第五話 ~海の円舞曲~ ①
―オガサーラ島・浜辺―
深い緑に覆われた絶海の孤島オガサーラ島。
秘境と呼ばれるその島の広い砂浜にティタニア・ライナーは打ち上
げられていた。
朦朧とした意識の中、彼女は自分の死だけは悟っていた。
僅かな希望も生への執着も失った彼女は不思議な安堵感と全身のだ
るさに深い眠りへと落ちていった。
―轍洞院家・リビングルーム―
コクテツが釣り具の手入れをしていた。
コクテツ「ピンポンパンポ~ン♪
皆様がご覧のこの物語は『サタニックエクスプレス666第五話・海の
私は物語の後半まで、しーちゃんも全編を通して出番がありませんが、
途中を飛ばすことなくお読み頂きますようよろしくお願いいたします。
ピンポンパンポン♪」
―オガサーラ島・浜辺―
ティタニアはゆっくりと目を覚ました。
目覚めた直後こそ思考は霞んでいたが、次第に自分の意識と感覚が
ハッキリしている事に気が付いた。
そして、徐々に激しい空腹と渇き、鈍い頭痛、全身の痛みが彼女を
襲った。
彼女は苦痛の中にある思いを巡らせた。それは、自分がまだ生きて
いるという事だった。
その可能性を信じた彼女は歯を食いしばり、立ち上がった。
周囲を見回したが、その目に入ってきた光景は一面に広がる白く美
しい砂浜だけであった。
それは今の彼女にとっては命の欠片すら無い地獄でしかなかった。
絶望に飲まれた彼女は膝に手をつき崩れ落ちそうになる身体を支え
ながら立ち続けた。
ティタ 「レオ… レオナルド… ねぇ、居ないの…… レオ…」
乾ききった喉を使い枯れた声で姿無き愛する者に呼びかけてみた。
しかし、彼女の声に返事は無かった。
今ここに存在しているのは自分一人。その現実を知った彼女はつい
に膝から崩れ落ちた。
どれほどの時間が過ぎたのだろうか。横たわったまま抜け殻と化し
た彼女は何かに呼ばれたようにゆっくりと立ち上がり、フラフラと
おぼつかない足取りで眼前に広がる海へと歩き出した。
彼女のか細い脚が海水へと入ると、さざ波が押し返した。
波打ち際に尻もちをついた彼女は力を振り絞って再び立ち上がり海
の底を目指した。しかし、海は同じようにその弱々しい脚を最小限
の力で押し返した。
彼女は立つのを諦めて四つん這いのまま海へと向かったが、そんな
彼女を拒むかのように大きな波がボロボロの身体を追い返した。
大きく息を切らせ既に動けなくなった彼女は全てを諦めた。
波打ち際に横たわり、そのまま最期の時を迎えることにした。
やがて彼女の視界が白くぼやけてきた。
遠のく意識の中ザッザッと何者かが砂の上を歩く音が聞こえた。
その音を確かめようと意識を取り戻した彼女の目の前、鼻と鼻が触
れそうな距離から髑髏が見下ろしていた。
ティタ 「ひっ……」
逃げられない距離にある不気味な存在に彼女の身体は恐怖で凍り付
いた。
少 女 「迎えに来たよ」
突然聞こえた少女の優しい声に彼女は少し落ち着きを取り戻した。
よく見れば目の前の髑髏は少女の顔に描かれたメイクで、彼女は優
しい目を自分に向けていた。
謎の少女、彼女の言葉、自分の状況。それらを思い返したティタニ
アは微かに口元を緩めた。
ティタ (変な死神ね… ま、いっか……)
再び彼女の視界がぼやけ始めると、今度はそのまま意識が深い闇へ
と落ちていった。
―オガサーラ島・森の空き地―
心地よい暖かさと眩しさにティタニアは目を覚ました。
森の中のあまり木が密集していない小さな空間、敷かれた藁の上に
横たわる彼女の顔に木漏れ日が差し込んでいた。
海と森、場所は違えど何度も繰り返している同じような状況を彼女
はすぐに理解した。
ティタ (まだ、生きてる…)
近くの茂みがガサガサと揺れた。
彼女が音の方をパッと向くと先ほどの髑髏顔の少女が小さな丸い器
が乗った盆を持って近づいてきた。
少 女 「おはよう」
不気味な化粧の少女に声を掛けられ、ティタニアは確信した。先ほ
