第四話 ~空との距離~ ③

―セルリアン家屋敷・応接間―


ア ナ 「じゃあ業務提携の内容について」

コクテツ「任せるよ」

ア ナ 「え?」

       気だるそうに大きなあくびをしたコクテツをアナは口を開けて見て

       いた。

シテツ 「コク姉そういう話は全く興味無いんです」

ア ナ 「でも提案したよね?」

コクテツ「妥協点を出しただけ、運営とか実務的な話は後で担当者を紹介するんで

     そっちでお願い」

       物凄く眠そうなコクテツにアナは何も言うことができなかった。

コクテツ「ま、お友達になったんだし。あんまりお堅い話ばかり続けてもねぇ」

ア ナ 「と、ともだち…」

コクテツ「でしょ? 会社の付き合いとは言え、こうして家に呼んでもらって一緒に

     お茶してる。私はそう思ってるけど」

       アナは急に顔を赤くしてそれを隠すように少しうつむいた。

コクテツ「どうしたの?」

ア ナ 「べっ、別に…」

       アナは落ち着かない様子で紅茶を飲み始めた。

       彼女がカップを置き顔を上げるとその頬に一筋の涙が流れていた。

コクテツ「ゴメン、何か変な事言ったかな…」

ア ナ 「えっ、どうして?」

コクテツ「いや…。泣いてるから」

       アナは自分の頬を触った、そこで初めて自分が涙を流していたこと

       に気が付いた。

ア ナ 「こっ…。これは…。違うの!」

       慌てた様子のアナは空になったティーカップをふと見た。

ア ナ 「あの、その…。紅茶が美味しかったからつい……」

       アナは恥ずかしそうに笑ってみせた。

ア ナ 「ジャルって可笑しいんだから、冷めた紅茶の方がおいしいなんて」

       彼女の言葉に合わせてコクテツも冷めた紅茶を飲んだ。

コクテツ「優しい味だね」

ア ナ 「うん」

       シテツも味を確認しようと紅茶を飲んだが、その後で二人に見られ

       ないように渋い顔を浮かべた。

ア ナ 「ところで、二人の事なんて呼べばいいかな」

コクテツ「何でもいいよ」

シテツ 「私はよく「シー」って呼ばれてます」

       アナはしばらく腕を組み考えた後コクテツを指差した。

ア ナ 「コクちゃん!」

       今度はシテツを指差した。

ア ナ 「大福ちゃん!」

シテツ 「ちょい待て! どんな理由よ」

ア ナ 「白くて柔らかそうだから」

コクテツ「あ~、なるほど納得」

       シテツは頭を抱えて塞ぎこんでしまった。

       その様子を見たアナは意地悪そうに笑った。

ア ナ 「ウソだよ。シーって呼ぶね」

シテツ 「お願いします」

       アナは応接間を見回した。

ア ナ 「ここって何も無いから退屈でしょ」

コクテツ「いや、そんな事無いよ」

ア ナ 「そう? ……。そうだ、お花好き? 庭を案内するよ」

       突然アナは席を立ち応接間を出て行こうとした。

ア ナ 「早く、早く」

       彼女に手招きされ姉妹は席を立った。




―セルリアン家屋敷・庭園―


       色取り取りの花が咲き誇る花畑の真ん中に置かれたテーブルを囲む

       三人。

シテツ 「すごく綺麗ですね」

ア ナ 「毎日パートさんが手入れしてるからね」

       三人はしばらく花畑を眺めていた。

ア ナ 「お茶菓子用意するけど、何が好き?」

シテツ 「何でもいいですよ」

コクテツ「ゴマ煎餅がいいな」

ア ナ 「OK、分かった」

       アナはテーブルに置かれた呼び鈴を鳴らした。

       すぐにメイドがやってきてアナにお辞儀をした。

メイドB「お呼びでございますか」

ア ナ 「お茶とモンブランをお願い。あとゴマ煎餅も」

メイドB「かしこまりました」

