第五話 ~海の円舞曲~ ②

―オガサーラ島・森の空き地―


       ドレドはティタニアの手を掴んだまま立ち上がり、彼女の腕を引い

       て立ち上がらせた。

ドレド 「島を案内するよ」

ティタ 「えっ、そんな急に…」

ドレド 「いろいろ聞きたいだろうけど、まずは真っ白な状態でこの世界に触れて

     ほしいんだ。それは今しかできない事だからね」

       彼女の言う事は何となくではあるが理解はできた。しかし、未知の

       世界への不安と恐怖がティタニアの踏み出そうとした足に重くのし

       かかった。

ドレド 「難しいだろうけど、全てを受け入れてごらん。生まれたての赤ちゃんみ

     たいに世界の輪郭をなぞる事から始めよう」

ティタ 「うん… 頑張ってみる…」

       そうは言ったが、彼女の顔にはハッキリと不安が浮かんでいた。

       ドレドはそんな彼女の両肩をしっかりと掴み、目と目を合わせた。

ドレド 「一人じゃないよ、予が居るから」

       彼女の言葉でティタニアの全身に絡みついていた見えない鎖がボロ

       ボロと崩れ落ちて行った。

ティタ 「そうだね」

ドレド 「さあ、行こうよ」

       ドレドは彼女の手を掴むと森の中へ一緒に駆け出して行った。




―オガサーラ島・森林地帯―


       草木が鬱蒼と生い茂る森の中をティタニアの手を引き走るドレド。

ティタ 「ちょっと待って! 待って!」

       彼女の叫びに近い声を聞いたドレドはパタリと足を止めた。

ドレド 「どうしたの?」

ティタ 「速すぎるよ… 疲れた」

       息を切らせたティタニアはその場に座り込んでしまった。

ドレド 「う~ん… 暗くなる前にドンドン行きたいんだけど。じゃあ、ちょっと

     待ってて」

       彼女はそう言い残すとすぐに一人で深い森の中へと潜っていった。

ティタ 「待ってよ、置いてかないで!」

       再び独りになることを恐れたティタニアだったが、その身体は疲れ

       に押しつぶされて動かずただ彼女が消えていった森を見つめる事し

       かできなかった。


       ティタニアはドレドが去っていった絶望に悲しみ以外の全ての感覚

       を奪われ一人暗い森の中でどうすることもできずにいた。

       ほんの僅かな時間が長く感じたのかもしれない。それとも、自分が

       感じた以上に長い時間が過ぎていたのかもしれない。どちらにせよ

       非常に耐えがたい時間であった。

ドレド 「お待たせ!」

       森の中にドレドの声が響くと、そんな彼女のほとんど止まった時間

       が再び力強く動き始めた。

ドレド 「コレ食べて。元気になるから」

       深い森の中から笑顔で戻ってきた彼女の腕には大きな黄色い果実を

       抱えられていた。

       ティタニアは差し出された果実をどうすることもできずにいた。

       その様子を見かねたドレドは果実を皮ごと齧ってみせた。

       そして、再びティタニアに差し出すと彼女はそれを手に取って同じ

       ように皮ごと食べた。

       溢れるほどの瑞々しい果汁が彼女の乾いた喉を潤し、ほのかに口の

       中に広がる甘酸っぱさが走り続けた疲れを癒した。

ドレド 「やっぱり、ちょっと休もうか」

       ドレドはゆっくり果実を食べているティタニアの横に座った。

       彼女は果実を齧りながら小さくうなずいた。


       二人は何を話すでもなく森を包み込む静寂に身を委ねていた。

       ティタニアは大きな果実を半分ほど食べたところで、ドレドの顔を

       見た。

ティタ 「あのさぁ… ちょっと言いたい事があるんだけど」

ドレド 「何?」

ティタ 「その顔、っていうかメイクって落とせないの」

       ドレドが自分の顔を指差すとティタニアは大きくうなずいた。

       その様子を見て彼女は困ったように笑った。

ドレド 「悪いけどしばらくはダメだね。君がまだ生きていないから予は君に素顔

       を見せちゃいけないんだ」

ティタ 「そう…」

ドレド 「コレは予の舞台メイクだと思ってよ」

ティタ 「分かった」

       ドレドは立ち上がり大きく全身を伸ばした。

ドレド 「そろそろ行こうか」

ティタ 「さっきから、どこに行こうとしてるの?」

       歩き出そうとしているドレドとは対照的にティタニアは座り込んだ

       まま彼女を見上げた。

ドレド 「レヴァイア山のてっぺん」

ティタ 「それって山?」

ドレド 「そう、この島で一番大きな山。そこで見せたいものがあるんだ」

       彼女の言葉にティタニアの足は重くなった。

ドレド 「大丈夫、今度は急がずゆっくり行こう」

       ドレドはティタニアに手を差し出した。しかし、彼女はその手を取

       ることなく自分で立ち上がった。

ティタ 「ゆっくりなら大丈夫」

       ドレドが手を引こうとした時、彼女はそっとその手を握り返した。

ティタ 「行こう」

       微笑みかけた彼女にドレドは笑顔でうなずき返した。


       その後、二人は散歩をするかのようにのんびりと気ままに森の中を

       歩いていた。

