第十一話 ~蝶々効果~ ①

-ハッピーイエロークリニック・入院室-


       アナの誘拐事件後から静かに眠り続けるジャルの顔を轍洞院姉妹が

       心配そうに覗き込んでいた。

ア ナ 「今日は来てくれてありがとう」

       姉妹は後ろの方で申し訳なさそうにしていたアナに目を向けた。

コクテツ「気にしないで。私達よりもアナちゃん達の方が大変だったでしょ?」

       事件の事を思い出したアナはそのショックで小さくうなずいたまま

       顔が上げられなくなってしまった。

コクテツ「あっ、ゴメン…」

ア ナ 「いいよ。それよりも会議を始めようか」

       アナが会議の事を切り出すと、イーグルが姉妹に資料を配った。

ア ナ 「コレが今度合同でやろうと思ってるイベントの企画書」

コクテツ「なるほど…」

       コクテツは分厚い企画書をパラパラと捲った。

コクテツ「なかなか面白そうじゃん!」

ア ナ 「今ので分かったの?」

コクテツ「うん、大体ね。今日の所はコレを家に持って帰ってもっとアイディアを

     練ってくるから、アナちゃん達はジャルさんに付いていて」

ア ナ 「えっ、そんな…… ごめん、ありがとう」

       コクテツの提案にアナは深々と頭を下げた。

コクテツ「んじゃ、帰ろっか」

シテツ 「うん」

姉 妹 「では、失礼します」

       姉妹はアナとイーグル、そしてベッドの上のジャルに微笑みかけて

       から背を向けた。

       部屋を出て行く二人にアナとイーグルは静かに頭を下げていた。




-ハッピーイエロークリニック・廊下-


       セルリアン一行の部屋から出てきた姉妹に廊下を走っていたフラン

       がぶつかった。

シテツ 「痛た… ちょっと、廊下を走るなんて何考えてるの!」

コクテツ「いいじゃん、元気な証拠だよ」

シテツ 「いや、病院に元気な人が居ちゃダメでしょ」

       二人の口論なんか気にした様子も無く、フランはじっとコクテツの

       顔を見ていた。

コクテツ「ん? どったの? もしかして、私が可愛い?」

フラン 「ウン、アンタ好きかも」

       コクテツはフランの言葉に恥ずかしそうに顔を赤らめながら口元に

       手を当てた。

フラン 「おねーさん達、ワタシと同じ臭いがするんだよねぇ」

シテツ 「私も?」

フラン 「ウン。でも、髪が白いおねーさんの方が強く感じるんだよね」

コクテツ「キミ、シャンプー何使ってる?」

       コクテツの問いかけにフランは首を横に振った。

フラン 「そういう臭いじゃないんだよ。もっとこう、常に纏ってる根本的な臭い

     って言うんかな」

コクテツ「それって、体臭って事… しーちゃん、私そんなに臭う?」

       彼女はシテツの顔の前に腕を差し出した。

フラン 「違う、違う! えっと… そうだねぇ、言うならオーラの臭いかな? 

