2章 第16話

 その返答は、壁や地面が震えるほどの大音響で告げられた。

『我等、森の恐怖より生まれしモノ。 汝らとその建物を"森に死をもたらす存在"とみなし、これを排除する』


「くそっ、馬鹿でかい声で叫びやがって……耳が痛ぇ……おい、なんだよ森に死をもたらすってのは! 俺達が何をした!!」

 思わず反射的にそう言い返した俺だが、ヒイシは律儀にも再びすさまじい音量で返事を返す。


『自分達の棲家を作るために木々を焼き払い、草木の生えぬ場所を作り出し、森と相容れぬ石と火を奉じるが故に』

 うげっ、めっちゃ正論がかえってきちまったじゃねぇかよ!


「つまり……俺達の持つ現代文明は、この森の敵ってことだな。 クソッタレめ!」

 おそらく、ガスパールたちがこの隠れ家を立てるために周囲を溶岩まみれにしたり、テオドールのために俺が陶芸の文化を持ち込んだのが、この森にとっては脅威として映ったのだろう。

 この増大しつつある瘴気は、すなわち森の抱く恐怖が源と言うことか。


「うわぁ、あんなふうに言われると言いかえせませんね」

「つーか、これって全面的に小西係長が悪いよなぁ。 原因はたぶん持ち込んだ技術のせいだろうし」

 くそっ、部下からの冷たい視線が突き刺さる。


「それを言うなら、お前等だって嬉々としてコンクリートとか持ち込もうとしていただろうが。

 まぁ、そんな事を言い出したらきりが無いし、俺が責任者としてキッチリけじめをつけるからお前等は先に日本に帰っていろ」

 一方的にそれだけを告げると、俺は転移のスキルを発動させた。


「ちょっ、何格好つけているんですか! 俺達は貴方の部下……!」

「関わった以上は最後まで……」

「よせ、コニタン! だからこいつだけに転移と言う決定権を与えるのは……」

 なにやら色々と文句を言いかけていたようだが、知らずとはいえ俺が売ってしまった喧嘩だ。

 結果的にボコられるにしろ、殺されるにしろ、自分の喧嘩に人を巻き込むのは主義にあわない。

 俺は一人で建物の外に出ると、震えそうになる足をピシャリと平手で叩き、群を成すヒイシの前に足を進める。


『よい度胸だ、我等が敵対者よ。 この怒り、この恐怖、己の身で思い知るがいい!』

「……それ以外に償う方法は無いのか?」

 ここまでくると暴力で語りあうのもやぶさかでは無いが、あくまでも殴りあうのは最後の手段だ。


『この期に及んで、我等と話し合いをするつもりだというのか?』

「その通りだ。 俺達は互いに知性のある存在だ。 殺し合いのは知性の無い存在でも出来る」

 そんな言葉のやり取りに、ヒイシたちの目が思案するように揺れる。


『では、お前が話し合いをするに足る存在であることを示せ。 その魔除けをはずし、その身一つでわれらの前に立つのだ』

 だが、多くの詐欺師まがいの連中を相手にしてきた俺にはわかる。

 こいつに話し合いをする気など、欠片も無いことが。


「なるほど……だが、すぐにその決断は出来ない。 時間をくれないか?」

『いいだろう。 だが、長くは待てない』

 よし、言質はとった。

 これで次の手が考えられる。


「悪いな、出来るだけ早く戻ってくる」

 それだけを告げると、俺は同じくヒイシの脅威に備えているであろうテオドールの元へと転移した。

 奴の用意しているものが何かを聞き出すためである。

 ……この事態を解決するための何かがあればよいのだが。



「おい、テオドール! 話がある!!」

『どうした、カオル。 せめて用があるなら玄関から入ってきてほしいのだが』

 テオドールの住まいに直接飛ぶと、やつは真昼間だというのに種族繁栄に勤しんでいた。

 おい……文化の違いはしかたが無いが、こっちが命がけで邪神と交渉している間にそれはイラッとくるぞ。


『まぁ、来てしまったのは仕方が無い。 こっちへくるがいい』

 戦闘態勢にはいっていたバカでかいイチモツを苦労しながら下穿きの中に仕舞いこむと、テオドールは半裸のままベッドの中から抜け出して、こちらを睨みつけているヤツの嫁たちに声もかけずに俺をリビングに案内した。

 なお、余談だがヤツの嫁は全員がエルフである。

 くそっ、ゴブリンにメスはいないからとはいえ、贅沢すぎるだろ!

 なお、どうやって口説き落としたのかと聞いたら、愛があれば想いは通じる……と、したり顔でかえされた。

 おのれ、ゴブリンめ。

 進化してちょっとばかり顔が良くなったからって、調子にのるなよ?


