2章 第14話

 結局、そのあとは日が暮れてしまったのですぐに部下たちと合流して日本に戻ることとなった。

 そしてその日は買い物などで異世界にいなかった連中から、頼んでおいたスパイスとトランシーバーを受け取って、夜はカレーとビールを用意してグッサンと二人っきりの晩酌である。


「ぷはぁー。 あー生き返るわ。

 そういやさ、コニタン。 結局のところ、例の瘴気の源だけどさぁ……正直言ってデータを眺めただけではどれだけヤバい奴かはわからないんだよねぇ」

 口の周りにビールの泡をつけたまま呟くグッサンに、俺はカレーのルーをご飯の上に盛りつつ無言で頷いた。


「そうだな。 やはり何人か斥候に出して探ってみるしかないだろう」

 精査や検索のスキルは正確で詳細なデータを提供する。だが、それを理解できるかどうかは使い手次第だ。

 日本人にヤードやポンドで長さや重さを説明しても、メートルやグラムに直さないとそれが長いのか短いのか、重いのか軽いのかを判断できないようなものである。

 つまり、その提供された数字などに経験が伴っていないのだ。


「問題は、そこまでリスクを犯す価値があるかだね。 斥候も命がけなんでしょ?」

 そう、俺は仲間たちに娯楽を提供したかったのであって、命がけのスリルを押し付けたかったわけではない。


「まぁな。 いちばんリスクが少ないのは、転移を使って逃げる事が可能な俺が斥候を勤めることだが……」

「おいおい、指揮官が斥候をしてどうするのよ。

 そもそも、万が一にもコニタンに何かあったら、僕たち日本に帰れなくなっちゃうし。

 他にも適任者はいると思うから、そっちに話をふってみるさ」

「すまん、助かる」

 おそらく、部下に何が出来るかについてはおれよりもグッサンのほうがよくわかっているだろう。

 この男も、伊達に俺の上司では無いのだ。


「あと、あの隠れ家を放棄する事も視野に入れたほうがいいな。 色々ともったいないが、命に関わるリスクにはかえられない」

「でもさ、コニタン。 それは知り合いのゴブリンたちを見捨てるって事だよねぇ?」

「止むを得んだろ。 最初からその程度の関係だ」

 深く入れ込みすぎた気はするが、最初からいつでも切り捨てられる程度の関係である。

 俺の個人的な付き合いに過ぎないし、部下の命と比べればあまりにも軽い。


「本当にそう思ってる?」

 だが、グッサンはそんな俺の心を揺さぶるように問いかけた。

 それでいいんだよ。 あんまり人の心をかき乱してくれるな。


「少し……真面目な話をしすぎたようだ。 飲もう」

 俺は居心地の悪さを感じて、奴の空になったジョッキにビールを注ぐ。


「しょうがないなぁ。 じゃあ、素直になれない困った友人に乾杯」

「言ってろ。 余計なおせっかいばっかり口にする友人に乾杯だ」

 そのあと俺達は、ほぼ無言でビールを飲み、カレーを食べて、そしてその夜は別れた。

 なお、翌日は異世界にも行かず、掃除や洗濯、そして買い物をして一日を潰す予定である。

 俺だって、全ての休日を異世界に費やすわけには行かないのだ。

 

 そして翌週の土曜日。

 集まった面子を前に、俺は宣言した。


「この森に潜む脅威を探るために、斥候役を募りたい。

 わかっていると思うが、これは危険を伴うことであるし、俺にそんな事を強制する権利は無い」

 だが、意外なことにその場から離れるものは一人もいなかった。

 それどころか……。


「なんだ、ようやく冒険らしくなってきたじゃないか」

「うーん、俺に斥候に役立つような能力あったっけなぁ」

 とまぁ、逆にその気になっている奴等がいる始末。

 いや、それも微妙に困るような……ほらさ、お前等、これって命の危険もあるんだぞ?

 もうすこし考えたほうが良くないか?


