2章 第19話
「……なんだありゃ」
様子を見るために、ドラゴンに戻ったガスパールに乗って上から視察した俺が見たものは、
しかも、それは自然に起きたものではない。
なぜなら……まるで火薬でも使っているかのように、赤い光を伴って小さな爆発が何度も炸裂しているからだ。
精査の解析からすると、おそらく火の魔術だろう。
まだこの世界では火薬が発明されていないようだから、俺の知らない魔獣の類でもなければ他に心当たりは無いな。
だが、魔術だとしたら誰が? なぜこんなことを?
森の中で火を使う事は、いうまでもなく禁忌である。
こんなことをすれば、山火事となる事は目に見えているだろうに……。
しかし、その疑問に俺が納得できる理由を思いつくよりも早く、森の樹木が形を変えて巨大な大蛇のような姿に変わる。
――ヒイシだ。
ヒイシはその口を大きく開くと、喉の奥から真っ黒な煙を地面に向けて吐きかけた。
さらには、その周囲にいくつもの触手を作り出し、地面に向かって何度も放っている。
森の木々が邪魔で俺のいる位置からは見えないが、そこに何かいるのだろうか?
……おや?
ヒイシの体の回りで、キラキラと何かが瞬いたような気がするぞ。
西に傾き始めた太陽の光を反射したのは、おそらくは刃物。
そうか、この森の異変に気づいてこれに対応しようとしたのは、俺やゴブリンたちだけではなかったということか!
あそこで派手に暴れているのは、おそらく冒険者たちだ。
おそらく妖魔の森の異変を察知して、ヒイシを討伐にきたのだろう。
邪神クラスの魔物を倒せるならば、森の全てを焼き払ってもかまわないって事か?
まさか、この世界の住人が部外者である俺よりも大胆で容赦ない手段を使ってくるとは思ってもみなかったぞ。
「かと言って、このまま森を全て焼かれるのもなぁ」
今になって気づいたが、この森に生えている木々は妙に若い。
……というより、樹齢百歳を越えるような巨木が一本も無いのだ。
おそらく何十年か前も似たような事があり、ゴブリンたちの対応が間に合わなくて森の樹木のほとんどを駆逐することで事件を解決したのだろう。
そしてヒイシは活動するための器を失って休眠状態に……。
だから今回も同じ手を使おうとしているわけか。
愚かな。 そんなことをしても、森の木々の恐怖を強く煽りたて、この森に対するヒイシの影響力がより強まるだけだというのに。
『かおる、どうするのだ?』
「どうもこうも、森を全部焼かれると俺にとっても都合がわるいんだよな」
かといって、どちらに味方するのも感情的には受け入れがたい。
そこで俺は、自分の中の優先順位を確認する事にした。
まず、冒険者たちとヒイシでは……困ったことにヒイシのほうがまだ好感を持てる。
冒険者ギルドで受けた屈辱は、俺の中で未だに癒えていないのだ。
そしてヒイシとテオドールでは、圧倒的にテオドールが上。
つまり、俺はテオドールの都合を考えて動けばいいわけか。
「よし、まずは火を消そう」
『わかったー じゃあ、みんなを呼んで火のついたものは全部壊しちゃうのだ!』
俺が自分の意志を告げた瞬間、ガスパールが仲間を呼ぶために雷鳴のような声で叫んだ。
この声は魔法のような代物で、どんなに離れていても仲間のところに届くらしい。
これでしばらくは様子見だな。
転移を使って近くの湖から水を引いて鎮火することも考えたが、正直言って加減がわからん。
たぶん、うかつにやったら洪水を引き起こして冒険者連中を全滅させる流れではないだろうか?
心情的にはそれでもいいような気もするが、やはり殺人は目覚めが悪くなりそうだ。
しかし、見る限り冒険者のほうが不利だな。
戦局を見極めるような知識がないのでよくは分からないが、白兵戦闘の得意な奴が前に立って魔術師や火矢を構えた弓兵なんかを守というのが冒険者の基本的な動きのようである。
だが、全方位から攻撃してくるヒイシに対しては対応し切れていない感じだ。
しかし、ヒイシの攻撃はエグいな。
近くまできてようやく分かったが、ヒイシは冒険者を捕らえると、その口や肛門の中に触手をつっこんで、陵辱しながら体の中の水分をねこそぎ奪っているようである。
詳しく描写するのは躊躇われるような、とても子供には見せられない光景だ。
おそらく、性質の悪いサディスト……そういう屈辱を与えるのが好きな類と思ったほうがよさそうである。
それにしてもこの冒険者たち……この森に火を放った後でどうやって逃げるつもりだったのだろうか?
