第五話 ~海の円舞曲~ ③

―オガサーラ島・森の空き地(夜)―


       たき火を囲んだ二人は食後の余韻に浸っていた。

ドレド 「明日は一人で散策してみる?」

ティタ 「えっ? そんな急に…」

       突然の提案にティタニアの頭は真っ白になった。

ドレド 「予が全部教えれば手っ取り早いんだろうけど、それらは予の知識や認識

     であって君のオリジナルじゃない。つまり、君はこの世界に対する独学

     を行う必要があるんだ」

ティタ 「なるほどね」

       口では理解を示したがティタニアの顔は曇っていた。

ドレド 「難しく考えなくていいよ。逆に勉強のお休みと考えてもらってもいい

     し、要は君が自由に行きたいところに行ってやりたいことをする時間

     って事」

ティタ 「あたしが好き勝手やってる間、あなたはどうするの?」

ドレド 「ここに居るよ。何かあったら来てくれれば手伝うから」

ティタ 「それって…」

       反論しようとした彼女を諭すようにドレドは口元に人差し指を立て

       て、その言葉を消した。

ドレド 「君が一人でこの世界と触れ合うから意味があるんだ。今日までとは違う

     新しい意味がね」

       ティタニアの顔は曇ったままだったが、彼女は小さくうなずいた。




―オガサーラ島・浜辺―


       次の日、ティタニアは白い砂浜を一人で歩いていた。

ティタ (結局、ココに来ちゃった…)

       あても無く浜辺をさまよう彼女は潮風になびく草や小さなカニを見

       つけては子供のようにそれらをじっと観察しては満足そうな笑顔に

       なって再びさまよい始める事を繰り返していた。

ティタ (? 何だろうアレ)

