2章 第15話

 そして俺は、即座に行動を開始した。


「柳本! ドローンを呼び戻せ。

 ヒイシの移動線上に薬玉ポマンダーを落として効果を確かめる!」

「承知!」

 まるで俺の声に弾かれたように背筋をピンと伸ばすと、柳本はコントローラーを手にドローンを呼び戻す。

 程なくして戻ってきた大型のドローンに荷物運搬用のアームを取り付けると、柳本は俺から作り置きの薬玉ポマンダーを受け取り、それを空中からばら撒くべくふたたびドローンを空へと放った。


 ……しかし、思ったよりも敵の動きが早いな。

 いや、この森全てがやつの目であり耳であると考えれば、向こうがこちらの動きを察して動きを早めるのも当然か。

 むしろ敵の能力を侮っていたこちらに非があるといえよう。


「あと、ヒイシに追い立てられて魔物がこっちに来るかもしれん!

 外に出ているやつらは、全員呼び戻せ!」

「了解です!」

 戦闘力のないやつらは転移で安全な場所に移動させたほうがいいだろう。

 少なくとも、俺はこの戦いで誰一人として犠牲にするつもりはなかった。

 そんな事を考えていると、モニターを睨んでいた柳本から叫ぶようにして報告が届く。


「おほぉー! ヒイシの動きに変化を確認なのじゃよぉー! 敵は薬玉ポマンダーを避ける動きを見せているでござる!!

 侵攻自体はぜんぜん止まんないしぃ! 動きはややのろくなったけど、依然として侵攻中でござるよぉ!!」

 残念な結果報告だが、想定内である。 むしろ変化が見られただけでも成功と見ていいだろう。

 そもそも、いくら薬玉ポマンダーが有効であるとはいえ、無計画にばら撒いただけでは効果範囲に隙間が出来てしまうからだ。

 

「わかった! その結果から、薬玉ポマンダーの効果範囲をはじきだせ!

 あと、戦えるやつは俺が新しく作った薬玉ポマンダーを建物の周りに設置してこい!

 ただし、全部は使うな! かならず一つは自分用に持っておけ!!」

 少なくとも、薬玉ポマンダーを持っていればヒイシが遠距離から何かしかけてきても気休め以上の効果は期待できるだろう。

 それに、今ならばヒイシに追い立てられた魔物たちも近くまではきていないので、対ヒイシ用の結界を安全に張る事ができるはずだ。


「こっちも聖水が出来上がったよ。 いますぐ霧にして散布するかい?」

 俺が対応の指揮を取っていると、それまで後ろでなにやらゴソゴソとやっていたグッサンがそんな言葉をかけてきた。


「いや、悪いが今回そいつは出番がないかもしれん。

 むしろ、次の作戦のためにそれは取っておいてほしい」

 俺がニヤリと笑ってそう告げると、グッサンは訝しげな顔で首をかしげた。


「何を考えているんだい、コニタン。 すごく悪い顔しているよ?」

「なぁに、ちょいとイタチの最後っ屁について考えていたのさ」

 さて、森の主だかなんだか知らないが、こいつはちょいと辛いぞ?

 覚悟しておくがいい。


「小西係長、薬玉ポマンダーの設置が終わったでござるぅ!」

「よし、総員建物の中へ! 魔物たちがもう近くに来ているぞ……戦闘準備を整えろ!!」

 すでに肌で感じるほど森がざわめいている。

 もう、いつ茂みから魔物が飛び出してもおかしくない状況だ。


「来ました……敵の種類は犬に類似! 数は五、七、まだまだ増えます!!

 薬玉ポマンダーの効果範囲にはいり動きが鈍っておりますが、撤収する様子はありません!!」

 部下の報告に、俺は百池を振り返る。


「よし、百池! やれ!」

 そこには、ストロングΩと商品名のはいったチューハイの空き缶に囲まれ、目の据わった百池が待ち構えていた。


「……はぁいっ! ももち、いっきまーす!」

 我が沼よ広がれぇー、哀れなるにえを誘いー、えっとぉー、おみゃえも推しの虜囚りょしゅうとなっちゃうのらー あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

