第十一話 ~蝶々効果~ ②

-ビターバレー・市民ホール-


―― シテツがムレウマから戻ってから数日後


       駅の管理運営はコクテツや新規採用の霊人と機械が行い、デンシャ

       の運行も龍達が各々の判断で行うようになりシテツは新駅誘致の為

       に営業職に回っていた。


       この日もシテツは駅設立のための説明会を住民に行っていた。

シテツ 「ですから、デンシャが停まるようになれば他の場所から多くの人が来て

     この地域の活性化に」

住民A 「俺たちを追い出して他所者が来るって、良いわけないだろ!」

他住民 「そうだ! そうだ!」

       このように、どこの地でも住民達はシテツを侵略者のように扱い、

       時には罵詈雑言を用いてまで断固拒否を続けていた。

シテツ 「いえ… 立ち退いて頂くのは駅の周囲だけであって」

住民B 「その駅の周囲に当たるところに住んでんだけど、立ち退いた後で俺らは

     どこに住めばいいんだよ」

シテツ 「それはこちらで新しくご用意させて頂きます」

住民C 「だったら、そっちの誰も住んでないところに駅建てろよ!」

       巣を守ろうとする蜂の群れの中に放り出されたシテツに鋭い視線と

       言葉が次々と突き刺さっていった。




-オガサーラ島・浜辺-


       ティタが心配そうに砂浜から海を見ていた。

       すると、海面がせり上がり吾郎丸が姿を現した。

ティタ 「吾郎さん、ドレドが居ないの! 何か知らない」

吾郎丸 「ドレドなら旅に出ちゅうよ」

ティタ 「旅って… そんなの聞いてない!」

吾郎丸 「おまさんは連れて行けないとゆうちょった」

       納得がいかない様子で黙って視線を逸らしたティタの頭を吾郎丸が

       優しく撫でた。

吾郎丸 「こりゃあ遊びがやない、ドレドはおまさんが大事やき残したがや」



-駅前のコンビニ・店内(夜)-


       ビターバレーの説明会からの帰り道、いつものように心身ボロボロ

       になっただけで何の成果も上げられなかったシテツは夜食を買いに

       コンビニに寄っていた。

       棚のおにぎり全種類を一つずつ買い物カゴへ入れてレジへと行く。

バイト 「756カーネでーす」

       すぐに聞こえたバイトの青年の声にシテツはハッとした。

       彼の会計が驚くほど早かったわけではない、逆に彼女の知っている

       いつもの会計が遅すぎたのだ。

シテツ 「あっ、ああ… はい」

バイト 「はーい、千カーネからですね… 244カーネお返しでーす」

       お釣りとレジ袋を受け取ると、シテツは固まってしまった。

バイト 「…どうしたんすか?」

       レジの前から去ろうとしない彼女を心配して、バイトの青年は声を

       掛けた。

バイト 「お釣り間違ってました?」

シテツ 「いえ、その… いつもはレジ打ちがすっっっっっっごい遅いお爺ちゃん

     だったので」

バイト 「あ~、トロ吉さんね!」

       バイトの彼もお爺ちゃん店員の事は知っていたらしく、少し笑顔に

       なったがすぐに神妙な面持ちになり周囲をキョロキョロ見回した。

バイト 「ココだけの話なんすけど… あの人クビになったんすよ……」

シテツ 「えっ! ずっとやってたじゃないですか!」

       思わず声を上げたシテツにバイトの青年は人差し指を立てて静かに

       するように促した。

バイト 「すんません、静かにお願いします。…俺も驚きましたよ、あの人は有り

     得ないほど遅いだけで、仕事はメチャメチャできたんすよ。俺もココに

     入りたての頃は全部教えて貰いましたし… ただ、トロさんの動きじゃ

     効率が悪いって店長が」

       彼は黙って自分の首を切るジャスチャーをした。

シテツ 「効率… ですか」

バイト 「そう、だから俺もヒヤヒヤなんすよ。こんな風にお客さんと喋ってる所

     見られたら… 次はね」

       彼が苦笑いを浮かべると別の客が入ってきた。

バイト 「らっしゃーせー」

