第九話 ~古の風に乗って~ ③
―ムレウマ・龍の潜む沼―
弥右衛門がジョーと二人の間に飛び込んできたっ!
その巨体に気が付いたジョーの電撃が弥右衛門に襲いかかるっ!
しかし、効いていない! 弥右衛門には傷一つ付いていません!
コレには電撃を放ったジョーも驚いています。
弥右衛門「若いの、何をそんなに腹を立てておるんじゃ」
ジョー 「おめーには関係ねぇんべぇ!」
あーっと! ジョーが尻尾で顔を張った!
コレは効いたか? 弥右衛門が少し頭を落とした。
弥右衛門「おぬしら、危ないから此処から離れるんじゃ」
シテツ 「二人とも動けないんです…」
弥右衛門「そうかの。なら、ワシの尻尾に掴まるんじゃ」
今、弥右衛門が尻尾の先にシテツとオゼを乗せて二人を安全な場所
へと移しました。
オ ゼ 「轍洞院さん… あの龍は……」
シテツ 「昨日落ちた洞窟に眠っていたんです。でも、心配しないでくださいあの
龍は私たちの… 霊人の味方です」
さあ、一対一になった弥右衛門がジョーの元へゆっくりと向かって
いきます。
弥右衛門「このバカタレが!」
今度は弥右衛門が尻尾で張り返した!
ジョーも再び張る、弥右衛門が返す! 龍二頭による壮絶なしばき
合いが始まったぁ!
ジョー 「このクソジジイ!」
おーーーーっと! ジョーの頭突きがまともに入ったぁ!
この一撃で弥右衛門の体がガクッと崩れた!
意識が飛んだのか? なかなか起き上がれません。
ジョー 「オラ、起きろ!」
ジョーがぐったりしている弥右衛門の頭を何度も小突いています。
これは老人、いや老龍虐待であります。
ジョー 「終わりだぃね!」
叫んだジョーが全身を光らせ電気を溜めてから、鎌首を持ち上げて
電撃頭突きの体勢に入ったぁ!
行った… いや、返した! 返しました! 弥右衛門がジョーの首
に噛みついて頭から叩き付けた!
弥右衛門「誰がクソジジイじゃ! 戯け!」
今度は弥右衛門が大きく息を吸い込み始めた、その銀色の体が熱を
帯びた赤へと変わって行き…
オ ゼ 「何をする気だ…」
シテツ 「分かんないけど…… 行っけぇ!」
ジョーが起き上がった所に青白い火球を吐き出したぁ!
決まったぁ!
弥右衛門の超高熱火炎弾がジョーにクリーンヒットぉ!
丸焼きにされたジョーは起き上がれません!
弥右衛門「フン、若造が…」
激しい戦いを終えた弥右衛門の元へシテツが駆け寄ってきます。
シテツ 「ありがとうございます!」
弥右衛門「構わんよ。ああいう若いのは、こうやってお灸を据えてやるのが一番
じゃからの」
シテツ 「だけど、どうして此処に」
弥右衛門「おお、そうじゃった」
弥右衛門が首を小さく横に振って… あっ、髭の所から何か落ち
ました。それをシテツが拾い上げます。
ええ… 少々形が歪んでいますが… どうやら、腕時計のようですね。
シテツ 「これって… 私の……」
弥右衛門「そうじゃ、ワシの頭の横に忘れとったから…… おっと、今の炎の熱
で歪んでしまったようじゃの… スマン……」
シテツ 「気にしないでください」
どうしたのでしょうか? シテツは既に壊れているであろう時計
を握りしめ何かを祈るように目を閉じました。
シテツ 「…… 時計なんか壊れても」
祈りを終えたシテツが弥右衛門と目を合わせます。
シテツ 「
弥右衛門「…… そうじゃの、その通りじゃ」
深く頷いた弥右衛門が静かに天を見上げます。
弥右衛門「ところでの、おぬしに会いに来た理由がもう一つあるんじゃ」
弥右衛門が首を下げてシテツと視線を合わせました。
シテツ 「他に何か忘れましたか?」
弥右衛門「いいや… 忘れたのはワシの方かもしれんの」
謎かけのような言葉にシテツはちょっと戸惑った様子であります。
さて、彼はもう一つの理由を語るのか。
弥右衛門「ワシにもう一度走らせてくれんかの?」
シテツ 「えっ… それって……」
弥右衛門「おぬしのやりたいことに協力させて欲しい」
おおーっと! ここでまさかの参戦表明だっ!