 先日のトラブルがトラウマになったヤツもいるんじゃないかと思っていたのだが、完全に杞憂だったようである。

 ほんと、お前等生まれてくる世界を間違えたんじゃないかとも思うが、この状況下においては頼もしい限りだ。


「じゃあ、斥候に出てもらいたいやつの名前を読み上げるぞ」

 グッサンに目配せをすると、やつはたった一人の名前をあげる。

 ……が、その人選に俺は驚きを隠せなかった。


「じゃあ、柳本に斥候をお願いしよう」

「え? 拙者?」

 言われた本人は、まさか自分に役目が回ってくるとは思っていなかったのだろう。

 キツネにつままれたような顔で、キョトンとしている。

 まぁ、気持ちはわからなくもない。

 たしか柳本の目覚めた職業は玩具使いトイ・マスターという物質操作の系統で、本人も運動が苦手そうな体つきをしているからだ。


「おいおい、なんで俺の名前が呼ばれないんだよ」

「だいたい柳本って、斥候向けの職能もっていたっけ?」

 グッサンの采配に不満げな声を上げたのは、斥候向けの能力と戦闘向けの能力を持つ連中である。

 まぁ、当然だろうな。 こいつらは自分たちこそこの任務にふさわしいと思っていたのだから。

 その役目を専門外だと思っていた奴に与えられたならば、面白いはずがない。


 だが、そんな連中に対し、グッサンはやや怯えるような口調でこう告げたのである。

「な、何もこの世界で得られた職能にこだわる必要は無いだろ。

 たしか柳本ってドローンにカメラつけて撮影とか出来たよな? それに本人の能力を追加すれば、かなり安全に偵察が出来ると思うんだけど……」

 その瞬間、全員が冷水を顔に浴びたような気分に陥った。


「あ、そっか」

「しまった、こっちの世界にきてから、魔法や職能で何とかする事ばっかり考えてたよ……」

 自分の目が思い込みでふさがっていたことに気づき、しぶしぶながらもみんな納得はしたらしい。

 いや、納得したように見えてはいるが、実際には文句を言えなくなっただけだろう。

 出番を奪われたことには違いないからな。


 一見して、怪我のリスクを回避したようにも見えるが、別の視点から見れば悪手でもある。

 これは、早急にこいつらの不満を発散する機会を与えなければならない気がするぞ。

 

 そんな俺の不安を他所に、柳本のためにドローンや他の機材を取り寄せる。

 電源はどうするのかとおもったが、どうやら柳本の能力でなんとかなるらしい。

 ……ノートパソコンもオモチャ扱いなのか。

 なお、デスクトップのパソコンは適用外になるそうだ。

 そのあたりの判定については誰が決めているのかわからないが、本人がオモチャの範囲だと感じていれば何でもいいのかもしれない。


「さて、残った連中にも仕事はあるぞ。 隠れ家の修復の続きと、敵の正体の分析だ」

 ノートパソコンの電源が柳本の力でなんとかなるのならば、それぞれが自前のパソコンを持ち込む事も可能であるはずだ。

 そうなれば、一気に敵の正体を探る作業が進むだろう。

 俺達は部下たちのために隠れ家の中にノートパソコンを持ち込み、彼らは検索で得られた情報をわかりやすくまとめなおす作業をしはじめた。

 ネットが繋がらないせいか、微妙に作業の進みが速い気がする。


 ほんと……異世界に来てまで何やってるんだろうな、俺たちは。

 そんな事を考えながら、俺は聖属性のスキルを与えるカレーの試作を始める。

 くっ、やはりどうかんがえてもクローブの味が強すぎる。

 カレーでなければどうにか食えるものが作れるはずだが、どうしてもそこに拘りたいのだ。


「うわぁっ、なんじゃこりゃ!?」

 しばらくして、部下の一人が大きな声を上げた。

「どうした、何かわかったのか?」

 その大きな声を聞きつけて、何事かとみんな集まってくる。

 たしかこいつは、瘴気を撒き散らす元凶の生態について解析を任せていたはずだ。


「え、あ、ちょっとまっててください……今、わかりやすくレポートになおしますので」

 そういいながら、その部下は猛烈な勢いでキーボードを打ち始める。


「げ、なんだよそれ!?」

 彼の作業を後ろから眺めていた俺達だが、そこに打ち込まれた単語を見て思わず一歩後ずさりたくなる。

 これって……もしかしなくても、この森自体が瘴気を生み出しているって事じゃないか!!


 そして三十分後。

 完成したレポートを示して彼は告げた。


「この生態から、我々の敵をフィンランドの悪霊になぞらえてヒイシと名づけようと思います」

 その言葉に異を唱える者はいなかった。

 それよりも、そのあんまりな敵の正体に言葉を失っていたからである。


「つまり、我々の敵はこの森自体と言うことか」

 異論はあると思うが、俺達は敵の正体をこう解釈することにした。


 そもそも、森というものは、木々や草のみならず微生物なども通して炭素をはじめとするさまざまな物質を循環させながら存在する巨大な知性体である。

 言い換えるならば、群というものはそれ自体が意識を持つ存在なのだ。


 例を挙げるならば、我々が意識しないだけで日本人と言う集団もマクロ視点で見ればひとつの知性体ともいえよう。

 つまりこの森自体が、下級の邪神化した植物の郡体こそが異変の正体だったのである。


「クソが。 敵が魔王か邪神でもない限りは大丈夫とは言ったが、本当に邪神が出てきやがった」

 こんなものを相手に、テオドールはいったい何をするつもりだったのだろうか?

 俺がそんな疑問を心の中で呟いていた時である。


「ちょっ、これ! 見てください!!」

 柳本の切羽詰った声に、俺達は彼の見ていた画面を覗き込んだ。


「今、動画を早送りして見せます!」

 なぜ早送りかと疑問に思ったが、その動画を見て俺達は全員の血が凍りつくような恐怖に襲われた。

 パソコンの画面の中で……森の木々が水面を動く波紋のように波を立てて動いていたのだから。

 そして、その波の行く先には俺達の隠れ家があった。


「人間の脳は、揺るやかすぎる変化を認識できない事があります。

 倍速で動かさなければ誰も気付かなかったことでしょう」

「あぁ、それは俺も聞いた事があるな。 しかし、肝心なのはこの波がいつここを直撃するかだ」

 この波の正体が何かはわからないが、どう考えても直撃すればロクな事にはならないだろう。


「一度撤収すべきですか?」

 部下の声に、俺は小さく頷いた。


「場合によってはそうせざるをえないな。 だが、その前に一発かましてやる!」

 邪神だか野心だかしらないが、俺たちに喧嘩を売れば高くつくって事を……きっちり教えてやろう。

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