       その道中でティタニアが見たことも無い生き物や植物を見つけては

       ドレドが彼女にそれが何かを教えていた。

       彼女の説明を聞くティタニアに目の前の未知の物に対しての恐怖感

       は微塵もなく、知的好奇心が満たされるワクワク感が湧き上がって

       いた。

       見るもの見るもの全てに目を輝かせながら歩いていた二人はいつの

       間にか森を抜けていた。




―オガサーラ島・レヴァイア山―


       平坦な森の中とは一変した急な山道を二人は歩いていた。

       しかし、その足取りは軽やかで、二人からは時折笑い声が聞こえて

       きた。


       そして、その時はやってきた。

ドレド 「着いたよ」

       彼女に続いて頂を踏みしめたティタニアはその目に映ったものに息

       を呑んだ。

       ドレドが彼女に見せたかったもの。それはこの島の最高峰から見え

       るこの島の全てを収めた360度のパノラマだった。

       高く明るい空、静かな森、風が吹き抜ける草原、果て無く続く海。

       その全てに魅了されたティタニアは時を忘れて眼下の光景を眺めて

       いた。

ドレド 「どう?」

ティタ 「すごく綺麗… ありがとう」

       ティタニアの言葉にドレドは小さく笑った。

ドレド 「予に感謝するのは間違っているよ、この世界を綺麗と捉えているのは君

     の心なんだから。むしろそう言ってくれて予がこの世界の代わりに感謝

     したいよ」

       ドレドは彼女の前に出てきて両腕を大きく広げてみせた。

ドレド 「今、君が綺麗だと言ったこの世界。ここがこれから君が生きていく世界

     「霊界」だよ」

       ティタニアは確認するように周囲の景色を見回した。

ティタ 「ここで、生きる…」

ドレド 「そう、嫌でもね」

       彼女の試すような冷たい言葉に対しティタニアは小さく笑った。

ティタ 「嫌な訳ないよ」

       そして、天を見上げるようにしてその場に大の字に寝転がった。

ティタ 「あたしにはもったいないくらいの世界だから」

ドレド 「そんな事ないよ」

       ドレドも彼女の横に寝転がった。

ドレド 「彼に愛された君が愛するこの世界と釣り合わないわけがない」

       ティタニアは恥ずかしさで黙り込んでしまった。

ドレド 「今日はここでこの世界に挨拶をしなよ」

       一言残して、ドレドはそのまま眠ってしまった。

ティタ (挨拶か…)

       彼女はスッと立ち上がり周囲の景色をぐるっと見回した。

ティタ 「よろしくお願いしまーすっ!」

       彼女は大きな声を出して深々と島の自然に頭下げた。

       その声に答えるように柔らかな風が吹き彼女の髪を揺らした。

       ティタニアは島からの答えを共に分かち合いたかったが、ドレドは

       眠ったままだった。

       しかし、その始終を見ていたかのように幸せそうな寝顔を浮かべて

       いた。




―オガサーラ島・森の空き地(夜)―


       日も暮れたころ、二人は生活拠点の森の空き地で小さなたき火を囲

       んで食事を取っていた。

ドレド 「今日はどうだった?」

       ドレドの質問にティタニアは少し困惑した様子の笑みを浮かべた。

ティタ 「なんか不思議な感じ。まだ分からない事ばかりだけど、ここで生きてい

     くって決心はできたかな」

ドレド 「良かった」

       彼女は大きく安堵の息をついた。

ティタ 「あなたのおかげだよ」

       ドレドははにかんだ。

ドレド 「いいパートナーでしょ」

ティタ 「うん、ありがと」

       ドレドはスッと手のひらをティタニアに向けて小さくかざした。

       彼女は一瞬ドレドの行為の意味が分からなかったが、ハッと気が付

       くと彼女とハイタッチをした。

ドレド 「明日はまた別の所を案内するよ」




―オガサーラ島・浜辺―


       翌日、ティタニアが打ち上げられた砂浜にドレドの姿があった。

ドレド 「いつまでそこに居るの?」

       彼女が目を向けた先には砂浜へと続く森の中からこちらを見ている

       ティタニアの姿があった。

ティタ 「無理… 怖い…」

       完全に怖気づいている彼女を見たドレドは大きなため息をついた。

ドレド 「期待通りのリアクションをありがとう」

       ドレドは海に怯えるティタニアに背を向けた。

ドレド 「無理にこっちに来いとは言わない。けど、予はこっちに居るから何か用

     があったら来て」

ティタ 「えっ? あたしたちパートナーでしょ!」

ドレド 「そうだよ」

       ドレドは彼女に顔を見せずに海の方へと歩いていった。

ティタ 「待ってよ!」

       彼女は去りゆくドレドに手を伸ばして引き留めようとするのが精一

       杯で、その足が森の中から出る事は無かった。


       二人の距離は縮まることなく日が暮れた。




―オガサーラ島・森の空き地(朝)―


       まだ少しまどろんだティタニアの視界には柔らかな木漏れ日と大き

       く伸びをしているドレドの姿があった。

ティタ (あれ? あたし寝ちゃってたんだ…)