       メイドはお辞儀をすると戻っていった。

ア ナ 「二人は休みって何してるの?」

コクテツ「私は釣りに行ったりギターの練習とかかな」

シテツ 「私はコク姉みたいに特にコレって無いな、基本的には家でゴロゴロ」

ア ナ 「釣りかぁ…。ねぇ、今度一緒に行っていい?」

コクテツ「いいよ」

メイドB「失礼します」

       メイドがティーセットを持ってきた。

ア ナ 「ありがとう」

       アナが声を掛けるとメイドは微笑み手早くお茶の準備を済ませた。

メイドB「失礼します」

       メイドはお辞儀をすると戻っていった。

ア ナ 「えっと、それで釣りに行く話だったよね」

       アナはポケットからスマホを取り出した。

ア ナ 「じゃあ、番号交換しよ」

コクテツ「そうだね」

       コクテツもスマホを取り出しアナに渡した。

       彼女は操作を済ませコクテツにスマホを返した。

ア ナ 「ありがとう」

       彼女は嬉しそうにスマホの画面を見ていた。

シテツ 「じゃ私も」

コクテツ「送っといた」

       シテツはスマホを持ったまま固まった。

ア ナ 「二人は本とか読む?」

コクテツ「しーちゃんはよく読むよね」

シテツ 「家でゴロゴロしてるからね」

ア ナ 「どんなジャンル?」

シテツ 「何でも読みますよ。家だと推理小説が多いかな」

       アナは突然席を立った。

ア ナ 「私も推理もの好きだからおススメ貸してあげる」

シテツ 「いや、悪いですよ」

ア ナ 「返すのなんかいつでもいいから」

       アナは屋敷の方へ走って行ってしまった。

       残された二人は静かに紅茶を飲んだ。

シテツ 「なんか、質問攻めだったね」

コクテツ「そうだね」

シテツ 「思ったんだけど、アナさんって…」

コクテツ「言っちゃダメ。聞こえたら傷ついちゃうから」

       再び姉妹は無音のお茶会を始めた。




―セルリアン家屋敷前(夕方)―


       綺麗に整列したメイドたちの前に笑顔のアナが立っていた。

ア ナ 「今日はありがとう」

       彼女たちと向かい合うコクテツと両手に大量の本を抱えたシテツ。

コクテツ「こちらこそ。本もこんなに貸してくれるなんて」

シテツ 「重い……」

ア ナ 「よかったら本以外も今度貸すよ。そうだ、バニラさん二人をエルヴィス

     まで送ってあげて」

メイドV「かしこまりました」

       アナの後ろの列からメイドが一人出てきて姉妹の横に立った。

ア ナ 「じゃあ。よかったらまた遊びに来て」

コクテツ「うん、本も返さなきゃいけないし。また来るよ」

ア ナ 「うん、またね」

       アナの顔が少し赤くなった。

メイドV「よろしいですか?」

コクテツ「はい、お願いします」

       メイドに先導されコクテツはアナに手を振ってシテツと屋敷を去っ

       ていった。

       アナもずっと二人に小さく手を振っていた。


       しばらくして一行が屋敷の前の庭園を抜けようとした時、買い物袋

       を両手に下げたジャルが反対側から歩いてきた。

ジャル 「お客さん、今お帰りなの?」

コクテツ「あっ、MSNの人!」

シテツ 「ジャルさんだよ」

ジャル 「バニラさん、アタシが送るから代わって。アンタだと時間外労働になっ

     ちゃうから」

       ジャルはメイドに買い物袋を渡した。

ジャル 「それ、モモさんに渡しといて」

メイドV「わかりました。では、申し訳ありません失礼します」

       メイドは足早に屋敷へと戻っていった。

ジャル 「アンタらの会社は大丈夫だった?」

コクテツ「ええ、アナさんとはもう友達です」

ジャル 「そりゃ良かった」

       ジャルは大きく安堵の息をついた。