     嗅ぐんじゃなくて感じるんだよぉ」

コクテツ「えっ? オーラとかって… キミってスピリチュアルな感じの人?」

フラン 「いや… そーじゃなくて……」

       困り果てたフランが頭を抱えると、いつの間にか彼女の横にJBが

       やってきていた。

J B 「この子は気がディファレントなだけよ」

フラン 「そう! ソレソレ!」

       フランがJBを指差すと彼女は頭をパチンと叩かれた。

J B 「勝手に出歩かないで。二人とも大丈夫だったかしら?」

       声を掛けられた姉妹はキョトンとしていた。

シテツ 「いえ、何も… むしろ、コク姉がその人を困らせていたみたいで」

フラン 「そんなことないよ。スッゲー楽しかった!」

       フランは無邪気な笑顔を見せてコクテツに抱きついた。

フラン 「だけど、看護婦さんが来たからここまでだね。おねーさん、また遊んで

     くれる?」

コクテツ「もちろんいいよ」

       コクテツは抱きついているフランの頭を優しく撫でた。

J B 「さ、部屋に戻るわよ」

フラン 「うん」

       フランはコクテツから離れるとJBに手を引かれて自分の部屋へと

       帰って行った。




-イストシティ駅前-


       その帰り道、シテツは眉間にシワを寄せて歩いていた。

コクテツ「しーちゃん、どうしたの? お腹痛い?」

シテツ 「ううん、そうじゃなくて。さっき病院に居た人、どっかで見たことある

     んだけど思い出せなくって…」

コクテツ「あっ、しーちゃんも! 私も初めて会った気がしなかったんだよね」

       駅前のコンビニに差し掛かった時に、シテツの目にそこには居ない

       はずのフランの顔が映った。

シテツ 「アッ! コレだ、コレ!」

       シテツは大声を上げコンビニの窓を指差していた。

       彼女の指の先、そこには精巧なフランの似顔絵が描かれた指名手配

       のポスターが貼られていた。

コクテツ「あ~、確かに似てるね」

シテツ 「いや、アレ本人でしょ! 通報しようよ!」

コクテツ「指名手配犯ならJBさんや先生が通報してるでしょ」

シテツ 「う~ん… 確かに、あの二人でも殺人鬼は通報するか」

       シテツが納得して笑うと、スマホの着信音が鳴った。

シテツ 「もしもし… うん… えっ、本当! ありがとう、それじゃあ今日仕事

     終わったら行ってみる。うん、ありがとう」

       笑顔で電話を終えたシテツはその笑みを崩さずに隣を歩くコクテツ

       に振り向いた。

シテツ 「メイからで、この前彼女に家が燃えた話したんだけど。そしたら、私達

     が泊まるところを手配してくれたって」

コクテツ「トーマスも大丈夫なの?」

シテツ 「結構デカいのも入る倉庫があるって」




-シンの家・作業用倉庫(夕方)-


       家主のシンを先頭に轍洞院姉妹が作業倉庫の中を見て回っていた。

シ ン 「どや? 今は散らかってるけど、ココならトーマスも入るやろ」

シテツ 「はい! ウチにあった所よりも凄く広くて良いです」

       倉庫の広さに感激しているシテツとは対照的にコクテツはそこら中

       に散らばっている細々とした機械や部品を見ていた。

コクテツ「スゲー! しーちゃん、見て見て! コレすっごいデカい」

       コクテツはキャッキャッと嬉しそうに両手でやっと持ち上げられる

       ような巨大なボルトを持って戻ってきた。

シテツ 「ちょ、勝手に漁っちゃダメでしょ!」

シ ン 「ああ、それな。その辺ゴッツいボルトはちょっと前にスーパーロボット

     って作ったやろ、そん時のあまり物で使わんからテキトーでええで」

コクテツ「へぇ~、他にも見ていい?」

シ ン 「壊さなきゃええよ」

       シンの許可を得たコクテツは目に付く物を片っ端から手に取っては

       観察した。

コクテツ「あっ、コレ面白そう!」

       何に使うか分からない機械を手にしたコクテツは走ってシンの元に

       戻ろうとした。しかし、彼女は床の上を通っていた太いコードに足

       を引っかけてしまった。

コクテツ「わっ!」

       「壊すな」と言われたコクテツは手に持った機械を守るためとっさ

       に身を反転させた。

       そして、後頭部から床に倒れた。

シテツ 「コク姉!」

シ ン 「大丈夫か!」

       シテツとシンは慌ててコクテツに駆け寄った。

コクテツ「痛た… ゴメン、ちょっとはしゃぎすぎた」

       コクテツは苦笑いを浮かべながら何事も無かったようにすぐに起き

       上がったが、そんな彼女を見た二人の顔からは見る見る間に血の気

       が引いていった。

       何か恐ろしい物を見てしまったような二人にコクテツも妙な恐怖心

       を感じ始めた。

コクテツ「ねぇ、二人ともどったの?」

       シテツとシンは揃って自分の頭の後ろを指差した。

シテツ 「あ… 頭に……」

シ ン 「ボルト… が……」

