2章 第3話

「それで……拙者共の能力はいかがなものでござるか、小西係長」

 全員のスキルが判明すると、部下の一人である柳本ガノタニアンが暑苦しい顔に喜色をたたえてそうたずねてくる。


「……予想はしていたが、本当に癖の強い職ばかりがそろったな。 これをどう評価しろと?」

 俺はこの場にいる全員の職業とスキルを確認し、ため息をついた。


「むむっ、お気に召さぬ出ござるか。 拙者の玩具使いトイ・マスターなどなかなか使えそうな能力ではないかと思うのだが」

 そういいながら、柳本ガノタニアンは日本から持ち込んだフィギュアを手も触れずに動かしている。


「で、それをどう使うんだ? しかも、勝手の分からない異世界で」

「……むっ、それは……まだこれから考えるでござる」

「つまりそういうことだ。 今の段階では評価が出せない」

 正直、柳本ガノタニアン玩具使いトイ・マスターはまだ使い方が考えやすいほうだ。

 我々が手に入れた能力の九割がたは名前だけが判明したに過ぎず、何に使える能力なのかはこれから検証しなければならないという有様である。


「で、これからどうするんだコニタン?」

「それはこれから決めるんだよ、グッサン。

 俺の意見もある程度考えてはあるが、ゴリ押しすると反発する奴もいるだろうしな」

 そもそも、特製カレーにて"検索"と"翻訳"という現代社会において便利すぎるスキルを与えたことで、俺の目的はほどんど達成されているのだ。

 地球に戻ったら、もはや全員がチートサラリーマンである。


 そのあと何をするぐらいかは、こいつらの自由にさせてやってもいいじゃないか。

 我々にだって、娯楽は必要なのだ。

 ……とは言っても、いきなりこんな状況に放りこまれた奴らに、『何をしたいか?』と聞いても戸惑うのは目に見えていた。


 ゆえに、今からみんなで相談というわけである。


 ちなみに"精査"ではなく"検査"の能力を与えたのは……"精査"という能力が強力すぎるからだ。

 うかつに強すぎる力を与えれば、何かのトラブルを引き起こしてしまう可能性も高い。


 たとえば、同僚に対して何の制限も無しに”精査”をかけた場合、必要な情報以外……たとえば過去の恋愛や性癖といった情報までまとめて知ってしまうことになるのだ。

 以前のゴブリンのように、いつも離れた場所にいる相手ならばともかく、身近な人間にあんなスキルを与えるのは、あまりにもおそろしすぎる。


「まずは、大まかな行動指針を決める。

 そうだな……物語で言うならば冒険活劇がしたいのか、それとも内政がしたいのか意見を聞かせてほしい」

 あとは恋愛というジャンルもあるのかもしないが、それはこの世界での生活が安定している事が条件になるため、今の段階では考えないほうがいいだろう。


「ただし、冒険をするならある程度覚悟が必要だ。

 俺が近場の街でどんな扱いを受けたかは、すでに話をしたと思う」

 そう告げると、目の前の連中の顔がピシッと強張った。


 正直な話、最寄の街の連中に関してはお互いに良い印象は持っていない。

 こいつらに自分の経験や感想を押し付けるのは良くないことなのだろうが、どう考えても連中が好意的に接してくる可能性は低かった。

 そもそも、一度抱いたイメージと言うものはなかなか払拭できないし、そんな相手に大事な部下を近づけたくはないものである。


「小西係長。 一つ提案があります」

 不意に声を上げたのは、それまで俺達が得た能力の一覧表を手に考え事をしていた百池だった。


「どうした百池」

「私はこの世界の文化から独立した内政がいいと思います。

 たぶん私達の能力は、この世界の人間にとっても特殊で、そして異質なんじゃないでしょうか?

 小西係長の能力からしても、その本当の力と使い道がバレたらこの世界の連中から狙われる可能性は高いかと。

 そのような推測から考えても、この世界の現地人との接触は慎重に。 少なくとも当分のあいだは避けるべきではないでしょうか?」

「それはたしかにそうだな」

 実際にこの世界の人間と接触した経験からしても、百池の懸念は本当になってしまう可能性は高いと思える。


「では、ひとまず内政っぽいことをメインに活動するとして……」

 すると、それまで沈黙していた部下の一人がポンと手を叩いてこう告げた。


「あ、小西係長! 俺、思いついたんだけど……この場所に秘密基地を作りませんか?」

「秘密基地!?」

 その心躍る言葉に、俺の中の何かがキュンと跳ね上がるような音を立てる。

 なんだ、この甘美な響きは!?