どまでの悪夢も現実であり、まだ終わっていないことを。
少女は横たわったティタニアの横へ具だくさんのスープが乗った盆
を置いた。
少 女 「コレ食べて」
激しい空腹と渇きがティタニアの体を動かした。
彼女はスープの入った器をすぐに手に取った。しかし、それを口へ
運ぼうとした瞬間、理性が体にブレーキを掛けた。
彼女はまずスープの中身を確認した。見たことも無い植物が入って
いた事が警戒心を煽った。
次に彼女はこのスープを作ったであろう少女に目を向けた。見た目
は中学生くらい、森の中で生活をするには洒落すぎた服装、いわゆ
るゴスロリである。
そして、何より顔全体を髑髏に描き直している。
彼女の警戒心は強まる一方だった。
あまりにも露骨に警戒しすぎたのだろう、少女の方もそれを察して
スプーンを取りスープを一口飲んでみせた。
少 女 「安心して、毒なんて入ってないから」
ティタニアのスープに対する警戒心は解けたが、まだ一つ残ってい
るものがあった。
ティタ 「どうして?」
彼女の問いかけに少女は首を横に振った。
少 女 「それ食べて元気になったら答えるよ」
少女は彼女を残して森の奥へと去っていった。
一人になったティタニアはスープを味わうことなくあっという間に
平らげた。
空いた食器を返そうにも土地勘の無い森の中ではどうしようもでき
ず、彼女は仕方なく眠り始めた。
それから数日間、少女は森の中から現れては食事、着替え、けがの
手当てなど献身的にティタニアの世話を続けていた。
そんな日々でティタニアの少女に対する警戒心は解けていった。
彼女はこの日その先の一歩を踏み出そうとした。
ティタ 「ねぇ、どうしてあたしを生かしてるの?」
彼女が投げかけた問いに少女は首を傾げた。
少 女 「君がそう願ったからだけど?」
ティタニアの脳裏には浜辺で味わった絶望が蘇った。
ティタ 「そんな事無い! あたしは死にたかったの。こんなに苦しくみじめにな
んて生きてたくない!」
少女は興奮気味の彼女の前に腰を下ろし、目を合わせた。
少 女 「あんな目にあった後だから混乱してるのは分かるよ。まずは状況を整理
しようか」
ティタ 「状況? そんなの船が沈んで、あたしだけが生き残ってあなたに助けられ
た。これでいいでしょ」
少 女 「いいや、君が生きてるって時点でその認識は間違ってるよ」
少女の言葉が理解できなかったティアタニアは自分の身体を何度も
触り感触を確かめた。
ティタ 「そんな… 体も意識もあるけど」
少女は深くうなずいた。
少 女 「確かに、君が思っているように君は死んではいない。でも、生きてもい
ない。存在だけがある状態なんだよ」
ティタ 「どういう意味?」
少 女 「それを説明するには君がここに居る理由から整理しようか」
少女はティタニアの頭を両手で掴み、互いの額と額を合わせた。
少 女 「目を閉じて」
ティタニアは言われるままに目を閉じた。
目を閉じた彼女の視界に広がる闇の中に見覚えのある歪な部屋が浮
かんできた。
その場所の意味に気が付いた時、彼女はとっさに目を開けた。
少 女 「やっぱり怖いんだね。でも、あの部屋から目を背けたら今の君の存在に
意味は見出せない」
ティタ 「あたしに… 意味が無い…」
少 女 「そう、だから予は君を生きてないって言ったんだよ」
ティタニアは大きなショックを受けながらも、しばらく黙って自分
の存在の意味を考えた。
やはり、彼女が言う通り自分でも自身の意味というものが分からな
かった。
意味があるとするならあの部屋の中に。そう理解した彼女は覚悟を
決め、大きく息を吸い込み額を少女の額に当て目を閉じた。
―ティタニアの記憶・沈みゆく船室―
再び彼女の前に現れた90度傾いた部屋。そこは彼女と共に沈んだ
船の船室だった。
その部屋の片隅に脚を押さえうずくまる男性と泣きながら彼に寄り
添う彼女自身の姿があった。
ティタ (あれは… レオとあたし?)
