第十二話 ~望みの終着点~ ①

―ハッピーイエロークリニック・診察室(深夜)―


       診察室の中央ではシテツ・先生・モーノ・ドレドの四人がそれぞれ

       真剣な面持ちで向かい合っていた。

モーノ 「どうする? 轍洞院コクテツの頭のネジを抜くって簡単には言えるが、

     決して簡単ではないはずだ」

先 生 「奇襲というかゲリラ戦だな。コクテツを小娘がおびき出して、俺たちが

     それを捕獲してネジを抜く」

モーノ 「まあ、それしか無さそうだな…」

ドレド 「予はこの後すぐ旅に出るから代わりに協力してくれそうな友達に頼んで

     おくよ。それで、場所は?」

先 生 「そうだなぁ…」

       先生は他の三人の顔をチラリと見回した。

先 生 「エターナルフィールド1―1。轍洞院家跡地でどうだ」

       先生の提案に三人は黙って首を縦に振った。

先 生 「うし、作戦会議終了!」

シテツ 「えっ、早っ!」

       シテツを相手にせず先生は薬品棚から酒瓶を取り出した。

シテツ 「そんなところにお酒を置いちゃダメでしょ!」

先 生 「消毒用だ、こいつはアルコール度数96度あるし飲み込んでも問題ない

     から下手な消毒液より断然良いんだよ」

       そう言いながら彼は酒とグラスを三つ持ってきた。

モーノ 「三つ?」

先 生 「小娘は飲めねえだろ」

モーノ 「いや…」

       モーノはドレドをチラリと見た。

ドレド 「ん? 予がどうしたの」

先 生 「あぁ… そいつの見かけは中坊だが、実際は30過ぎのババアだ。心配

     要らねえよ」

モーノ 「そ、そうか…」




―シンの家・玄関(早朝)―


       突然の『決起集会』名目での酒盛りに付き合わされていたシテツは

       一睡もできずふらふらで現在の我が家へ帰って来た。

       早朝ということもあり彼女は忍び込むようになるべく音を立てない

       ように玄関の戸を開けて入った。

コクテツ「おかえりなさい」

       シテツが声を掛けられた方にビクッと振り向くと、そこには身支度

       を調えて出勤しようとしていたコクテツが居た。

シテツ 「た、た… ただいま……」

       歯切れ悪く返事を返したシテツの顔には驚きや戸惑いではなく疲れ

       だけが浮き上がっていた。

コクテツ「夕べはどこに居たの」

シテツ 「説明会で凄く疲れたから、途中でホテルに泊まった」

       シテツはクリニックから帰ってくる際に先生に入れ知恵された嘘を

       迷うことなく使った。

コクテツ「そう… じゃあ、領収書くれる」

       コクテツの差し出した手を見てシテツは固まった。

シテツ 「も… 貰ってない」

コクテツ「そう… 今度から急な出費でもちゃんと領収書を貰って。会社の経費で

     落とすから」

       完嘘が見抜かれたと思っていたシテツは肩すかしを食らったような

       気分になった。そして、不意に気が抜けた彼女は緊張で押し込んで

       いた疲れにドッと押しつぶされた。

コクテツ「あまり眠れなかったんでしょ、今日は休んでて」

シテツ 「うん… ん? 今、何て」

コクテツ「今日は休んでいなさい」

       思わず聞き返したほど、シテツはコクテツの言った言葉が信じられ

       なかった。

シテツ 「いいの?」

コクテツ「ええ。貴方が一人で頑張ってくれている間に駅の運営は固まったから、

     何人かは営業に回せるようになったの」

シテツ 「そうなんだ」

       コクテツは突然思い出したように慌てて靴を履いた。

コクテツ「私はもう出るけど、何かあったら連絡して」