あっ、弥右衛門がシテツに深く頭を下げています! 龍が人に頭を
下げている! こんな事が起きるのか!
シテツ 「…… ごっ、ごめんなさい!」
何と、蹴った! 弥右衛門の申し出を断りました!
シテツ 「もう… ジョーさんと話がまとまったので……」
ジョー 「そうゆー事だぃね……」
黒焦げのジョーが起き上がってきた!
ジョー 「そうゆー事なんで、この話は俺の話なんだぃね」
ジョーが弥右衛門とにらみ合う、凄い視殺戦だ。
ジョー 「デンシャの人!」
呼びかけたジョーがシテツを見ました。
ジョー 「申し訳ねぇのだけんど、俺はこの話を降りらぁね」
シテツ 「えっ! どうして! あんなにやりたがってたのに」
まさかの展開です、ジョーがデンシャの話を返上した!
ジョー 「そんなの簡単だぃね…」
ジョーが再び弥右衛門を見ました…
弥右衛門も静かににらみ返します…
ジョー 「コイツに負けたからだぃね!」
シテツ 「負けたって… 今の?」
ジョー 「そうだぃね。負けた俺がデンシャになって、勝ったコイツには何もねぇ
ってのはおかしい話だんべぇ!」
シテツ 「でも、今のって… そんな話じゃないと思いますけど……」
ジョー 「どんな話でも負けは負け。負けた俺は当然引くだけだぃね」
おっと、ジョーが弥右衛門に額を合わせていきます!
ジョー 「おめーは強ぃね。でも、それは今のおめーだけだんべ! 次は俺が勝つ
んさ! 絶対だぃね!」
弥右衛門「ワシはもう隠れるつもりは無いしの、逃げるつもりも無い。じゃがの…
きっと、おぬしより先は長くない。だからの、来るなら早く来い。何回
負けても気にせず何度も来い」
互いに挑発し合い次の一戦が期待される中、惜しくも敗者となった
ジョー・シュウが静かに沼の中へと引き上げていきます。
シテツ (うわぁ、この展開どうしよう… 絶対にまたドンパチやる流れじゃん…
イストシティであんな怪獣大決戦できないよ……)
オ ゼ 「とりあえず一件落着したみたいだな」
逃げていたハルナがいつの間にか戻ってきていますね。彼女に肩を
借りてオゼが少々放心状態のシテツの元へと歩み寄ってきました。
シテツ 「そ… そうですね…」
ハルナ 「じゃあ、ちょっと悪いんだけど… 私たちは先に戻ってるね。オゼさん
の手当とかしなきゃいけないから」
シテツ 「分かりました。ここまでありがとうございました」
オ ゼ 「無事に終わって何よりだ」
オゼとハルナがシテツに小さく手を振りながら湖畔を後にしていき
ます。
そして今、湖畔には激闘を終えたばかりの弥右衛門とシテツの二人
だけが残されました。
シテツ 「…… どうして、もう一度走ろうと」
弥右衛門「ヤツの所へ行くためかの…」
シテツ 「ヤツって… えっ!」
弥右衛門「おぬし、何か勘違いをしてるようじゃの。ワシゃ死ぬなんてこと一言も
言っとらんぞ」
シテツ 「でも、ヤツって昔一緒だった人でしょ?」
弥右衛門「そうじゃ。だからの、あの洞窟の中でただ野垂れ死ぬなんて事できなく
なったんじゃよ。ヤツのように瞬間的に激しく燃え尽きないと、ヤツと
同じ所に行けるはずがないからの」
二人の間だけで何か言葉が交わされたようであります。
弥右衛門がシテツから下がり、また頭を下げました。
今度はシテツも深々と礼を返します。両者、お互いへのリスペクト
を全身で表します。
長い長い… そして深い、無言の会話が続いています。
今、両者同時に頭を上げました。
もはやこの二人の間には言葉など要らないのでしょう。弥右衛門が
頭を地に着けると、そこへシテツが首をよじ登り彼の背中に跨がり
ました。
あ~、シテツが弥右衛門の首元を優しく撫でています。
そしてポンポンッと軽く叩きました。
さあ、弥右衛門がチラリと周囲を見回した。
弥右衛門「行くぅぞぉぉぉ!」
これは物凄い咆哮だ! 空も山も全て引き裂くような遙か天地創造
以来の衝撃が辺りを襲っています!
そして、大地がうねる余韻が残る中、湖畔を走り去っていきます。
今、銀色に輝く古の風が少女を乗せムレウマの森を颯爽と吹き抜け
ていきました!
