2章 第21話

「……まさか、こんな短絡的な行動に出るとは思ってもみなかったよ、野蛮人め」

「何とでも言うがいい。 さぁ、早くドラゴンに命令するのだ!」

 俺は精一杯の嫌味をぶつけてみたが、この状況では相手を増長させることしか出来なかった。

 あぁ、殴りつけたいこのドヤ顔。


 しかし、なんとも面倒なことになりやがったな。

 そして当の百池はといえば、屈強な男に身柄を押さえられている恐怖で、言葉も無くガチガチと震えている。


 おのれ、女の扱いを知らないクソ野郎め。

 俺の可愛い部下にこんな真似をしておいて、ただですむと思うなよ?

 いずれ何万倍にもして返してやるから、覚悟しておけ!


 だが、いまのこの状態ではヤツの要望を受け入れざるを得ない。

 何か……何か方法はないものだろうか?

 俺が無言で時間を稼ぎつつ逆転の手立てを考えているその時だった。


「ちょっとまて、何しているんだよあんた!」

「こんなやり方、恥ずかしくないの!?」

 この状況を見守っていた冒険者たちの間から、不満の声が上がり始めた。

 どうやら、そのやり方をこの場にいるすべての冒険者が、この卑劣なやり方を受け入れたわけではないようである。


「なんだよ、いいこぶりやがって。

 じゃあ、他にどうやって解決するんだ! 文句を言うなら他の方法を用意してから言ってくれ!

 本当に妙案があるなら、喜んで従ってやるさ!」

「やり方じゃなくて、人としての尊厳の話をしているんだ! 恥ずかしくないのか!?」

「そりゃ俺だってこんなやり方は嫌だよ。

 だが……あんな化け物、ドラゴンをけしかけるぐらいしか解決する方法は無いだろ! このまま森に閉じ込められて死んじまったら、尊厳も何も全部おしまいじゃないか!!」

 湧き上がった非難の声に、クソ野郎側についた冒険者たちが反論を返す。

 そして激しい口論が始まった。


 とは言っても、大多数の冒険者はどっちにつくかを決めかねて、事態の成り行きを静観している。

 実に堅実で、実に小狡こずるい、そして俺の嫌いな処世術だ。

 むしろ堂々と反論してくる相手のほうが好ましいとさえ思える。


 まぁ、そんな事はどうでもいい。

 お前等は、お前らが好きなだけ争え。

 俺はその間に、目の前の馬鹿をぶん殴る方法について考えるから。


 そして、この指導者の資質を問われるような場面を前にクソ野郎が放った台詞はと言うと……。


「やかましい! つべこべ言うなクソ共が!

 そもそも、私のやり方に文句をつけられるほどお前等はえらいのか? あぁ!?

 だいたい、貴様らが森の悪意を倒せていたら、こんなことにはならなかったのだ!

 貴様らごときがこの私に意見するだと?

 その不遜な考えを悔い改め、そのまま黙ってみているがいい。 この役立たず共め!!」

 おぉ、見事なまでに火に油を注ぎやがったな。


 冒険者の代表……もとい、クソ野郎の台詞に、この事態の成り行きを見守っていた冒険者たちまでもがムッとした顔になる。

 ぶははははは、こいつ見事なまでに地雷を踏みやがったぞ。

 俺は思わずその場で笑いそうになる頬をねじ伏せながら、クソ野郎の人心把握能力の評価を下方修正することにした。


 そしてその時である。 俺はとんでもないことに気付いてしまった。

 あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 まずい! これは本気でヤバい!!


「一言いっていいか?」

「ふん。 聞くだけ聞いてやろう」

 俺が背中に嫌な汗をかきつつクソ野郎に話しかけると、事態の恐ろしさにまったく気づいていないヤツはえらそうな態度で鼻を鳴らした。


「お前、馬鹿だろ?」

「なんだと!? 貴様……よほどこの女の命がいらないようだな」

 クソ野郎は額に青筋を浮き上がらせ、腰に挿していた剣を抜いて百池の首に押し当てる。


「こ、小西係長。 信じてますけど、あまり無茶はしないでください……私の事は……どうなっても……」

 弱弱しくそんな台詞を呟く百池だが、俺はそんな彼女を励ます意味もこめて口元に微笑みを作り出した。


「馬鹿だな。 俺が自分の部下を見捨てるはず無いだろ?