シテツ 「うん。 ……ありがとう」

       小さく頭を下げたシテツにコクテツは微笑みかけた。

コクテツ「ありがとうなんて… 当然でしょ、私たち姉妹なんだから」

       コクテツの言葉にふとシテツが顔を上げると二人は目が合った。

       そして互いに黙って見つめ合っていた。

コクテツ「じゃ、行ってくるね」

シテツ 「いってらっしゃい」

       シテツは懐かしい暖かさを感じながら笑顔でコクテツを見送った。




―クリニック・ロビー(朝)―


       テキパキと開院準備を終えたJBが栞を挟んだ本を片手に受け付け

       カウンターについた。

ハ ル 「急ぎでフェイスガードを作ってもらえないか」

       開院してから一分も立たずに現れたハルに驚いたJBは開いた本を

       パタンと閉じて彼の顔を見た。

J B 「そうねぇ… 普通にしている分にはそのままで大丈夫よ」

ハ ル 「仕事柄普通にはできないんだ」

J B 「鼻が折れているのよ、休みなさい」

ハ ル 「犯罪者が俺を気遣って休んでくれたらそうする」

       JBは大きなため息をついてペンを手に取った。

J B 「分かったわ… デザインはどんな物がいいのかしら」

ハ ル 「そうだな… ぱっと見で俺が刑事だって分かる感じで頼む」

J B 「いいわ。素材は一番頑丈な物にしておくわね」

ハ ル 「ああ助かるよ」




―セルリアン家屋敷・イーグルの部屋(朝)―


―― 同時刻


       イーグルの部屋では出勤間もないバニラが私服姿のままイーグルと

       AJの前で正座をさせられていた。

バニラ 「…… あの、何か悪いことしましたか?」

A J 「いいえ。貴方が勝手に正座して説教ムードを作ってるだけよ」

イーグル「むしろ正座をするのは我々の方かもな。君に折り入っての頼みがある」

       イーグルとAJはスッと正座をした。

バニラ 「…… お金はありませんよ」

A J 「お金はなくても命はあるでしょ」

       AJの含みを持たせた言葉にバニラは背筋が凍り付いた。

イーグル「君には単身で轍洞院コクテツの元に潜入してもらい、彼女の行動予定を

     調べ上げて欲しい」

       バニラは何も言えずゴクリと唾を飲み込んだ。

イーグル「民間人の君に頼むべきではないが…… どうか頼む!」

       イーグルとAJは深々とバニラに土下座をした。

バニラ 「…… や、やめてください!」

       訳も分からず彼女も二人に対して土下座をした。

バニラ 「わ、訳を聞かせてください」

       イーグルとAJは頭を上げた。

イーグル「アナ様のためだ」

A J 「彼女はお嬢様を泣かせたの。だから、我々には彼女に報復をする義務が

     あるのよ」

イーグル「最終的には我々二人が手を下す。君にはその手伝いをしてほしいのだ。

     無論、危険だと思ったら止めてもらって構わない」

       二人の言葉を聞いたバニラはスッと頭を上げた。

バニラ 「…… 分かりました。そんな理由なら、セルリアンのメイドとして断る

     理由なんてありません!」




―シンの家・客間―


       疲れ果てたシテツは溶けたように布団で眠っていた。

シテツ 「… コク姉……」

       自分の寝言が耳に入ったのか、彼女はガバッと飛び起きて部屋中を

       キョロキョロ見回した。

シテツ 「居ないよね…」

       自分に言い聞かせるようにつぶやいた彼女は諦めた様子で再び布団

       へと潜り込んだ。


       しかし、無理に寝ようとしてもなかなか寝付けなかった。

シテツ (今朝は優しかった。けど…)

