2章 第20話

「た、助かった……」

 俺達の隠れ家に到着した冒険者たちは、建物の中に入ったことでようやく生きた心地がしたらしく、ほぼ全員が床に座り込んで脱力していた。

 生憎と内装を修復中のため、床も壁も石がむき出しのままと言うかなり殺風景な状態である。

 会社のコネを生かして手に入れた自慢の家具やインテリアの類は、全てドラゴンたちの巣穴の一角へと撤去済みだ。


 しかし、成り行きで保護したとはいえ、この先こいつらをどう扱ったものか。

 まさか永遠にここに閉じ込めておくわけには行かないし、転移を使って街にかえすにしても……今度は転移のスキル目当てでしつこく絡まれそうな予感しかしない。

 はっきり言えば、俺はこの世界の人間を信用していないのである。

 俺がそんな腹黒い事を考えていると、冒険者たちの代表者らしき男が話しかけてきた。


「前のスタンピードから町を救った竜使いは……もしかしなくてもお前か?」

 あぁ、やっぱりそう思うよな。 この状況では。


 しかし、なんと答えるべきだろうか?

 どうにも返答のしづらい話題である。

 というのも、素直に認めても、否定しても、おそらく次にくる話題が同じだからだ。


「なぜ黙っている。 答えよ! 無礼であるぞ!!」

 俺が無視を決め込んでいると、代表者らしき男はじれたように返事を迫ってきた。

 ……となれば、返事はひとつである。


「うるさい。 黙れ」

 おそらく、こいつらとは会話をしないのが最善の策となるはずだ。


「まったく、我ながらなんでこんなヤツら助けちまったのかねぇ」

「くっ……貴様、この私を誰だと思っている!?

 ま、まぁいい。 心して聞くがいい。

 先ほどの邪神はとても人の手に負える代物では無いが、幸いなことに森でしか生きる事はできない。

 この森を焼いてしまえば、森が十分に再生するまで何も出来なくなって眠りにつくはずだ。

 邪神を封印するという崇高な任務に、お前も協力させてやる。 寛容なこの私に感謝しつつ、ありがたく……」

 ほら、来た。


 この森を全て焼きはらうだと?

 そんな無体な事が俺にできるか!

 こいつらはきっと、森で平和に暮らしているテオドールたちの事を考えた事もないのだろう。


「黙れといわなかったか?

 そっちこそ立場が分かってないな。 下手なことを言って邪神が約束を反故にしたり、俺の機嫌を損ねたらどうなるかとかは考えないのか?

 ドラゴンの餌になるか邪神の餌になるか、どちらかの運命をたどるしかないんだが、そこのところは理解してほしいものだな」

 外で聞き耳を立てていたのだろう。

 俺の台詞に合わせてガスパールが、『がぉー』とあまり迫力の無い声で吼えた。


「わ、我々を脅す気か!?」

 気の抜けた声ではあったがガスパールの脅しは十分に効果があったようで、目の前の男のみならず他の冒険者たちまでもがガタガタと床の上で震えだす。

 あぁ、頼むからお漏らしはしないでくれ。

 この建物、これでもまだ新居なんだ。


「別に。 ただ、自分達の立場を理解していないようなので、馬鹿でもちゃんと分かるようにしてやっただけだ」

「た、立場だと!? それは貴様がわきまえるべきことだろうが!

 わ、私を誰だと思っている!」

「……知らん」

 あいにくと、この世界の権力じゃだのなんだのについてはほとんど知らなくてね。

 だいたい、俺はこの世界の人間ですらないし。


「ぶ、無礼な!! そもそも、お前は冒険者の義務を忘れたのか!?

 我々は街を守るために、この森に発生した邪神級の魔物を封印するために来ているのだぞ!

 貴殿も冒険者ならば我々に全面協力し、街の平和を守るためにその力を振るう

のだ!」

 それはたしかに正論であった。

 ただし、あくまでも連中の立場から見ての話ではあるが。


「義務だと?」

「そうだ! お前が従えているドラゴンを使えば、この忌々しい森を全て灰にする事も簡単なことだろう。

 さぁ、さっさと外にいる化け物共に命令しろ!!」

 化け物? 命令?

 あぁ……こいつはダメだ。 お前、やっちまったな。


 その台詞は、どうやら俺の心の中にある地雷をしっかりと踏み抜いてしまったらしい。

 心の底からわきあがるどうしようもない苛立ちに、俺は思わず顔をしかめていた。


「な、なんだ、その目は!」

 俺の雰囲気が変わったことに気付き、冒険者の代表が一歩後退る。


 たしかに俺にはドラゴンたちを魅了する力があるのかもしれないが、自分の思い通りに動かしてよい存在だと思った事は一度もない。

 こいつらは奴隷でもロボットでもないからだ。


 それを、命令しろだと?