       コクテツはそんなジャルの胸元を見ていた。

コクテツ「なんか挟まってますよ」

       ジャルが目を落とすと胸の谷間に紙が挟まっていた。

ジャル 「ああ。買い物メモ。両手が塞がってたからココにしか入れらんなかった

     んだよ」

コクテツ「エロい服って便利ですね」

       ジャルは胸からメモを引き抜き広げた。

ジャル 「もう要らな…。やっべ!」

       彼女が見たメモ帳には各項目にチェックが入っていたが鶏肉の所に

       だけついていなかった。

ジャル 「あのさぁ、鶏肉持ってる?」

コクテツ「いいえ」

ジャル 「うん、分かってた」

       天を見上げたジャルはそのまま固まった。

ジャル 「ちょっと離れて」

       姉妹に手を払い自分から離れさせると、彼女はスカートをめくり腿

       に取り付けたナイフのホルスターに手を掛けた。

ジャル 「恨むなよ!」

       ジャルは上空めがけナイフを投げた。

       驚く姉妹の前で彼女は落ちてきたナイフの柄をキャッチした。その

       切っ先には鳥が刺さっていた。

ジャル 「ホイ、鶏肉調達完了」

姉 妹 (この人本当にメイドなのか…)

ジャル 「ちょっと待ってて、この鳥モモさんに届けてくるから」

       屋敷の方に走っていったジャルを姉妹は唖然としながら見送った。




―エルヴィスの中(夕方)―


       自家使用のため機内には豪華なソファや家電などが置かれていた。

       質の良いソファに少々緊張しながら小さく座る姉妹と対照的に足を

       投げ出して深くどっかりと座っているジャル。

ジャル 「もっとくつろげば?」

シテツ 「そう言われても…」

コクテツ「んじゃ、遠慮なく」

       コクテツは深く腰を掛け直すと脚を組み偉そうに体を背もたれに預

       けた。

コクテツ「これすごく気持ちいい」

ジャル 「でしょ」

       二人のやり取りを見たシテツも深く座り至福の笑みを浮かべた。

ジャル 「しっかし、よくお嬢様を言いくるめたね」

コクテツ「しーちゃんがキレてゴリ押ししたんです」

       ジャルは困ったような顔を浮かべた。

ジャル 「さっきからアタシなんかに丁寧に話してくれて嬉しいんだけどさ、本来

     なら逆じゃない?」

コクテツ「まあ、そうですね」

ジャル 「アタシは学が無いからこんな喋りしかできないんだ、パートさんたちの

     ように無茶苦茶丁寧な言葉遣いをしたいんだけどね」

コクテツ「でも、気持ちは伝わってますよ」

       ジャルははにかんで笑った。

ジャル 「ありがと。でも、アタシには丁寧な言葉を使わなくていいよ。こっちも

     気持ちは受け取れるから」

コクテツ「OK、じゃあそうする」

       ジャルは寝起きのように大きく伸びをした。

ジャル 「これで気が楽になった。んで、結局どうなったの?」

コクテツ「GTになった」

ジャル 「あー、なるほど。いい解決策じゃん」

シテツ (通じた!)

       一人だけ驚いたシテツを誰も気に留めず、ジャルは姉妹に嬉しそう

       に微笑みかけた。

ジャル 「お嬢様と友達になってくれてありがとうな」

       ジャルはテーブルに置かれたガラス製の灰皿を自分の方へ引き寄せ

       タバコに火をつけた。

ジャル 「ココだけの話…。あの人友達少ないんだ……」

姉 妹 (やっぱり…)

ジャル 「お二人さんはお嬢様と本当に仲良しみたいだから心配してないけど…」

       ジャルは火がついたタバコで二人を指した。

ジャル 「お嬢様を泣かせたらアタシがタダじゃ置かないよ」

       姉妹は揃って笑顔をジャルに向けた。

姉 妹 (ごめんなさい、手遅れです……)