―ムレウマ・レンジャーベースキャンプ前―
さて、こちらは変わりまして森林保護レンジャーのベースキャンプ
である丸太小屋の前であります。
たった今、ハルナとまだ黒焦げのオゼが湖畔から戻ってきました。
オ ゼ 「すまないな…」
ハルナ 「だから言ったじゃないですか、無茶だって」
ハルナがそっと扉の横にオゼを座らせて、入り口の鍵を外します。
ハルナ 「無茶でしたけど… カッコよかったですよ」
オ ゼ 「…そ、そうか」
少し顔を隠しながら、ハルナがオゼに肩を貸し立ち上がらせます。
オ ゼ 「ちょっと待ってくれ」
ハルナ 「ん? すみません、痛かったですか?」
オ ゼ 「いや、この風… 分からないか?」
ハルナ 「風?」
扉の前で立ち止まった二人の間を抜ける風が徐々に強まってまいり
ました。
オゼが風上の方を見ます… おや、何かに気が付いたようですね、
大きく手を振り始めました。
シテツ 「オゼさーん! ハルナさーん!」
おーっと、シテツです! 弥右衛門とシテツが森を抜けてこちらへ
と向かってきています!
ハルナ 「うわっ! あの子、龍に乗ってる!」
ハルナは驚きながらも笑っています、隣のオゼも嬉しそうな顔だ。
さあ、弥右衛門が小屋の前で止まった。
オ ゼ 「わざわざ来てくれたのか」
シテツ 「はい、今回お二人には本当にお世話になったので。帰る前にどうしても
ご挨拶がしたくて」
オ ゼ 「今回の件は俺も楽しかったよ、ありがとう。君さえ良かったらまた来て
くれないか」
ハルナ 「私たちも休みが取れたらそっちに遊びに行くよ」
シテツ 「はい、ありがとうございます」
オ ゼ 「龍に乗ってるとはいえ、ここからイストシティまではかなり距離がある
から早く出た方がいい」
シテツ 「分かりました。では、失礼します」
思い出を残して、弥右衛門が走り出しました。
―大草原―
ムレウマを後にしましたシテツと弥右衛門は果てなく続く大草原の
中を颯爽と駆け抜けております。
シテツ 「気持ちいー!」
山は遠ざかり、晴れ渡る青い空と眼下のビリジアングリーンの中に
一筋の銀色が鮮やかに映えております。
―轍洞院家前(夕方)―
龍が飼えるほど、牧場のような広い土地にポツンと佇むやや小ぶり
な一軒家。これが轍洞院家であります。
彼女たちの庭とも言えるでありましょう、その家の前にある空き地
で風邪から完全復活をしたトーマスが元気一杯に、そして無邪気に
走り回っております。
動けなかった憂さ晴らしなのか。はたまた、自由に走り回れる喜び
を謳歌しているのか。とにかく自由奔放に動き回っております。
シテツ「ただい… ふげっ!」
おぉーーっと、トーマスがやってきた弥右衛門とシテツに真横から
ぶつかってしまった! 龍同士による交通事故勃発であります!
あまりの衝撃に弥右衛門の上に乗っていたシテツが吹っ飛んだ!
シテツは大丈夫でしょうか… あぁ… 地面に体を強か打ち付けた
ようです、起き上がれません。
弥右衛門「痛たた… 何じゃ、いきなりぶつかってきて……」
トーマス 「ガウ…」
起き上がった弥右衛門とトーマスの目が合った!
弥右衛門「おぬしがぶつかったのか… やれやれ、好きに走り回っても構わんが、
ちゃんと前を見て走るんじゃぞ」
トーマス 「ガウガウ!」
弥右衛門「何じゃと… こっちが悪いわけないじゃろ」
トーマス 「ガウ!」
どうやら、どちらが悪いかで少々もめ始めたようです。
互いに大きく鎌首を持ち上げてにらみ合っています。
トーマス 「グルァッ!」
痺れを切らせたトーマスが先に仕掛けたっ! 尻尾で弥右衛門の顎
をかち上げるアッパーカット!
不意を突かれた形の弥右衛門は力が入らないのでしょうか、かなり
ふらついています。
その間にトーマスが地面に何度も自分の頭を打ち付けた! 気合い
を入れてからの頭突き…
あぁーっと、弥右衛門が返した! ジョーとの一戦と同じように首
に噛み付いてトーマスの顔面を地面に叩き付けた! これは完全に
弥右衛門が見切っていました!
