2章 第6話
「なるほど、あの洞窟はこうやって作られたのか」
ドラゴンたちが巣を作っている作業風景を見て、俺の口からは思わずそんな言葉がこぼれた。
「納得ではあるけど、本当に規格外な生き物だねぇ」
グッサンや他の連中も、ただ呆然とガスパールたちの作業を見つめている。
いや、見ていることしか出来ないというのが正しいだろう。
なぜなら……そこは踏み込んだが最後、確実に死人が出るような灼熱地獄と化していたからだ。
もはや現場に人間の手の入る余地は無い。
一部の鳥類には驚くほど高度な技術で巣を作るものもいるらしいが、ドラゴンたちにも……あまりにも特殊すぎる彼らならではのやり方があったのである。
そうとうデタラメだけどな。……心の中でそう呟く俺の目の前では、ドラゴンの手によって岩が積み木のようにもち上げられていた。
さすがの最強生物だけあって、重機真っ青の力である。
そしてその岩をちょうどいい場所に腕で固定すると、彼らは岩の隙間に口の先を突っ込み、口からオレンジ色に輝くドロリとしたものを吐き出して、それをまるで接着剤のように塗りつけはじめた。
見ている分には、蜂の巣作りなんかに似ているのかもしれない。
ただし、接着剤として利用されているのは……煮えたぎった溶岩だ。
そう、ドラゴンは土を食べて体の中で溶岩にしてから接着剤として使うのである。
むろん、溶岩が冷え固まるまでには時間がかかるのだが、ドラゴンたちはその溶岩に口を寄せると、その熱を不可解な力で吸い出して冷やし固めてしまうのだ。
きっとあの岩山にある巨大な洞窟は、こうやってドラゴンたちが何代にも渡って同じ場所に巣を作り続けた結果なのだろう。
「手伝うというか、これじゃ俺達が作業できませんね」
「まったくだな」
とはいえ、楽しそうに巣作りをしているドラゴンを、いったい誰が止められるだろうか?
俺達の秘密基地なんだがなぁ……と思わなくもないのだが、ドラゴンたちがあまりにも楽しそうで、誰もが苦笑いを浮かべることしか出来ない。
かくして、溶岩がボタボタとこぼれる場所で作業を続ける事はできず、人間たちは全員が避難するしかなかった。
そのままどれぐらい待っただろうか?
そろそろ東の空が白く染まり始めた頃……ドラゴンたちは作業をやめていそいそと俺に報告にやってきた。
『カオルー 巣ができたのだ!』
『ほめてー ほめてー』
だが、出来上がったのは……。
うん、ドラゴンだからこれは仕方が無いのかもしれない。
目の前には、巨大な卵型の巣が鎮座していた。
入り口はその中腹付近にあり、中に入るにはちょっとした
さらに卵の中身はがらんどうで、中に入っても階段などがあるはずもなく、翼のない生き物は墜落死してしまうだけ……。
そう、これはまさにドラゴンの体を想定した巣なのである。
「えーっと、その、なんだ。
ガスパール、一生懸命作ってくれてありがとな。
でも、これはドラゴン用じゃないかな? 俺は転移するだけですむけど、他のみんなが利用するにはちょっと不便だから、手を加えさせてほしいんだが……」
言葉を選びながら俺がそう告げると、ドラゴンたちはキョトンとした顔で俺達を見て、今度は自分達の体を見て、考え事をするかのように天を見上げ……。
次の瞬間、まるで熱病にでもかかったかのようにガクガクと震えだした。
――あかん、これはダメな奴だ!!
『うわぁぁぁぁぁん、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!!』
『びえぇぇぇぇぇカオルにおこられちゃうーきらわれちゃうー やだぁぁぁぁぁぁ』
すさまじい咆哮とともにドラゴンたちは暴れ始め、その目から滂沱の涙があふれる。
さらに恐怖で失禁したものがいるらしく、ジョボジョボと変な水音が聞こえはじめた。
「お、おい、泣くことないだろ! 怒ってないから! 怒ってないから!!」
必死で呼びかけては見るものの、ドラゴンたちの地団駄と鳴き声でまったく相手の耳に届かない。
子供ならば抱きしめてなだめるところだが、ドラゴンたちを相手にそれをやればこっちが一瞬で挽肉になるだろう。
だが、こいつらをこのまま泣かせておく事はできない。
なんとかしてなだめなければ……俺は自分にできる事が無いかと必死に考えた。
とりあえず、音はダメだ。 何を言っても、あの大音量の前では無意味である。
視覚に訴える方法は? こっちを見ていないことには意味がないだろう。
他の連中の力は……まだ未知数すぎるので、それを当てにするのは出来れば避けたい。
となると、俺の持っている力と知恵でどうにかしないといかんのか。
「うわぁ、あの小西係長がうろたえてる。 あんな顔、始めてみた」
「実は意外と子供が出来たら子煩悩になるタイプだな、アレは」
うるさい、お前ら! その余計なことをしゃべる口に激辛カレー突っ込むぞ!
ん? ……そうか、カレーだ!
俺は転移でスパイスを取り寄せると、秤を使ってその場で重さを量り始めた。
「なにしてんの、コニタン」
「見ての通り、カレー作ってんだよ!」
グッサンの疑問にたいし、顔すら見ずに答えると、俺はドラゴンの巣穴から持ち出した大鍋を取り出す。
そしてちょうどよい温度に冷え固まった溶岩を精査で見繕い、その熱で調理をはじめた。
ターメリック、クミン、コリアンダー、あとはチリは気休め程度に。
フェヌグリークを入れて慎重にスパイスをローストし、秘蔵の牛すね肉の表面を焼いて、リンゴとハチミツで甘みを加え……よし、いい香りになってきたぞ!
「うわぁ、子供用のカレーですか? すごく甘そう」
部下たちも俺のやっている事が気になったのか、興味深そうに覗き込んでくる。
なぜかスプーンを握り締めている奴もいるが、やらんぞ。 こいつは人間用じゃないんだからな。
『かれー いいにおいなのだ……』
ふと周囲に影がおりたので見上げると、ガスパールが涎をたらしつつ鍋の中身を覗き込んでいた。
その行動がきっかけになったのか、他のドラゴンもふらふらと鍋のほうに近寄ってくる。
よし、そろそろ頃合だな。
「ほら、出来たぞ。 林檎もハチミツも恋をするような甘さの、王子様カレーだ」
『おいしそう! はやくたべたいのだ!!』
『カレーだいすき!』
だが、ここで問題があった。
大鍋に一杯つくってあるカレーだが、ドラゴンからするとせいぜい一口サイズになってしまうのである。
しかし、解決方法がないわけではない。
「よしよし、ドラゴンの体で食べると量が足りなくなるから、おまえら全員人の姿になれ」
『はーい』
よくわからない現象だが、人間の状態になったドラゴンは、食事の量も人間と同じになってしまうようである。
しかも、ドラゴンに戻っても摂取した食事の量が問題になったりはしない。
まったくもって整合性が無いが、そもそもドラゴンが人になる時点で理不尽のきわみなのだから、もはやファンタジーで片付けるしかなかった。
だが、ここで俺は一つの問題を失念していたのである。
考えてみれば当然の話だが……人の姿になったドラゴンたちは服を着ていなかった。
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