2章 第9話

 そして異変は始まった。

 ズザザと音を立て、ソファーが絨毯を乱暴にめくりながら床を走る。

 つづいてガシャンと陶器の割れる音が別の部屋から響いた。


「きゃあぁぁぁぁ!!」

「うわあぁぁぁぁぁ!!」

 部屋の中で作業していた部下たちも、悲鳴を上げながら床に転がる。

 地面の角度は、もはや誰の目から見ても大きく傾きつつあった。


 なぜこんな事が起きているのか?

 そう、デザインだけを考えて満足していた俺達は、建物の重心が不安定であることを失念していたのだ。

 偏った家具の配置と、外壁を支柱がわりにした柱のない構造、あとは外から強めの風でも加わればこうってもしかたがない。


 やむをえん、脱出だ!

 俺は壁に張り付いた本棚に背中を預け、即座に精査と転移を同時発動させる。

 部下達の現在位置は把握した……あとは、別の部屋にいる部下を、位置情報だけで転移させる事ができるかだ。

 基本的に、俺は位置がはっきりしていて動きの無い者しか転移させる事はできない。

 いや……できるかではない。 やらなくちゃならないんだ!


 一瞬体がブレるものの、転移には至らない。

 くそっ、失敗だ。 もう一度!!


「いけっ、いけったら、いきやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 気が狂わんばかりの気合と共に、転移の魔術に力を注ぎ込む。


 そして……次の瞬間、俺の体は建物の外に放り出された。

 だが、位置の絞込みが甘かったのか、そこは地面からは三十センチほど上の空中。


「痛っ!?」

 着地に失敗した俺は、無様に尻餅をついて呻き声を上げた。

 続いてドサリドサリと音を立てて、部下達の体が虚空から現れて地面に放り出される。


 ――成功したのか!?

 俺はきしむ体を無理やり起こし、転移してきた人数を数え始めた。


「ふぅ……全員いやがる」

 その人数を数え、俺はホッと胸をなでおろす。

 同じことをもう一度やれといわれても、成功する自信は無い。


 そして、脱力する俺の目の前で、俺達の隠れ家第一号は見事に横倒しとなり……そしてオモチャのようにズズッと音を立てて起き上がった。

 その拍子に、屋根で寝ていたガスパールが地面に放り出される。

 あ、痛そう。


 同時に、俺はこの建物転倒の原因を悟った。

 ……こいつ、わりと寝相悪いんだよな。


『ぴぎゃあぁぁぁぁぁぁ!? なに、なにがおきたの!?』

 地面に放り出されて仰向けにひっくり返ったガスパールは、びっくりした声と共に目を覚ました。

 いや、あの勢いで地面を転がってそれだけって、丈夫だなお前。


『あれ? ぼくのカレーは? やっとたべるところだったのに』

 起き上がったガスパールは、悲しそうな顔でキョロキョロと周囲を見回す。

 その様子がおかしくて、重症確実な大事故未遂の直後であるにも関わらず誰ともなしに笑い出した。


「お前らな……何をのんきな。

 建物の設計が甘かったせいで、危うく大怪我するところだったんだぞ?」

 まぁ、トドメをさしたのはガスパールの寝相だけどな。


「す、すいません小西係長。 でも、なんか、おかしくって」

「そもそも、係長だって笑っているじゃないですかー」

 まぁ、そう言われると返す言葉もないな。


「ガスパール。 屋根の上でお昼寝するのはやめておこうか」

『はうーん……ごめんなさいなのだ』

 ガスパールは俺に叱られたのが悲しかったのか、しょんぼりとした顔で周囲を見回すと、何か迷惑をかけてしまったことを悟ったらしい。

 そして、そのまますごすごと森の奥へと消えていった。

 どうやら、今度はちゃんとしたお昼寝の場所を見つけて不貞寝を決め込むつもりのようだ。


「えーっと、あの建物……どうしましょう?」

 部下から声をかけられて気が付いたが、例の卵形の建物はいつのまにかゆれが落ちまり、元の状態に戻っている。

 破損状況は……問題なさそうだな。

 もとの巣がよほど頑丈に作られていたのか、外装の大理石がいくつかはがれてはいるものの、目だった破損は見られない。


「地盤との接合を急げ。 二度とこんな事はおこさないようにしろ。

 その後でグチャグチャになった荷物を整理するぞ」

「了解です!」

 俺が指示を出すと、部下たちはすぐに作業に取り掛かり始めた。

 あれだけの事故に巻き込まれそうになったのに、まったくひるむ様子は無い。

 我が部下ながら、鋼のようなメンタルだ。

 まぁ、俺が普段から無茶をやらかすせいかもしれないから何も言わないけど。


 そして建物の固定と外装の修復が終わり、全員が中の荷物の片付けに入ったころのことである。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 建物の入り口から悲鳴が聞こえてきた。

 駆けつけると、何人かが必死でドアを押さえつけている。


「何があった!」

「よくわかりません! 外からよくわからない透明なものが襲い掛かってきて……」


「きゃあぁぁぁ!」

 今度は上の階から悲鳴と共に窓の閉まる音が響き渡る。

 くそっ、いったい何が攻めてきた!?


「ま、窓の外に何か気持ちの悪いものが!!」

「総員、窓を閉めろ! 中への侵入を許すな!!

 あと、変なものを見た奴! 検索をかけて正体を探れ!!」

 俺は即座に篭城の指示を出すと、同時に敵の情報を探らせた。


 すると、数分ほど後に、怪物を見た部下が青い顔でその名を告げる。


「す、スライムの一種です! ……マナ・イーター!?」

 告げられた言葉に、俺はふたたび嫌な予感を覚えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る