       そんな中で彼女の目に浜辺に横たわる見知らぬ二つの塊が写り込ん

       だ。彼女の探究心は迷わずにそこへ身体を突き動かした。

ティタ 「えっ… ウソ! 人、人が…」

       彼女の目の前にあったもの、それは全身が濡れ横たわった長い白髪

       の女性(コクテツ)と青いメッシュが入った金髪の女性(アナ)で

       あった。

       ティタニアはとっさに青く穏やかな海を見た。その事が振り払った

       はずの悪夢を再び呼び戻してしまった。

ティタ 「えっと、えっと… どうしよう…」

       恐怖に飲まれパニックに陥った彼女は何も考えられず、どうするこ

       ともできなくなっていた

……

ドレド 「ここに居るよ。何かあったら来てくれれば手伝うから」

       彼女はふと昨晩のドレドの言葉を思い出した。

ティタ 「ごめんなさい、必ず戻るから」

       横たわる二人に声を掛けると彼女は森へと駆け出した。




―オガサーラ島・森の空き地―


       息を切らせながらティタニアは森の中を駆け抜け空き地へと戻って

       きた。

ティタ 「ドレド! 助けて!」

       着くと同時に森中に響き渡らせた彼女の叫び声に寝ていたドレドが

       むくっと起き上がった。

ドレド 「ほぇ… どったの?」

ティタ 「浜辺に、あたしと同じ状況。二人」

       ティタニアが息を切らせながら片言で説明をすると寝ぼけ眼だった

       ドレドの目が鋭くなった。

ドレド 「分かった。先に戻ってて、ちょっと準備していくから」

ティタ 「ありがとう」

       ティタニアはすぐに来た道を戻っていった。




―オガサーラ島・浜辺―


       横たわる二人に寄り添うティタニアの元へパンパンに張った大きな

       リュックを背負ったドレドがやってきた。

ドレド 「あらら… これはガチで溺れた人だね」

       ドレドはリュックを置くとアナの傍らに座り、慣れた手つきで彼女

       の状態を確認していった。そして、リュックから枕と毛布を取り出

       し彼女を寝かせつけた。

ドレド 「大丈夫。今は気を失ってるだけ、命に別状は無いよ」

ティタ 「良かった…」

       ドレドは続いてコクテツに向った。

       しばらく彼女を見ていたドレドは腕を大きく振り上げて彼女の頬に

       強烈な張り手を放った。

       続けて二発目を放とうとしたドレドの腕をティタニアが抱き着いて

       止めた。

ティタ 「何してんの!」

ドレド 「平気、平気。こっちは寝てるだけだから」

       ドレドの言葉を証明するように、コクテツが目をこすりながら上体

       を起こした。

コクテツ「んあ? ココどこ?」

ドレド 「オガサーラ島だよ」

コクテツ「うわぁぁぁぁぁ!」

       寝起きでドレドの髑髏の化粧を見たコクテツは悲鳴を上げながら猛

       スピードで後ずさりした。

ドレド 「期待通りのリアクションをありがとう。で、君たちは何で流木ごっこを

     してたの?」

コクテツ「流木ごっこ? あぁ、するつもりは無かったんだけど。アナちゃんと釣り

     に来たらとんでもなくデカいオウムガイが掛かって、二人で引いたけど

     そいつが強すぎて二人まとめて海へドボン。で、今ここ」

       コクテツの説明を何度もうなずきながら聞いていたドレドは最後に

       ニヤッと笑った。

ドレド 「はは~ん。そのオウムガイってさ…」

       彼女は立ち上がり海を向いた。

ドレド 「ゴローさん、ちょっと出てきて!」

       彼女が口に両手を添え大声で海に呼びかけると、海面がせり上がり

       大きな飛沫を上げ流れ落ち中から怪獣のような巨大なオウムガイが

       姿を現した。

       ドレドはそのオウムガイを指差し、振り返るとニヤリと笑った。

ドレド 「コイツ?」

       顔から血の気が引いたコクテツは口を小さく開けたまま何度も首を

       縦に振っていた。

       彼女だけでなく、隣に居たティタニアも腰を抜かして今にも泣きだ

       しそうな顔でオウムガイを見ていた。

吾郎丸 「ドレド、いきなり呼び出して何なが」

ドレド 「ゴメン、ゴメン。ゴローさん最近釣り針掛かった?」

吾郎丸 「ついさっきやられたぜよ」

ドレド 「期待通りの返答をありがとう」

       ドレドは困ったように両手を小さく横に開きながらコクテツに笑い

       かけた。

ドレド 「相手が悪かったね。白鯨殺しの吾郎丸って知らない?」

コクテツ「ごろーまる? えっ、霊界最強生物の吾郎丸ぅ!」

ドレド 「そうだよ」

コクテツ「あぁ… そりゃ無理だ」

       一瞬で相手の素性を把握したコクテツはパッと吾郎丸の前に出ると

       深々と土下座をした。

コクテツ「この度は大変申し訳ございませんでした」

吾郎丸 「気にしやーせき。それよりおまさんが無事でよかった」

       その時、アナが意識を取り戻し目を覚ました。そして、起きた彼女

       の目に自分を海に引きずり込んだ巨大なオウムガイが映った。

ア ナ 「嫌ぁぁぁ!」

       頭を抱え叫ぶ彼女の元にドレドが駆け寄った。

ドレド 「大丈夫だよ」

       声を掛けられたアナはハッと振り返った。そこには髑髏の化粧が施

       されたドレドの顔があった。

ア ナ 「あ… あぁ……」

       ドレドの死神のような顔を見た間近でアナはそのままバタンと倒れ

       再び気を失ってしまった。

ドレド 「ねぇ、ティタ。予の顔そんなに怖い?」

ティタ 「慣れたあたしに聞かないでよ」


       アナの回復を待つ間、島の二人とコクテツは自己紹介をはじめ互い

       の事を話していた。

コクテツ「へぇ、よっちゃんはシャーマンなんだ」

ドレド 「よっちゃん?」

       ドレドは自分を指差すと、コクテツは当然のようにうなずいた。

コクテツ「名前じゃないの? 自分の事「よ」って言ってるから」

ティタ (それ、あたしも気になってた)