「単刀直入に言うと、例の瘴気の元凶から襲撃を受けた」

 テーブルにつくなり俺が本題に入ると、下穿き一枚の姿で椅子に座ったテオドールの顔がこわばる。


『なに!? いくらなんでも、早すぎる! まだこちらの準備は整ってないぞ!!』

「それだよ。 その準備って言うのは何なんだ?」

 何か有効な手立てがあるなら、なんとしてでも聞き出さなくてはならない。

 拒否は許さないとばかりに俺が睨みつけると、テオドールは苦悶にも似た表情のまま視線をそらした。


『部族の長にのみ伝えられる話だ。 人に話す事はできない』

「この事件の元凶が、俺にあると言ってもか?」

『なんだと!?』

 俺の挑発まじりの発言に、テオドールが半ば椅子から立ち上がる。

 そして、会話の主導権を握ったことでニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべた俺を見て、グッと悔しげに呻いた後にゆっくりと腰を下ろした。

 いかんねぇ。 この程度で感情を表に出していたら、人間との交渉なんてやってられんぞ?


「簡単に理由を説明すると……だ。

 アレが急に襲い掛かってきた原因のひとつは、お前に教えた陶器の作成にある。

 最初に説明したとおり、陶芸は森の木々を大量に消耗してしまう技術だからな。

 それがこの森の恐怖をかりたてた……といえば理解できるか?」

『たしかにそれはお前の責任でもあるが、受け入れた俺にも責任がある』

 むっつりと不機嫌そうな顔をしたまま、男前な台詞を呟くテオドール。

 あぁ、お前ならそう言うと思ったよ。

 お前はいい男だが、そこが弱点でもある。 躊躇ちゅうちょする気はさらさらないが、その弱点を容赦なく突く俺を許してほしい。


「だったら、協力しろ。 お前にも責任があるというなら、俺が責任をとるために助力する義務があるはずだ」

「なんという屁理屈……だが、本当に言いづらいことなのだ。 許してはもらえないだろうか」

 案の定、テオドールはひどく傷ついた顔で肩を落とした。

 言外にずるいぞと責められているが、俺は無言をもってそれにこたえる。

 しばらくし、テオドールが降参だといわんばかりに両手を挙げた。


『ひどい奴だな……俺の負けを認めよう。

 だが、俺が知っているのは、おそらくお前には出来ない方法だぞ』

「聞いてから判断する」

『いいか、他言は無用だ』

 そう前置きをすると、テオドールは記憶の中にある口伝を口にする。


『我々の伝承に、悪しき森の意志が現れたとき、善なる森の意志に助けを求めよとある。

 ただし、善なる森の意志の助力を得るには代償が必要だ』

「代償……だと? その代償とは何だ?」

 おそらく、よほど都合が悪いものに違いない。

 でなければ、ここまで秘密にする必要がないからだ。

 そしてテオドールは、俺の予想した答えを口にした。


『命だ。 我々の中から生贄をさしだすのだ。

 助力が得られるまで、何人でも……な。

 そして生贄は、交渉する者が大切に思っている存在でなければならない』

 うげっ、そいつはまたキツい話だな。

 まぁ、お約束といえばお約束だが。


「生贄ねぇ。 たしかにそいつはちょいと無理があるな」

 俺にとって大切な存在と言うと、それは会社の部下とドラゴンたち、そしてわずかな友人と家族と言うことになる。

 どう考えてもそれを生贄として差し出すのは無理だ。

 そのぐらいなら、ドラゴンに頼んでこの森を残らず灰にする事を選ぶだろう。

 だが、ここで俺は一つの見解を得ることに成功した。


「なぁ、善なる森の意志っていうのは何だ?」

 おおよその見当をつけつつも、俺はあえてそう問いただす。


『わからない。 ただ、悪意に対抗するにはそれしかないと伝えられている』

「それは、普通に会話をする事ができるようなものか?」

『俺は知らない。 だが、おそらくそうだろう。

 部族の呪術師たちは、たまにその善なる森の意志と対話をしているらしい』

 そうか、そこまで聞けば十分だ。

 おそらく俺が望めば会話をさせてくれるかもしれないが、彼らに善なる森の意志とやらとの会話を仲介をしてもらう必要は無い。

 ほぼ間違いなく、その価値観ゆえに森の意志と俺の間では交渉が成立しないからだ。


「ここまで聞く事が出来れば十分だ」

『何をする気だ、カオル』

 立ち上がった俺の背中に、テオドールが不安げな声をかける。

 その声に、俺は振り向きもせずに答えた。


「なぁに、ちょいと悪意とやらと話をつけるだけだ」

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