       二人のリアクションを見たコクテツはスマホを取り出し、カメラの

       自撮りを起動すると自分の頭の後ろに向けてみた。

       すると、まるで殿様のチョンマゲのように大きなボルトが彼女の頭

       に刺さっているのが画面に映り込んだ。

コクテツ「うわぁ! なんか刺さってる!」

       彼女自身も初めて気が付いた様子で、画面をまじまじと見ていた。

シテツ 「痛くないの…」

コクテツ「うん、全然」

シ ン 「とりあえず、病院行こか」

コクテツ「ん? 痛くないから明日で大丈夫でしょ」

       頭部にボルトが刺さっている状態にもかかわらずケロリとしている

       彼女に二人は愕然としていた。

シテツ 「でも、危ないから抜いておこうよ」

コクテツ「ん~、こういうのって刺さってる物が蓋になって出血を止めてるみたい

     だから抜くのは良くないよ」

シ ン 「でも、そのままでいい事無いと思うぜ」

コクテツ「うん、確かに髪洗いにくいかも……」

       シンの言葉にコクテツはしばらく腕を組んで考え込んだ。

       そして、結論が出ると同時に彼女はためらうことなくボルトを頭に

       ねじ込み始めた。

シテツ 「ちょ! 何やってんの!」

コクテツ「だって、抜けないんじゃこうやって短くするしか無いでしょ?」

シ ン 「いや、病院で抜いてもらえよ」

コクテツ「まあ、大丈夫。大丈夫。ヤバかったら止めればいい話だから」

       二人の制止も聞かずにコクテツはどんどんボルトを頭にねじ込んで

       いった。

コクテツ「あっ、ちょっと何かキタ… もう少し、こっちに……」

       ねじ込む角度を微調整しながら頭にボルトを入れていく彼女を二人

       は見守ることしかできなかった。

コクテツ「おっ、ココだ! っ……!!!」

       突然コクテツの身体がピンと硬直し、彼女はそのままバタンと前へ

       倒れ込んだ。

シテツ 「コク姉!」

       シテツとシンは倒れた彼女にあわてて駆け寄った。しかし、今度は

       コクテツでも無事ではなく白目を剥き口から泡を吹いて完全に気絶

       していた。

シ ン 「アカン! 病院に連絡してくる!」

       シンは一目散に倉庫から飛び出した。

       倉庫の扉が閉まった直後、シテツに抱きかかえられたコクテツの体

       がビクンと大きく脈を打ち彼女は目を覚ました。

コクテツ「あぁ… んん……」

       小さく呻き声を上げ、頭を抑えながらコクテツは起き上がった。

シテツ 「コク姉… 大丈夫なの?」

コクテツ「ええ、少しボーッとするけど大丈夫よ」

       簡単な受け答えだったが、この一瞬でシテツはコクテツに対し強い

       違和感を感じた。

シテツ 「シンさんが病院に連絡をしてるからコク姉は休んでて」

       シテツの心配など気にも留めずにコクテツはスッと立ち上がり全身

       を大きく伸ばした。

コクテツ「言ったでしょ、大丈夫だって。彼にはそう伝えておいて。もしも、入院

     とかの手配をしているなら全てキャンセルさせて」

シテツ 「えっ?」

コクテツ「私は借りている倉庫にトーマスを迎えに行くから、その間に二人でココ

     を片付けておいて」

       一方的に要件を言い残しコクテツは倉庫を出て行こうとした。

シテツ 「待って、コク姉!」

       シテツはコクテツの後を追って彼女を止めようとした。

コクテツ「シテツ、言いつけを守りなさい」

       コクテツが一言だけ言うと、シテツが彼女に伸ばそうとしていた腕

       はピタリと止まった。

       彼女が姉に漠然と抱いていた違和感が決定的なものになったのだ、

       何よりも姉に「シテツ」と呼ばれたショックに全身を飲み込まれて

       いた。

シテツ 「わ… 分かりました……」

コクテツ「じゃあ、また後で」

       シテツは倉庫を出て行く姉を見ることができず、呆然と下を向いて

       立ちすくんでいた。




-シンの家・客間(夜)-


       トーマスを連れて戻ってきたコクテツは用意された食事も取らずに

       部屋に籠もりアナから貰った企画書を読みふけっていた。

       そこへ心配そうな顔を浮かべたシテツがやってきた。

シテツ 「食べなくて大丈夫?」

コクテツ「ええ、空腹になったら自分で何か買いに行くから」

       彼女はシテツの方を向かずに返事だけをすると、読み終えた書類を

       ポンと卓袱台に投げ捨てた。

コクテツ「何なのよこれ… 真面目に考えてよ……」

       彼女は苛立った口調でつぶやくと大の字に寝転がった。

コクテツ「ま、他所の心配する前に自分の所をやり直さなきゃいけないんだけど」

シテツ 「やり直すってどういう事?」

コクテツ「文字通りやり直すのよ。無駄と言うか、全く訳の分からない運営ばかり

     してるから普通に戻すのよ」

シテツ 「へっ? たっ、例えば?」

