第四話 ~空との距離~ ①

―イストシティ駅・プラットホーム―


       シテツとコクテツは客を待つトーマスに寄り掛かっていた。

       ホームには彼女たち以外の姿は無かった。

シテツ 「今日も誰も来ないね…」

コクテツ「そーだね」

シテツ 「何日目?」

コクテツ「一週間乗客ゼロの新記録」

       二人は同時にため息をついた。

コクテツ「アレをするしかないね」

シテツ 「アレ?」

       コクテツはポケットからトランシーバーを取り出した。

コクテツ「もしもし、おタマはん? 今日休み!」

シテツ 「えっ!」




―イストシティ駅・改札口―


おタマ コポポ…

       コクテツから連絡を受けたおタマは念力で水槽の乗ったラックを動

       かして改札口に向かった。

       おタマは誰も居ない改札口に着くと、目を大きく見開いた。すると

       全ての自動改札の扉が閉まり、改札機の前に勢いよくシャッターが

       下りてきた。

       その時、急降下してくるシャッターの下を黒い影が滑り抜けた。

おタマ !

       おタマはシャッターを抜けた影に目をやった。




―イストシティ駅・プラットホーム―


       おタマからの連絡を待っていた姉妹はのんびりと休憩をしていた。

コクテツ「えっ…」

       何かに驚いた様子のコクテツは飲んでいた缶コーヒーを落とした。

シテツ 「どうしたの?」

コクテツ「おタマはんから侵入者の報告!」

       コクテツは落とした缶をそのままにホームを駆け出していった。

シテツ (報告って…。どうやって知ったの?)

