番外編:竜たちの万聖節/後編
さて、ガスパールたちがハロウィンを楽しもうと妙な事を画策している頃……彼らの住処からほどちかい人間達の街ではとある男たちが怪しい動きをしていた。
たとえばそれは……街の広場にある、青空の下に屋台と椅子を並べただけの屋台食堂。
人気の無いその店の一角で、どこにでもいるような格好をした二人の商人が向かい合わせで茶を飲んでいる。
別にそれだけならばどこもおかしくないのだが……もしも彼らの会話に耳を傾けるものがいたならば、好奇心をくすぐられるか、もしくは危機感を覚えたことだろう。
「おい、計画は順調か?」
「あぁ、特に問題は無い」
そんな思わせぶりな会話をする彼らの姿は、パッと見では商人にしか見えないかもしれない。 だが、よく見ればその手には剣術をたしなむ者特有のタコがある。
服に隠れてわかりにくいが、その体格もむしろ戦士と呼ぶほうがふさわしい。
それもそのはず、彼らの正体は隣の国の兵士達であった。
彼らは国の命令により、この街を襲うべく内通者を通じて武器を運び込んでいる真っ最中なのである。
「ふん……のんきな奴らめ。 あと十日もすれば地獄のような生活が待っているとも知らず」
商人に扮した兵士のうちの片方が、道行く人々を見てニヤリと陰湿な笑みを浮かべる。
爬虫類のような……と表現したならば、馨やドラゴンたちから抗議を受けそうな笑いかただ。
「おい、やめろ。 どこに人の目と耳があるかわかったものじゃないんだから」
しかし、そうたしなめる男の顔にもまた、侮蔑するかのような表情が浮かんでいる。
潜入作戦中にはあるまじき不審な振る舞いではあるが、彼らの計画があまりにも順調すぎたために、彼らはすっかり心が緩みきっていた。
あと数日もすれば、彼らの母国の兵士がこの街を統治する国に対して宣戦布告を行い、まず最初にこの街へとせめて来る。
それと同時に彼らはこの街で騒ぎを起こし、内側からこの城塞都市を切り崩す予定なのだ。
だが……彼らの計画は、思いもよらない形で頓挫することになる。
**********
ガスパールたちが行動を開始してから数日後のこと。
……人間達の街に、奇妙に子供たちが大量に押し寄せるという奇妙な事件が発生した。
そろいもそろって愛らしく見目のいい子供たちであったが、その衣服の着こなしはあまりにもめちゃくちゃ。
服を前後逆に着ているならまだマシなほうで、スカートを首に巻いただけであとは裸という姿だったり、頭にズボンをかぶっているという意味の分からない格好をしているものまでいる。
この狂気を感じる集団には、人攫いを生業とする連中ですら手を出す気にはなれず、人々はただ遠巻きにこの幼児の集団を遠巻きにしていた。
いったい、この子供たちは何者であるのか?
いったい、何をしようとしているのか?
