第四話 ~空との距離~ ②

―フェザーフィールド空港・エプロン―


       管制塔からエプロンへ降り立った姉妹は改めて空港の景色を眺めて

       いた。

シテツ 「飛ぶって…。鳥じゃないんだ…」

コクテツ「みんな鮫だね」

       エプロンに待機しているもの、滑走路を飛び立つものは全て長い胸

       ビレを持ったクジラのように巨大な鮫であった。

       姉妹が鮫たちを眺めていると、地響きが彼女たちを襲った。

       二人が見てきた鮫たちの倍の大きさはある特に巨大な鮫がのっしの

       っしと近づいてきていた。

ア ナ 「お待たせ、じゃ行こうか」

シテツ 「行くって、そのデカいので?」

ア ナ 「うん。彼はここの空鮫のボスでエルヴィスって言うの。大きいけど一番

     安全に飛んでくれるから安心して」

       姉妹が見上げるとエルヴィスはニッと鋭い歯を見せて笑った。




―セルリアン家屋敷前―


       エルヴィスから降りた三人の前にはよく手入れがされた広大な庭と

       その奥に建つ屋敷というよりは宮殿と呼ぶべき建物があった。

シテツ 「ここ…。空港?」

ア ナ 「ううん、私ん家」

コクテツ「広いですねぇ」

ア ナ 「昔からの土地だからね。さ、早く来て」

       アナは二人を手招きしながら歩き出した。




―セルリアン家屋敷・玄関ホール―


       三人が大きな扉をくぐり屋敷の中に入ると何十人ものメイドたちが

       綺麗に整列して待っていた。

メイド 「お帰りなさいませ、お嬢様」

       彼女たちは揃った動きで長いスカートを小さく持ち上げアナに頭を

       下げた。

ア ナ 「は~い、ただいま。みんなお疲れ様」

       アナが軽く手を上げ笑顔で答えるとメイドたちは頭を上げた。

ア ナ 「誰かこの二人を応接間に案内してあげて」

メイドA「私がご案内いたします」

       メイドの一人がスッと前に出た。

ア ナ 「じゃ、私は部屋着に着替えてくるからよろしく」

メイドA「かしこまりました」

       姉妹に手を振って歩き出したアナだったが、すぐに足を止めメイド

       たちを見回した。

ア ナ 「ところで、一人足りない気がするんだけど」

メイドA「ジャルさんの事でしょうか…」

ア ナ 「やっぱ居ないよね。まぁいいや、いつもの事だから」

       困り顔を浮かべながらアナは去っていった。

メイドA「では、こちらになります」

シテツ 「あっ、すみません」

メイドA「如何されましたか?」

シテツ 「トイレってどこでしょうか?」

メイドA「ご案内いたします」

       シテツは両手を前に出し彼女を止めた。

シテツ 「いえ、そんな。場所が分かればいいです」

メイドA「そうですか。では、そちらの廊下の12番目の右の扉になります」

シテツ 「ありがとうございます」

       シテツは足早に教えてもらった廊下へと行った。




―セルリアン家屋敷・トイレ前―


       シテツは教えられた扉の前に着くとすぐに中に入ろうとしたが、扉

       には鍵が掛かっていた。

シテツ (嘘でしょ!)

       彼女は扉を強く叩いた。

       中から軽くノックが帰ってきた。

シテツ 「あの…。まだ、かかりますか?」

女の声 「ん~。今火をつけたから後5分ってとこかな」

シテツ (火をつけた?)

