第十話 ~従者であること~ ①

―イストシティ市街―


       バナナを食べながらアナは繁華街を悠々と歩いていた、その後ろに

       は朝からの買い物で高く積み上がった荷物を崩さないように両手で

       抱えたバニラが忙しない足取りでついてきていた。

ア ナ 「ねぇ、大丈夫?」

       普段は大がかりな買い物には付き合わせていないバニラを心配した

       アナは足を止め彼女に声を掛けた。

       その瞬間、アナの隣の車道を走っていたオオトカゲが立ち止まった

       彼女を咥えていった。

ア ナ 「えっ? ちょっと! 誰か、助けて!」

       アナの叫び声がバニラの耳に届くと、彼女は荷物を投げ捨ててオオ

       トカゲに向かって全力で走り出した。

       しかし、数メートルも行かず咥えられた時にアナが落としたバナナ

       を踏んでしまい全力で顔面から転んだ。

       彼女のあまりにも大げさな転び方に周囲の人々の目はアナを攫った

       オオトカゲではなく、頭突きで歩道を少し砕いたバニラに向けられ

       ていた。

       バニラが自力で起き上がった時には既にオオトカゲの姿は見えなく

       なっていた。




―セルリアン家・AJの部屋―


       鼻血を出したまま正座をしているバニラの前に腕を組んだイーグル

       と右脚がギプスで固定されて松葉杖を突いたAJ、二人は重く渋い

       顔を浮かべていた。

A J 「やっぱり… 私が行くべきだった…」

イーグル「馬鹿を言うな。過去ではなく、これからの動きを考えるぞ」

A J 「…そうね」




―セルリアン家・玄関ホール―


       シナモンが掃除をしていると屋敷の電話が鳴った。

       彼女は掃除の手を止め、急いで電話に出た。

シナモン「もしもし」

女の声 「もしもし、私は反社会的勢力ヘルデスダークの者です」

シナモン「は、はい?」

女の声 「我々はそちらのアナ・セルリアンさんをお預かりしています」

シナモン「はい… はぁ?」




―セルリアン家屋敷前―


       タバコを咥えたジャルが屋敷へと帰ってきた。

ジャル 「静かだな…」

       活気が無い屋敷の周辺には彼女が手に持ったツルにたわわに実った

       人面カボチャがギャーギャー騒ぐ声だけが喧しく響いていた。




―セルリアン家・AJの部屋―


       正座したままのバニラにAJとイーグルは事件が起きた状況を聞い

       ていた、その後ろで誘拐犯からの脅迫電話を報告に来たシナモンが

       書記に回りホワイトボードにバニラの話した内容を書いていた。

       淡々と尋問が行われていると、外からドドド…と重い音が地響きと

       共に聞こえ始め、それがハッキリと聞こえた時にはAJの部屋の扉

       をぶち破ってジャルが入ってきた。

       彼女は呆然とするAJ達には目もくれず、バニラの胸ぐらを掴んで

       無理矢理引き起こした。

ジャル 「モモさんから聞いたぞ。テメェ… 何してんだ、オイ」

       誰が見てもヤバい状態のジャルは視線に込めた殺気だけでバニラを

       殺してしまいそうだった。

       バニラ自身も経験したことのない恐怖に身を引きつらせていた。

バニラ 「ごっ… ごめんなさ……」

ジャル 「あ? ふざけんな! 殺すぞ」

       彼女の言葉が脅しではなく、明確な意思表示だと判断したイーグル

       がジャルの肩をポンと軽く叩いた。

イーグル「落ち着け、彼女を殺しても何も変わらん」

ジャル 「ジジイは黙ってろ!」

イーグル「……なら、何も言わん」

       彼はスッとジャルの背後に回ると、無駄の無い動きで彼女の首に腕

       を回して締め上げた。

       ジャルはもがきイーグルの腕を振りほどこうとするが、徐々に動き

       が鈍くなり、意識が落ちてしまった。

       イーグルは動かなくなった彼女の体を肩に担ぎ上げた。

イーグル「今のコイツは危険だから、俺の部屋に連れて行く」

A J 「ええ、助かるわ」

       イーグルはジャルを担いだまま部屋を出て行った。

       彼を見送ったAJは涙を流しながら力無くへたり込んでいるバニラ

       にそっと歩み寄った。

A J 「災難だったわね」

バニラ 「本当に殺されるかと思った…」

A J 「そうね、本当に殺すつもりだったはずよ」

       バニラは黙り込んでしまった。

       AJはしゃがみ込み彼女の顔を覗き込んだ。

A J 「ただ、お嬢様は彼女にとって特別な存在なの。だから、少しでいいから

     今回の事を分かって欲しい、私からも許して欲しい」

       バニラは黙ったままうなずいた。

A J 「でも、私も最初に話を聞いた時は貴方の全身の骨ベキベキにへし折って

     やろうかと思ったわ」

       ポロリと本音を漏らしたAJはハッと気が付き咄嗟に口を押さえた

       が、バニラが声を上げて泣き出した。

バニラ 「(涙声)私なんか死んだ方がいいんだぁ!」

       彼女は泣き叫びながら部屋を出て行った。




―セルリアン家・イーグルの部屋―