       シテツは姉が落としたままの缶を片付けてから彼女の後を追って歩

       き出した。




―イストシティ駅・改札口―


       改札口ではおタマとコクテツの前で宙に浮いたモーノが引きつった

       笑みを浮かべていた。

モーノ 「本当に知らなかったんだって」

コクテツ「だとしても、普通なら一秒で閉まるシャッターを抜けようなんて考えな

     いでしょ」

モーノ 「侵入速度と閉まるのが一緒だったんだ。仮に止まってたらシャッターに

     ぶち当たってた」

       コクテツはおタマに向け小さく手を下げた。

       彼女の指示を受けたおタマが視線を落とすとモーノの身体がゆっく

       りと降りてきた。

モーノ 「スマン、今後は注意する」

コクテツ「こっちもシャッター閉めるときはサイレンでも鳴らすようにするよ」

モーノ 「ただ、何で急に休業にしたんだ」

       彼の質問にコクテツは周囲を指差した。

コクテツ「お客さんが全く来ないから」

モーノ 「確かに誰も居ないな」

コクテツ「困ったことに、一週間もこの状況なんだよねぇ…。この原因を探るのも

     兼ねて止めたの」

モーノ 「一週間…。アレか?」

       遅れてシテツがやってきた。

シテツ 「モーノさん? …まさか、侵入者って」

モーノ 「ああ、俺だ」

       コクテツが手のひらを二人に向け話を止めた。

コクテツ「その件はもう解決したから今の問題話すよ。モーノ君、このお客さんが

     居ない状況について何か知ってそうだけど話してくれる?」

モーノ 「ああ、ヒコーキのせいじゃないかって思ったんだ」

姉 妹 「ヒコーキ?」

       姉妹は初めて聞く言葉に顔を見合わせた。

モーノ 「先週から営業を開始した新しい乗り物だ」

シテツ 「デンシャよりも凄いの?」

モーノ 「俺も詳しくは知らないが…。スマンが今回だけ許してくれ」

       モーノは震えた手でタバコに火をつけた。

シテツ 「ちょ、タバコは」

       シテツがタバコを消そうとしたのをコクテツが止めた。

コクテツ「いいよ。それほどの物なんだね…」

モーノ 「ああ…。聞いたところによると空を飛ぶ大型の生物を利用した輸送手段

     らしい」

姉 妹 「空を飛ぶ!」

モーノ 「それもデンシャのように一匹や二匹じゃない。何十もの大群だ」

       彼の言葉にシテツの顔は青ざめていった。

シテツ 「そ、そんなの…。勝ち目が無いじゃん……」

モーノ 「それがこの現状だろ」

       涙を浮かべうつむいたシテツの肩をコクテツが強く抱いた。

コクテツ「ねぇ…。そのヒコーキはどこに行けば会えるの」

モーノ 「拠点の場所は知ってはいるが……。行って喧嘩でも売るのか」

       コクテツは首を横に振った。

コクテツ「分からないけど、私たちはヒコーキってモノを知っておく必要がある。

     その先必要なら、喧嘩でも戦争でもしなきゃなんないでしょ」

シテツ 「そんなの無茶だよ!」

       コクテツはシテツの頭を撫でた。

コクテツ「そうだね…。勝ち目は無いかもしれないけど。守る物は沢山あるから、

     私は行くよ」

モーノ 「そうか…」

       モーノはタバコの灯を消して、おタマのラックからメモ帳とペンを

       取り出しサラサラと何かを書き込みコクテツへ渡した。

モーノ 「それがヒコーキの拠点「空港」の場所だ。頑張れよ」

コクテツ「うん、ありがとう」

       コクテツはシテツから手を放すと、二人に背を向けてホームの方へ

       と歩き出した。

モーノ 「お前はどうすんだ?」

       モーノに問いかけられたシテツは小さくなる姉の後姿を見ていた。

シテツ 「そんなの……」

       彼女は姉を追って脇目も降らずに走り出した。

モーノ 「だよな」

       モーノとおタマは姉妹の背中を見送っていた。




―フェザーフィールドの丘―


       小高い丘の上に立つ姉妹とトーマスの姿。

       その視線の先には無機質で巨大な建造物たちが聳え立っていた。

コクテツ「あれが空港…」

       広大な原野に厳かに佇む空港の存在感に姉妹は息を呑んだ。

コクテツ「トーマスは近づけないだろうからココで待ってて」

トーマス「ガウ」

コクテツ「しーちゃん、行くよ!」

シテツ 「うん」

       姉妹は空港へ向けて歩き出した。




―フェザーフィールド空港・ターミナルビル前―


       空港近くの一帯は多くの建物に囲まれていて、さながら小さな町の

       ようであった。

       姉妹はその一角のバスターミナルに各地から行き来するツチノコと

       乗客を見ながら突っ立っていた。

シテツ 「広いね…。イストシティ駅何個分かな」

コクテツ「たくさん」

       シテツは自分たちの想像を超えた規模の施設に圧倒されていた。

コクテツ「とりあえず、来たからには行こう」

       コクテツが中心にある一際大きなビルへと歩き始めるとシテツも後

       をついて行った。




―フェザーフィールド空港・ターミナルビル・ロビー―


       ひっきりなしに多くの人が行きかうターミナル。

       その真ん中で姉妹は腕を組み立ち尽くしていた。

コクテツ「来なきゃよかったって思ってる?」

シテツ 「……ちょっと」

コクテツ「そう? 私はそれしか考えてないけど」

シテツ 「じゃあ帰る?」

       コクテツは小さくうなずいてから壁の方に歩き出した。

シテツ 「どこ行くの!」

コクテツ「壁沿いに歩けば出口に行けるよ」

       迷わず壁沿いをスタスタ歩いて行ったコクテツの後をシテツは慌て

       て追いかけた。

シテツ 「コク姉、止まって!」

       シテツが声を掛けてもコクテツは止まらなかった。すると、館内に

       警報サイレンが鳴り響いた。

コクテツ「およ?」

       コクテツが足元を見ると、彼女の右足が進入禁止と書かれた先の黄

       色い線を越えていた。

シテツ 「あぁ…。壁しか見てないから…」

       サイレンが鳴り響く中、空港の警備員たちが二人を取り囲んだ。

警備員A「そこから先は関係者以外立ち入り禁止です、どうか、速やかに……」

       警備員が話し終わる前にコクテツは真っ直ぐに進入禁止区域に駆け

       出していった。

シテツ 「コク姉、そっちダメだって!」

       シテツも後を追って進入禁止区域に入っていった。

警備員A「追え!」

       警備員たちも二人の後を追って行った。




―フェザーフィールド空港・ターミナルビル・職員通用口―


       それまでの開放的な空間とは真逆の入り組んだ狭い廊下を走り続け

       ていたシテツ。