「せっかく異世界に来る事ができるようになったんだから、これからもここにくることを考えて、もっと快適な居場所を作るべきでしょ!」

「あ、それ面白そう!」

「係長、やりましょうよ! おれ、昔からそういうの憧れていたんです!」

 その提案に惹かれたのは俺だけではなかったようで、他の部下たちからも次々に賛同の声が上がる。


『ねぇ、カオル。 ひみつきちって、なに?』

「それはな、ガスパール。 とっても素敵な場所の事なんだよ」

 部下達の嬉しそうな様子が気になったのだろう……ガスパールが俺の手を甘噛みするのをやめて、小さく首をかしげた。


「ちょっと想像してみようか。

 ガスパールがこっそりと、誰も知らないところに巣穴を作って、そこに大好きなキラキラを一杯溜め込んでおいたり、誰にも邪魔されないで一人で好きなだけ遊べる場所があったらどうする?」

『ふぉぉ! しゅごい! カオル、それ、たのしい! たのしい!

 ぼくもひみつきち、つくる!!』

 うわ、ちょっとまてガスパール! そんなに興奮すると……。


「きゃあぁぁぁ!」

「うわぁぁぁ、ど、ドラゴンが暴れだした!?」

 興奮したガスパールが翼を大きく羽ばたかせたせいで、洞窟の中に強い風が吹き荒れる。

 そのあおりで転倒する奴、ドラゴンの動きを恐れてパニックを起こす奴……と、周囲の状況は散々だ。


 ――どうやら、俺達が滞在するための秘密基地はドラゴンが入ってこないようにする必要がありそうである。

 となると、俺はあまり中にいないほうがいいな。

 さもなくば、拗ねたドラゴンに破壊される未来しか見えない。


 さて、やる事が決まったからには早速行動開始である。


「まずは秘密基地を作るための場所を選ばなければならんな。

 どういう条件の場所がいいと思う?」

 俺がそんな議題を提示すると、全員が一斉にくいついてきた。


「人里からは離れた場所がいいな」

「できれば景色の綺麗なところがいいと思うんだけど」

「水場の確保は重要だぞ?」

「自分専用の個室が欲しい!」

 出てくる意見をメモにとりながら、俺は秘密基地の建設に必要なスキルについて考える。

 なんと、最近はカレーの魔術師としてのレベルが上がったのか、必要な能力をある程度狙ってカレーに付与できるようになってきているのだ。

 ……まぁ、それでも複雑なスキルを作ろうとして失敗し、とんでもないものを大量に作ったりしているのだがな。


 なお、この世界にある限り俺の作ったカレーは時間がたっても腐ったりしない。

 最近になって習得した能力に、防腐処置があるのだ。

 なので、このドラゴンたちが住む洞窟の奥には、失敗した禁断のカレーたちが今も静かに眠っていたりする。


 さて、余談はさておき……今回俺が作ろうとくしているカレーの効果は、ふたつ。

 『地魔法』と『地魔術』である。

 なぜ二種類かというと、この二つにはそれぞれメリットとデメリットがあるからだ。


 ザックリとした説明すると、呪文によって制限されるために定まった効果しか発動できないのが『魔術』で、魔力の消費が激しくて効率が悪くはあるものの自分のイメージしたとおりに土を操る事ができるのが『魔法』と思ってくれてかまわない。


 ゆえに、大雑把なところは『地魔術』を使い、細かい部分の調整を『地魔法』で行うと効率がいいのではないか……というのが俺の出した結論である。

 さて、地の魔術や魔法となると、ターメリックの量がポイントだよな。

 ……となると、それにあわせてクミンを控えめにたほうがいいか。


「小西係長、手が止まってますよ?」

「あ、すまん。 ちょっと今後の事について思いついたアイディアをいくつかまとめていた」

 スパイスの配合について考えていると、ふと百池から注意が飛んできた。

 いかんな、スパイスの事を考えているとついそっちに集中しちまう。


「しかたがないですねぇ。 議事録は私がとっておきますから、係長は考え事を続けていてください」

「わかった、頼んだぞ。 俺はちょっとカレーのスパイスの調合を考えておく」

 悪いとは思ったが、今はちょっとスパイスの配合に集中したい。

 俺は今までの議事録を百池に手渡すと、新しいメモ紙にスパイスの配合についてのメモをとりだした。


 そしてどれぐらい時間が過ぎただろうか?

 スパイスの配合を決めた俺の目の前には、大量のメモが積み上げられていた。


「……ということで、ドラゴンの住処の近くで、森があって水の調達が容易な場所というのが俺達の隠れ家に最適だということになりました」

 少し疲れた顔で告げる百池から議事録を受け取ると、俺はその内容をざっと読み流して候補となる条件を頭に叩き込む。

 そして一つの結論を出した。


「それ、思いっきり魔物の住む領域と重なるよな」

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