       彼女は布団からムクッと起き上がった。

シテツ 「あの人はコク姉じゃない」




―クリニック・ロビー―


       困り顔のハルは銀色の金属製のフルフェイスのヘルメットを持って

       眺めていた。

J B 「どうかしら? 全体はオリハルコン製で目の所の黒いガードはガンプラ

     樹脂でできているから、凶悪犯がロケットランチャーを撃ってきても頭

     だけは完全な状態で残るわ」

ハ ル 「…… ほぼ完璧だが、これだと飯が食えないんじゃないか?」

J B 「脱げば良いじゃない」

ハ ル 「… 口元だけ開けてくれないか。これじゃ蒸れそうだし」

       ハルはヘルメットをJBに突き返した。

J B 「いいけど… 配線の関係で目が光らなくなるわよ」

ハ ル 「マジかよ! ……でもいい、口を開けてくれ!」

J B 「仕方ないわね…」

       JBは渋々ヘルメットを受け取った。




―シンの家―


―― 同時刻


       シンの家の前に不自然に置かれたゴミバケツ。

       その蓋が静かに開いて中からバニラが目を覗かせた。

       周囲の様子を確認すると、彼女はヘッドマイクを口元に動かした。

バニラ 「こちらバニラ、潜入成功しました」

AJ声 「了解、駅は人が多いから不自然な行動をしないように」

バニラ 「駅? 家の前ですよ」

AJ声 「えっ? 家に行っちゃったの? 彼女は勤務中でしょ」

       ミスに気が付いたバニラは何も言えなくなってしまった。

AJ声 「じゃあ、駅に着いたらまた報告して」

バニラ 「はい… ……! ちょっと待ってください」

       通信を切ろうとしたとき、バニラの目にカーテンを開けたシテツの

       姿が映り込んだ。

バニラ 「妹が居ました! 今から駅に行くのは面倒くさいんで、このまま作戦を

     続行して彼女からコクテツの予定を聞き出します」

AJ声 「分かったわ、気をつけて」




―シンの家・客間―


       シテツはカーテンを開けて部屋に日光を取り込むとついさっきまで

       寝ていた布団をたたんだ。

シテツ 「さぁ、どうやって呼び出そうかな」

       彼女は『ネジぶっこ抜き作戦』の手順を考え始めた。

シテツ 「ウチの跡地に行くにしても… 姉さん帰って来ると夜だし…」

       考え始めたものの何も浮かばない彼女は頭を抱え込んでしまった。




―シンの家―


       その外ではバニラが壁に耳を当てて家の中の音を聞いていた。

バニラ 「こちらバニラ、どうやら姉妹は轍洞院家の跡地に行くようです」

AJ声 「了解、時刻は分かる?」

バニラ 「具体的には分かりませんが、今夜みたいです」

       彼女はシテツの独り言の内容を報告していた。

シ ン 「お前、何しとんねん!」

       シンの怒鳴り声に驚いたバニラはとっさに家の裏へと逃げ出した。

       シンも彼女の後を追って家の裏へと回り込んだが、そこにバニラの

       姿は無かった。

シ ン 「えらく速いな…」

       納得がいかない様子で首をかしげながら彼が家の裏から去って行く

       と、二つあるゴミバケツの片方の蓋が少しだけ開き中からバニラが

       目を覗かせた。

バニラ 「こちらバニラ… 家主さんに通報されそうなので、これ以上の作戦続行

     は不可能です」

AJ声 「了解したわ。さっきの情報で充分よ、ありがとう」

バニラ 「では、屋敷に戻… あっ、戻ってきた!」

       とっさに彼女は蓋を閉めバケツの中に隠れた。

シ ン 「やっべ、ゴミ出し忘れてた!」

バニラ (えっ…)

       彼は足早にバニラの入ったバケツの元に戻ってくると中身をろくに

       確認せず持ち上げた。

シ ン 「重っ… まぁ、居候がいるからゴミも増えるか……」

バニラ (どうしよう… 出るに出られない……)

       彼はそのままゴミバケツを持ち去った。

       逃げることを完全に諦めたバニラは既に別のことを考えていた。

バニラ (次からは段ボールに隠れよう……)