シテツ 「ヤバい…。見失った……」

       姉を見失った彼女の足取りは重くなっていた。

       後方から足音が近づいてくるのが聞こえると彼女は再び一心不乱に

       走り出した。

コクテツ「こっち!」

       姉の声が聞こえた瞬間、シテツは襟元を掴まれて 掃除用具入れの

       中に引き込まれた。

       コクテツはすぐにロッカーの戸を閉めて二人で隠れた。

コクテツ「狭っ…。しーちゃんもう少し痩せてよ……」

シテツ 「太ってないし!」

コクテツ「しぃっ! 静かに……」

       コクテツがシテツを黙らせ静かになると警備員たちがロッカーの前

       を走り抜けていった。

       足音が遠くに消えていくとコクテツは勢いよく扉を開けた。

警備員B「!」

       彼女が開け放った扉が待機しいた警備員に直撃した。

       何かが倒れた音にコクテツが振り向くと、扉がぶち当たった警備員

       が気絶していた。

コクテツ「あっちゃ~、ごめんなさい」

警備員C「居たぞ!」

       先ほどロッカーの前を通り過ぎていった警備員たちが戻ってきた。

コクテツ「ヤバっ! 逃げるよ」

       彼らに気が付いた姉妹は揃って逃げ出した。

警備員A「本部へ、侵入者二名は依然逃走中。負傷者一名あり、救護班と増援を要

     請する」

       倒れた仲間の元へと駆け付けた警備員の一人が無線を使って増援を

       呼んだ。

       そんな事も知らず、姉妹は空港内をひたすら走り続けていた。




―フェザーフィールド空港・エプロン―


       入り組んだ廊下を逃げ続けていた姉妹は外へと抜け出した。

姉 妹 「!」

       彼女たちは目の前の光景に息を呑んだ。そこには自分たちを取り囲

       むように何人ものが武装した兵士たちが待機していたのだ。

       姉妹は何を言うでもなく両手を上げて降参の意を示した。

       二人が完全に戦意喪失した事を察した兵士たちの中から左目に眼帯

       を掛けた初老の男性イーグル・エンヴォイがゆっくりと前に出た。

イーグル「手荒な真似をして悪かった。不必要な衝突を避ける為に先ず、君たちが

     ここに入った訳を聞こう」

       彼に語り掛けられシテツは真っ先にコクテツの顔を見た。

コクテツ「ココの一番偉い人に会いに来たんですけど。イベントが起きて、警備が

     堅くなるって事はこの先に大ボスが居るのかなって思ったんです」

シテツ 「そんなRPG理論だったの!」

       呆気にとられたシテツとは対照的にイーグルは顎に手を当てて深く

       うなずいた。

イーグル「客人か…。しかし、今日は何のアポも無いはずだ」

コクテツ「ええ、アポ無しで来ました」

イーグル「…それ程に急ぐ理由があっての事か」

コクテツ「はい、私たちデンシャを運行してまして…」

       彼女の発した「デンシャ」という言葉にイーグルの目が突如鋭くな

       った。

イーグル「デンシャ…。もしかすると、君たちはサタニックエクスプレス社からの

     者なのか?」

コクテツ「はい、私が社長の轍洞院コクテツです。隣に居るのが副社長? の轍洞院

     シテツです」

       コクテツによる簡単な紹介が終わるとイーグルは血相を変えた。

イーグル「お前等、銃を下げろっ! これは大変失礼を致しました」

       突然自分たちに頭を下げた彼に姉妹は困惑して互いの顔を見合わせ

       ていた。

イーグル「では、私イーグル・エンヴォイが責任を以ってご案内いたします」

コクテツ「あ、ありがとうございます」

       釈然としないまま姉妹は先導するイーグルの後をついて行った。




―フェザーフィールド空港・管制室―


イーグル「失礼します」

       イーグルの後に続き姉妹は管制室へと入った。

       コクテツは周囲に並ぶ機械類の向こうの窓から見える空港を見渡す

       景色に目を奪われた。

コクテツ「すごーい、ココめっちゃ景色良い」

シテツ 「機械だらけだからはしゃがないで…」

       少々はしゃぐコクテツと彼女をなだめるシテツに不安を感じながら

       イーグルは姿勢を正し前を向いた。

イーグル「アナ様、お客様がお見えです」

       彼が声を掛けた先に髪を束ね上げ、スラックスとワイシャツをラフ

       に着崩した若い女性が背を向け一際大きなモニターを眺めていた。

ア ナ 「客? 今日はそんな予定無いでしょ。邪魔だから帰ってもらって」

       彼女はモニターを見たまま冷たく答えた。

イーグル「急で申し訳ありませんが、サタニックエクスプレス社の方々がお見えに

     なりました」

ア ナ 「マジ! じゃあ代わって」

イーグル「かしこまりました」

       イーグルは足早に彼女の隣へ行った。

ア ナ 「とりあえず今は二機来てて、083を先に入れるから014はちょっと

     速度遅らせて」

イーグル「かしこまりました」

ア ナ 「任せたよ」

       彼女はイーグルの肩をポンと叩くと振り返った。

ア ナ 「フェザーフィールド空港へようこそ」

       鮮やかな空色のメッシュが入った金髪を軽く整えながら彼女は笑顔

       で姉妹の元へ歩いてきた。

ア ナ 「はじめまして、私がこのデモニック航空CEOにしてセルリアン家当主

     のアナ・セルリアン。よろしくね」

       アナは二人に握手を求めた。

コクテツ「サタニックエクスプレス社長の轍洞院コクテツです」

       コクテツは笑顔で握手に応じた。

シテツ 「車掌の轍洞院シテツです」

       シテツもアナと握手を交わした。

コクテツ「それで、社長さんはどちらに?」

       コクテツの質問にアナは一瞬固まったが黙って自分を指差した。

シテツ 「今この人がCEOだって言ったじゃん」

コクテツ「それは「ちょっと エロい お姉ちゃん」の略でしょ?」

       アナはコクテツの言葉を聞いて、とっさにシャツの胸元のボタンを

       掛けなおした。

シテツ 「違うよ! 最高経営責任者、要は一番偉い人」

コクテツ「なるほど!「チョー 偉い お姉ちゃん」か」

シテツ 「…だいたいあってる」

       アナが咳払いをして二人の気をひかせた。

ア ナ 「こんな所で立ち話なんて疲れるからウチでゆっくりと話さない? お互い

     色々と言いたい事があるだろうし」

シテツ 「いいんですか?」

ア ナ 「いいから誘ったんだけど」




                           第四話 ② へ続く…

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