いくらなんでも、無策ではないと思うのだが。
『カオル、みんな来たよ』
そんな事を考えているうちに、他のドラゴン到着が後ろからやってきたようだ。
こうして眺めてみると、すごい威圧感である。
ヒイシはともかくてして、どうやら冒険者たちもこの様子に気づいたらしく、耳を澄ませば絶望の声がかすかに聞こえてきた。
……どちらもさぞ混乱していることだろう。
だが、慈悲は無い。
「やれ。 (炎を)食い尽くせ!!」
俺の号令に従い、ドラゴンたちが一斉に降下する。
「うわぁぁぁぁ! なんで、なんでドラゴンの群が!」
「くそっ、作戦は失敗だ! 逃げろ! 生き残りたい奴は全力で逃げるんだ!」
ガスパールが下に降りたことで、冒険者連中の悲鳴がはっきりと聞こえるようになった。
なるほど、たしかに逃げるしかないわな。
だが、どこへ?
このあたりにある植物は全てヒイシに感染している。
おそらく森から出る前に、ヒイシによって各個撃破されて全滅するのは目に見えている。
そもそも、ヒイシの枝に囚われたままの仲間たちはどうするつもりなんだ?
見捨てるのか? 実に賢明で、実にムカつく判断だよな。
さて、そんな事よりも俺はどうするべきか?
どうせこいつらには貸しこそあれど借りはない。
だが、ここで見捨ててしまえば人としての何かを失う気がするのだ。
――仕方が無い。
「そこの森の意志。 ヒイシ、聞こえているか」
『ヒイシとは我の名か?』
ほう、意外と空気が読めるんだな、邪神のくせに。
いや、邪神ならこのぐらいの知恵は持っていないほうがおかしいか。
「そうだ。 俺の故郷に伝わる森の悪霊からそう名づけた」
『悪霊か。 まぁ、いいだろう。 響きは悪くない』
「そんな事よりも、取引をしよう。 俺もこの森が灰になるのは都合が悪い。
ドラゴンに命じて火を消すかわりに、冒険者連中の命を保証するというのはどうだ?」
その言葉に、ヒイシの枝に囚われたまま死を覚悟していた冒険者たちが目を見開く。
『ふざけたことを。 こやつらを生かして街に返せば、また森を焼きに来る。 そのぐらいの事がわからないとでもおもったか』
「では……俺がしばらく預かるという形でどうだ? 場所はこの森の中に作った俺の拠点にする。
俺とお前の間において、なんらかの形で決着がつくまで森からは出さない」
その言葉に、ヒイシはすぐに返事を返さなかった。
火のついた枝を地面にこすり付けて鎮火しながら、しばし沈黙をする。
「どうした、邪神。 こっちは、お前の力が火を効率よく消す事に向いていないことぐらいお見通しだ。
早くしないと、お前の仲間にして体の器である植物たちがどんどん焼けてゆくぞ?」
『……小ざかしい。 我が身がいかなるものであるかをすでに理解して、その上で提案をしているというのか。
我としては、そやつら生かして返す事はできぬ。
だが、この炎を速やかに消し止めなければならないのも確かだ。
そしてお前の提案は、不完全ではあるが我が要望の条件を満たしておる。
さらにこちらにとって致命的な不利益もない。
よかろう。 その提案、聞き入れた』
その言葉と共にヒイシの操る枝が緩み、囚われていた冒険者達の体が自由になる。
『ただし、お前の庇護に入らず逃げている連中に関してはこちらの自由にさせてもらうぞ』
「それでかまわない。 俺もそこまでする義理はないからな」
とはいえ、逃げた連中に関してはドラゴンたちが気を利かせてくれているらしく、こちらに向かって追い立ててくれているようだ。
「なぁ、あんた……このドラゴンたちを操っているのか?
あと、前に冒険者ギルドで見たことあるような気がするんだが」
ちっ、どうやら余計な事を覚えていた奴がいたらしい。
「詮索は無用だ。 それよりも、俺の後についてこい。
嫌ならば、そのまま残ってそこの邪神と好きなだけ戦えばいい」
当然ながら、異論を挟む奴は誰もいなかった。
かくして、俺達の作った隠れ家は、冒険者達の避難場所として使われることとなったのである。
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