2章 第4話

 結局、秘密基地の候補地を探すのは翌日に持ち越された。

 いいかげん夜も遅かったし、闇の中では現地を確認する事もままならないからだ。


 そして翌日である土曜日。 俺の部下は一人も欠けることなく我が家に集合していた。

 小柄な女性も混じっているとはいえ、一人暮らしの家に大人が十人以上も入るとかなり狭い。

 とっとと全員をガスパールの巣穴の中に転移させたほうがいいだろうな。


「じゃあ、みんな。 こいつを見てくれ」

 その場にいる全員をドラゴンの巣穴に転移させた後。

 俺は資料をまとめたファイルを荷物の袋から取り出すと、それを全員に配る。

 その内容は、昨日のうちに【精査】のスキルで調べておいたドラゴンのコロニー近くにある森のリストだ。


「うわぁ……一晩のうちにこれだけ調べたんですか?」

「愚問だな、百池。 【検索】のスキルを使えば、インターネットの検索より早く正確に目的の情報が手に入るんだぞ?

 日本に戻ってからも活用してもらう予定なんだから、このぐらいの事はできるようになってもらわなきゃ」

 まぁ、ここまで使いこなせるようになったのは俺も最近だがな。

 どうやらスキルには熟練度のようなものがあるらしく、使うほどにその能力が増してゆくようである。

 明言できないのは、明確に測ることができないからだ。

 ステータスの表示なんかが存在しないため、ラノベの主人公のように簡単に実力の変化が把握できないのである。


 実を言うと【精査】を使ってなんとかステータスもどきをつくろうとも思ったのだが、どうやらそこまであいまいなものを明文化するには俺の力が足りないらしい。

 ……実に残念である。


「さて、資料の通りドラゴンたちが住む岩山の周囲には三つの森がある」

 全員が一通り資料に目を通した頃、俺はそろそろ本題に入りためにそう切り出した。


「アンデッドの蔓延る腐敗の森、ゴブリンが多く住む妖魔の森、そしてもっとも広大であり魔獣が多く住む深き森、そのどれかに秘密基地を作るということだが……」

 なお、この中でもっとも街に近いのがレッドベヒーモス……アガサの住んでいる深き森であり、以前に俺がゴブリンの集落を潰したのが妖魔の森である。

 残る腐敗の森に関しては、俺も実際に足を伸ばした事はない場所であった。


 みなの様子を伺ってみると、案の定資料を見ながらグッサンが首を捻って不満げな顔をしている。

「どうだ? 気になる場所はあるか?」

「うーん、コニタン。 資料だけで決めろといわれても、ちょっとね。

 実際に見てみないとわかんないわ、これ」

「やっぱりそうか」

 見渡せば、他の連中もそれに同意するような表情を浮かべていた。


 できれば実際の場所を見て回る時間を短縮するために、ここで一箇所に絞りたかったのだが、どうやらうまくはいかなかったようである。

 とはいえ、理由も無く俺が勝手に決めて意見をゴリ押しするのも後味が悪い。

 それに、いずれにせよ何を判断するにも事前の情報は必要だ。 俺がやった事は無駄ではない……たぶん。


「ところでここに書いてある光の滝って、綺麗なんですか?」

「あ、自分もここに書いてあるスケルトンのダンスホールって場所についてもっと知りたいです!

 確認がてら、一度行ってみませんか!」

 俺が微妙にへこんでいると、さっそく連中の間で意見が割れはじめた。

 こいつら、結構我が侭だからな。


「どこから見て回る? どれもしっかり視察するなら数日はかかりそうな場所なんだが……」

 生憎と、社会人である俺達には、休日である土日しか時間が無い。

 つまり、見て回る事ができるのは一箇所だけと言うことになる。

 そのことに気付いたのだろう。 全員の顔に緊張が走った。


「ここは腐敗の森だろ! この世の神秘をこの目で体験するんだ!」

「いいや、やはり冒険者志望としてはゴブリンは見ておきたい! 妖魔の森が先だ!」

「なに言ってんのよ、見所のある景色なら深き森が一番多いでしょ!」

 そのまま30分ほど黙って耳を傾けてはみたものの……。

 奴らの会話は堂々巡りを繰り返すばかり。

 これ以上は、おそらく時間の無駄である。


 えぇい、どいつもこいつも自分の好みについての事ばかり。 もう少し理論的な意見は無いのか!