       壁一面に古いリボルバー式の拳銃から最新鋭の機関銃まで様々な銃

       が飾られた部屋。

       そこに腕を組み窓の外を眺めているイーグルと息を切らせてへたり

       込んでいるジャルがいた。

イーグル「頭の血は抜けたか?」

ジャル 「Fxxk!」

イーグル「やれやれ… 俺の前では構わないがアナ様の前でそんな言葉を使うな」

ジャル 「お嬢様が居ないからこんな言葉が出るんだよ!」

       イーグルは窓の外から殺気立っているジャルの目に視線を移した。

イーグル「理性はあるようだな、後は怒りを静めるだけか」

ジャル 「気晴らしなんか要らないから、早くお嬢様を助けないと」

       まくし立てるジャルをイーグルは人差し指を真っ直ぐピンと立てて

       彼女に見せるだけで静めた。

イーグル「最高の気晴らしだ。お前にアナ様の奪還作戦に着いてもらう」




―山の廃病院・入院室―


       備品が取り払われがらんどうになっている入院室の中、パイプ椅子

       に縛り付けられたアナは鋭い視線を向けていた。彼女の前には三人

       の影が立ちはだかっていた。

ア ナ 「アンタらこんな事して… タダで済むと思ってんの!」

       アナが怒鳴りつけると、三人の真ん中に立っていた質の良いスーツ

       を着た男が一歩前に出た。

スーツ男「タダで済ませる気が無いからこんな手荒な真似をしました」

ア ナ 「そう… ウチの軍と戦えるなんて随分な軍事力ね」

スーツ男「軍? ハハハ、ご冗談を。国家や宗教団体じゃあるまいし、個人所有の

     軍隊なんて、せr…」

ア ナ 「セルリアンアーミーって聞いたことない? 元々セルリアン・インダス

     トリアルの傭兵部門としての軍隊だけど、会社の方針転換で傭兵部門は

     廃止されたの。でも、軍隊自体は解体されずに創業者セルリアン一族の

     私設部隊として残ってるんだよ」

       スーツの男は無言で踵を返して後ろの二人、顔中が縫い傷だらけの

       つなぎ姿の男と全身に毛皮を纏ったセクシーな若い女、の元へ行き

       何かを話し始めた。

スーツ男「おい、お前。なんであんなの連れて来たんだよ!」

縫い傷男「ボスが金持ちなら誰でも良いって言ったじゃないですか」

毛皮女 「(震え声)そ… そもそも、今の話が本当だってぇ……」

スーツ男「確かにそうだが、仮にセルリアンアーミーが相手になったら新興の悪の

     組織である我々に勝ち目はまず無いぞ」

       スーツ男はチラリと苛立っているアナを見た。

スーツ男「俺とフランクが機嫌を取る、お前は用心棒をリクルートしろ」

毛皮女 「えっ、アタシが? 傭兵とか怖いんだけど…」

スーツ男「広報担当だろ、ちゃんと働け」

       毛皮女が渋々部屋を出て行くと、残った男二人はアナの前で深々と

       土下座をした。




―セルリアン家・イーグルの部屋―


       ジャルはイーグルの話を食い入るように黙って聞いていた。

イーグル「以上だ」

       彼が作戦を伝え終えるとジャルは首をかしげた。

ジャル 「分かったけど… ウチの軍隊全部ぶっ込んだ方が早くない?」

イーグル「お前の言う通り、普通に考えればそれが正解だ。しかし、この件は穏便

     に解決したい。軍を全て動かせば大事になる、それにマスコミの奴らが

     食いついたら後が面倒だ」

       彼の説明に納得しきれていないジャルが眉間にしわを寄せながら目

       を閉じると、ノックの音が聞こえてきた。

バニラ声「イーグルさん! お話があります!」

イーグル「何だ、少し待ってくれ」

       彼はチラリとジャルを見てから扉へと行き鍵を開けた。

イーグル「いいぞ、入れ」

       彼が外に声を掛けた。すると、扉を開けて入ってきたのはミイラの

       ように頭を包帯でぐるぐる巻きにして、自爆用に大量の爆弾が取り

       付けられたベストを着たバニラだった。

イーグル「まっ、待て! 入るな!」

       その姿に驚きたじろいだイーグルとジャルは部屋の外へとトボトボ

       出て行くバニラを見ていた。

       彼女は二人からある程度距離を取ると、深く頭を下げた。

バニラ 「どうか、私にお嬢様救出の為にカミカゼアタックをやらせてください!

     こうなった責任は死んで償います!」

イーグル「まっ… 待て、待て。早まるな」

バニラ 「お願いします!」

イーグル「しかし…」

       困り顔を見せるイーグルの前をジャルが通り過ぎ、彼女はそのまま

       バニラに歩み寄り彼女を抱きしめた。

ジャル 「死んで詫びるなんて悲しい事言うなよ… 殺すぞ」

       「殺す」という言葉に身を強張らせたバニラだったが、優しく抱き

       しめるジャルの温もりに徐々に力が抜けていき、最後には頬を涙が

       伝い包帯を湿らせていた。

ジャル 「さっきはゴメンな… アンタは死ぬ必要なんか無いよ。いや、死んじゃ

     ダメだ! だからさ、こんなもん脱いでくれないか」

       ジャルが腕をほどくとバニラは爆弾ベストを脱いで彼女に渡した。

       渡されたベストをジャルは迷わずにイーグルへと差し出した

ジャル 「じーさん、コレ頼む。あとさ… 少し二人っきりにさせてくんない? 

