第六話 ~矛盾性運命論~ ①

―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       コクテツがソファに座り手紙を読んでいた。

       彼女は黙ってそれを読み終えると、クシャクシャに丸めてゴミ箱へ

       投げ捨てた。




―イストシティ駅・プラットホーム―


       シテツがトーマスの尻尾の先から順々に彼の胴体に開いた穴を覗き

       込み、乗客や忘れ物が無いか指さし確認を行っていた。

コクテツ「先にお昼入ってるよ」

       トーマスの頭の方から歩いてきたコクテツがシテツとすれ違いざま

       に彼女の肩をポンと叩き声を掛けた。

シテツ 「はーい」

       シテツは少しピッチを上げ確認を終えると、腕を高く掲げ軽く振り

       下ろした。それを見たトーマスは胴体の穴を塞いだ。

シテツ 「じゃあ、お昼ごはん食べてくるね」

トーマス「ガウ」

       シテツはトーマスの頭を軽く撫でると、小走りでコクテツが歩いて

       行った後を追っていった。




―イストシティ駅・会議室―


       広い会議室の中央に長机が一つ。そこにコクテツは浮世絵を描いた

       自作のキャラ弁を広げ、それをスマホのカメラで撮っていた。

       そんな折り鞄を持ったシテツが鼻歌を口ずさみながら入ってきた。

       撮影に夢中になっている姉と向かい合うようにパイプ椅子を広げて

       座った彼女は鞄の中を覗き込んだ。

シテツ 「えっ…」

       彼女は急に血相を変えて鞄をガサゴソと漁り始めた。

コクテツ「どったの?」

シテツ 「お弁当忘れた…」

       鞄の中を見つめたまま肩を小さく震わせていた彼女は諦めたように

       大きなため息をついて上を見上げた。

シテツ 「コンビニ行ってくる」

コクテツ「うん、分かった」

       シテツは足早に会議室を出て行った。




―駅前のコンビニ・店内―


       シテツは微妙な苛立ちを感じながらレジ前に立っていた。

       その前では、ヨボヨボのお爺ちゃん店員がカウンターに並べられた

       お弁当とお茶のボトルと全種類のおにぎりを非常にスローな動きで

       レジ打ちをしていた。当然、それが彼女の苛立ちの原因であった。

       何分間も待たされ続けてる彼女はチラリと腕時計を見た。その針は

       十二時半を大きく過ぎていた。

シテツ (このままじゃ、お会計が終わると同時に休憩も終わる…)

       意を決した彼女は財布を開いた。

シテツ 「すみません、有り金全部出すんで。早く袋に入れてください」

マスク男「おう、そうしてもらおうか」

       彼女の言葉に答えた野太い声の方にシテツが振り向くと、目出し帽

       をかぶった男が拳銃とずた袋を突きつけていた。

シテツ 「それって、おにぎりじゃなくて… お金を入れろって事ですか」

マスク男「そうだ、早くしろ!」

       シテツは慌てて両手を挙げ、何度も首を小さく横に振ってマスク男

       の視線をレジへと向けさせた。

       男は袋をレジのお爺ちゃん店員に投げ渡した。しかし、お爺ちゃん

       は相変わらずのスローな動きでなかなかレジが開かなかった。

マスク男「おい、早くしろ!」

シテツ 「早く、早く!」

レジ爺 「ふがふが(訳 ちょっと待ってて)」

       三人がレジを開けることに必死になってる頃、若い黒髪の新米婦警

       レイ・ピアースが制服姿のまま財布を片手に店に入ってきた。

       そんな彼女の目にレジ前の三人の様子が映った。

レ イ 「どうしたんですか? お困りなら手伝いますよ」

       レイの声にマスク男が振り返ると、その姿を見て慌てて拳銃を彼女

       に向けた。

マスク男「サツ呼んだの誰だ!」

シテツ 「私じゃないですよ!」

レジ爺 「フガフガ!(訳 ワシじゃないよ!)」

       拳銃を向けられたレイは顔を引きつらせた。

レ イ 「なんでプロレスラーが銃を…」

マスク男「馬鹿か! 強盗だよ強盗!」

レ イ 「えっ… 強盗?」

       状況が掴めた彼女は身を竦めながら少し後ずさった。

レ イ 「(涙声)う、嘘だ! 警察に自分から「私は強盗です」って言う強盗なん

     て居るはずが無い!」

三 人 (あっ、この子怖がってる…)