       彼は客に声を掛けると、シテツにチラリと視線を送った。

バイト 「あーしたー」

       彼は普通に会計を終えた客を送るように軽くシテツに頭を下げた。

       シテツも仕方なく彼に軽く会釈をして店を後にした。




-小さな公園(深夜)-


       誰も居ない公園でシテツはブランコに座り買ったばかりのおにぎり

       を食べていた。

       静まりかえった夜空の下、シテツのスマホの着信音だけがやたらと

       騒がしかった。

       食事を理由に応対しなかった彼女は最後のおにぎりを飲み込むと、

       仕方なさそうに鞄からしつこい騒音の元を取り出した。

       発信者は彼女の想像とは異なり、姉ではなくケイだった。

シテツ 「もしもし…」

ケイ声 「もしもーし、寝てた?」

       スマホ越しに聞こえてきたケイの元気な声にシテツは暖かな安心感

       を感じた。

シテツ 「いや、ちょっと出先で出れなかったの。ゴメンね」

ケイ声 「こんな時間に?」

シテツ 「うん、最近仕事の内容が変わってね」

ケイ声 「そっか…」

       電話の先のケイの声が少し沈んだものになると、少し間が開き彼女

       がついたため息をマイクが拾った。

ケイ声 「じゃあ… しばらく忙しいよね?」

シテツ 「う~ん、そうだね」

ケイ声 「久々に一緒に遊ぼうかって思ったんだけど… やっぱ、みんな忙しいよ

     ねぇ?」

シテツ 「うん… 私は厳しいけど、他のみんなはどうだろう? メイとか忙しい

     って言っても、発明とか実験で忙しいんじゃないの?」

ケイ声 「何言ってんの。学生じゃないアタシらはもう関係ないけど他のみんなは

     受験だよ。メイもQ太郎も高校の友達はみ~んな予備校通いで遊ぶ時間

     なんか1秒も無い状態だよ」

シテツ 「えっ… Q太郎も……」

       真面目なメイはともかく、人生を遊んで暮らしているようなQ太郎

       までもが受験勉強をしていると聞いてシテツは驚き思わずスマホを

       落としそうになった。

ケイ声 「そう。 ……やっぱ、暇なのなんてアタシだけか」

シテツ 「えっ、ケイが一番暇じゃないでしょ! 次のアルバムとか」

ケイ声 「解散した…」

シテツ 「…… 今、何て言ったの」

ケイ声 「ロートケプヒェンは解散。まだ公式には発表してないけど、現在は活動

     休止状態なの」

       目を見開いたシテツの手の中からスマホがスルリと滑り落ちた。

       ガッという鈍い音でやっと気が付いたシテツは慌ててスマホを拾い

       上げた。

ケイ声 「どうしたの! 大丈夫?」

シテツ 「アンタこそどうしたの! なんで解散なんかするの!」

ケイ声 「うっ…… そ… それは……」

       電話口からケイの声が途切れた。しばらくの沈黙の後再び彼女は

       弱々しく口を開いた。

ケイ声 「し… 仕方ないじゃん…… み、みんなが… 別々にやりたいって…

     ロートケプヒェンだけに縛られたくないって……」

       徐々に彼女の声には嗚咽が混じっていった。

ケイ声 「みんな… 腕が良いからさ…… 色々… 他のバンドとか… 色々…

     やったほうが…… みんなの… キャリアに……」

       ケイは泣いてしまい最後まで話すことができなかった。

シテツ 「…… ゴメン」

ケイ声 「…… … もう… 決まったから…… 音楽は… バンドは…… 遊び

     じゃないから…… ビジネスだから… 仕方ないよ……」

       「仕方ない」とは言ってはいるものの、電話越しの彼女の声からは

       悔しさと悲しさが辛いほど伝わってきた。

シテツ 「…… 今度、どこか遊びに行こう」

ケイ声 「……いつ?」

シテツ 「分からない…… けど、行こう」

ケイ声 「うん… ありがとう」

シテツ 「今日はゴメンね」

       謝罪の言葉を添えてシテツは自ら電話を切った。

       ケイの泣く声をもう聞きたくなかった。

シテツ 「ビジネスか……」