ドレド 「違う、違う! 予の名前はドレド、さっき言ったよ!」

コクテツ「…… よっちゃんで良いよね」

       ドレドは助けを求めて隣のティタニアをチラリと見たが、必死に笑

       いをこらえている彼女を見て渋々「よっちゃん」を受け入れること

       にした。


       しばらくして、うなされながらアナが目を覚ました。そして、彼女

       はまた真っ先にドレドの顔を見てしまった。

ア ナ 「きゃぁぁ!」

       悲鳴を上げ逃げ出そうとした彼女をコクテツが抱きかかえた。

コクテツ「大丈夫だよ。あの人たちが私たちを助けてくれたんだから」

ア ナ 「そうなの?」

コクテツ「うん。メイクをバッチリな方がよっちゃん、もう一人のナチュラルな人

     がティタさん。二人ともこの島に住んでるんだって」

       アナは恐る恐る二人を見ると、申し訳なさそうに頭を下げた。

ア ナ 「助けてくれたのに、凄く怖がってごめんなさい」

       ドレドもティタニアも彼女に笑顔を向けた。

ティタ 「しょうがないよ。あたし達はあなたが元気ならそれで十分だよ」

ドレド 「ところでさ、君たちはこれからどうするの?」

       ドレドに問いかけられたコクテツとアナは互いに顔を見合わせた。

コクテツ「ヒコーキ呼べる?」

       アナは周囲の景色を見回した。砂浜を囲む深い森と島の中央に聳え

       るレヴァイア山を見た彼女はしばらく考え込んだ。

ア ナ 「無理、降りられそうな場所が無さそう。仮に降りられても飛び立つのは

     また別問題」

コクテツ「マジっすか…」

ア ナ 「コクちゃんのデンシャは… もっと無理だよね……」

       島から出る術が見つからない二人を重い空気が包み込んだ。

ドレド 「決まった?」

       ドレドの呼びかけに二人は虚ろな目で首を横に振った。

コクテツ「帰りたいんだけど手段が…」

ドレド 「帰るの。じゃ、ちょっと待ってて」

       ドレドは波打ち際に歩いて行った。

ドレド 「ゴローさーん! ちょっとお願いがあるんだけど!」

       彼女の呼びかけに吾郎丸が海から出てきた。

吾郎丸 「何なが、さいさい呼び出して」

ドレド 「ゴローさんが連れて来たあの二人を元の場所まで送ってあげて欲しいん

     だけど」

吾郎丸 「ほりゃあ、別にいいぜよ」

ドレド 「ありがとう! やっぱ、ゴローさんは頼りになるね」

       蚊帳の外に出されたコクテツとアナはただ呆然とドレドと吾郎丸の

       やり取りを見ていた。


       その後、吾郎丸の前に並んだコクテツとアナは島の二人に深く頭を

       下げた。

コクテツ「短い間でしたがお世話になりました」

ア ナ 「本当にありがとう」

ドレド 「いやいや、お礼なんかいいよ。当たり前の事しただけだから。こんな所

     でもよかったらまた遊びに来てよ」

       吾郎丸は脚を延ばして自分の殻の側面の一部を扉のようにパカッと

       開けた。

吾郎丸 「はよぅ乗っとおせ」

コクテツ「は~い、ありがとうございます」

       コクテツとアナは島の二人に手を振ると、吾郎丸の殻の中へと乗り

       込んだ。

ドレド 「ティタも乗せてもらったら?」

ティタ 「えっ? 何で」

ドレド 「この島だけが霊界じゃないから。この島の外の事は予に聞くよりも自分

     で行ってみる方がいいよ」

       ティタニアは島の外に対する不安を隠しきれずその表情を暗くさせ

       たが、一度だけしっかりと大きくうなずいた。

ティタ 「分かった、行ってくるよ」

       彼女は吾郎丸に駆け寄り彼が閉めかけた殻の扉の中へ飛び込んだ。

吾郎丸 「じゃあ、行くぜよ」

       吾郎丸が殻の扉をしっかりと閉めて海へ潜り始めるとティタニアの

       泣き叫ぶ声が響き渡った。

ドレド 「ゴローさん、潜らないで行ける?」

吾郎丸 「おう、分かっちゅう」

       吾郎丸は殻を海の上に出して泳ぎ始めた。




―吾郎丸の殻の中―


       顔をグシャグシャにしたティタニアにコクテツとアナが寄り添って

       いた。

コクテツ「大丈夫ですか?」

       心配そうに顔を覗き込んだコクテツに対しティタニアは作りきれて

       いない笑顔を見せた。

ティタ 「心配かけてごめんね、水が怖くて…」

ア ナ 「そうだったの」

コクテツ「ティタさん結構訳ありなんだ、詳しくは後で話すよ」

