第七話 ~ハート メカニズム~ ②

―カンパネルラ高校・教室―


       ガラス片が床に散らばり、机や椅子が無秩序に転がっている教室。

       まだ涙が止まらないメイの肩を抱きかかえたシンが入ってきた。

       彼は近くにあった椅子を置き直してそれにメイを座らせた。

シ ン 「片付けは俺っちたちがやっとくから、ココで休んでな」

メ イ 「…… ごめん」

シ ン 「ええって。それより次作るモンでも考えときや」

       シンは彼女の肩をポンと叩き教室を出て行った。

       彼の姿が無くなると、メイはメガネを外し顔を両手で覆った。




―カンパネルラ高校・校庭―


ティタ 「無事で良かった… けど、女の子を泣かせるのはやり過ぎ!」

吾郎丸 「スマン… つい、熱くなってしもうた」

       荒れ果てた校庭の隅ではティタニアが吾郎丸に説教をしていた。

       そこへシンが歩み寄ってきた。

シ ン 「ども、お疲れっす! やっぱ、ごっついなぁマジで来られたら何もでき

     なかったぜ」

吾郎丸 「おまさんもなかなか良かったぜよ。ただ、ティタの前で負けるわけにゃ

     いかんからな」

       吾郎丸はシンに向けて触手を一本伸ばし握手を求めた、彼も力強く

       握り返し笑顔を見せた。

シ ン 「次があるか分からんけど、そん時はまたヨロシク。今はその前に片付け

     を手伝ってもらってええか?」

吾郎丸 「かまいやせん」




―カンパネルラ高校・教室(夕方)―


       シンが静かに教室へと入ってきた。

       彼はメイを座らせた椅子を見たがそこに彼女の姿は無かった。教室

       中を見回した彼は腕を組み黒板の前に立っている彼女を見つけた。

       彼女が見つめる黒板には数式や図面がビッシリと書かれていた。

       シンは苦笑しながら安堵の息をついた。

シ ン 「まだ泣いてるのかと思ったぜ」

       その声に気がついたメイはパッと振り返り元気な笑顔を見せた。

メ イ 「次の事を考えろって言ったのはシンだよ」

シ ン 「せやけど」

       シンはメイの隣に来て黒板を眺めた。

シ ン 「コレ、どうするん?」

       メイは何か言いたげだったが、ただ彼の顔を覗き込むだけだった。

シ ン 「ハイハイ… 作りたいんやろ」

メ イ 「うん」

       急に彼はクルッと振り返って教室を出て行こうとした。そして扉の

       前で立ち止まった。

シ ン 「とりあず、ウチ片付けるから帰るぜ。メイも一度帰ってお泊まり発明会

     の準備しとけよ」

メ イ 「うん、分かった」

シ ン 「準備できたら連絡せえ、迎えに行くから」

メ イ 「ありがとう」

       シンは軽く手を上げて教室を出て行った。




―シンの家・作業用倉庫 (夜)―


―― 二週間後


       大小様々な電動工具や何に使うか分からないような大型の機械など

       があちこちに置かれた広い倉庫の中、メイとカップ麺を持ったシン

       は椅子に座ったマネキンのようにとてもシンプルな外見をした人と

       同じくらいの大きさのロボットを眺めていた。

メ イ 「さっきの稼働時間は?」

シ ン 「2分48秒。このラーメン作ってもらってる間に機能停止」

       ラーメンをすする彼の横でメイは頭を抱えた。

メ イ 「データでは機械の異常はなく、ただの電力不足… 内部発電機と蓄電池

     をこれ以上大きくしたら、二足歩行のトドになっちゃうし…」

シ ン 「別に人型じゃなくてもええやん? 犬型やネコ型なら脚が多いから多少

     デカくてもきっと安定するぜ」

メ イ 「それじゃ手が使えないからラーメンも作れないよ」

シ ン 「せやな…」

       悩む二人の耳に屋根を叩く激しい雨音が入ってきた。

シ ン 「アカン、家の窓閉めてくる」

       シンは慌てて倉庫を飛び出した。

メ イ (とりあえず充電しておこう)

       一人残されたメイはロボットの背中に太いケーブルを繋いだ。


       絶え間なく叩き付ける激しい雨音の中、大きな雷鳴と小さな地響き

       が倉庫を襲った。その直後、照明や機械など全ての明かりが消えて

       倉庫内は暗闇に包まれた。

メ イ 「わっ! 嘘、停電?」

       突然光を奪われたメイは目の前のロボットに思わず抱きついた。

       静寂に包まれた倉庫内にブゥン…とモーター音が鳴り始めた。

メ イ (え? 起動した?)