     コイツにはさっきの事マジで謝らないといけないから」

イーグル「ああ、分かった。アナ様の居場所が分かったら伝えに来るが、いいな」

ジャル 「うん、リョーカイ」

       イーグルはジャルからベストを受け取り去ろうとした。

ジャル 「コイツにはアタシの事を言っておきたいんだけど… いいかな?」

       イーグルは一度足を止めた。

イーグル「それはお前が決めることだ。好きにしろ」

       一言残すとイーグルはベストを持って去って行った。

       彼を見送ったジャルはすすり泣くバニラの肩に手を回して部屋の中

       へとエスコートした。

       バニラを椅子に座らせると、ジャルは部屋の扉に鍵を掛けた。

ジャル 「本当にゴメンな」

バニラ 「いえ、いいんです。本当にそれくらいの事をしたと思ってますから…」

       バニラはジャルから視線を避けるようにうつむいた。

ジャル 「アンタは人として生まれたんだろ、簡単に死んじゃダメ。命を使い捨て

     にしていいのはアタシみたいなヤツだから」

       彼女の言葉にバニラは顔を上げた。

ジャル 「アンタにはアタシがあんなに怒った理由として教えておくよ。アタシは

     奴隷なんだ」

バニラ 「えっ… どれい?」

ジャル 「そう、イーグルのじーさんが市場で買ってきた奴隷。だから、本来なら

     人権も何にも無いボロ雑巾のような命なんだよ」

       バニラはジャルが言っている内容が信じられず、ただ目の前の彼女

       を見ることしかできなくなっていた。

ジャル 「でもさ、お嬢様が奴隷じゃなくてメイドに… 人にしてくれたんだ… 

     アタシを人だって認めてくれたんだ……」

       振り返るように話すジャルの目には薄らと涙が浮かんでいた。

ジャル 「だから… アタシはあの人が… お嬢様が居なければ人じゃないんだ。

     それが嫌で… 怖くて… だから、あんな事を… 本当にゴメン!」

       ジャルは額を床に擦り付けながらバニラに土下座をした。

バニラ 「そんな、頭上げてください… 私たち同じ人じゃないですか」

       バニラが優しく諭すと、ジャルは涙で汚れた顔を上げた。

       そして、バニラはスッと椅子から立ち上がった。

バニラ 「そんなこと言われたら… 余計にカミカゼしなくちゃいけないじゃない

     ですか……」

       部屋を出て行こうとするバニラをジャルが抱き止めた。

ジャル 「ヤメロ! やめてくれ… アンタまで居なくなったら、アタシはまた人

     から遠ざかっちまう…」

       ジャルはバニラを椅子に座らせ直した。

ジャル 「アンタは待っていてくれよ。お嬢様が帰ってくるのをさ」




―山の廃病院・入院室(夕方)―


       椅子に縛り付けられたままのアナにスーツ男と縫い傷男はケーキを

       食べさせたり、肩を揉んだり、機嫌取りに必死になっていた。

毛皮女 「ボス、来ました」

       毛皮女が部屋に戻ってくると、二人はすぐにアナの元を離れ来客を

       迎え入れる体勢に入った。

       三悪党とアナが視線を送る先には一人の修道女が静かに歩いてきて

       いた。

       その姿は用心棒や傭兵とはかけ離れたごくごく普通の地味な修道女

       そのものであり、ハードカバー製のバイブルらしき大きな本を脇に

       抱えているだけだった。

スーツ男「アレか?」

毛皮女 「はい、あの人です」

縫い傷男「一人だけ?」

毛皮女 「傭兵.comやマーセナるで検索して軍隊を相手でOKってのがあの人だけ

     だったの」