 しかも、俺の可愛いドラゴンたちの事を化け物と言ったな?


 気が付くと、何人かの冒険者が、代表の男の言葉に顔をしかめていた。

 たぶん、横に魔獣を従えているところを見るとテイマー系の冒険者だろう。

 おそらく彼ら彼女らもまた、俺と同じ気持ちであるに違いない。


「冒険者の義務ね。 正直、メリットなんて欠片もないし……冒険者なんざやめちまおうかなと思っていたところだ」

 こいつの言っている事は、結局自分の都合ばかりだ。 気に入らない。 大いに気に入らない。


「なっ、なんだと!?」

 限りなく無関心を装った俺の台詞に、目の前の男の顔が信じられないといわんばかりの驚愕にゆがむ。

 その反応を唇の片方だけを吊り上げながら嘲笑う俺の表情は、さぞ性格が悪そうに見えることだろう。


「俺は街の住人でもないし、冒険者ギルドにはずいぶんと嫌な思いもさせられたしな。

 そもそも、お前等の事を仲間だなんて思った事は一度も無いね」

 俺の言葉に、心当たりがあるであろう冒険者たちが一斉に顔をそむける。


「貴様、どうあっても私に逆らうつもりか」

「さぁ、どうだろうね? そもそも……逆らうも何も、俺は最初からあんたの支配下には無いんだ。

 それから、さっきからよほど俺を敵に回したいとしか思えないような台詞をバンバン投げてきているんだが、自覚あるか?」


 思いもよらない反論に、冒険者の代表は何度か目を瞬かせたまま押し黙った。

 もしかして、本当に自覚が無かったのだろうか?


 だとしたら恐ろしい話だ。

 当然だが、褒めてはいない。


「や、やめておきましょう……これ以上彼を怒らせたらかえってまずいことに」

 さすがにこの空気の流れは不味いと思ったのだろう。

 冒険者の代表の側近らしき人間が、なんとかして場を取り繕うとする。

 たぶん、もう手遅れだと思うけどな。


「お、おのれ、どこの馬の骨ともわからぬ輩風情が……」

 さすがにこのままではドラゴンをけしかけられると思ったのだろう。

 冒険者の代表が、歯軋りが聞こえそうな顔で俺をにらみつけた。

 ほんと、三流だなこいつ。 人と交渉するならもうちょっと感情を隠したらどうなんだ?


 だが、その時だった。

 ガチャッとドアの開く音に、思わず目を向けると、小柄なシルエットが外の光を背に入ってきたではないか。

 まさか、ドラゴンの誰かが人化して入ってきたのか?

 いや、連中は残らず大柄でマッチョである。 こんな小柄なヤツはいなかったはずである。

 暢気な台詞と共に現れたのは……。


「もぉ、ひどいじゃないですか小西係長! みんなすごい怒ってますよ!」

 げぇっ、百池!?


「なんでお前がここにいる!?」

「そりゃ、自分の作った沼がそこにありますから、向こうで作った沼と繋げて渡ってきたんですよ。

 ただ、沼を作るときの触媒になった本の嗜好に染まる副作用があるので、こっちに来たのは私だけですけど」

 ふと気になって窓から外を覗くと、沼に引きずり込まれはずの魔物同士が地上に這い出し、仲むつまじく寄り添っている。

 俺の見間違いでなければ、どちらとも雄の象徴がついているのだが……。

 詳細については理解したいとも思わないが、なんとも恐ろしい能力もあったものだ。


 だが、その時だった。

 気が付くと、ふと冒険者の代表が誰かに目配せをしている。

 いったい何を!?

 あわてて百池を転移で引き寄せようとしたが、ヤツらの行動を遮るには百池のいる場所が冒険者たちに近すぎた。


「お、お前等、何を!?」

「きゃぁぁぁっ!?」

 俺が止めるまもなく目つきの良くない冒険者数人が百池に襲い掛かかり、その華奢な腕をねじりあげる。

 多少妙な力を身につけたところで、結局のところ俺達はこの手の荒事に関して素人であると教えられた瞬間だった。


「おい、いったい何のつもりだ!」

 声を荒げた俺に、冒険者の代表は完全に居直った態度で笑う。

 そして、まるでこの世の中心が自分であるかのような勝ち誇った声で告げた。


「何のつもり? 素直に従わない貴様が悪いのだ。

 さぁ、ドラゴンに命令を出してもらおうか」

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