人間たちが知る由も無いことではあるが、その正体はガスパールとリリサ、そしてアガサ……のみならず、話を聞いて乗り気になってついてきたドラゴンたちである。
その誰もがお菓子と馨を独り占めするべく、この勝負に乗り込んできたのであった。
「よーし、まずはぼくがゆくのだ!」
すると、そのうちのひとり……先頭を歩いていた金髪の男の子がお菓子の露店をやっている老婆の前にやってきて、そして緊張した顔で息を吸い込むと、こう告げたのである。
「と、とりっく・おあ・とりーと!」
その瞬間、空気が凍りついた。
人々は、その言葉が何であるのか、何を意味するものであるのか、まったくわからなかったからである。
そして数秒ほど過ぎた頃だろうか……最初に正気に戻ったのは菓子売りの老婆であった。
「……は? お菓子を買うんじゃないならむこうにおゆき! こっちは忙しいんだからね!」
「……え?」
すると、今度はその男の子のほうが驚いた表情になる。
「おかしは? ハロウィンだよ?」
「銅貨一枚だよ」
「え? とりっく・おあ・とりーとだよ?」
「し、知らないね! ほら、邪魔だからさっさと向こうにおゆき!!」
信じられない……目を見開いて表情だけでそんな言葉を訴えながら、ガスパールはよろよろと後ろに下がった。
「だ、だめなのだ……にんげんのおとなは、とりっく・おあ・とりーとっていっても、なにもくれないのだ。
みんな、ハロウィンをしらないのだ」
「ガスパール、ないちゃだめなの!」
涙目のガスパールを、後ろからリリサが抱きしめる。
なんだかんだで、仲のいい二匹なのだ。
「こっちもなのです。 そんなはずはないのです。 ほんとうにカオルがそういったのです?」
ガスパールが涙をぬぐっていると、同じように涙目のアガサがフラフラとした足取りでやってきた。
「うそじゃないのだ。 カオルがほんとうにそういったのだ! えっと……とりっく・おあ・とりーとっていうのは、おかしをくれないといたずらしちゃうぞっていういみで、イタズラされたくないからみんなおかしをくれるって……」
だが、その時である。
リリサがハッとした顔で両手を打ち合わせ、目を見開いた。
「あ、リリサ、わかりましたなの! なぜおかしがもらえないのか、わかっちゃいましたなの!」
「おお、さすがリリサ、かしこい! えらい!」
「おお、リリサ! アガサにもおしえるのです!!」
そして彼女は自信満々にこう告げたのである。
「おかしをくれなかったのに、いたずらしなかったのがいけなかったのです!」
「おお、なのです!」
「おお、なのだ!」
おもいっきり誤解であった。
だが、その言葉に、ガスパールとアガサのみならず、お菓子をもらえず打ちひしがれていたドラゴンたちが目を輝かせたのである。
そして彼らはとんでもない行動を開始した。
「とりっく・おあ・とりーとぉ! おかしをくれないから、イタズラするのぉ!!」
「するのだ!」
「するのです!」
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
晴れ渡る街の空に、老婆の叫びが響き渡る。
彼女の大切な屋台は、リリサによって近所の民家の屋根の上へと速やかに引越しを果たしていた。
「ふははははは、おもいしったか、にんげんども! なのだ!」
「これいじょういたずらされたくなかったら、さっさとおかしをだすの!」
「むだなていこうはやめるのです!」
だが、そこに帰ってきた言葉は、彼らが予想もしていない言葉だったのである。
「お菓子は今あんたたちがアタシの手の届かないところにもっていっちまっただろ!
大事な屋台をあんなところに運ばれちまって、アタシゃこのあとどうやって生活すればいいんだいっ!!」
「……あ」
老婆にしかられたガスパールたちは、しょんぼりとしながら屋台を屋根からおろそうとする。
だが、その時である。
「うわっ!?」
屋根の腐った部分に足を踏み入れてしまったガスパールは、見事に板を踏み抜いてバランスを崩してしまった。
そして、手にしていた屋台を思わず放り投げてしまったのである。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
老婆の悲鳴につづいて、ガシャンともズドンともつかない大きな音が街中に響き渡った。
……だが。
「おい、なんだこりゃ?」
壊れた屋台の中からお菓子と共に出てきたのは、なんと石弓と大量の矢。
むろん、お菓子の屋台にそんなものは必用無い。
いったいなぜ、そんなものがここにあるのか?