       シテツはブランコに立って乗り直すと大きく漕ぎ出した。

シテツ 「私、今まで何やってたんだろう… 仕事? 遊び?」

       彼女は後先のことなど考えず大きく漕ぎ続けた。

シテツ 「学校辞めて… デンシャに乗って… それから……」

       ブランコは可動範囲限界にまで達しようとしていた。

シテツ 「何もできてないや……」

       ブランコが宙高くまでシテツの身体を運んだとき、彼女はおもむろ

       に両手を放した。

       当然、彼女は仰向けのままで固い地面に向かって落ちていった。


       ブランコの周りだけ白っぽい土埃が立ち上っていた。

       シテツの体は暖かく柔らかい、それでいて力強い感触に包み込まれ

       ていた。

       彼女がチラリと目だけ動かすと、自分と地面の間に男性の体がある

       のが分かった。彼が滑り込んでシテツの体を受け止めたらしい。

       シテツが男性の顔を見ようと頭を動かすと、彼は右手を当てて顔を

       隠していた。

シテツ 「あの… どうして顔を隠しているんですか…」

ハ ル 「違えよ… 戻ってきたブランコが当たったんだ。 うぅ…」

       呻きながらゆっくりと手を退けた男はハルだった。

       彼は警察バッジを取り出し、それをシテツに見せつけながらニヤリ

       と笑った。

ハ ル 「いいか、お嬢ちゃん。自殺するときは周りに警官が居ないか確認しろ。

     じゃないとどんな手を使ってでも止められるぜ」

       彼はシテツの顔を見て何かに気が付いた。

ハ ル 「ってアンタ、デンシャの妹さんじゃないか! どうしたんだ、ロクでも

     ない男に騙されたか。話を聞かせてくれないか、そいつを豚箱か棺桶に

     ぶち込んでやるから」

       シテツの目からは自然と大粒の涙がこぼれ落ちた。

シテツ 「あっ… あ、あ、ありがとうございますっ!」

       シテツはそのまま彼の胸に顔を埋めた。すると、彼女の頬に涙では

       ない暖かい雫が落ちた。

       不思議に思った彼女が顔を上げると、ハルの鼻から大量の血が流れ

       落ちていた。

ハ ル 「ああ、スマン… 俺は気にしないで好きなだけ泣いてくれ」

シテツ 「いえ、そんなことできませんよ」

       シテツは彼から離れると、地面に落ちていたヒビだらけのスマホを

       手に取った。




-ハッピーイエロークリニック・診察室(深夜)-


       椅子に座ったハルの鼻に見るからに眠そうな先生がギプスをテープ

       で貼り付けていた。

先 生 「ほいよ。基本絶対安静、ただしフェイスガード等をを付ければその限り

     では無い」

ハ ル 「じゃあ作ってくれないか、映画とかの刑事よりも派手なアクションが俺

     の売りなんだ」

先 生 「お前、今何時だと思ってんだ? 診てもらっただけありがたいと思え」

ハ ル 「…… ま、そうだな」

       ハルは苦笑いを浮かべながら椅子から立ち上がった。

ハ ル 「どうも、助かったぜ」

       ハルは先生に親指を立ててから診察室を出て行こうとした。

先 生 「待て、お前は残れ」

       先生はハルと一緒に出て行こうとしていたシテツを呼び止めた。

シテツ 「何でですか?」

先 生 「またブランコに乗ったら今度は誰も助けねぇぞ。いいから今日はココに

     泊まっていけ」

       困惑しているシテツの肩をハルがポンと叩いた。

ハ ル 「俺もそう思う。それにあの偏屈先生の誘いだ、受けておけ」

シテツ 「分かりました…」




-クリニック・廊下(深夜)-


       ハルが診察室から出てくると、彼の目の前を何かが走り抜けた。

ハ ル 「危ねえだろっ!」

       彼が思わず怒鳴り声を上げると、廊下の角からフランがヒョコッと

       顔を覗かせた。

フラン 「ゴメンねー」

       一言だけ声を掛けると彼女はすぐに角に隠れた。

ハ ル 「…… どっかで見た顔だな」




-クリニック・診察室(深夜)-