       コクテツは寝転がったままで右腕を高く伸ばし、ピンと人差し指を

       立てた。

コクテツ「一つ、デンシャ龍が圧倒的に不足していること」

       続けて彼女は中指も立てた。

コクテツ「二つ、駅全体の運営管理を霊人が全く行っていないこと」

       さらに彼女は薬指も立てた。

コクテツ「三つ、そもそも駅の数が少ない」

       彼女は続けて小指も立てたが、何も語ることなく静かに伸ばした手

       を下げ額に当てて大きなため息をついた。

コクテツ「駄目… 指が足りない…」

       しばらく重い頭痛に悩まされるように額に手を当て渋い顔を浮かべ

       ていた彼女がムクッと起き上がりアナから渡された書類の裏にメモ

       を取り始めた。

シテツ 「ちょ、それに書いていいの! 今度使うんでしょ」

コクテツ「こんなくだらない企画書なんか使いようが無いよ」

       コクテツはメモを取る手を止めてシテツを見上げた。

       彼女は少し悲しそうに黙ってうつむいていたが、コクテツにとって

       そんな事は関係なかった。

コクテツ「悪いけど、明日からムレウマに出張して」

シテツ 「えっ… なんで、そんな急に」

コクテツ「さっき言ったでしょ、デンシャ龍が足りてないって。だから、あなたに

     リクルートしてきて欲しいの。少なくとも8頭は連れてきて」

シテツ 「そんなぁ、8頭もなんて無理だよ」

       頭を上げ困り顔を見せたシテツにコクテツは鋭い視線を送った。

コクテツ「どうして無理なの? 理由を言って」

       シテツは黙って小さく首を横に振った。




-ムレウマ・レンジャーベースキャンプ-


       ベースキャンプの丸太小屋の中、申し訳なさそうな顔を浮かべて頭

       を下げているシテツの前には困り顔のオゼとハルナの姿があった。

オ ゼ 「8頭か… 居なくはないが、霊人の言葉が喋れるのは前に会ったジョー

     くらいだぞ。それでもいいか?」

シテツ 「はい、構いません。そもそもウチのトーマスも喋れませんから」

オ ゼ 「それなら、片っ端から当たってみることにする」

シテツ 「ありがとうございます」

       シテツは改めて深々と二人に頭を下げた。

ハルナ 「じゃあ、早くジョー以外の龍を探しに行きましょうか」

オ ゼ 「そうだな。では、轍洞院さんには進展があれば連絡をする」

シテツ 「よろしくお願いします」




-イストシティ駅・駅長室-


       ムレウマから戻ってきたシテツは事の報告をするために姉の元へと

       向かった。

       彼女は駅長室の固く閉ざされた扉をノックした。

コク声 「どうぞ」

       コクテツの声を確認してからシテツは中に入った。


       駅長室の中のコクテツはシテツに背を向けていた。

       彼女の目は壁一面に並んだ監視カメラモニターに向けられていて、

       次々と別の画面を追い続け一瞬たりとも止まることがなかった。

シテツ 「新しい龍の件だけど、オゼさんとハルナさんが手配してくれるってこと

     になった。協力を得られ次第連絡をくれるって」

コクテツ「そう、お疲れ様」

       シテツは報告を終えると姉に小さく一礼して部屋を出ようとした。

       この僅かな時間の間にもコクテツの目がシテツに向くことは一度も

       無かった。


       ドアノブに手を掛けたシテツはふと何かを思い出したように部屋を

       見回した。

       姉が中央に陣取っている事以外に感じた微かな違和感を確かめる為

       の行動だったが、その答えはすぐに出た。

シテツ 「ねぇ、おタマ駅長は?」

コクテツ「おタマ? ……あぁ、あの気持ち悪いオタマジャクシね。あんなの川に

     逃がしてきた」

       シテツはゴミでも捨ててきたかのような姉の態度に強いショックを

       受けた。

シテツ 「そ、そんな… だって、おタマ駅長はコク姉が……」

       シテツが消えそうな言葉を絞り出すと、今までモニターだけを見て

       いたコクテツがクルッと振り返った。

       この日初めてシテツに向けられたコクテツの目は冷たく鋭かった。

コクテツ「その呼び方、すぐに止めなさい」

シテツ 「えっ… よ、呼び方?」

コクテツ「あなたはいつまで私を『コク姉』なんて子供っぽい呼び方をするつもり

     なの、普通に『姉さん』で充分でしょ」

       些細な呼び方の指摘。しかし、それはシテツの中で音も無く大きな

       何かを粉々に粉砕していった。

シテツ 「わ… 分かりました、姉さん」

       コクテツは納得したように小さくうなずくと、再び体をモニターへ

       向けた。

       赤面したシテツは目元を抑えながら部屋を出て行った。




                          第十一話 ② へ続く…

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