2章 第2話
率直に言おう。
俺は後悔していた。
――あぁ、あまりにも軽率だったよ。
よりにもよって、奴らの性質を計算に入れ忘れるとはな。
俺は赤黒い闇の中で、自らの振る舞いを後悔していた。
「うわぁ、コニタンが食われた!?」
背後から、友人にして上司でもある山口課長……ことグッサンの悲痛な叫びが響き渡る。
「小西係長!」
「だめだ、逃げろ! もう、助けられない!!」
「そんな……誰か、誰か助けて!! いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴が上がるのも無理は無い。
俺の上半身は巨大な生き物の口の中にすっぽりと納まっていた。
――そうだよな。 誰の目から見ても、こいつはゲームオーバーだ。
心の中でそう呟いた俺の顔を、巨大な舌がねちっこく撫でる。
「ガスパール! 嬉しいのはわかったから、いいかげんにやめないか!」
唾液と巨大な舌にもてあそばれながらそう叫ぶと、不意に俺の体が開放された。
うへぇ……涎まみれになっちまったい。
『カオル! カオル! カオル! 遊ぼう! 遊ぼう!』
俺が力なく地面にへたり込むと、その巨大な生き物は俺の身長よりもはるかに長い尻尾を人が殺せる勢いで振り回す。
そして金属のように硬い顎の先端を、まるで人懐っこい犬のように俺の顔へとこすり付けてきた。
……いてっ!? 刺さる! ちょっとストップ! 鱗が、鱗が刺さるから!!
なりはデカいが、中身は完全に子供だ。
隙を見せると人の俺の顔よりも大きな舌で容赦なく俺の体を舐めるし、人が簡単に殺せる口で甘噛みしてくる危険なおガキ様である。
「あ、あのさ……コニタン。 色々と……わけがわからないんだけど、説明してくれる?」
ガスパールの甘えっぷりに、ようやく危険が無いことを理解したのか、グッサンが困惑を顔に貼り付けたままそんな台詞を吐き出した。
「うん。 まぁ……早い話、ここは異世界。 俺達のふだん住んでいる世界とは異なる世界だ。
そしてこの生き物は見たとおりドラゴンで、俺の相方のガスパール。
見た目は怖いかもしれないけど、この通り俺の事が好きで好きでどうしようもない奴だから心配は無い」
そう告げながら回りを見渡すが、未だに尻餅をついている者、すでに気絶している者、いずれにせよこの状況についてきている者は一人もいないようである。
さて、少し事情を説明しなくてはなるまい。
そもそもの始まりは、俺が主催した週末のカレーパーティー。
その余興として、俺が『強制的に異世界へ招待する』という少し度が過ぎたいたずらをしかけたのが事の始まりであった。
……で、何があったかって?
こっちの世界に転移した次の瞬間、俺の気配を察したガスパールがつっこんで来たんだよ!