       中からの返事に疑問を感じたシテツは再び扉を強く叩いた。

女の声 「腹痛いの?」

シテツ 「いえ、ではないですけど。緊張でヤバいんです」

女の声 「そういえば聞いたことない声だね。新人さん?」

シテツ 「いえ、アナさんに招待されて来たサタニックエクスプレスの轍洞院シテ

     ツと申します」

女の声 「あー、お客さん! ゴメン、ゴメンなら出るわ」

       カチャっと鍵が開く音が鳴り、扉が開くとメイド喫茶の衣装のよう

       な服を身に着けた褐色の肌の女性ジャル・ナリタがタバコを咥えて

       出てきた。

ジャル 「ゴメンね、出たら戻るからチャチャっとお願い」

シテツ 「はい…」

       急いでいたはずのシテツの足が止まった。トイレの中はタバコの煙

       と匂いが充満していたのだ。

ジャル 「…手遅れだった?」

シテツ 「いえ…。タバコ嫌いなんです……」

       シテツは新鮮な空気を大きく吸い込み息を止めてトイレに入った。

ジャル 「そういえば、招待されたって言ってたけど。お嬢様帰ってんの?」

       シテツはトイレ内の空気を吸い込まないように口に手を当てた。

シテツ 「はい…」

       彼女の返答を聞き、目を大きく開いたジャルの顔に脂汗が浮かび始

       めた。

ジャル 「やっべぇ…。どうしよう……」

       彼女がふと横を見るとシテツが出てきた。

ジャル 「あ…。案内するよ」

シテツ 「ありがとうございます」

ジャル 「たださ、アンタが道に迷ってた事にして。お願い!」

       彼女に深く頭を下げられたシテツは困った顔でうなずいた。

シテツ 「わかりました」

ジャル 「ありがとう!」

       ジャルはシテツに抱き着いた。




―セルリアン家屋敷・応接間―


       シテツがジャルと共に応接間にやってきた。

       部屋の中央の円卓にはTシャツにスウェットという部屋着らしい姿

       になったアナとコクテツが既に着いていた。

ア ナ 「遅~い!」

シテツ 「すみません、道に迷っちゃって。たまたま通ったこのメイドさんに案内

     してもらったんです」

ア ナ 「あっ、ジャル! どこにいたの?」

ジャル 「あ~、すんませ…。すみません、腹を壊しててずっとトイレに」

       アナは心配そうにジャルを見た。

ア ナ 「大丈夫なの?」

ジャル 「ええ、もう大丈夫っすよ」

       ジャルはニコッと笑って返した。

ア ナ 「なら、お茶の準備して」

ジャル 「ハイ、了解っす!」

       部屋を飛び出していったジャルを見送ったアナは苦笑いを浮かべて

       いた。

ア ナ 「可笑しいでしょ。アレがウチ唯一の正規のメイドなの」

シテツ 「えっ? たくさんいましたよね」

ア ナ 「他はみんなパートさん。住み込みで家事をやるのなんて彼女とイーグル

     が居れば十分」

       シテツはコクテツの隣に座った。

コクテツ「でもすごいMSNだったね」

シテツ 「ゴメン、全く意味が分かんない」

コクテツ「普通に「メイド服が セクシーな 姉ちゃん」だよ」

ア ナ 「だよね、分かる分かる」

シテツ (絶対ウソだ)

