラグ立てたりしてないよな?
そんな事を一瞬考えなくもなかったが、可能性が無さ過ぎて考慮すべきではないと思い、言葉を飲み込む。
「そんなわけで、俺としてはまき散らされた瘴気の除去方法を優先的に開発したいと思っている。
さすがに瘴気が邪魔だからと言って、ドラゴンの吐息で森ごと焼き払うわけにもゆかんからな」
「た、たしかにそれはちょっと……環境破壊の意味を知る現代人としては避けたい話だね。
なるほど、我々にとってはそちらのほうが対処しづらいのか」
おそらく、ゲームの世界のように瘴気の源さえ破壊すれば勝手に浄化されるほど都合よくはあるまい。
いや、ゴブリンたちの飼っているマナイーターがいれば簡単に浄化は出来るのだろうが、その結果として巨大化したマナイーターの処遇に困るのは目に見えている。
「で、瘴気を浄化する方法を探るにあたって、何か取っ掛かりはあるのかい?
まぁ、コニタンのカレーで聖なる属性を使えるようにでもすれば話は早いのかもしれんけど」
グッサンの言葉に、俺は小さく首を横にふる。
本当に、それが出来たら楽だったのだがなぁ。
「俺もそれは考えたんだが、予想だと相当にエグい味になりそうでなぁ。
まだ試していないからなんともいえないのだが、人の食える味にするにはかなりの時間がかかりそうなんだ」
なお、そのカレーの主成分はおそらくクローブになると考えている。
このスパイス……香りはとても甘いのだが、味はかなり辛くてエグいのだ。
「なるほど。それはちょっと勘弁してほしいね」
「考えたのは、スパイス自体の力で対処できないかって話だ。
むかしから、香辛料には邪気を祓う力があるとされてきたから何かに使えないかと考えている」
俺が考えているのは、ポマンダーと呼ばれるハーブやスパイスを使った魔よけのお守りだ。
ヨーロッパではクリスマスの時期に作られ、玄関をはじめとしたいろんな場所に飾られる。
「ほう? で、結果はどんな感じなんだい?」
「いや、検証は今からだ。 外に出て実際に試してみようと思うんだが、一緒にくるか?」
「ご一緒しよう。 僕のほうでもいくつか思いついた事がある」
そして男二人で妖魔の森へと転移でやってくると、そこでは予想外の事態が起きていた。
「なんで……お前がいる」
『カオル、すまん。 止めようとはしたのだが、この巨体が相手ではどうにもならなかった』
俺の問いかけに答えたのは、すっかり疲弊したテオドール。
だが、問いかけた相手はこいつではない。
『きゅうぅぅぅぅぅ』
隠れ家の修復を続ける部下たちを尻目に、隠れ家の隣には巨大なマナイーターが鎮座していた。
しかも、小さなマナイーターを何匹も伴ってだ。
「あー、なんでもこの巣には広範囲から魔力を引き寄せる効果があるらしくて、餌場として効率がいいらしいですよ。
検索してみたところ、どうやらドラゴンの巣には確かにそういう機能が備わっているらしいです。
どうも、周囲の魔力を卵を育てる栄養として使うためにそうなっているみたいですね」
呆然としている俺の隣で、俺の部下がメモを片手にうんざりとした口調でそんな報告を読み上げる。
しかも、そこにいたのはゴブリンとマナイーターだけではない。
『あっちゆくのだ! ここは、カオルたちの巣なのだ!』
隠れ家の屋根の上では、ガスパールが翅と口を大きく開いてマナイーターたちを威嚇している。
巣のほうに姿が見えないと思っていたら、こんなところでマナイーターから隠れ家を守っていたのか。
「なんというか、色々と頭が痛くなってきた」
「奇遇だね、コニタン。 僕もちょっと思考が止まっていたところだよ」
健気にマナイーターたちを威嚇するガスパールをほほえましく眺めつつ、俺はこの混沌とした状況をどうやって解決しようかと頭を悩ませるのであった。
……とりあえず、隠れ家の周囲にスパイスでも撒いておくか。
スライム退散、スライム退散っと。
『カオル! ほめて! いっぱいほめて!!』
「よしよし、えらかったなガスパール。 お前がいなかったら、また隠れ家をスライムに占拠されるところだった」
スライムよけをする必要のなくなったガスパールが、屋根から降りてきて顔をすりよせてきたので、こりこりと顎の下を爪の先で掻いてやる。
すると、ガスパールは気持ちよさそうに目を細めてグルグルと喉を鳴らし始めた。 ほんと、かわいい奴だなぁ。
そんな様子に、まるで嫉妬するかのようなキュウキュウという鳴き声が聞こえる。
振り向くと、くず餅のような生き物が妬ましげにこちらの様子を伺っていた。
この馬鹿スライム共め……お前等の飼い主はテオドールだろ。 甘えたいならそっちに頼め。
「コニタン、ふと気になったんだけど……そのマナイーターって生き物の排泄ってどうなってるの?」
「そういえば謎だな。 少し解析してみるか」
ものが排泄物だけにあまり気持ちのよいものではなかったが、なんとなく気になって俺は精査を発動させる。
「うわっ、何だこりゃ?」
そこにあったのは、信じられないほどの情報の海だった。
あまりにも大量の情報なので、すぐにはその全体像が把握できない。
これを解析して概要を書き出すだけでも相当な時間と手間が必要になりそうだ。
「悪いがこれはちょっとお手上げだな。 誰かそういうのが得意そうなやつに任せたほうがいいかもしれん」
「ん、じゃあ適当なヤツを探しておくよ」
「頼んだ。 じゃあ俺は本来の目的に戻るから、そっちも適当に始めてくれ」
マナイーターについての情報解析をグッサンに丸投げすると、俺は自作したポマンダーをいくつかのポイントに設置して魔力の流れを精査し始める。
この世界の魔力には地水火風空の五属性があり、さらにそれぞれが聖と邪の極性を帯びる。
つまり実質十の属性があると考えればわかりやすいだろう。
そして瘴気というのは邪の極性を帯びた魔力の総称であり、今回問題になっているのは土と水、あとはわずかに空の邪気も混じっているようだ。
「ふむ、邪の極性を帯びた魔力の流れはきっちり遮断されているな」
だが、残念なことに瘴気の総量に変化はほとんど起きておらず、わずかな瘴気の減少はポマンダーによる浄化なのか、それともただの自然現象なのか、俺にはちょっと判断がつかない。
少し期待はずれな結果にがっかりしていると、不意に広場の一角で大きく瘴気が消滅した。
……何があった?
問題の現象が起きた現場に近づくと、真っ白な霧が
「グッサン、どうした! 何があった?」
「あぁ、心配ないよ。 先日の妖魔殺しの結界を応用できないかなって思ってね」
霧が晴れると、グッサンがにこやかに手を振っていた。
「でも、これで瘴気の除去のほうはどうにかなりそうだね」
「そうだな……ただ、それ以外にも何か手がないか考えておいたほうがいいだろう。 手札は多いほうがいい」
そして俺達は、そのまま気が済むまであれこれと瘴気への対策を練り続けるのであった。
まるで……これからとんでもない事が起きることを予測して、そんな予感にせかされているかのように。
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