レ イ 「(涙声)ほ、本当に強盗だって言うんなら… 逮捕しますよ!」

       マスク男は彼女に真上に向け発砲した銃声一つで答えた。

レ イ 「ぴゃぁぁぁぁぁぁ!」

       銃声に驚いたレイは泣き叫びながら脱兎のごとく店の外へと逃げ出

       した。一瞬の出来事に取り残された三人は閉まっていく自動ドアを

       呆然と見つめていた。

       そんな中、マスク男がハッと何かに気がついた。

マスク男「しまった… 逃げられた」

       シテツとお爺ちゃん店員は男がつぶやいた言葉を聞いて納得した。

シテツ 「今、私たちを撃つとか下手に動いたらマズい状況ですね」

       マスク男は肩を落とし小さくうなずいた。




―駅前のコンビニ・店前―


       グシャグシャになった泣き顔のレイがゴミ箱の陰に隠れてスマホで

       電話をしていた。

レ イ 「(涙声)もしもし、イストシティ署のレイ・ピアース巡査です。イスト

     シティ駅前のコンビニで発砲があったので応援をお願い… えっ、私が

     110番に掛けちゃ駄目ですか…」




―イストシティ駅・会議室―


       一人残されたコクテツはテレビを見ながら弁当を食べていた。

コクテツ(しーちゃん遅いなぁ…)