さあ、ダメージの大きいトーマスはなかなか起き上がれない…
グロッキー状態のトーマスの前で弥右衛門が大きく口を開けて息を
吸い込み始めた! コレは火炎弾を出すのか!
今ゆっくりとトーマスが起き上がった所に…
火炎弾、行った…
いや、避けた! 避けた! トーマスが火炎弾を避けましたぁ!
シテツ 「うぅ… 痛ぁ…… 何かうるさいな…」
あぁーーっと! 誤爆だ! トーマスが避けた火炎弾が轍洞院家に
当たったぁ!
シテツ 「ん? えっ…… なっ、何で… 何で、家が燃えてんの……」
燃える家に気を取られていたトーマスに弥右衛門が組み付いた!
そのまま厳しく締め上げていく…
あっ、タップした! トーマスは堪らずにギブアップだ!
コクテツ 「ただいま~。あっ、しーちゃん帰ってたんだ!」
激闘の熱気覚めやらぬ中、買い物袋を手に下げて轍洞院コクテツが
登場してきました。
シテツ 「コク姉… 家が燃えてる……」
コクテツ「えっ? あっ、本当だ」
自分の家が燃えている。このあまりにも残酷な現実にシテツは絶望
しております。しかし、コクテツの方は非常に落ち着いている様子
であります。
コクテツ「そんな事よりさ。しーちゃんがスカウトした龍って、トーマスが土下座
しているあのスゲー強そうなお爺ちゃん?」
シテツ 「そんな事って! 家が燃えてるんだよ!」
コクテツ「いーじゃん、家なんか自分好みでまた建てられるんだから。でも、相棒
はそうはいかない… 1+1が2じゃなくて3にも3万にも、マイナス
30兆にもなる。そっちの見極めの方が大事」
コクテツの話にシテツは何も言い返せない様子です。
コクテツ「とりあえず、今日はテント張ろうか」
シテツ 「テントも家の中だったよ…」
コクテツ「嘘ぉ! あっ、ヤベ詰んだ……」
本日はここ轍洞院家前からトーマス対弥右衛門の熱い一戦を実況は
ショーン・オールドマンでお伝えしました。
尚、今入りました情報によりますと… お休みしていた冨垣さんが
病院からこちらに向かっているそうです。
それでは皆様、また次のドラゴンバトル中継でお会いしましょう。
では、失礼いたします。
―轍洞院家跡地・段ボール(夜)―
ここからは冨垣エヌがお送りします。
たき火の明かりが揺れる中、姉妹は家の代わりに立てた段ボールに
身を寄せ合い暖を取っていた。
コクテツ「家を燃やしたっていうから心配したけど、凄く優しいお爺ちゃんだね」
シテツ 「うん… ただ、本当は他の龍にお願いしてたんだけどね」
コクテツ「そうなの?」
シテツ 「ちょっと色々あってね、直接対決して勝った方がデンシャになるって…
しかも、負けた方がまた挑戦するって流れになってる」
話を聞いたコクテツは腕を組み神妙な顔つきになった。
コクテツ「それって、チャンピオンベルト作っといた方がいいかな?」
シテツ 「先に私たちの家を作ることを考えて…」
一つ大きなため息をついて、シテツは立ち上がった。
シテツ 「コンビニ行ってくる」
コクテツ「食べ物はあるよ?」
シテツ 「…… トイレ」
ボソッと一言残してシテツは小走りで去って行った。
コクテツ「はぁ… エヌさんが戻ってきて良かった」
本当にご迷惑をおかけしました。
コクテツ「でも、ちょっと面白かったかも… あの人、エヌさんとは話し方が違う
から凄く新鮮だった」
そうでしたか、元々彼は私とは棲み分けが違う天の声なので。
コクテツ「棲み分けなんてあるの?」
はい、それぞれ語り口は違いますよ。公文書的なお堅い人から日常
会話的なフランクな人まで様々です。そんな中で各々に会う世界を
受け持っています。
コクテツ「へぇ… じゃあ、あの人は元々どんな世界の人だったの?」
スポーツ… いや、プロレスチューケー界… そんな感じの戦いの
中に価値や自己を見出す人々が集う世界です。
コクテツ「なるほど、だからスゲー熱い感じだったんだね」
お嫌いでしたか?
コクテツ「ううん、私は好きだよ。あっ、そうそう! 今度ね、ヤエ爺が他の龍と
デンシャ防衛戦やるみたいだからその時また呼んでよ」
…彼の予定を聞いておきます。
〈第九話 終〉
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