竜使いの週末

第8話

「どっ、ドラゴンだあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

　ガスパールたちが姿を現すと、街の人間たちは大声で悲鳴を上げた。

　だが、そのときである。

「みろ、あの怪しい奴が何かしていたぞ!　あいつがドラゴンを呼んだんだ!!」

「まさか、この魔物の群れもあいつが!?」

　どうやら俺の動きに注視していた奴がいたらしく、下にひしめいている群衆の中からそんな声が聞こえてきた。

「おとなしくしていろ愚民共!　さもないと、ドラゴンの炎で消し炭にするぞ!!」

　俺が脅し文句を叫ぶと、こちらに上ってこようとした奴らの体がビクリと震えた。

「静まれ、馬鹿共。

　今からこのわたしが、無力なお前らにかわって魔物の脅威を排除してやるのだから黙って見ているがいい!!」

「え……魔物の排除？」

「敵じゃないのか？」

　俺がわざと芝居のかかった口調でそう告げると、群集が顔を見合わせてうろたえ始めた。

　そのときである。

　近づいてきたドラゴンから、魂が震えるような雄たけびが響き渡ったのである。

　それは、魔物の群れがガスパールたちの射程距離にはいったという合図であった。

「見よ、これが竜使いである私の力だ!!」

　俺は民衆の前で両腕を広げ、宣言を放つ。

　そして通販で購入しておいた、日本では流通の禁止されている高い出力のレーザーポインターを魔物の群れの一番密度の高い場所に照射した。

　ドラゴンたちがそろって大きく息を吸い込む。

「畏れを知る者は皆伏せるがいい!!」

　次の瞬間、街の景色が炎の照り返しで赤く染まり、耳を突き刺すような轟音が体ごと震わした。

　つづいて、見えざる巨人のような暴風が大地を撫でる。

　……おわったか？

　だが、それは俺の願望に過ぎなかった。

　濛々たる土埃のむこうにドラゴンよりもさらに巨大な影が映りこむ。

「グモオォォォォォォォォォォォ!!」

　それが怒りの声を上げると、土煙は風と共に引き継ぎられて四散した。

　現れたのは、真っ赤な毛並みを持つ生き物。

　牛と猪をかけあわせたような印象だが、そのまとう雰囲気は肉食獣のそれであった

「うっ、うわあぁぁぁぁ!　なんだこりゃあぁぁぁぁ!?」

　まるで山のような存在が、すさまじい振動を引き連れてこちらに向かってくる。

　その恐怖に、俺の心は粉々に打ち砕かれた。

　気が付けば、先ほどまで魔物の暴走に備えていたはずの騎士団や冒険者たちも、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。

　それでいい。

　あれは生きている山だ。

　人がどうこうできる存在ではない。

　しかし、ドラゴンのブレスを食らったはずなのにたいしたダメージを受けた感じでもないな。

　精査を使って相手を調べると、レッドベヒーモス:火炎・物理耐性との表示がかえってくる。

　まずい……こいつにドラゴンブレスはほとんど効果が無い!?

　再びドラゴンたちから耳をつんざくような音とともにブレスが吐き出された。

　だが……その圧倒的な火力にもかかわらずレッドベヒーモスの足は止まらない。

　むしろ怒り狂った声を上げながらそのスピードを速めている。

　どうする!?

　俺の頬を撫でて冷たい汗が滴り落ちた。

『カオル、逃げて、こいつ、とまらない!!』

　上からガスパールの悲鳴が聞こえてきた。

　けど、逃げてどうする？

　リリサは？　ほかのドラゴンたちは？

　懊悩する俺の目の前では、勇ましい声と共にドラゴンたちがレッドベヒーモスに飛び掛ってその牙と爪でレッドベヒーモスを引き裂こうとする。

　だが、相手があまりにも大きく硬すぎて簡単に振り払われてしまった。

　ダメだ……。

　精査を使ってガスパールたちがレッドベヒーモスを撃退できる可能性を計算し、その絶望的な数字に思わず膝が砕ける。

『おまえ、きらい!　あっちいけ!』

　ガスパールの悲痛な悲鳴が空から響いた。

　くそっ、向きを変えてさえくれたら……？

　あぁ、そうか!

　俺はドラゴンという戦力があるために、基本的なことを忘れていた。

　なにも、倒す必要はないんだ。

　俺はすかさず精査を使い、考え付いたプランの成功率をはじき出す。

　――よし、いける!

　俺は転移の紋章を発動させると、地面にへたりこんだまま街の外に移動した。

　そう……レッドベヒーモスの側面に。

「よ、よぉ、化け物。　ちょっとこっちを見てくれないか……な？」

　そして、奴の急所である目にレーザーポイントの照準を合わせると、最大出力で照射したのである。

「プギャアァァァァァァァァァ!!」

　レッドベヒーモスは子豚のような悲鳴を上げてのた打ち回った。

　そしてその巨大な目を俺にむけると、予想通りこちらに突進してきたのである。

　う、うわわわわ、怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

　はやく転移で逃げよう。

　だが……体がこわばって転移が発動出来ない？

　俺は、迫り来るレッドベヒーモスの恐怖に腰を抜かしていた。

『カオル、だめ、にげて!!』

　ガスパールの声が上から響き渡る。

　――ごめん、どうやら俺はここまでのようだ。

　俺は静かに目を閉じ、死の衝撃に備えた。

　だが、いつまでたってもその時がこない。

「あれ？　なん……で……うぇっぷ」

　突然、生暖かくてベトベトしたものが俺の全身を包む。

　まさか、これって？

　その時になって、ようやく俺は思い出した。

　Behamath（ベヒーモス）……その綴りを別の読み方にすると、バハムート。

　おわかりだろうか？

　そう。　実はこいつ、こんなナリをしていて、実はドラゴンだったのである。

　精査で調べると、背中にも毛皮に埋もれる程度のちっちゃな羽があるらしい。

　そして理解する。

　じつは、こいつは街を潰しにきたのでも、リリサのいる場所を目指しているのではなかったのだ。

　……まさか、こいつが街を目指していた原因が、俺の残り香だったなんて!!

「ぶひゅー　ぶひゅー　ふふふん」

　レッドベヒーモスは一通り俺の体を嘗め回してその匂いを堪能すると、満足して森へと帰っていった。

　そのあと、俺にこびりついたレッドベヒーモスの匂いが気に入らないのか、ガスパールをはじめとするドラゴンたちから死ぬほど舐められたのは言うまでもない。

「帰るか」

　誰にともなしに独り言を呟くと、俺はそのまま自分のアパートへと転移した。

　かくして、涎まみれでなんとも格好が付かないが、それでも俺はドラゴンたちを守りきったのである。