―フェザーフィールド空港・エプロン(夜)―


       明かりが消え静かになったターミナルビルから鞄を下げたイーグル

       が出てきた。

ジャル 「じーさん、お疲れ」

       足を止めた彼の視線の先にはエルヴィスの横で手を上げるジャルの

       姿があった。

イーグル「お前か…。こんな所までサボりに来たのか」

ジャル 「逆だよ、見送りで来たんだ。お嬢様の友達のね」

イーグル「友達だと」

ジャル 「そ、じーさんも知ってんでしょ。デンシャの二人」

       彼は納得したようにニヤリと笑うと止めていた歩を再び進めた。

       そして、ジャルとすれ違いざまに彼女の肩をポンと叩いた。

イーグル「これでお前の負担も減るな」

       ジャルはニヤリと笑うとタバコに火をつけた。

ジャル 「逆に増えるんじゃない? 遊び相手が増えたんだから」

       エルヴィスが胴に穴を開けた。そこへ乗り込もうとしたイーグルは

       また足を止めた。

イーグル「火を消してから乗れ」

       彼の言葉にジャルは舌打ちを返した。

ジャル 「禁煙なら灰皿置くなよ」

       彼女は吸っていたタバコを地面に落とし、それを踏み消すとエルヴ

       ィスに乗ろうとした。

イーグル「吸い殻はどうした」

       また舌打ちをして吸い殻を拾いに行ったジャル。




―セルリアン家屋敷・アナの部屋(夜)―


       アナは一人でキングサイズのベッドに脚を入れ本を読んでいた。

       そんな静かな夜にコンコンと軽いノックの音が響いた。

ジャル 「失礼します。用ってなんすか?」

       頭を下げながらジャルが部屋に入ってきた。

       アナは本を力任せにバタンと閉じて彼女を睨みつけた。

ア ナ 「ノックは三回、こっちの許可を得ずに入ってこないで」

       真っ先に指摘されたジャルは目を点にした。

ジャル 「やり直す…。やり直しますか?」

ア ナ 「いい。ちょっとこっち着て」

       ジャルはベッドの横に歩いてきた。

ア ナ 「座って」

ジャル 「説教タイムっすか…」

ア ナ 「いいから、座って!」

       ジャルは渋い顔を浮かべながらその場に正座をした。

ア ナ 「そうじゃなくて、ベッドに普通に座って」

       首をかしげながらジャルはアナのベッドの淵に腰を掛けた。

ジャル 「こうっすか? じゃない、こうですか?」

ア ナ 「うん。いいよ」

       アナは持っていた本をジャルの横に小さく投げるとベッドに潜り込

       んだ。

ア ナ 「帰る時にそれ片付けといて」

ジャル 「りょうか…。かしこまりましたっす」

       アナはジャルの慣れていない言葉遣いにフフッと笑うと、寝返りを

       打ち彼女に背を向けた。

ア ナ 「今日は凄く疲れた…」

ジャル 「じゃあ、アタシなんか説教しないで寝た方が…」

ア ナ 「説教なんかしないよ」

       ジャルは彼女の言葉に一瞬呆然としたがすぐに両手で拳を握り締め

       小さく喜びを爆発させた。

       そんな彼女のリアクションに背を向けたままのアナは静かに目を閉

       じた。

ア ナ 「疲れたけど、すっごく楽しかった」

ジャル 「は、はい」

       ハッと我に返ったジャルは条件反射だけで相槌を打っていた。

ア ナ 「ちょっと思い出したいから、貴方が居なかった時の事を話すね」

ジャル 「はい、いいすよ。…いいですよ」

ア ナ 「あのね…。あの……」

       話し始めてすぐにアナは言葉を詰まらせた。

ジャル 「大丈夫っすか?」

       ジャルはそっとアナに近寄り心配そうに彼女の顔をのぞき込もうと

       した。

ア ナ 「黙って聞いてて、馬鹿ッ!」

       アナは真っ赤にした顔を隠した。

ア ナ 「今日…。とっ、友達ができたの…」

       アナが絞り出した言葉を聞いたジャルはとても嬉しそうに微笑み、

       そっと彼女の肩に手を置いた。

ジャル 「いいっすね! その話、何回でも聞かせてくださいよ」

       アナはシーツをキュッと掴み、今日の出来事を話し始めた。

       ジャルは静かにそれを聞いていた。




                              〈第四話 終〉

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