ア ナ 「う、うん。分かった」

       アナはティタニアの「訳」というものが気になりながらもコクテツ

       と同じようにまずは彼女を落ち着かせることに力を注いだ。

       やがて、彼女が作り物ではない微笑を浮かべるようになると二人は

       一息ついた。

コクテツ「ティタさんはこれからどうするんですか?」

ティタ 「分からない」

ア ナ 「ウチに泊まる? 部屋は沢山あるから問題ないし」

       ティタニアは静かに首を横に振った。

ティタ 「折角のお誘い悪いんだけど。帰る所だけは分かってるから、そこへ帰ら

     なくちゃ」

       誘いを断られ少し不機嫌になったアナにコクテツはアイコンタクト

       で「怒るな」と制した。

ティタ 「あたしの場合「いきさき」が分からないんだよね…」

       ティタニアは寂しそうに天井を見上げた。




―オガサーラ島・浜辺(夕方)―


       水平線に日が沈み、空を茜色に染め上げていた。

       薄暗く静かな砂浜に吾郎丸が上陸した。そして、殻の扉が開くと中

       からティタニアが降りてきた。

ティタ 「ありがとう」

吾郎丸 「気にしやーせき。ほんなら、またな」

       頭を下げたティタニアに脚の一本を手のように降ると、吾郎丸は砂

       浜をのそのそ歩き海へと戻っていった。

ドレド 「おかえり」

ティタ 「ただい……」

       ドレドの声に振り返ったティタニアは驚き声を詰まらせた。目の前

       の彼女はそれまでの化粧を落とし素顔を見せていたのだ。

ティタ 「か… 顔…」

       混乱してうまく喋れないティタニアにドレドは眩しいほどの笑顔を

       見せた。

ドレド 「君は立派に生き返った。だから、もう隠す必要なんかないよ」

ティタ 「あたし… 生き返ったの…」

ドレド 「それは予よりも君がよく分かってるんじゃないかな」

ティタ 「そうね、でも…」

       彼女は悔しそうにうつむいた。

ティタ 「行き場が… 生き場が見つからないの!」

       ドレドは彼女の肩にそっと手を置いた。

ドレド 「それを望むのは生き返った何よりの証拠だよ。ただ、それを見つけるの

     は予の仕事じゃない」

       彼女はティタニアの肩から頭に手を回し目と目を合わさせた。

ドレド 「君の中に在る大切なものが教えてくれるはずだよ」

       ティタニアは静かに目を閉じ自分の心をふるいにかけた。そして、

       残ったものを繋ぎ合わせた。

ティタ 「吾郎丸さん!」

       彼女の呼びかける声にまだ海に到達していなかった吾郎丸は歩を

       止めた。

       ティタニアも振り返り吾郎丸を見た。

ティタ 「あたしとパートナーになって」

吾郎丸 「何でほがな事を」

ティタ 「あたしは海で死んだの。あたしの婚約者も、あたしの知らないたくさん

     の人も… だから、もう誰も海で死なせたくないの。あなたならどんな

     船よりも安心できるから、あの二人みたいに人を運びたいの」

吾郎丸 「そうか… だが、できやーせん」


       信じた道を断たれたティタニアは感情のまま子供のように泣き叫び

       たかったが、黙って吾郎丸をしっかりと見ていた。

吾郎丸 「けんど、そん事言われたち… 断れんやか!」

       吾郎丸は殻の中に脚を突っ込み大きなホラ貝を取り出すと、それを

       彼女に投げ渡した。

吾郎丸 「パートナーにゃなれんけんど、おまさんにゃ協力はするがで。そのホラ

     貝で呼き、じき行くぜよ」

ティタ 「ありがとう」

       吾郎丸は彼女を一瞥することも無く海へと帰っていった。

       ホラ貝を持ったティタニアは恥ずかしそうに苦笑しながらドレドの

       元に歩み寄った。

ティタ「断られちゃった」

       ドレドはティタニアにそっと手を差し出した。

ドレド「だって、予が居るでしょ」

ティタ「え…」

ドレド「ステージは変わったけど、まだパートナーでいてくれるよね」

       ティタニアは迷わず彼女の手を取った。

ティタ「もちろん」

       彼女はこれから共に踊るかのようにあらためて自分のパートナーに

       挨拶をした。




                              〈第五話 終〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る