       彼女がシテツの帰りを心配し始めた頃、テレビの中ではニュースを

       読んでいた女子アナ表情が険しくなった。

女子アナ「ただいま入りましたニュースです。イストシティ駅前のコンビニに強盗

     が入り人質を取って立て籠もっているとのことです」

コクテツ「ほぇ?」

       突然の一報にコクテツがテレビを覗き込むと、警官隊が取り囲んで

       いるコンビニが映し出された。

コクテツ「ここって、すぐそこじゃん」

女子アナ「犯人の男は男性の店員と女性客の二人を人質に…」

       人質の情報を聞いたコクテツは血相を変えてガタッと椅子から立ち

       上がり、会議室を飛び出していった。




―駅前のコンビニ・店前―


       コンビニの前には警官隊が盾を構え銀色の壁を形成していた。その

       壁を背にスーツ姿のスパイク・シールド警部補が眼鏡の奥から鋭い

       視線を自動ドアの硝子越しに見えるマスク男に向けていた。

       彼は昂った気持ちを静めるために小さく息を吸い込んだ。そして、

       拡声器を口元にかざした。

スパイク「私はイストシティ署のスパイク・シールドだ。話をしよう」

マスク男「話だぁ?」

スパイク「ああ、そうだ。まずは人質の二人を解放してほしい。君のチャンピオン

     ベルトはその後で用意する」

マスク男「待てコラ! 俺はプロレスラーじゃねぇ!」

       逆上したマスク男にスパイクは困惑した。

スパイク「(あれ? おかしいな…)おっと、すまなかった。そうだ、まずは君の

     リングネームを聞こう」

マスク男「お前、わざとだろ! まともに話す気無ぇじゃねえか!」

スパイク「ちょ、ちょっと待ってくれ」

       スパイクは男をなだめるように両手を小さく下に動かしながら後へ

       下がり、警官隊の裏へと消えていった。

       安全な壁の裏へ来ると彼はすぐさま懐からタバコを取り出して火を

       つけた。そして、そのままの状態で小さく手招きをした。

       すると、彼の元へレイが駆け寄ってきた。

スパイク「ピアース君、アイツ本当にプロレスラーなのか?」

レ イ 「レスラー以外にマスクを被る職業ってあるんですか?」

       レイの返しに力無く小さく開いたスパイクの口からタバコがポロリ

       と落ちた。

       彼はそれを踏み消すとすぐに次の一本に火をつけた。

スパイク「やれやれ… 作戦を練り直すぞ!」

       彼が号令をかけたその時、大きなエリマキトカゲに跨がり重厚な革

       ジャンを羽織った男ハル・バードが現場にやってきた。

スパイク「ハル、何で此処に…」

       彼の姿を見たスパイクが青ざめると、周りの警官たちもハルの存在

       に気がついた。

レ イ 「あっ、バード刑事お疲れ様です!」

       レイをはじめ多くの警官たちが彼に声を掛けたが、彼はそのいずれ

       にも答えずチラリと店内の方を見た。

       そして、スッと躊躇い無く懐から大口径のリボルバー式拳銃を取り

       出し視線の先を撃った。

       銃声が全ての音をかき消して、自動ドアのガラスが割れる音だけが

       現場に残った。




―イストシティ駅・会議室―


       誰も居ない会議室にはつけっぱなしのテレビがあった。

       その画面の中では、男性アナウンサーが緊迫した現場の様子を叫ぶ

       ように伝えていた。

現場アナ「銃声が聞こえました! 現場は騒然と… 今、警察の一人が店内へと入

     っていった模様です! たった今、警官隊が店内へと突入しました!」

       その時、警官隊突入を伝える彼に画面横から出てきたADらしき男

       が何かを耳元で伝えた。すると、アナウンサーは驚愕した表情を浮

       かべADらしき男に何度か確認をすると小さくうなずき小さく息を

       ついた。

現場アナ「失礼いたしました。ただいま入りました情報によりますと、店内へ入っ

     ていったのは警察ではなく民間人の方との事です」




―駅前のコンビニ・店内―


       止めようとする警官たちを振り切ってコクテツが店内へと駆け込ん

       できた。

コクテツ「しーちゃん!」

シテツ 「こ、コク姉… 怖かったよぉ!」

       コクテツは我が目を疑った。泡を吹いて倒れているマスク男の隣に

       胸を赤く染めたシテツの身体が力無く横たわっていたのだ。

コクテツ「ん? しーちゃん、ちょっとゴメンね」

シテツ 「えっ、何? うわ、ちょっと何でいきなり脱がすの!」

コクテツ「撃たれてないか確認させて」

シテツ 「そんなの見りゃ分かるでしょ!」

       彼女はシテツを抱きかかえて何度も妹の名を叫ぶように呼んだが、

       冷たい体は何も答えなかった。

コクテツ「えっ……」


シテツ 「痛っ! 何、何、何? 何でいきなりグーパンチ?」

コクテツ「生きてるかの確認」

シテツ 「どう見ても生きてるでしょが!」

       妹の死を受け入れたくなかった彼女はただ強く静かにシテツの体を

       抱きしめた。

コクテツ(ヤベェ… マジで訳がわかんない……)

シテツ 「コク姉どうしたの? さっきから変だよ…」


 ×  ×  ×


コクテツ「ハイ、読者の皆様こんにちは。轍洞院コクテツです。

     え~、特に皆様にお伝えすることは無いんですけど…

     ちょっと問題が起きまして、私が今の状況を整理するために時間稼ぎで

     指パッチンをしました。


     しーちゃんは無事なんですけど、天の声さんはしーちゃんが死んだ流れ

     で話を進めてるんですよ。私の動きも全然合ってないし…


     こんな事初めてでメチャメチャ混乱してます。


     あっ、アレか!」




―回想 轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       コクテツがソファに座り手紙を読んでいた。

