番外編:竜たちの万聖節/前編
「だあぁぁぁぁぁ! ダメだこりゃ! こんなのつかえるか!!」
その日、俺――小西薫は異世界にある洞窟の中で、カレー鍋を前にしてわめき散らしていた。
「なにしてるの、カオル?」
俺の声を聞きつけたのか、ふいに後ろから声が聞こえ、大きな影が俺を覆う。
もしもその光景を何もしらない人間が見たら、悲鳴を上げるか気絶するかのどちらかに違いない。
なぜなら……そこにいたのがヤギを一口で飲み込みそうなほど大きなドラゴンだったからだ。
「何って、ハロウィンが近いからカボチャのカレーを作ってみたんだが、なんか思うようなのができなくてな」
「おいしくないの?」
「いや、そうじゃないんだ……」
「だったら、なにももんだいなの?」
そういいながら、こてんと首をかしげるこの巨大なドラゴンの名はガスパール。
これでも、このドラゴンの集落の長だったりする。
口を開くと幼稚園児みたいだが、どのドラゴンもそこは似たようなものなので気にしてはいけない。
「たとえばこれなんだが、味はともかく効果がなぁ……一定時間幼児に変身する効果って、どんな使い道あるんだよ」
そう、俺が地球からこの世界に持ち込んだスパイスやカレーには、どれも不思議な効果が宿る。
俺の持っているスキル……マジカルスパイスは、この魔力を帯びたスパイスを調合してさまざまな効果を持つカレーを作る能力なのだ。
だが、なかなか狙い通りの効果をもたせるのは難しかったりする。
ゆえに、こんな失敗作を作る事も珍しくは無い。
「たべるとこどもになっちゃうの?」
「そう。 にんげんの子供になっちゃうの。
本当はハロウィンらしくいろんな姿に変身できるカレーを作りたかったんたけど、どうも人間の子供にしか変身できない代物らしいんだよな。
しかも効果がその日の12時までって、シンデレラかよ。
……とりあえず、間違えて食べるとまずいから、他の失敗作と一緒に誰もこないところに捨てておいてくれるか?」
間違えてドラゴンが食べたら困ったことになりかねない。
事件が起きる前に処分してしまわなくては。
「ハロウィン?」
だが、ガスパールは俺の言葉にふたたび首をかしげる。
そうか、異世界にはハロウィンなんてないもんなぁ。
「俺のふだん住んでいる世界では、ハロウィンというお祭りがあってな。
子供たちがお化けの格好をして、近所の家の大人たちに『Trick or treat!』って叫ぶんだ。
お菓子をくれないと、悪戯しちゃうぞって意味の言葉だな。
そうすると、大人たちは子供たちに悪戯されないようにお菓子をくれるのさ」
「なんだか、おもしろそう……ぼくもおばけになったらおかしもらえるの?」
そんな無邪気な反応に、俺の口から思わず苦笑が漏れる。
ほんと、かわいい奴だよなぁ。
俺は手を伸ばし、ガスパールの鼻先をこりこりと爪の先でこする。
すると、ガスパールは気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らした。
「それは子供の楽しみ方だよ。 ガスパールは大人だろ? 大人は……そうだな、お化けの格好をしておいしいものを食べるかな」
だが、俺は気づいていなかった。
この何気ないやり取りが、とんでもない騒ぎを引き起こすことに。
その結末を俺が知るのは、一週間後の事であった。
**********
薫が自分の世界に戻った後のことである。
ガスパールは薫から聞いた話を自慢するために、
「アガサ、ハロウィンをしってるかなのだ?」
「しらないです。 どうでもいいから、カオルをペロペロしたいです。 カオル、どこです? ガスパールからカオルのニオイがぷんぷんするのです」
ガスパールの言葉にこたえたのは、まるで山のような巨体を持つ生き物だった。
彼女の名は、アガサ。
カオルによってそう名づけられたメスのレッドベヒーモスである。
「むっ、カオルはぼくたちのなかまなのだ!」
「ひとりじめ、よくないです。 カオルはドラゴンに属するみんなのものです!」
「けんかはダメなの!」