 ちょっと素面で言うには恥ずかしい台詞がノリノリで終わると同時に、百池の手からなぜか真っ黒に表紙の塗りつぶされた薄い冊子が投げられる。

 同時に、敵がその姿を現した。


「ガルルルル……ルルッ!?」

 冊子が地面に落ちたその瞬間、地面がドロリとした質感に変わり真っ黒な粘液へと変わってゆく。

 出来あがったのは――なんとも不気味な沼地だ。

 そしてその黒く沼地にかわった場所に触れるなり、その黒い泥がスライムのように絡みつき、魔物の体を強引に沼の中へと引きずりはじめる。

 

「ギャイン!? キャイン! ヒィィィン!!」

 なんとかしてそこから逃げようとする魔物たちだが、必死の抵抗も空しく、哀れっぽい声を上げながら底なしの深みへと引きずり込まれていった。

 あまりにも凄惨なその光景に、後続の魔物たちの足がピタリと止まる。


「よし、いいぞお前等! 遠慮なくぶっ放せ!!」

「おぉ!!」

 そこへ遠距離攻撃の得意な奴らからの攻撃が始まった。

 普通なら火弾や弓矢というのがセオリーだが、なにせウチの連中だから一味も二味も違うものが飛んでゆく。

 なんというか、謎の怪光線ぐらいなら可愛いものだな。

 おい、誰だ大人の玩具なんか投げたのは!? しかも強いし!!

 あんなもので殺されたら、死んでも死に切れんぞ。


「ふへへぇ……かかりちょー! わたひ、ちゃんとできまひた?」

 突然背中を襲う柔らかい感触に振り向くと、酔っ払った百池が俺に抱きついていた。


「おわっ、ちょっとまて百池! 今はそんな事言っている場合じゃ……」

「ひろいれふー がすぱーるちゃんにはあんなにやさしーのに、わたひのことはほめてもくれにゃいのぉー にゃいのぉー かかりひょーのぱかぁー あぅあぅ」

 いや、たしかにアレは酔ってでもないとやってらんないだろうが、必要以上に飲みすぎだろ!!

 えぇい、百池退場! 退場!! ハウス!!

 とりあえず日本に帰っておけ!


「さ、さて、露払いはここまでだな。 来たぞ! 気合を入れなおせ!!」

 気が付くと、逃げる事も進む事もできなくなっていた魔物たちは、あらかた片付いていた。

 同時に、ギチギチと虫が牙を噛み鳴らすような音が響き始める。


 見れば、薬玉ポマンダーの効果範囲のその向こうから、炯炯けいけいと光るいくつもの目。

 先ほどの音は、その目の持ち主が体を動かすたびに響く音であった。


「うわぁ、気味が悪いな」

 双眼鏡でその姿を観察していた部下が、唇をゆがめながらそう吐き捨てる。

 無理もない。

 その存在は、なんとも名状しがたい姿をしていた。


「あれはなんだろうな。 基本的に動物の骨格を真似しているのか?」

「まぁ、そうなんだろうけど……動き方がありえないね。

 なんというか、回りの枝や草を使って形を作っているんだけろうけど」

 俺の独り言に、隣にいたグッサンが嫌悪の混じった声で返事を返す。

 そうだな、いったいあれをなんと表現するべきかといわれたら俺も返答に困るな。


「そうだな。 目に見えない動物の骨の形をした歪みがいて、そいつに触れた周囲の植物が無理やりその歪みの形に捻じ曲げられているような感じか」

 おそらく見たものであれば納得する表現であろうが、逆に見た事が無い者にアレの形を理解させるのは不可能だろう。


「ある程度植物のあるところじゃないと姿が確認できませんね」

 見た限り、近くに植物が無い地面がむき出しになった場所を通った際には姿が見えず、そのかわりに小石一つ動く様子は無かった。


「逆に言うと、植物が無いところでは実態がなくなってしまうようだな」

 今まで集めたデータと、ヤツの様子を観察した結果を元に、俺はそんな分析結果を下す。

 だが、向こうが物理的に干渉できない状態では、こちらからも干渉する事はできないだろう。


「こちらから攻撃を仕掛けますか?」

「まぁ、まて。 まずは対話を試みる。 少なくとも相手は知性のある存在だからな」

 そもそも、相手は森がある限り不死身と言ってもよい存在だ。

 まともに通る攻撃手段があったところで意味は無い。


「おい、そこのお前等! 何の理由があって、俺達に悪意を向ける!!」

 俺は三階の窓から外に向けて思いっきり大声を上げて問いただした。

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