―クリニック・ロビー(夕方)―


       ハルは作り直して顔下半分が大きく空いたヘルメットを満足そうに

       手に取っていた。

ハ ル 「最高だ! なぁ、付けてみていいか」

J B 「いいわよ」

       JBの許可を得た彼はすぐにヘルメットを被った。

ハ ル 「おおっ! 意外と軽いし視界も良好だ、このままにしていいか?」

J B 「私に聞くよりも代金を払う方が手っ取り早いわよ」

ハ ル 「そうだな。じゃあ、請求書を頼む」

       JBはチラリとカルテを見た。

J B 「宛名はギャバン・マーフィーでいいかしら?」

ハ ル 「え? そりゃ誰だ」

J B 「貴方よ」

ハ ル 「いや、俺はハル・バードだ」

       彼に指摘されてJBは改めてカルテを手に取った。

J B 「あら嫌だ、別の人のカルテ持ってきちゃったわ… 待ってて」

       彼女はカルテを持って足早に受付を去った。

       一人残されたハルの元にフランがやってきた。

フラン 「おおっ! おっちゃんカッコいいよ!」

ハ ル 「ん? そうか」

フラン 「ヒーローみたい」

ハ ル 「おっと、おっちゃんは「みたい」じゃなくて本当にヒーローなんだぜ」

       互いに警察と凶悪犯だと認識していない二人は和気藹々と仲良く話

       をしていた。

ハ ル 「嬢ちゃん、名前は?」

フラン 「ワタシ? フラン・ベルジュだよ」

ハ ル 「ふ… フラン・ベルジュ…… マジで?」

フラン 「うん」

       彼女の名前を知ったハルは目の前に居る少女と警官殺しの凶悪犯が

       同一人物だと分かってしまった。

       つまり、自分の身元が刑事だと彼女にバレれば殺される事に背筋が

       凍り付いた。

フラン 「ねーねー、おっちゃんの名前は?」

       名前を聞かれたから聞き返す、フランの行動は自然なものだった。

       しかし、それはハルにとって大きな試練だった。

ハ ル 「…… マーフィー」

       彼はとっさに頭の片隅にあった名前を名乗り、露わになった口元に

       少々固い微笑を浮かべた。

スパイク「おい、ハル! お前いつまでサボってんだ!」

       突然、スパイクがやってきてハルの肩を掴んだ。

ハ ル 「いや、俺はギャバン」

スパイク「ギャバンって何だ! お前はイストシティ署のハル・バードだろ」

ハ ル 「バカ! 言うな!」

       ハルはスパイクの口を手で塞ぎフランを見た。

       すると、彼女の顔にはそれまでのにこやかな表情は一切無く無表情

       で冷たい視線をこちらに向けていた。

スパイク「何すんだよ! …! お前… フラン・ベルジュか……」

フラン 「だったらどうする? 捕まえる? 殺す? それとも、死ぬ?」

       彼女に気が付いたスパイクは銃を取ろうと一瞬手を動かした。

       その瞬間、殺気に満ちたフランの髪がブワッと逆立った。

       そして、互いに僅かに身を低くした。

ハ ル 「やめろ…」

       対峙する二人の間に入ったハルが両手を広げ二丁の拳銃をそれぞれ

       二人の額に銃を突きつけていた。

ハ ル 「俺は俺の正義のためならお前等の悪になる覚悟はあるからな」

       彼の力づくの説得に二人は臨戦態勢を解いた。

ハ ル 「ご協力感謝する」

       ハルも銃を下ろした。そして、彼はフランを見た。

ハ ル 「言っただろ? おっちゃんはヒーローだって… このバカ警部補は俺が

     止めておくから、お前は逃げろ」

フラン 「なんで? 死なせる方が早いよ」

ハ ル 「こんなバカでも、死んだら俺が少し困るんだ」

       フランは納得したように小さくうなずいた。

ハ ル 「よし、いい子だ」

       ハルはフランに微笑むと、そのまま銃を後ろに向けスパイクの足元

       を撃った。

       発砲音にスパイクが腰を抜かした瞬間、フランは迷わずクリニック

       を飛び出した。

ハ ル 「俺… 刑事に向いてないかもな」

スパイク「今更かよ……」

       呆れたように笑う二人の元にJBが慌てて駆け寄ってきた。

J B 「今、銃声がしたけど」

ハ ル 「ああ、コイツとフランが一悶着あったから俺が撃って黙らせた」

J B 「そうなの、ここでなら当たっても即死でなければ何とかできるから良い

     判断ね。それで、あの子は?」

ハ ル 「外に逃げていった」

       彼の言葉を聞いたJBの顔がにわかに青ざめた。

J B 「外に… 出たの……」

ハ ル 「ああ」

       しばらく黙り込んだJBは頭痛を抑えるように額に手を当てながら

       話し始めた。

J B 「その… あの子、指名手配犯のフラン・ベルジュ本人なの」

ハ ル 「知ってる」

       急にJBは全身をピクッとさせ、ハルを睨み付けた。

       そして、間髪入れずに彼の股間に膝蹴りを打ち込んだ。

       当然ながら、ハルは悲鳴すら上げる事もできず悶絶しその場に崩れ

       落ちた。

J B 「何て事をしてくれたの!」

       激昂するJBに怯えながら腰が抜けたままのスパイクが彼女に落ち

       着くように手を小さく下に動かしていた。

スパイク「だから、俺が逮捕しようt…!」

       怒り狂ったJBが話している途中のスパイクの側頭部を思いっきり

       蹴り飛ばした。

J B 「警察なんかの手に負えないからここに閉じ込めておいたのよ!」

       一つ大きく息を吐いた彼女は事切れた二人を置き去りにクリニック

       を出て行った。




―セルリアン家屋敷(夕方)―


―― 同時刻


       戦闘服に身を包み機関銃や手榴弾などで武装をしたイーグルとAJ

       がシナモンと向かい合っていた。

       張り詰めた顔の二人の後ろには巨大なリクガメが夕日を受けて佇ん

       でいた。

シナモン「お話は伺いました。どうかお気を付けて」

A J 「ええ、後のことはお願いね」

シナモン「はい」

       シナモンと軽く言葉を交わした後、AJとイーグルは甲羅の一部を

       ハッチのように開いたリクガメの中へ乗り込んだ。

       リクガメは甲羅をバタンと閉じると重くしっかりした足取りで屋敷

       を後にしていった。

       その後ろ姿にシナモンは自然と敬礼を送っていた。




                          第十二話 ② へ続く…


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