2章 第10話

「報告します! この秘密基地の周囲を包囲しているのは、マナイーターと呼ばれるスライムの一種です。

 周囲に存在する魔力を貪欲に捕食するため、この魔物の周囲では魔術も魔法も使えません!」

「うぇっ、まじか!?」

「本当だ、魔術も魔法も使えない!!」

 百池の言葉に魔術を試してみる部下たちだが、誰一人魔術や魔法を発動させる事はできなかった。


「……報告の続きを」

 俺が百池を促すと、彼女は大きく頷いて続きを口にする。


「強い魔力に引き寄せられる性質があり、おそらく我々のリフォームに使用された魔力の波動を感知して接近してきた模様!

 今回の個体は非常に大きく、長い年月を経たものと思われます!!」

 百池からの報告を黙って聞き終えると、俺は欠けている情報を補足するためにさらに必要な質問を投げ返す。


「人体を捕食する可能性は?」

 そう、現在もっとも気になっているところはソレである。

 この生き物が肉食でも雑食でもないというのなら、我々の危険度は大幅に下がることになるからだ。


 そもそも……隠れ家をすっぽりと覆われている状態で言うのも何だが、このスライムからは積極的に捕食に走っている感じがしない。 殺気のようなものが感じられないのだ。

 そして俺の言葉に、百池は大きく頷く。


「捕食するのは魔力だけで基本的に無害ですが、今回の個体は大きすぎるため、魔力を捕食される際に被害者が全身を密封されて窒息する可能性が非常に高いと思われます!」

 うわっ、結局そうなるのかよ!

 つまり、本人?に悪意がなくとも、危険である事は変わりないということか。


 いずれにせよ、早めに何らかの手は打たなくてはなるまい。

 あの大きさのスライムに建物ごと飲み込まれたら。全員がゆっくりと窒息する未来しか見えないからだ。


「小西係長、ここは一度この拠点を放棄して脱出しましょう」

 別の部下がそんな提案をしてくるが……俺は静かに首を横に振った。


「それなんだがな……実は転移が使用できないようなんだ」

 実は先ほどから何度も試してはいるのだが、転移が発動する前に力が吸い取られるような感触がして不発に終わっているのである。

 その原因がスライムである事は疑いようもない。


「ちょっとまってください……それって、どうやってこの状況を切り抜ければいいんですか!」

「ったく、この程度でうろたえるなよ。 俺を失望させたいのか?」

 俺の突き放すような言葉に、部下達の眉間に皺がよる。

 だが、それだけだ。 俺の部下たちは、この程度の状況で動じるほどヤワじゃない。


 かつてうちの部署は、他の部署では扱いきれないような能力や周囲と協調できないほどアクの強いメンタリティーの持ち主ばかりが押し込められている……いわば左遷部署のような代物であった。

 そんな癖の強い人間を、俺とグッサンで一から鍛え上げた精鋭がこいつらである。


 人呼んで、我が社の『最後の大隊ラストバタリオン』。

 この程度の危機でうろたえるなど、到底ありえないし認められない。

 ……というか、こいつらの実力を知っていればこそ、この程度の事で甘えるなと突き放したくなるのだ。


 そして最初に動き出したのは、まだ新人である百池だった。

「一つわかっている事は……全ての職能が使えなくなるわけではないということですね。

 その証拠に、私の検証は無事に機能していますし」

「あぁ、それは俺も気付いた。 おそらくは体の内側に展開される魔力は問題が無いんじゃないかと思う」

 百池の言葉に、別の部下が頷いてその推測にさらなる仮説を付け加える。

 それがきっかけで、他の部下たちも次々に自分の意見を口にしはじめた。


「あと、このスライムは大きさのわりに非力だ。 窓やドアを壊すほどの腕力はないようだな」

「伸縮性もたいしたことないみたいだぞ。 体を変形させて隙間から入ってきたり、触手を伸ばしたりも出来ないようだしな」

「つまり、現状として酸素量以外の危険性は存在しない……そういうことだな」

 ……ほら見ろ。 やれば出来るじゃないか。

 俺が何もしなくても、連中は勝手に分析して勝手に解決の糸口を見出してゆく。


 そう、こいつらは俺の活躍に華を添えるだけの連中ではない。

 自らの意思で考えて行動できる人間なのだ。


「全員で出来ることを探すぞ。 絶望するのは、打つ手が無くなってからで十分だ。 かかれ!!」

 俺が頃合を見計らって手を叩くと、それぞれが自分に出来ることについての検証を無言で始める。

 マナイーターなるスライムには悪いが、ちょっと喧嘩を売る相手を間違えたことを……その身で知ってもらおうか。

 そんな物騒な台詞を心の中でつぶやきながら、俺もまた自分の手持ちのものから、この状況を打破できないかと検証を始めるのであった。


 それからしばらく。

「こいつの体を覆っている皮膜、どうも異物を排除するフィルター機能が弱いのかもしれない」

 そんな台詞を口にしたのは、地球から持ち込んだ栄養ドリンクとスタンプの詰め替え用インクを手にした部下であった。

 見れば、黒いインクを吸収してしまったのかスライムの体の一部が黒く変色し、その黒い染みが全体へと広がってゆく。

 すると、突如としてポンと音を立てて黒いものがドアの隙間から吐き出された。


「これ、たぶん吸収したインクを体の一部ごと切りはなしたんだな。

 毒物への耐性もそんなに高くないかもしれんぞ」

 

「なるほどな。 そうなると、俺の出番かもしれん」

 そう呟きながら、俺は腰につけていたスパイスの袋を開いた。

 スパイスの中には、多量に摂取すると生物にとって毒となるものも多い。

 その毒でマナイーターを殺すとまでゆかなくてもいいから、せめて追い払う事はできないかと思ったのだ。


 その中で今回俺が選んだのは……キャロライナ・リーパー。

 死人すら生み出したことのある、現時点で世界最強のトウガラシである。


「小西係長。 つかぬことをお伺いしますが、なぜそんな危険物を持ち歩いていたのでしょう?」

「気にするな。 そんなことより、今はやらなきゃならんことがあるだろ」

 余興の罰ゲームのためだと言ったら、こいつら確実に逃げるからな。

 後の楽しみのためにも、ここはなんとしてでもごまかしておかなければ。


 俺はキャロライナ・リーパーを直接手で触れないようにしながら角材にくくりつけると、それを窓の隙間からマナイーターの体に差し込む。

 その瞬間であった。

 外からキュオォォォォォォォォォォとゴムを引っかくような、悲痛な音が響き渡る。


 そして窓全体からガバァッと個気味良い音を立ててマナイーターの体がはがれて、辛さの余韻を恐れるようにプルプルと震え始めた。

 ……キャロライナ・リーパーの味はよほどつらかったらしい。

 同時に、窓からマナイーターが離れたことで新鮮な空気が入り込み、部下達の顔にもホッと安堵の色が広がる。


「これ、いけそうですね係長」

「そのようだな。 だが、さすがにそう多くは持ち込んでないぞ?」

 そもそも、そんな大量に入手したところで使い切るのが困難であるため、俺が購入したキャロライナ・リーパーは一瓶だけである。

 その限られたキャロライナ・リーパーをつかってどう道を開くべきか?


「とりあえずドアを開放しましょう」

「まずはそこだな」

 むしろドアを開放して外に出てしまえば、これは危機でも何でもなくなる。

 部下から真顔で言われた言葉に、俺はキャロライナ・リーパーが先端にくくりつけられた角材を槍のように構えて素直に頷いた。


 かくして、スライムの亜種による突然の危機は、あっさりと終わりを告げたのである。

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