エピローグ

「じゃあ、お先に失礼しまーす」

 タイムカードを押すと、俺は上司の目を盗んでそそくさと席を立った。


「あぁっ、まってコニたん! いや、小西様! この海外からのメールに返信しないと俺の仕事が終わらないの!! 得意分野でしょ? 助けてコニタン!!」

 ちっ、気づきやがったか。

 目ざといやつめ。


「ふっ、待ちませんぞグッさん課長殿。 お前が俺に仕事を振り忘れたのが悪いのだ!!

 はぁーははははははははははっはっはっ!!」

「あぁーっ! 後生でございます! お慈悲を、お慈悲を!!」

「えぇ、このたわけが! この、ぷれみあむふらいでーの夜を何と心得る!

 わがプレ金を邪魔するということは、お上の方針にたてつくということ。

 なんたる不心得者!! 成敗いたす!!」

「あーれー」

「山口課長、小西係長、遊んでるなら仕事してください」

「……はい」

 くっ、残業で残っていた女子社員に怒られてしまった。

 その冷たい視線が癖になりそうだぜ。


 てなわけで、俺は友人にして上司である山口課長の後ろで、奴の書いた文章をアラビア語に翻訳して送り返す。

 どんな難解な言語も、翻訳のスキルを持つ俺にかかれば母国語と変わらない。


「コニたん、最近本当に翻訳早くなったなぁ。

 まるでバイリンガルみたいだぜ?」

「まぁ、いろいろとあってな」

 まさか、異世界で翻訳スキルを身につけましたとは口が裂けても……いや、こいつとならば一緒に異世界に行くのも楽しそうだな。

 そんなことを考えていると、我が友人はロクでもないことをいいだした。


「最近、コニたんを海外に出張に出そうかって話が出ているみたいだけど……」

「やなこった」

「えー、中東に出張すれば、コニたんの好きなカレーの材料が割安でいろいろと手に入るだろ?」

「カレーは珍しいスパイスをぶっこめばいいって代物じゃないんだよ、この不心得者めが!

 貴様もカレーに目覚め、カレーの深淵を知れ!!」

 そんな会話をしているうちに、俺はふとあることを思いついた。


「そうだ、よかったら次の週末は俺の家でカレーパーティーでもしないか?

 部署の気の合う連中をつれてさ」

 ちなみに、最近は異世界に行ってもガスパールやリリサを撫で回すことしかしていない。

 下手に街にゆくと、またレッドベヒーモスを招き寄せてしまうからだ。

 それとごろか、街の危機に駆けつけなかったという俺の悪い評判は、冒険者ギルドを通じて全国に知れ渡ってしまっているらしく、街を歩いていると肩身が狭い。


 なお、あの街を救った竜使いに関してはもはや崇拝されており、現地で宗教が生まれそうな勢いなのだそうな。

 本人とはえらい違いである。

 しかも、偽者が大量に発生しているので、きっと俺がその正体を明かしても誰も信じないことだろう。


「お、いいねぇ。 来週の頭あたりにでもみんなに声かけてみるか。

 コニたんのファビュラスなカレー、期待してるぜ!!」

「あ、小西係長のカレーですか? いいなー、たべたーい!!」

 すかさず、部下である女子たちも食いついてくる。

 現金といわれてしまうかもしれないが、なんとなく気分がいい。


「あぁ、期待してくれ。 人生が変わるようなカレーをご馳走してやるさ」

 そうだよ。

 向こうの世界に気の会う奴らがいないならば、こっちから気の合う奴らを連れてゆけばいいじゃないか。


 みんなでドラゴンに会いに行こう。

 みんなで見たことも無い街を見に行こう!


 たとえまたひどい評価を受けたとしても、一人で行って馬鹿にされるよりも、みんなでひどいなって笑いあえるならきっと楽しい。


「じゃあ、俺はもう帰るよ」

 俺は異世界に連れて行った奴らがどんな顔をするかを想像しつつ、タイムカードを押した。


 ――さぁ、カレーを作ってガスパールとリリサに会いに行こう。

 竜使いの週末の始まりだ。

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