       メイの予想通りロボットの目に光が灯った。

ロボット「ん? ココは何処だ…」

メ イ (勝手に喋った!)

       予想外の事態に彼女はロボットに抱きついたまま身を強張らせた。

       ロボットは真っ暗な倉庫内をキョロキョロ見回した。

ロボット「…… やっぱあの世か」

       ロボットは小さくつぶやくと何と無しにメイの方に顔を向けた。

       互いに目が合い二人は身をビクッとさせた。

ロボット「君、誰?」

メ イ 「あ… あなたを作った者」

ロボット「は?」

       ロボットは訳が分からないまま自分の手を見た。

ロボット「うぉ! 何だコレ! 俺なんでこんな手になってんだ!」

       メイは不思議と冷静にロボットのリアクションを見ていた。

メ イ 「あなた、元々は別の体があったの?」

       ロボットは小さくうなずくとメイの姿をあらためて見た。

ロボット「ああ、君みたいな体だった」

メ イ 「そう…」


       倉庫内に再び明かりが灯り、二人の姿がハッキリと確認できるよう

       になると、二人はしばらく互いに見つめ合った。

ロボット「うわぁ! 手だけじゃねぇ!」

       ロボットは不意に自分の体を見て取り乱した。

       メイは状況の整理とロボットを落ち着かせるために質問をした。

メ イ 「落ち着いて。ボクはメイ・サッチャー、あなたの名前は?」

ロボット「俺? 俺は川越 蓮」

       彼女の思惑通り、川越 蓮と名乗ったロボットは自分の身体のこと

       を忘れ質問に答え始めた。

メ イ 「カワゴエ・レンさん。何か他に覚えてることはある? 例えば、その体

     になる前で最後にしていたこととか」

蓮   「最後? え~っと… そのぉ……」

       蓮は急に口をつぐんでしまった。

メ イ 「まさかとは思うけど… 自殺でもしたの?」

       彼は黙ったまま小さくうなずいた。

メ イ 「やっぱり…」

蓮   「やっぱりって…… あっ! やっぱ、俺死んでるの!」

メ イ 「自殺したんだから、そう考えるしかないね」

       蓮は別に驚いた感じを見せず、むしろ不満そうに首をかしげた。

連   「なんかビミョーだな… 体は別として、意識はハッキリしてるから全然

     死んだ感じがしないんだけど」

メ イ 「そんな人も居るみたい。生きてる感覚のまま人間界から霊界へ来る人」

       雨に濡れたシンが倉庫へ入ってきた。

シ ン 「メイ、大丈夫やったか?」

メ イ 「うん」

       シンは起動しているロボットに気がついた。メイはそんな彼に困り

       顔を見せた。

メ イ 「ちょっと訳ありなんだ…」

       彼女はシンと蓮を向かい合わせた。

メ イ 「お互い分からない事だらけだから、互いの自己紹介を兼ねて状況を確認

     しよう」


―― 数十分後


       向かい合った三人はそれぞれ腕を組んで神妙な顔を見せていた。

シ ン 「レン君、俺っちはメイと違ってオカルティーな話は全く分からんから何

     も言えへんな」

蓮   「ですよね…」

シ ン 「でも、体はどうあれアンタを新しくこっちへ来た一人の霊人として見る

     ことはできるぜ」

       シンはスッと右手を前に差し出した。

シ ン 「ま、ヨロシク」

蓮   「こちらこそ、よろしくお願いします」

       蓮は差し出された手を取り固い握手を交わした。

シ ン 「痛えっ!」

       蓮は慌てて手を放した。




―シンの家・居間(朝)―


       小さなあくびをしながらパジャマを着たメイが障子戸を開け、和風

       な居間に入ってきた。

メ イ 「おはよう」

       彼女が声を掛けた先には、シンと蓮が卓袱台を挟んで座っていた。

シ ン 「オッス! 夕べはレンの調整お疲れ」

蓮   「おはよう。ゴメンな、遅くまで付き合わせて」

メ イ 「気にしないで、あのままじゃあなたも不便だったと思うから」

       メイは二人の間にチョコンと座った。

シ ン 「そんで、今レン君と話してたんやけど。彼にはココに住み込みで俺っち