そして冒頭のシーンに戻る。
え? 説明されなくても最初からわかっていた? そいつは面目ない。
「つまり……ここは異世界で、コニタンはこの世界と元の世界を自由に行き来できると?」
「そういうことだな」
ガスパールに腕を甘噛みされながら、俺は大きく頷く。
ちなみに、奴はリリサと違って力加減が下手なので微妙に痛い。
奴のジャンボジェット機並みの巨体からかんがえれば、それでもうまくやっているほうなのだとは思うが。
「で、今回のパーティーのサプライズで僕たちをまとめてこっちの世界に招待した?」
「それで間違いない」
その瞬間、グッサンの顔が盛大に引きつった。
「……殴っていい?」
「別にいいけど、横のガスパールに襲われるぞ?」
拳を握り締めるグッサンだが、ガスパールのくりくりとした子犬のような目をしばらく見た後、無言で腕を下ろす。
実に賢明な判断だ。 どんなにプリティーでラブリーに見えても、こやつはドラゴン。
人の理屈は通じないし、敵だとみなされれば命は無い。
「タバコ……吸っていいか?」
自分の気持ちを落ち着けるためだろう。 グッサンは躊躇いがちにそう聞いてきた。 動揺するとタバコを吸うのは、グッサンの癖だ。
「ドラゴンたちが嫌がらなければかまわんぞ」
俺が許可を出すと、グッサンは震える指でポケットからタバコを取り出し、何とか失敗しながらも火をつける。
そして深々と肺に煙を吸い込み、今度は長々と吐き出した。
幸い、ガスパールにタバコの煙を嫌う様子は無い。
何をしているのだろうといわんばかりにキョトンとした目でその様子を見ている。
「あのなぁ、コニタン……いくらなんでも悪趣味が過ぎるだろ。
君と違って、こんな状況で楽しめるほど僕達の神経は丈夫に出来ていない」
「心外だな。 俺ほど繊細な男もそうはいないはずなんだが、ぜんぜん問題はおきてないぞ?」
わりと本気で言ったつもりなのだが、この台詞に賛同するものは一人もいなかった。 きわめて遺憾である。
まぁ、自分でもドラゴンに齧られながら会話をする男が繊細かと問われたら、迷わず首を横に振るとは思うが。
「ふくれて見せてもかわいくないぞ、コニタン。
……で、この後はどうするんだ? どうせみんなをこっちに連れてきて終わりって事じゃないんだろ?」
「もちろんだ。 なぁ、異世界転移した人間のお約束って何だと思う?」
「なんだと! ま、まさか……チートか!?」
グッサンの言葉に、起きていた連中の何人かが無言のままに色めき立つ。
ほほう、どうやらラノベかウェブ小説好きが何人かいるようだな。
「そのまさかだ。 俺は最初に転移した際に、ドラゴンからやたらと好かれる能力や世界を超えて転移する力を手に入れた。
お前らも、たぶん何かの力に覚醒しているだろう」
ガスパールの鼻面を撫でながら、俺はニヤッと笑いつつそう告げる。
グッサンのみならず、周囲で聞き耳を立てていた連中の目もまた真剣な光を帯びた。
「……俺の能力は?」
「自分で確かめろ。 俺の用意したカレーには、食べた者に異世界ファンタジーでおなじみの鑑定能力を与える力が宿っている」
その瞬間、何人かの部下が用意したカレーに群がる。 元気があって非常によろしい。
「うおぉぉぉぉぉぉ! 戦士系だ! でも、なんか名前がおかしい? コミケの戦士ってなんですか!?」
「わたしは……魔術師かな? 沼使いなのに、なんで初期技能が勧誘なの?」
おそらくだが、この転移で得られる職業はその人物の普段の生活が基準になっている。
ついでに、まともな職業からは少しズレた、微妙に残念な感じになるのがお約束らしい。
……俺の職業も『カレーの魔術師』だったしな。
「俺の職業は
「ぬかせ、このヘビースモーカーめ」
自分の職業を確かめたグッサンは、さっそく自分の力を使ってタバコの煙を自分の手元に集めると、それを円錐や立方体といった感じに色々と弄り始めた。
何の役に立つかはわからないが、とりあえず宴会の余興にはなるだろう。
「しかし、いいのか? 俺達にこんな力を与えちまって」
「むろん、バレたら実験室送りだろうけどな。 そこのところは覚悟の上で振舞ってくれ」
つまり、能力を得た時点で一蓮托生だ。
もっとも、モルモットにされそうになったら俺は一人で元の世界に別れを告げ、こちらの世界に移住することになるだろう。
幸か不幸か、俺に元の世界に対する執着はわりと薄い。
「こ、コニタン、お前……なんてことしやがる!」
「悪いな。 俺一人じゃ寂しいし心細いんだよ。 そんなリスクを抱えるのはな」
目を見開くグッサンに、俺は小声で本音を告げる。
「だから、お前らも巻き込まれろ」
後にグッサンから聞いた話によれば、その時の俺はとてもいい笑顔をしていたらしい。
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