薫を巡ってガスパールとアガサが喧嘩をはじめると、すかさずリリサが慣れた感じで止めに入った。
さて、なぜリリサが仲裁に慣れてしまったかと言うと……全ての原因は小西薫という男が異世界に渡る際に手に入れた特殊能力にある。
彼の手に入れた竜魅了体質という能力は、彼の匂い、感触、声の全てにドラゴンを魅了する力を与えるという、ドラゴン限定でとんでもないしろものだった。
そのため、彼と接触したドラゴンはすべからく薫に夢中となってしまっているのだ。
なお、薫が与える刺激のなかでドラゴンたちがなによりも好むのは……味覚である。
薫の肌を直接舐めると、彼らは限りない幸福感に満たされるのだ。
そのためドラゴンたちはその舌で薫の感触を楽しみ、彼を唾液まみれにして自分の匂いに染めることが大好きであった。
そんなわけで、リリサが口で止めても我侭なガスパールとアガサが素直に聞き入れるはずも無く……。
「やるのか!」
「やってやるのです!」
両者はさらに興奮し、その口からはチロチロと炎が漏れている。
彼らの様子を見たリリサは、その鼻からふーっと長く火を噴くと、あきれたようにこう切り出した。
「ガスパール、アガサ、カオルはけんかはダメだといいましたの。
ほかのほうほうを、なにかかんがえるの!」
リリサがそう告げると、ガスパールとアガサは互いに小さく唸り声をあげて、自らの激情を押さえつけるべく体を低く伏せた。
まったくもって納得は出来ないが、カオルにそう言われた以上、腕力で決着をつけるわけにはゆかない。
だが、しばらく考えた後、ガスパールが不意に目を見開く。
そして彼は、意気揚々とした調子でリリサとアガサに告げた。
「よし、じゃあハロウィンでしょうぶなのだ!」
「いみがわからないです。 せつめいするのです、ガスパール」
「ハロウィンであそぶのなの? なにするのなの?」
アガサとリリサも興味をひかれたのか、ガスパールの言葉に耳を傾けはじめる。
そしてガスパールの告げた勝負の内容とは……。
「ふふふ、ぼくはかしこいから、ハロウィンをたのしむほうほうをおもいついたのだ!
カオルのつくった、にんげんのこどもにばけるカレーをたべて、それからおばけになれば、にんげんのおとなからおかしがもらえるのだ!」
「ガスパール、にんげんのこどもになったあと、おばけになったら、もうにんげんのこどもじゃないのでは?」
「そうなのです。 いみがわからないのです」
二人からそんな反論を受けると、ガスパールは言葉に詰まって歯をガチガチと噛み鳴らした。
「うっ……でも、カオルがそういうものだっていったから、まちがいないのだ!」
「うみゅうです……カオルがいったならまちがいないですの」
とりあえず納得が行かない事は、全てカオルの意見にすれば通ってしまう……なんとも不安を感じさせるドラゴンたちの会話である。
そして、さらにリリサが場の空気を読んで余計な台詞を放り投げた。
「ガスパールのいっていることはわからないけど、カオルがそうだといっているし、なんかかっこいいなの!! かっこいい!!」
「そうなのだ! ぼくはかっこいいのだ! ……というわけで、にんげんのこどもにばけて、いちばんたくさんおかしをもらったこがいちばんかっこいいどらごんときめたのだ! でも、おばけはなんかむずかしいし、こわいからやめにするのだ!」
「おお、かっこいいのです! すごくいいのです!」
「がすぱーる、かっこいいなの!! よくわからないけど、すてきなのー!」
むろん、彼らの言葉に何か深い考えがあるわけではない。
難しく考えるのが面倒なので、全部を薫のせいにしてその場を流しただけである。
しかし、この流れによって……ドラゴンたちがにんげんの街へと押しかける事は確実になってしまったのであった。
「では、みんなカレーをたべてにんげんのまちにゆくのだ! みんな、にんげんのおとなをみたら、とりっく・おあ・とりーとってさけぶのだ!」
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