第6話

「おい、最近妙だと思わないか?」

 冒険者ギルドの一角で、そんな不安げにささやく声を拾い、俺はおもわず聞き耳を立てる。


「あぁ、たしかに変だ。 魔物の数が多すぎる」

「まるでスタンピードの前触れみたいで気味が悪いな。

 ギルドのほうは何か言ってなかったのか?」

 スタンピードとは何だろう?

 言葉の響きからすると、いやな予感がする。


「今のところ、何も……俺も前にいた街がそれでひどいことになったからこっちにきたんだが、もしもスタンピードだったら最悪だぜ」


 だが、そこで二人の会話がぴたりと留まった。

 気が付けば、冒険者のひとりが俺のほうを見ているではないか。


「おい、あっちの腰ぎんちゃく野郎がこっち見てるぜ」

「ケッ、胸糞悪い」

 冒険者たちは悪態をつくと、俺をにらんでからそそくさと席を離れてゆく。

 俺もずいぶんと嫌われたものであるが、ガスパールとリリサをつれていればそうなるのは仕方が無いだろう。


 まぁ、いいや。

 それよりも、問題はスタンピードという言葉だ。

 まさか、ゴブリン・ロードの言葉通り本当に大量の魔物の群れが街になだれ込んでくるのか?

 俺は、スタンピードという言葉が気になって、精査のスキルを発動させた。


「うわぁ、やべぇな」

 そして、予想通りの結果に俺は思わずうめくような声を漏らす。

 いや、意味はそのまんまだったのだが、その原因が予想以上に悪かった。


 精査によって得られた情報によると、最近になって森の主ともいうべき大型の捕食生物が冒険者の手によって死亡。

 だが、準備不足によってその死体を回収できなかったのが今回の発端である。


 そして、残された魔物の死体を回収される前にその森に済む虫系の魔物たちがそれを食べてしまい、得られた魔力と栄養によって通常では考えられないスピードで繁殖しはじめてしまったのだ。

 結果として増えすぎてしまったことによって食料が足りなくなり、餌を求めて魔物が移動を開始。

 さらにその虫の魔物を餌としていた生き物が追いかけてきて……というのが今回スタンピードの流れである。


「さて、どうしようかねぇ……」

 つまり完全に冒険者たちの自業自得なのが、だからといって何かしなければならないという義務は俺に無い。

 だが……。

「目覚めが悪くなりそうなんだよなぁ」

 そう、自分がなにもしなかったせいで大勢の人間が死ぬというのはやはり気分のいいものではない。


 だが、そのときである。


「……どうしたリリサ?」

 突然リリサがしゃがみこんだ。


「う、うまれる」

 俺が日本語で話しかけると、リリサもまた日本語でそんな言葉を返す。


「生まれるって、何が!?」

「……たまご」

 なにぃ!?

 お前、妊娠していたのか!!


「よし、さっさと転移で帰るぞ」

「転移……だめ。 リリサの体、よくない」

 俺が転移の紋章を起動させようとすると、すかさずガスパールがとめに入った。


「え……なんで? って、うわぁ!!」

 気になって精査にかけると、転移のときに発生する独特の刺激が、出産をコントロールしている神経に影響し、今後の出産に影響を与える可能性があると表示されたではないか。

 それどころか、いきなり産気づいてしまったのも、街まで転移してきた影響であるらしい。


 こ、これは困ったことになったぞ。

 できるだけ早く人化を解いて安静にしなければならない。


「街を出よう。 そこまでは我慢してくれ」

 こんなところで人化を解くわけにもゆかず、俺はリリサを抱えたガスパールをつれて街の外に出た。


「も、もう……だめ」

「わかった、解いていいぞ!!」

 なんとか人目の無い場所についたところで、俺はやむを得ず人化を解く指示を出した。

 そしてリリサの人化が解けて本来の巨大な姿があらわになる。

 さすがにの状態では人目につくのか、遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「にんげん、くる。 仲間、よばなきゃ!!」

 すると、さらにガスパールまでもが人化を解き、天に向かってすさまじい咆哮をあげはじめたではないか。


「ウオォォォォォォォォォォォォォォン」

「うわぁ、ちょっとまてガスパール! こんなところで仲間を呼んだりしたら……」

 あわてて注意するが、時すでにおそし。

 ガスパールの声をききつけ、街の警吏や冒険者が駆けつけるよりも早く大量のドラゴンが姿を現した。

 ……おまえら、なんでこんな来るの早いんだよ!?

 さては、俺の傍にいたくてずっと雲の上に隠れていたな?


 当然ながら、街の中は恐ろしい騒ぎになっていることだろう。

 あぁぁ、本当にこれ、どうすればいいのだろうか?

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