2章 第8話

 さて、当然の話だが拠点のリフォームは翌週に持ち越された。

 そもそも家の改造なんかがそんな簡単に終わるはずも無い。

 というか、それ以前に色々と決めなければならない事もたくさんあるのだ。


 会社の休憩時間の合間をぬって、俺達は何をどこに設置するかの相談を交わし、自分の好きなデザインの家具を探したりする。

 俺達の会社は雑貨と家具の輸入がメインだから、そのこだわりは半端ではない。

 そんなわけで、楽しさともどかしさの入り混じった平日をやりすごし、翌週の土曜日……ついに隠れ家第一号の基本が完成した。


 ガスパールたちの作った卵形の外壁はそのまま残し、入り口の中と外には外壁に沿って螺旋状の階段を設置。

 中には階層状の床をつくり、三階建ての建物になっている。


 外壁には白い石英を地魔法でコーティングしてあり、パッと見た感じまるで御伽噺に出てきそうな洒落た外見に仕上がっていた。

 数少ない女子たちも、これには満足しているようである。


 もっとも……出来上がったのは外側だけで、まだ内装なんかはまったくの手付かずなんだけどな。

 なので、今日は日本で買った壁紙なんかを持ち込んで内側をメインに色々と弄っているらしい。


 昨夜は早めに仕事を切り上げて全員でホームセンターに行ったのだが、まぁ揉めること揉めること。

 俺は付き合いきれないのでさっさと帰らせてもらった。

 最後まで現場にいたグッサンによると、少数派である女子が押し切るような形で内装のデザインが決まったそうだ。

 こういう時は女子のほうが圧倒的に強いよな。


 なお、そのグッサンはというと……今日はドラゴンの巣穴に一人で篭り、習い覚えた地魔術をベースにこの世界の魔術について色々と研究をしている。 実に奴らしい過ごし方だ。

 本人の曰く……目標は俺に頼らずにこの世界と日本を行き来することらしい。


 さて、そんなこんなで皆が有意義に働く中……俺はというと実は何もする事がなかった。


 隠れ家の作業は部下達の楽しみなので手が出せず、かといって一人でドラゴンたちと戯れるのも気が引ける。

 しょうがないので、もっぱら奴等が無茶なことをしないかの監督を留めているぐらいだが、もはやそれすら建前の状態であり、本気でやる事が無いのだ。


 しかたがないので今は一人で炭火を起こし、日本で買ってきた肉の下ごしらえをしているところである。

 とりあえず疲れているだろうから、ニンニクたっぷりでゆくぞ!


 とまぁ、そんな作業をしているといつの間にか太陽は南の天高くのぼり、かすかに腹の虫が反応をはじめた。

 そろそろいい時間だから肉を焼き始めようかな。


 まずはカルビにしようか、それとも牛タンにしようか?

 実に贅沢な悩みである。


「うわぁ、いい匂い!」

「おなかすいたぁ!」

 俺が肉を焼き始めると、そのにおいに誘われたかのように部下たちがワラワラと近寄ってきた。

 そして勝手にクーラーボックスからビールを取り出し、グビグビとやらかす。

 出来れば最初にみんなそろって乾杯をしてから……と思わなくもなかったが、そんな些細なこだわりのために我慢をさせるのもしのびない。

 おかげで、妖魔の森の一角はいつの間にか宴会会場に様変わりである。


「おいしぃぃぃぃぃ!」

「焼肉、最高!!」

「小西係長、カレー以外も作れたんですね」

「……お前、飯抜きな」

 無礼なことを言う部下をジト目で睨みながら、俺は荷物の中から紙皿と焼肉のタレを取り出して皆に配りつづける。


「ひどい! 断固として抗議します!!」

「よっしゃぁっ! じゃあ、こいつの分の肉は俺にください!」

「貴様、裏切るのか!?」

 その必死な声に、周囲にはいくつもの笑い声が生まれた。

 やはり大勢での食事ってのは気持ちがいいよな。


 なお、この焼肉は俺とグッサンのおごりである。

 お前ら、少しは感謝しろよ!?


「ガスパール! 一緒に食べるか?」

 俺は秘密基地の屋根で居眠りをしているガスパールに声をかけたものの、かえってきたのは大きな欠伸だけ。

 どうやら、そのままほっといてほしいらしい。


 刻は不明。

 日はお昼時。

 照りつける日差しは強く、クーラーボックスの中には冷えたビール。

 森の広場に肉の焼ける匂い満ちて、

 部下、腹減ったと名乗り出で、

 ガスパール屋根で居眠り、神、天にそらしめす。

 なべて世の中は事もなし。


 そう、その時まではまさに"事もなし"だったのである。

 異変が起きたのは、内装の壁紙張りも終わり、ソファーやテーブルといった家具を運び入れ始めた頃だった。


「係長ぉー 漫画と本棚を転移で運んでください!」

「何勝手なこと言ってんのよ! 絨毯敷くほうが先でしょ!!」

 転移という便利なものがあるため、急ピッチで荷物が運び込まれている。

 お前ら、頼むのはいいけど『お願いします』の言葉はないのか? ……ったく、人を便利にこき使いやがって。


「おい、荷物を転移させるぞ! 危ないから少し離れろ!」

 問題が起きたのは、絨毯を広げ終わり、二階の個室に本棚を呼び出したその時である。


 不意にぐらり……と、眩暈のようなものを感じて俺は不吉な予感に囚われた。

 そして次の瞬間、俺はこの建物が卵型をしていることを思い出す。

 ――しまった! これはまずい!!

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