スーツ男「アレで軍隊相手って… 説き伏せるのか…」

       修道女は部屋に入ると小さくお辞儀をした。

修道女 「初めまして、ご依頼を受けましたデルタです」

       デルタと名乗った修道女の丁寧な対応に悪党三人もつられて小さく

       頭を下げた。

スーツ男「こちらこそ、ご協力を感謝します。私がこのヘルデスダークのリーダー

     を務めるヴァン・ピール。彼女が貴方に依頼をしましたルー・ゲイル。

     彼はフランク・スタイナー」

       リーダーのヴァンことスーツ男に紹介された二人は改めてデルタに

       頭を下げた。

       挨拶もそこそこにデルタは奥の椅子に縛られたアナを見た。

デルタ 「セルリアンアーミーが相手と聞いていますが、こちらの予定とは少々話

     が違うようですね」

ヴァン 「と言いますと?」

デルタ 「勝利条件が難しくなると言うことです」

       デルタは手を広げヴァンピールに見せつけた。

デルタ 「今回の報酬ですが。アナ・セルリアンの奪還及び報復となると敵部隊の

     撤退する可能性はまずありません。つまり、セルリアンアーミーの殲滅

     が今回の勝利条件となります。そうなれば、これくらいは頂かないと割

     が合いません」

ヴァン 「指一ついくらで」

デルタ 「ビリオンです」

ヴァン 「なるほど… 少しお待ちを」

       悪党達は集まってヒソヒソ話し始めた。

ヴァン 「元々いくらで雇った」

ル ー 「お金はボスと話して決めてもらうことにしてました」

フランク「でも、500万なら身代金で出せるんじゃないですか」

ヴァン 「馬鹿! ミリオンじゃねえ、ビリオンだ! 三桁足りねえよ! 50億

     カーネ。そんな金有るわけないだろ」

       三人は黙り込んでしまう。

ヴァン 「お引き取り願おうか… アイツ呼んでこい」

ル ー 「アイツって… カイジンさんですか?」

ヴァン 「そうだ、悪の組織に無抵抗の平和主義は要らない」

       ルーは思い詰めたように一度うなずくとスマホを取り出した。

       三人が話し合っている間、デルタは部屋の間取りや窓の外の地形を

       見て回っていた。

デルタ 「そろそろ結論は出ましたか?」

       デルタが三人に声を掛けたとき、彼女に背後から巨大な斧が襲いか

       かった。

       しかし、デルタは素早く身をかわして斧を避けると、流れるように

       振り下ろした男の背後に回った。

       彼女は男の首に腕を巻き付け一気に締め上げた。

       最初はデルタを引き剥がそうとした男だったが1分もしないうちに

       全身から力が抜けて膝から崩れ落ちた。

       男がぐったりすると、デルタはパッと腕を解いて男の頭頂部と顎に

       手を当てるように持ち直した。

       そして、一瞬で男の頭を捻り彼の首の骨をへし折った。

       デルタが少しだけ手を離すと男の体が重力だけで倒れ込んだ。

デルタ 「採用試験を行ったということは、どうやらこちらの条件を飲んで頂けた

     ようですね」

       淡々と一人の命を奪っても顔色一つ変えない彼女にその場の誰もが

       すくみ上がっていた。

ヴァン 「ご… 50億でしたよね……」

デルタ 「ええ、戦争代としては非常にお安いと思います」

ヴァン 「ルー、身代金に50億カーネ上乗せして電話をしろ」

ル ー 「はい……」




                           第十話 ② へ続く…

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