       その手紙の文面にはこう書かれていた。



       拝啓 轍洞院コクテツ様


       時下皆様におかれましてはお変わりなくお過ごしとのこと拝察いた

       しております。

       本来ならば、このようなお手紙を私から差し出すことはありません

       が貴方には私の言葉が聞こえるようですのでご報告をいたします。


       私、「天の声」こと冨垣エヌは明日より三日間の休暇を頂きます。

       その間のナレーションは既に収録済みの物を使用いたしますので、

       アドリブによる変更・修正は一切できません。


       普通に生活をしていれば何も問題はありません。

       しかし万が一、私の言葉と異なる状況が起きた場合は運命の綻びを

       生じさせないために私の言葉に従ってください。


       急なお話で申し訳ありませんが、この三日間どうかよろしくお願い

       いたします。

                                  敬具

                                 冨垣エヌ



       彼女は黙ってそれを読み終えると、クシャクシャに丸めてゴミ箱へ

       投げ捨てた。




―駅前のコンビニ・店内―


コクテツ「…理由は分かったけど、って感じ。

     まぁ、何にせよ今日の天の声さんは現実とはかなりズレてるので、読者

     の皆様の混乱を避けるために無しで行きます」


 ×  ×  ×


シテツ 「…コク姉、本当にどうしたの?」

コクテツ「大丈夫、とりあえずは解決した。それより外に出ようか」

シテツ 「うん」




―駅前のコンビニ・店前―


スパイク「馬鹿野郎! 現場に来ていきなり発砲する警官がどこに居る」

ハ ル 「お前の目の前に居る」

スパイク「ふざけんな!」

ハ ル 「そもそも、俺だって速攻掛ける気は無かったぜ。ただ、どこかの警部補

     様がココの住所を間違えて教えてくれたおかげで到着が遅くなったから

     仕方なくだ」

スパイク「俺は間違えていない。あえて違う住所を送った」

ハ ル 「んだと、てめぇ!」

スパイク「遅かれ早かれ犯人を撃つって分かってる奴を呼ぶ訳ないだろ!」


レ イ 「バード刑事、お会いしたいという方が」

ハ ル 「ん? 俺にか。スパイク、ちょっと待ってろ」

スパイク「(舌打ち)呼び捨てかよ…」


コクテツ「あなたが銃を撃った刑事さんですか?」

ハ ル 「ああ、イストシティ署のハル・バードだ」

コクテツ「私は人質だった彼女の姉の轍洞院コクテツと申します」

ハ ル 「ああ! さっき店に突っ込んでいった人か。妹さんには怖い思いさせて

     申し訳なかった。お嬢ちゃんもゴメンな」


コクテツ「その件なんですけど… 何で彼女に当てなかったんですか!」

シテツ 「えっ… こくねぇ……」

ハ ル 「……あー、言い間違いだよな」

コクテツ「いいえ、しーちゃんに当たらないといけなかったんです!」


ハ ル 「スマン、妹さんを殺したいなら自分でやってくれ。逮捕はしてやる」

コクテツ「私はそんな気は無いんですけど、そういう運命だったんです」

ハ ル 「そりゃ無い、無い。だって俺射撃上手いもん。それに威嚇射撃で当てる

     気無かったし、撃つ瞬間にくしゃみでもすれば…


     へっくしゅん!」


ハ ル 「スマン、ちょっと待ってもらえるか?」

姉 妹 「はい」


ハ ル 「警部補殿ぉ、俺の近くでタバコ吸うなって何度申し上げれば良いんです

     かねぇ!」

スパイク「あっ、スマン。風向きが変わったみたいだな」

ハ ル 「さっき人の話だと、そいつのせいで俺の弾が人質のお嬢ちゃんに当たっ

     てたらしいですよ。  くしゅん!」

スパイク「だから撃つのやめろって事だろ」

ハ ル 「お前がタバコやめろって事だよ! 俺が撃ってこの件は解決しただろ、

     お前がその殺人兵器で何か解決したか? くしゅん!」


コクテツ「喧嘩、ちょっとやめてもらっていいですか?」

ハ ル 「ああ、スマン。妹さん殺せっていうなら、気は乗らないが…」

シテツ 「ひぃっ…」

スパイク「何してんだ! 撃つなら自分の頭撃ってろ!」

コクテツ「いえ、物凄く説明しにくいんですが… しーちゃんは本来ならさっきの

     弾に当たって死んでる運命なんです」

スパイク「死んでる運命……。知り合いに医者はいないか? 多分なんとかなる」




                           第六話 ② へ続く…

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