 俺は額の辺りで血管がヒクヒクと動く感触を覚えながら、足に履いていたスリッパをゆっくりと脱いだ。

 その動きに気付き、グッサンと百池が自分の耳を両手でふさぐ。


 スパアァァァァァァン!

 岩壁にスリッパをたたきつけると、それまで言い合いをしていた連中がピタリを動きを止めておそるおそる俺の顔色を伺い始めた。


「やべ……小西係長がキレてる」

「ちょっと、どうすんのよ! あんたたちが聞き分け悪いから……」

 お互いの責任をなすりつけあうようなくだらない言い訳に、俺は無言でもう一度スリッパを壁にたたきつける。


 「ずいぶんとたのしそうだな、お前ら。 だが――そろそろ、このくだらない茶番は終わりにしようか」

 俺は理由も無くゴリ押しはしない主義だが、そうしなくてはならないような理由を作ってくれたりならば、独裁者となるのもやぶさかではない。


「妖魔の森に行く」

 俺がそう宣言すると、妖魔の森を希望していた部下がガッツポーズをとる。

 だが、俺がジロリと睨みつけると、叱られた犬のような目をし、冷や汗をかきながら後ずさった。


「さすが総務の黒幕、狂犬コニタン。 すごい迫力だな」

 すかさず軽口を叩くグッサンだが、俺がジロリと睨みつけるとあわてて視線をそらす。

 誰が狂犬だ。 前にちょっと社長と揉めて、口喧嘩の挙句にむこうを泣かせただけだろうが。


「今日中に視察も終わらせるぞ。 住めそうな場所だけをチェックするなら、十分いけるはずだ。 ……というか、終わらせろ」

「えぇぇ、そんなぁ!」

「せめて二日の日程で! お願いです小西様!!」

 やかましい。 無様な姿を晒した時点でお前らに選択権は無い。

 すがりつく部下共だが、俺は視線も合わさずに歩き出した。


「ガスパール、みんなに話を通してくれ。 こいつらを連れて妖魔の森まで行きたい」

『ゴブリンたちのところだねー オヤツたべにゆくの?』

 その見当違いの言葉に、ふと俺の心が軽くなる。


 同じ自分だけの狭い視界で物を言うのは同じなのに、何かが根本的に違うのだ。

 ほんと、こいつらは俺の癒しだよ。

 擦り寄ってくるガスパールの下顎を撫でてやると、ガスパールは気持ちよさそうに目を細めた。 そして縦笛コーラングレの音色のような低い声で仲間を呼び始める。


 ほどなくして他のドラゴンたちが駆け寄ってくる足音が聞こえ始めると、俺は未だにグチグチと文句を呟いている部下たちを振りかえった。


「お前ら、さっさとついてこい。

 観光なら拠点を作ってからいくらでもやればいいし、秘密基地が一つじゃなきゃいけないと誰が言った?

 さっさと仕事に取り掛からないと、遊び時間が減るだけだぞ」


 その瞬間、後ろからワーっと歓声があがった。

 まったく……現金な奴らだ。

 俺は鼻からため息をつくと、ガスパールの口に馬銜はみをかませ、そこから伸びるロープで自分の体を固定する。

 そしてふと思い出した。


 ……あ、馬銜はみが俺の分しか無ぇわ。

 仕方が無い。 連中には自分で何か考えてもらおう。


「じゃあ、行くぞガスパール」

『いくよー しっかりつかまってるのだ』

 俺の呼びかけに元気よくこたえると、ガスパールはその大きな翼を広げて夜の空へと舞い上がった。

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