 言っては何だが、俺は欲深いんだ。

 自分のものだと思ったものは、よほどの事が無い限り手放さない」

 そう、お前ら部下は俺の大事な財産だ。

 こんなヤツらにくれてやる気は砂粒ほどもない。


「けどなぁ……実は俺よりももっと欲深くて執着の強い生き物がいるんだ。

 しかも、人の言葉は通じるくせに、人の理屈が通じない。

 本当に困ったやつらだよ」

 俺は口元に浮かべていた笑みを苦笑にかえ、左手を上げて窓の外を指差す。

 次の瞬間……。


「ぎえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 クソ野郎のみならず、俺以外の全員が恐怖の悲鳴を上げた。

 窓の外では、怒りで興奮した無数の目がギラギラと輝きながらこちらの様子を伺っていたからだ。


「人質の存在は、確かに俺に対しては有効だろう。

 だが、ドラゴンたちはその強者としての在り方ゆえに『人質』の意味を理解できない。

 ドラゴンを人質(竜質)に出来る奴がどこにいる?

 だから奴らに理解できるのは、お前らが排除するべき敵だって事だけだ。

 俺の言っている意味、分かるよな? だから、もういちど言わせてくれ」

 俺そこで言葉を区切り、愉悦交じりの哀れみをこめて繰り返した。


「お前、馬鹿だろ?」

 グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!

 その言葉に、先ほどとは違う本物の威嚇の声が重なった。


 すさまじい迫力に、クソ野郎のみならず他の冒険者も恐怖で床に座り込む。

 久しぶりに聞いたけど、ドラゴンの威嚇って怖いわ。 ふだんはあんなにかわいいのになぁ。

 さすがの俺も、ちょっぴり漏らしそうになったぞ。


 いずれにせよ、もはや百池をどうにかするどころではない。

 ガスパールたちの激おこモードからいかに逃げるかについてを考えなくては。


 おそらく、自分達の攻撃で俺を巻き込むとかそんな事は考えていないだろう。

 ドラゴンたちの脳みそと思考は、体の大きさに反してとってもコンパクトだからな!!


 そもそも、ガスパールたちには自分の仲間が自分の攻撃で傷つくという概念が根底にないのだ。

 なぜなら、そんなか弱い体を持った仲間は、今までいなかったのだから……。


「ど、どどどどど、どうにかしろ、竜使い!

 さっさとドラゴンをおとなしくさせるのだ!!」

「だから馬鹿だというんだよ。

 俺が竜使いだからと言って、ドラゴンを奴隷にしているとでもおもったか?

 残念だったな。 もう、俺にだってどうにも出来ない。

 お前等、生きてこの森から帰る事ができると思うなよ?」

 返事は無い。 かわりにカチカチと歯の鳴る音が響く。

 もはや敵味方問わず全員が恐怖で動けなくなっていた。


 正直言うと、俺もすこし怖い。

 人並みの頭脳と比類なき力を持つガスパールたちが、お子様の理屈で怒り狂っているのである。

 正直言って、何をしでかすかすらさっぱり予想がつかなかった。


『カオルのむれのこ、いじめた。 おまえら、わるいやつ』

『カオルをこまらせるわるいやつ。 ゆるさない』

 何をする気だ? そう思った瞬間、ドラゴンたちが俺達のいる建物に手をかけた。


『わるいこは、おしおきたべさー』

『おしおき、おしおきー!』

 そして床下からメリメリバキバキと何かが音を立て、ゆっくりと床が傾く。


 あぁぁぁぁぁ! こいつら、土魔法で土中に埋めておいた建物を固定する柱を力づくでへしおりやがった!?

 まさか先日の悪夢……『ガスパール寝返り事件』を再現する気か!?

 ドラゴンたちが魔力をこめて作った壁と違って、人の魔力で固形化した岩石の強度は大きめの地震までしか想定していない。

 つまり、ドラゴン数匹分の力には耐えられないのだ。


「え、ちょっと……」

「なんだよ、これ!?」

 冒険者たちが怯えつつも、状況を理解できないとばかりに困惑した声をあげる。

 そんな中、地震はおろかドラゴンによる災害ですら経験しているだけあって、男の腕から逃げ出した百池が四つ足のまますばやく部屋の隅に転がり込み、体を丸めて対ショック耐性を取る。

 さすが日本人! ……と心の中で拍手をしている場合ではない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「た、たすけてぇぇぇぇぇぇ」

 床が大きく傾きはじめ、何人かの冒険者が叫び声と共に逃げ出そうとする。

 しかし、不安定な床の上では思うように動けず、彼らは壁に激突して大きな悲鳴を上げた。


 ……さて、そろそろ俺も動こう。 こんなのに巻き込まれて怪我をするのは真っ平だ。

 俺は百池と、ついでに先ほど味方してくれた何人かの冒険者を効果範囲に含めると、急いで転移を発動させる。


「ったく、つくづく思うよ。 本当に冒険者ギルドってヤツとは、相性がわるいらしい」

 俺が捨て台詞を残して消えたあとを、悲鳴と衝撃が埋め尽くす。


 かくして俺達の隠れ家は、再び完成を待たずして地面を転がったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る