       アナは困りながらも微笑んでいた。

ア ナ 「最初はパートさんと同じもの着させていたんだけどね。彼女ちょっと

     訳在りで裾が長い物履き慣れてなくて、階段で毎回裾踏んで転んでた

     から特別に変えたの」

コクテツ「でも似合ってるから正解だと思いますよ」

ア ナ 「私も今はそう思う」

       ジャルがティーポットとカップを持って戻ってきた。

ジャル 「お客さん、今更だけどコーヒー派だった?」

コクテツ「どっちでも大丈夫ですよ」

シテツ 「私はむしろコーヒー駄目なんで助かります」

ジャル 「よかった、んじゃ淹れるね」

       ジャルは慣れた手つきで紅茶を注ぎそれぞれの前に出した。

ア ナ 「お茶も来たことだし、本題に入ろうか」

コクテツ「そうですね。と言っても何を話すんです?」

ア ナ 「えっ! 何も無いの?」

コクテツ「私たちは社会科見学で空港に寄って、ついでにご挨拶できればくらいの

     気持ちでしたから」

       シテツもうなずいた。

ア ナ 「そんな軽い気持ちであんな大事起こすなんて…」

シテツ 「でも、アナさんの方はどうして私たちに?」

       アナは紅茶を一口飲んだ。

ア ナ 「少し長くなるけどいい?」

コクテツ「どうぞ」

ア ナ 「どうも。元々は私がヒコーキを始めたきっかけは貴方たちのデンシャだ

     ったの」

姉 妹 「マジですか!」

       アナは小さくうなずいた。

ア ナ 「ツチノコくらいしか無かった長距離の移動手段に人間界からの新技術を

     持ち込んだ事に私はワクワクしたの。その後も施設の改修とかどんどん

     革新的な事をしてたけど…。ここ最近は何かやった?」

姉 妹 「特にありません」

ア ナ 「でしょ、だから他人を待ってないで自分でやろうって思ったの。それも

     デンシャよりもワクワクできるものを」

コクテツ「それがヒコーキ…」

       アナは静かにうなずいた。

ア ナ 「でも勘違いしないでデンシャが悪いなんて思ってないから。ただ、お金

     と知識があったからヒコーキの方を選んだだけ。デンシャも私をワクワ

     クさせてくれる物には変わりないから…。そう、だから我慢できない」

       アナの目に力が籠った。

ア ナ 「デンシャも私がやりたい」

       姉妹に衝撃が走った。

コクテツ「……それは、アナさんも新規参入してくるって事」

ア ナ 「ううん、違う」

       アナはジャルに目で合図を送り全ての窓のカーテンを閉めさせた。

ア ナ 「…貴方たちの会社貰えない?」

シテツ 「はぁ? アンタ何言ってんの!」

ア ナ 「もちろんタダで寄こせなんて言わない。買収額は二人が一生遊んで暮ら

     せるくらい用意するつもりだから」

       シテツはテーブルを両手で叩いた。

シテツ 「お金の問題じゃない!」

ジャル 「そうっすよ!」

一 同 「え?」

       円卓を囲んだ三人の目が一斉にジャルに向いた。

ジャル 「みんな何でこっち見てんすか?」

ア ナ 「普通に考えて貴方は私サイドでしょ」

ジャル 「いやでも…。金じゃ人の心までは買えないっす」

ア ナ 「だから、二人に納得してもらうためにこうやって話をしてんでしょ」

       ジャルは腑に落ちない顔を見せた。

ア ナ 「あぁっ、もういい! 貴方は夕飯の買い出しにでも行ってきて!」

ジャル 「でも、それはパートのモモさんの仕事っすよ」

ア ナ 「命令! 命令! 命令! 私の命令だから行ってきて!」

ジャル 「……わかりましたよ」

       ジャルは大きなため息をついた。

ジャル 「じゃあ、メニューは何にしますか?」

ア ナ 「それこそモモさんに聞いてよ」

ジャル 「ハイ…。了解」

       トボトボと応接間を出ていくジャル。彼女は去り際にシテツに向け

       て「ゴメンな」と口を動かした。

       ジャルが出て行った後、アナは乾いた笑いを浮かべた。

ア ナ 「ゴメン、見苦しい所を見せちゃったね」

コクテツ「気にしないでください。それよりも…」

       コクテツは少し身を乗り出した。

コクテツ「私たちが一生遊んで暮らせるお金、本当に用意できるんですか?」

シテツ 「えっ…。コク姉?」

ア ナ 「もちろん。私はこのヒコーキ以外にもカジノやホテルの経営。我が一族

     の起源ともいえる武器の売買や開発をしているから財源なら十分に確保

     できるよ」

コクテツ「そりゃスゴイ…。うん、悪くない話」

       シテツはまんざらでもない様子のコクテツの襟元を両手で掴み彼女

       の体を激しく揺さぶった。

シテツ 「目を覚まして!」

コクテツ「しーちゃん! ちょ…。待って…」

       感情的になったシテツの揺さぶりが激しすぎてコクテツは目を回し

       てしまった。

ア ナ 「ストップ! ストップ!」

       アナに止められてシテツは初めて姉がぐったりしている事に気が付

       いた。

シテツ 「あっ、ゴメン…」

コクテツ「いいよ…。ちょっと休ませて」

ア ナ 「後ろのソファーを使って」