考えられる理由は、どれも不穏当なものである。
「おいっ! 捕まえろ!!」
その場から無言で逃げ出そうとした老婆に気づき、その場に居合わせた騎士が声を張り上げ、巡回していた自警団が取り押さえようとする。
だが、老婆は年寄りとは思えない速さで人垣の中に紛れ込もうとし、そのまま逃げられるとおもったが……。
「とりっく・おあ・とりーとぉ! おかしをくれないから、イタズラするよー!!」
お菓子を求めてさまよっていたドラゴンによって足を引っ掛けられ、ものすごい勢いで転倒した。
その衝撃で老婆の顔から変装用の樹脂とカツラがはずれて飛んでゆく。
「こいつ、変装していたのか!」
気が付くと、そこにいたのはまだ若い女兵士であった。
「くそっ、こんなことで……」
転倒した拍子に足をひねった女兵士は、苦悶の表情を浮かべながらそれでも足を引きずりつつに逃げようとする。
しかし、そこに獣の目をした自警団の男たちが容赦なく殺到した。
「あっ、貴様、どこを触って……いやぁぁぁぁぁ!!」
降って沸いたような役得である。
「ところで君、最初からあそこに武器があるとわかっていたのかね?」
一連の騒ぎを見届けると、捕縛の指示を出した騎士はなにげなくガスパールたちにそんな疑問を投げかけた。
「ちがうよ。 とりっく・おあ・とりーとっていってもおかしをくれないから、ハロウィンのおきてにしたがっていたずらしたのだ。
かくされたぶきをさがしてほしいの?」
本能的に財宝の存在を嗅ぎつけるドラゴンの能力をもってすれば、人間の隠した武器を探し当てるなど造作も無いことである。
「あぁ、ぜひとも探してくれないか?」
「じゃあ……おかしをくれるならばさがしてあげるのだ。
みんなもそれでいいよね?」
「おー!」
ガスパールが後ろを振り向くと、幼児の姿をしたドラゴンたちが、その小さな手を突き上げてかわいい声で雄たけびをあげた。
その後、街のあちこちで悲鳴が上がり、この街を襲撃するために隠されていた武器は次々に没収され、隣国の兵士たちもまた次々に検挙されることとなる。
かくして、この街を襲うはずだった恐るべき危機は未然に防がれたのであった。
もっとも、この騒動によって街の武器屋と装備を溜め込んでいた冒険者が多大な被害を被ったのは言うまでも無い。
そして全ての武器を回収しおわった頃。
すでに月は南の空高くに上り、あたりはすっかり真夜中になっていた。
こんな時間になってしまったのは、ひとえに捕まえた不審者やガスパールたちの素性調査を含め、いろいろと手続きがあったためである。
もっとも、ガスパールたちの正体についてはまったくわからなかったわけではあるが。
「さぁ、これは約束のお菓子だ。 好きなだけもって行くといい」
そして騎士の詰め所には、菓子が山のように積み上げられていた。
すべて街の住人からのお礼である。
「おお、たくさん!」
「いっぱいあるのです! どれにするかまようのです!」
「ハロウィン、ばんざいなの!」
お礼お菓子を前に、ドラゴンたちは目を輝かせながら一斉に飛びかかる。
化け物じみた力をもっているのに、こういうところだけは子供らしいのだな……と、その場に居合わせた騎士や自警団の男たちは苦笑いにもにた笑みを浮かべていた。
すると、遠くから今日という日の終わりを告げる鐘の音が聞こえ始めた。
「あぁ、もうこんな時間か。 なんともキツい一日だったなぁ」
そんな何気ない騎士の呟きを聞きつけたアガサが、お菓子をあさる手をとめてハッと目を開く。
「あ、まずいのですガスパール。 そろそろ、もとのすがたにもどるじかんなのです」
「それはまずいのだ! はやくかえらなきゃ!」
アガサの言葉に、ガスパールをはじめとするドラゴンたちが動きを止めた。
「元の姿?」
騎士の呟きに、誰も答えるものはいなかった。
そう。 このカレーの効果はその日が終わるまでしか続かない。
この鐘が鳴り終わったら、ドラゴンの姿に戻ってしまうのだ。
特にガスパールたちよりもはるかに巨大な体を持つアガサが街の中で元の姿に戻ってしまうと、せっかく救われた街がそのまま潰れてしまうだろう。
「おい、いったいどうした? ……これは!?」