       作業的にタバコを蒸かしている先生とおどおどした様子のシテツが

       向かい合って座っていた。

先 生 「アイツに礼は言ったか?」

シテツ 「い、一応……」

先 生 「そうか、今度菓子折でも持って行け」

シテツ 「はい、そうします」

       先生はタバコを消すと、すぐに次に火を付けた。

先 生 「お前、眠いか?」

シテツ 「いいえ… 何かしたいわけじゃないんですけど、眠くないです」

先 生 「そうか… 俺は眠い。スゲー眠い」

シテツ 「見て分かります… あの、私に合わせなくていいですよ」

       先生は指を振るようにタバコを振った。

先 生 「お前等よりも先約が居るんだよ… 正直、あの刑事を診たのはたまたま

     俺が起きている必要があったからだ」

シテツ 「こんな時間に?」

先 生 「密会ってヤツだ」

シテツ 「…… 愛人さんなら私居ない方が」

       先生はシテツにタバコの煙を吹きかけた。

先 生 「ば~か、だったらホテルで会うわ」

       シテツはタバコの煙にむせ返っていて、先生の言葉など耳に入って

       いなかった。

先 生 「…… でよ、お前どうしたんだ? 自殺なんか縁が無かっただろ?」

       狙ったように煙が消えたタイミングでポンと投げ掛けられた質問に

       シテツは固まってしまった。

先 生 「言いたくはねぇが… お前、病んでるよ」

シテツ 「いえ… べっ、別に私は… 私は……」

       否定しきれない事が先生の言葉を肯定していた。

先 生 「分かった。病んでる、病んでない関係無しに最近一番ショックだった事

     を言ってくれ」

シテツ 「……答えなきゃいけませんか」

先 生 「ああ、もう世間話は終わってる。これは診察だ」

シテツ 「そうですか… じゃあ…… 最近は多すぎて分かりませんが……」

       シテツが思い返してるうちに先生は新しいタバコに火を付けた。

シテツ 「姉さんが…」

先 生 「姉さん? コクテツのことか?」

シテツ 「えっ? そうですけど… あっ、もう『コク姉』って呼ぶなって」

先 生 「アイツが?」

       先生は目を丸くしてシテツを見ていた。

シテツ 「はい… その、コク…… 姉さんがおかしくなったんです」

       話を聞いてみたものの、全く理解できなかった先生は掌をシテツに

       向けて一度彼女を止めた。

先 生 「あのよぉ… お前の姉ちゃんがおかしいのは元々だろ? 悪化したって

     事でいいのか?」

シテツ 「いいえ、轍洞院コクテツがまともになったんです!」

       シテツがハッキリと言い放った言葉に先生は驚き、タバコが手から

       ポトリと落ちた事にも気付かなかった。

先 生 「う… 嘘だろ…… その、時期とか原因は分かるか?」

シテツ 「確か先週… 頭にネジが刺さってからです」

先 生 「頭に… ネジ……」

       彼の顔は少し青ざめていき、額には脂汗が滲んでいた。




-セルリアン家屋敷・アナの部屋の前(深夜)-


―― 同時刻


       立入禁止と書かれた札が掛かった扉の前、イーグルとAJは黙って

       室内の様子を伺っていた。

       固く閉ざされた扉の奥からはアナが子供のように大声で泣き叫ぶ声

       が途切れなく聞こえていた。

A J 「あんまりな仕打ちね…」

イーグル「あんな方だったとは思えんが……」

       二人はアナが泣いている理由を思い返していた。

A J 「一度は褒めておきながら、お嬢様の企画を散々罵倒したあげく… 更に

     業務提携の解除まで突きつけて来るなんて……」

イーグル「我々の上に立とうなんてな… しかし、それよりもだ…」

       二人は顔を見合わせた。

A E 「お嬢様を泣かせた事は絶対に許さない! 絶対に!」

       二人は再びアナの部屋の扉を見やった。




                          第十一話 ③ へ続く…

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