       コクテツはシテツに肩を借りながらソファへ行き横になった。

コクテツ「ちょっと気持ち悪いの治ったら戻るから、アナさんの話聞いといて」

シテツ 「うん、分かった」

       シテツは姉を残し円卓へと戻ってきた。

ア ナ 「大丈夫? 誰か呼ぼうか」

シテツ 「大丈夫です。それよりも話の続きを」

ア ナ 「そう」

       アナは再び紅茶を一口飲んだ。

ア ナ 「貴方はお金の問題じゃないって言ったけど、何が問題なの?」

シテツ 「何がって…」

       シテツは目を閉じて腕を組んだ。

ア ナ 「考えるほどの物?」

シテツ 「説明しにくいんです。ハッキリしたものじゃないので」

ア ナ 「誇りとか意地とかメンタル的な物ってこと?」

       シテツは黙ってうなずいた。

ア ナ 「なら問題ないよ。それを壊さないために私は新規参入ではなく買収の道

     を選んだんだから。何でもただ新しければいいとは思ってない」

       シテツは眉間にしわを寄せ首を傾げた。

ア ナ 「まだ納得できないの?」

       シテツは散らかった頭の中を整理するため紅茶を飲んだ。そして、

       大きく息をついた。

シテツ 「確かに、悪くない話ですね」

ア ナ 「でしょ」

シテツ 「でも、売りません」

       アナはテーブルを強く叩いた。

ア ナ 「これ以上何があるって言うの!」

       先程のジャルに対してのように苛立ちを露にしたアナを見て、シテ

       ツは冷静に振舞おうと決めた。

シテツ 「私の人生です!」

       しかし、相手に思いの丈をぶつけた時そんな決め事はどこかに行っ

       ていた。

シテツ 「私はコク姉とデンシャを始めるために学校を辞めて! 砂漠に行って死に

     かけて! とんでもなく貧乏な生活も送って! ロクでもない道を通って

     きたのがデンシャと出会ってからここまでの人生。その道を金とか地位

     とかで全部否定されたくないのっ!」

       アナは身をすくめて彼女の話を聞いていた。

ア ナ 「べっ、別に…。否定なんか……」

シテツ 「文句があるから手を出したんでしょ! 私たちが貧乏人だって見下したか

     ら金を握らそうとしたんでしょ!」

       アナはうつむき小さく肩を震わせていた。

シテツ 「こっちは生活、明日の命を懸けてデンシャ走らせてんの! アンタみたい

     に興味本位じゃないの! アンタがワクワクして見てた事も全部こっちは

     本気で生きるためにやってることなんだよっ!」

       シテツがさらに畳み掛けると、ついにアナは泣き出してしまった。

ア ナ 「ごっ……。ごめんなさぃ……」

シテツ 「分かった? アンタが空から見下ろしてる間、私たちは地面這いつくばっ

     て生きてんの」

       突然パチパチと小さな拍手が鳴る。

       シテツが振り返るとコクテツが拍手をしながら円卓に歩いてきた。

コクテツ「最後は盛りすぎ。毎日地面這うのは私も嫌だよ」

       コクテツは元の席に着いた。

コクテツ「ごめんなさい、しーちゃんキレると止まらないから」

シテツ 「ごめんなさい」

       姉妹がそろって深く頭を下げるとアナは手で涙を拭い顔を上げた。

ア ナ 「いいの…。そっちの言う通りだから。この話は無かったことにして」

コクテツ「えっ? でも私たちにもいい話ですよ」

シテツ 「ちょ、コク姉!」

       コクテツはシテツが掴みかかる前に手のひらを向け彼女を止めた。

コクテツ「買収には私も反対ですが、やる気がある人がやりたいって言うのはいい

     ことです」

       コクテツは椅子から立ち上がった。

コクテツ「アナさんはただ営利目的ではなく、デンシャというものをより良い物に

     しようという考えを持っている事は良く分かりました」

       彼女は忘れていたようにとっさにティーカップを手に取った。

コクテツ「なので今回のお話、買収ではなくGTという形で進めてみるのはいかが

     でしょうか?」

       コクテツはドヤ顔で紅茶を飲み始めた。

シテツ 「今度は何の略?」

コクテツ「業務提携」

シテツ 「最初からそう言ってよ!」

       シテツのツッコミが入るとアナは笑い出した。

ア ナ 「なるほどね、GTか」

コクテツ「こっちも悪い話じゃないと思いますよ」

       アナもカップを持って立ち上がった。

ア ナ 「本来なら杯でやるべきだけど」

       アナはコクテツの持っているカップに自分のカップを合わせた。

ア ナ 「長い旅になるだろうけど、よろしくね」

コクテツ「こちらこそ」

       コクテツとアナは微笑を交わした。

       彼女は手を差し出しアナに先に座るように促した。

ア ナ 「ありがとう」

       アナが席に着くとコクテツも席に戻った。




                           第四話 ③ へ続く…

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