子供達の異変に気づいた騎士が声をかけるが、途中でその言葉が飲み込まれる。
なぜなら、目の前でなにやら騒いでいる子供達の全身から、砕けはじめた変化の魔力の破片……金色を帯びた光の粒が放たれはじめたからだ。
しかも、その背中にはいつのまにか周囲に満ちる光の色とおなじ金色の翼が生えているではないか。
「き、君たちは……」
だが、子供たちはその言葉に答えず、お菓子をかかえたまま外に向かって走り出すと、翼を広げて空へと舞い上がった。
「まって、ガスパール! わたし、飛べないです!!」
しかし、悲鳴をあげたものがいる。 アガサだった。
彼女の場合、翼は生えているものの、あまりにも小さすぎて役に立っていないのだ。
だが、彼女を抱えて飛ぶならば、両手に抱えたお菓子を我慢しなくてはならない。
すると、ガスパールとリリサはお互いにしばし見詰め合い、手にしたお菓子を全て投げ捨てた。
「……しょうがないのだ。 お菓子よりアガサのほうが大事なのだ」
「ガスパールは右をおねがいするの」
そして、アガサの体を両側から抱きかかえると、力強く翼を翻し、三人で空へと舞い上がる。
その時であった。
「おい、これをつかえ!」
その場にいた一人の騎士が、自らのマントを脱ぎ捨てると……それを風呂敷のようにつかんでその場にあったお菓子を詰め込んだのである。
その行動に、周囲の者達が悲鳴を上げそうになった。
なぜなら、そのマントは騎士として叙勲された際に下賜されるものであり、騎士にとっては自らの誇りにも等しいものだったからだ。
だが、騎士はためらうことなくそのマントを包みとして使い、ガスパールたちに差し出した。
「ありがとうなのだ。 お前にもよいハロウィンがおとずれるといいのだ」
「ハッピーハロウィンですの」
「よいハロウィンを、なのです」
アガサがその包みを受け取ると、ガスパールたちは口々に祝福の言葉を唱え、月の輝く夜空へと、高く高く舞い上がってゆく。
そして天使のような姿のドラゴンたちは、街中に光の粒を雨のように散らしながらはるか遠い場所へと消えていった。
「結局……ハロウィンって何だったんだ?」
騎士の口からこぼれたその問いかけに、答えを返すものは誰もいない。
やがて、この事件を記念して一つの風習が生まれた。
毎年同じ日になると子供たちが金色の羽を背負って待ちを練り歩き、大人からお菓子をもらうという風習である。
そして――その日を誰ともなしにハロウィンと呼び始めた。
**********
そしてハロウィン当日。 珍しく週末でもないのにドラゴンたちの元へと馨がやってきた。
その手には山のようにお菓子が抱えられており、どうやら彼なりにガスパールたちを楽しませようと考えたらしい。
だが、そんな彼に試練の時が待ち受けていようとは、誰も想像すらしていなかった。
「よしよしガスパール。 今日はハロウィンのお菓子をたくさんもってきたぞ……って、なんでおまえら全員子供の格好をしているんだ!?」
ドラゴンたちの洞窟にやってきた馨を待っていたのは、数十人にもおよぶ子供たち。
「はろいんのおかしは、もういっぱいもらったのだ。 なので、あとはおもてなしをするばんなのだ!」
「アガサはかしこいのです! このすがたなら、みんなでいちどにカオルをペロペロできることにきづいたのです!」
「ちょ、まって! 俺じゃなくてお菓子のほうが……」
危険を感じた馨が思わず後ずさりするも、逃げ場など無い。
「ぼくたちは、おかしよりも、カレーがすきで、カレーよりもカオルがすきなのです! みんな、ゆくよ!!」
暗い洞窟に子供達の歓声がほとばしり、続いて野太いアラサーの悲鳴が響き渡った。
「おかしをくれないと、いたずらしちゃうぞ!」
「あ、ちがうよ、ガスパール」
そして、ドラゴンたちは、涙目で体を抱えつつ震えている馨に向かい、声をそろえて叫んだのである。
「おかしをくれても、
その日、馨は涎まみれになりながら、湿った上にボロボロになった服を地面に叩き付け、二度とカレーにカボチャを入れないことを誓ったのだそうな。
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