客観的に自分の最期を見たことによって、彼女の失われていた記憶
が蘇った。
ティタ (そうだ… レオが歩けなくなって、あたしは彼を置いていけなくって)
彼女が答え合わせをするように記憶を読み解いていると、船室に大
量の水が流れ込んできた。
それに気が付いた男性は横に居るティタニアを守るように彼女を抱
きかかえた。
しかし、二人の身体はみるみるうちに水に飲まれていった。
ティタ (そっか… あの時、そうだった……)
何かに納得した彼女は目を開こうとした。
少 女 (まだだよ、彼の声を聴いて)
ティタ (彼? レオの事? でもどうやって)
少 女 (意識を近づけて)
ティタニアは彼の存在を強く意識した。
男 性 「ゴメンな、俺のせいで… 神様、どうか彼女だけは… ティタだけ
は… 助けてください…」
彼の念仏のように呟く声を聴いたティタニアはハッと目を開けた。
―オガサーラ島・森の空き地―
少女は目を大きく見開いたティタニアの頭を額から離し、そのまま
目を合わせた。
少 女 「予は彼に頼まれたから君を迎えに行ったんだ」
ティタ 「(涙声)ごめんなさい…」
大きく開かれた彼女の目から涙があふれ始めた。
ティタ 「(涙声)ごめんなさい… ごめんなさい……」
彼女は「ごめんなさい」と繰り返し呟きながら少女の目を見たまま
泣いた。
少 女 「どうして泣くの?」
ティタ 「(涙声)あたし… 水が… 怖くて… 怖くて……」
言葉が続かなくなったティタニアを落ち着かせるように少女は添え
た手で彼女の頭を優しく撫で始めた。
ティタ 「(涙声)じっ… 自分だけ、助かりたいって… 思ったの…… 部屋に
残ったこと… 彼の事… 全部後悔した… みんな恨んだ……」
涙で視界がぼやけてきた彼女を少女は強く抱きしめた。
少 女 「それでいいんだよ、君は間違っていない。彼もそれを願ったんだから」
ティタニアは少女の胸の中で泣き続けた。
泣き疲れたのだろう、彼女はいつの間にか深い眠りについていた。
彼女自身がその事に気が付いたのは、小鳥のさえずりに目を覚まし
た時だった。
昨日の事を頭の中で整理していると、自分の横にそのヒントが転が
っていた。あの少女が丸くなって寝息を立てていたのだ。
ティタニアは彼女を気遣い、起こさないようにと少し距離を取ろう
とした。だが、その思いとは裏腹に彼女は目を覚ましてしまった。
彼女は気まずそうに目を背けたティタニアの顔を見ると髑髏の化粧
越しに微笑んだ。
少 女 「おはよう」
ティタ 「おっ、おはよう」
ティタニアは彼女と目を合わせられなかったが、それまで返さなか
った挨拶を返した。
少 女 「よく眠れた? 朝ごはん用意するね」
少女が立ち上がって森へ去っていこうとした時、ティタニアも後を
追うように立ち上がった。
ティタ 「待って、あたしもやる」
彼女が歩き出そうとした時、少女が振り返り小さく両手を前に出し
てそれを止めた。
少 女 「気持ちは嬉しいけど、まだ来ちゃダメ」
ティタ 「どうして?」
少 女 「君はまだ生きていないから」
理由になってないような理由だったが、今のティタニアには十分に
説得力があった。
彼女は黙ってうなずき、森の奥へと去っていく少女を見送った。
それから、退屈な時間が過ぎた。
その中でティタニアは昨日までとは違う感覚を感じていた。
動けないから仕方なく待つのではなく、動けるのにあえて待たされ
るもどかしさ。そして、独りでいる事の不安と寂しさ。
それらを紛らわすために彼女は辺りを歩き回り見知らぬ草を観察し
たり、目を閉じ鳥や生き物の声に耳を傾けた。
少 女 「お待たせ」
森から戻った少女が持っていた盆には二人分の食事が乗っていた。
少 女 「今日から一緒に食べよう」
ティタ 「うん… ありがと」
少女の言葉に不思議な安堵感を感じたティタニアはいつのまにか彼
女に小さく頭を下げていた。
一瞬驚いた様子だった少女は料理を地面に置き、頭を下げたままの
彼女を座らせた。
そして、彼女と向かい合うように自分も座り食事を取り始めた。
ティタニアも食事を手に取った。
最初に出されたのと同じスープ、あの時とは違って急いで腹の中へ
押し込むことなくしっかりとその味を確かめながら食べていった。
ティタ 「これって最初に出してくれたのと同じ?」
少 女 「そうだよ、何か変だった」
ティタ 「ううん、あの時は味が分からなかったから」
ティタニアはスープを一口飲み、息をついた。
ティタ 「こんなにおいしかったんだ…」
少 女 「えへへ、ありがと」
少女は彼女の言葉にはにかむと食器を置いた。
少 女 「その様子なら、予の事を少し話してもいいかな」
ティタ 「そういえば、あなた何者なの?」
少 女 「予はドレド・ノト。この島のシャーマンなんだよ」
ティタ 「へぇ、ドレドちゃん。あたしはティタニア」
ティタニアが自己紹介をしようとした時ドレドの目が鋭くなった。
ドレド 「ちょっと待って。君、年いくつ?」
ティタ 「あたし? 25だけど…」
ドレド 「やっぱ年下か…」
ティタニアは彼女の言葉が信じられず、どう見ても中学生くらいの
ドレドの姿をまじまじと見た。
ドレド 「こう見えて予は今年で30なんだよ」
ティタ 「えっ、ウソ!」
ドレド 「別に怒ってはいないけど、いきなり「ちゃん」付けで驚いた」
ティタ 「ごめんなさい…」
ドレド 「怒ってないって」
しゅんとなってしまったティタニアにドレドは手を差し出した。
ドレド 「呼びやすいなら「ちゃん」付けでもいいよ。これからは予が君がここで
生き返る為のパートナーだから」
ティタ 「パートナー?」
ドレド 「そう。当面はよろしくね」
ティタニアの目にはドレドから差し出されていた手が見えていた。
そこから視線を上げ彼女の顔を見るとドレドは化粧の不気味さを感
じさせないほどの柔らかな微笑を浮かべていた。
そして、彼女は差し出された手を取り、固い握手を交わした。
ティタ 「こちらこそ」
ティタニアの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。
第五話 ② へ続く…
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