       目を覚ました彼女に気が付いたドレドは優しく微笑みかけた。

ドレド 「おはよう。いい夢は見れた?」

       ティタニアは静かに首を横に振った。

ドレド 「そっか…」

       ドレドは立ち上がりまだ少し夢うつつの彼女の手を引いた。

ドレド 「じゃあ、今日は海に行って嫌な夢を忘れよう」

ティタ 「えっ…」

       ティタニアは困惑した表情を浮かべながらそれを隠すように小さく

       うなずいた。




―オガサーラ島・浜辺―


       ティタニアが打ち上げられた砂浜にドレドの姿があった。

ドレド 「いつまでそこに居るの?」

       彼女が目を向けた先には砂浜へと続く森の中からこちらを見ている

       ティタニアの姿があった。

ティタ 「ダメ… 怖い…」

       完全に怖気づいている彼女を見たドレドは大きなため息をついた。

ドレド 「期待通りのリアクションをありがとう」

       ドレドは海に怯えるティタニアに背を向けた。

ドレド 「無理にこっちに来いとは言わない。けど、予はこっちに居るから何か用

     があったら来て」

ティタ 「えっ? あたしたちパートナーでしょ!」

ドレド 「そうだよ」

       ドレドは彼女に顔を見せずに海の方へと歩いていった。

ティタ 「待ってよ!」

       彼女は去りゆくドレドに手を伸ばして引き留めようとするのが精一

       杯で、その足が森の中から出る事は無かった。

ティタ (これって…)

       この後の事を悟ったティタニアの目からは涙があふれ、彼女の目の

       前の海は白く霞んでいった。




―オガサーラ島・森の空き地(朝)―


       一面真っ白になった景色に徐々に色が戻り始め、それがハッキリと

       木漏れ日が差し込む森の中の光景へと変わっていった。

ドレド 「おはよう。いい夢は見れた?」

       ドレドに声を掛けられた彼女は静かに首を横に振った。

ドレド 「そっか…」

ティタ 「ねぇ、今日は海に行くの?」

       彼女の問いかけにドレドは驚き一瞬固まった。

ドレド 「うん、よく分かったね」

ティタ 「そんな夢を見たの」

       彼女はドレドの手を両手で強く握った。

ティタ 「今度は置いて行かないで」

       深く頭を下げた彼女に対してドレドは小さく首を横に振った。

ドレド 「いつまで夢を見ているの? それも、悪夢なんか…」

       ドレドは腕を強く引きティタニアを立ち上がらせた。

ドレド 「しっかり掴まって、寝ぼけてるんなら置いて行くよ!」

       ティタニアの手を強く握り返すと、ドレドは勢いよく走りだした。

       木立の間を風のように走る彼女からはぐれないためにティタニアは

       しっかりと繋いだ手を見て走り続けた。




―オガサーラ島・浜辺―


       森の中から二人が飛び出してきた。

       そのまま砂浜を一直線に波打ち際まで駆け抜けるとドレドはピタリ

       と立ち止まった。

       突然止まった彼女に対応できずティタニアは頭から砂浜に突っ込む

       ように転んだ。そして、手を繋いだままのドレドも彼女に引っ張ら

       れて砂浜に倒れ込んだ。

       起き上がった二人は互いの砂が付いた顔を見て大笑いした。

ドレド 「手を繋いでなかったら予が置いて行かれたよ」

ティタ 「そして、あたしはまた海の底」

       笑顔の二人は自然と海を眺めていた。

ドレド 「目は覚めた?」

       彼女の問いの答えを求めるようにティタニアは海水に手を付けその

       感触を確かめた。

ティタ 「うん」

       彼女は再び穏やかな海に目を向けた。

ティタ 「これは夢じゃないんだよね」

ドレド 「そうだよ」

       ティタニアはそっと目を落とし自分の胸に手を当てた。

ティタ 「じゃあ、この海への怖さと憎しみも本物なんだ…」

       ドレドは少し暗い顔のティタニアを見た。

ドレド 「きっと、大事なものだから残ってるんだよ」

ティタ 「そうね…」

       彼女は心配そうに自分を見つめているドレドに優しく微笑んだ。

ティタ 「もう船になんか乗らないから関係ないよ。こうやって見てる分には怖く

     も憎くもない、綺麗なこの海は好きだよ」

       彼女は水平線に微笑みかけた。




                           第五話 ③ へ続く…

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