     の手伝いをしてもらう事になった」

メ イ 「どうして?」

シ ン 「充電器がココにしかないから。それにデータ収集にも都合がええやろ」

       メイは蓮の顔を覗き込んだ。

蓮   「俺はそれで構わないよ。俺のことを分かってくれてる二人の近くに居る

     方が安心できるし」

メ イ 「そう」

       シンが席を立った。

シ ン 「朝飯、納豆やけど」

メ イ 「他の無い?」

シ ン 「ハイハイ… シャケ焼くわ」

       彼はそのまま居間を出て行った。

       残された二人は無意識に互いの顔を見ていた。

蓮   「納豆嫌い?」

       急に彼に問いかけられてメイはとっさに目をそらした。

メ イ 「ちょ… ちょっとだけ」

       彼女の反応を見た彼は嬉しそうに笑った。

蓮   「俺もアレ大っ嫌いなんだ。あの匂い嗅がなくて済んだからありがとな」

メ イ 「お礼なんか言われても」

       最初は困り顔を浮かべていた彼女もふふっと笑った。

蓮   「どうしたんだ? 急に笑ったりして」

メ イ 「だって、その体じゃ納豆なんか食べないでしょ」

       蓮は思い出したように自分の体を見た。

メ イ 「そうだ、今日はシンの手伝いは休んでその体を慣らそうか。彼にはボク

     が言っておくから」

蓮   「その方が助かるかも、ありがとう」

       焼き鮭の香ばしい香りと共に、メイの食事を持ったシンが台所から

       戻ってきた。

シ ン 「話は聞かせてもらったぜ。その件に関してはOKや」

メ イ 「本当? ありがとう」

シ ン 「ただ、どうするつもりなん?」

       彼はメイの前にご飯と焼き鮭を置いた。

メ イ 「普通に街を散歩するつもり。レンさんはこっちのことを知らないと思う

     から、霊界の案内も兼ねてね」

       彼女は小さく手を合わせてからご飯を食べ始めた。




―シンの家・玄関(朝)―


       パジャマから涼しげなワンピースに着替えたメイが玄関に座り込ん

       で靴の紐を結んでいた。

メ イ 「お待たせ、行こう」

蓮   「ああ」

       蓮は彼女の手を引いて立ち上がらせた。

シ ン 「なぁ、レン君。人間界には服を着る文化が無いんか?」

蓮   「えっ? いや、向こうでも服は着てましたよ」

シ ン 「その体なら隠すとこは無いかも知んないけど、全裸だぜ」

蓮 メイ「あっ…」

       シンに言われてハッとした蓮は自分の体を見つめていた。

       メイも顔を赤らめ彼の体から目を逸らした。

シ ン 「気づいてなかったんか… ま、俺っちの貸してやるよ」




―ツチノコバス停(朝)―


       メイと派手なアロハシャツとハーフパンツに身を包んだ蓮がバス停

       に並んでいた。

メ イ 「来た」

       彼女の視線の先に陽炎の向こうからこちらへ向かってくるツチノコ

       バスの姿があった。

       しかし、ツチノコを初めて見た蓮にとってはその存在は恐怖でしか

       なかった。

蓮   「何だアレ!」

メ イ 「あれがツチノコバス」

       バスは分かる。ツチノコは分からない。蓮は混乱して何も言えなく

       なっていた。

       やがて、ツチノコがバス停に止まり。胴体に大きな穴を開けた。

ツチノコ「お待たせしました」

       目の前にある現実離れした光景に蓮は呆然と立ち尽くしていた。

メ イ 「大丈夫だよ」

       彼女の声が聞こえると、何もかもが分からなくなっていた蓮の視界

       の中にハッキリと分かる存在が見えた。

       彼女はツチノコの中に半身乗り込みながら蓮に向かって手を差し出

       していた。

       彼は弱い磁力で引かれるようにその手を取った。




―イストシティ駅・プラットホーム―


       出発待ちのトーマス頭の横で轍洞院姉妹が立ち話をしていた。

メ イ 「こんにちは」

       メイに声を掛けられた二人は揃って彼女に微笑んだ。

シテツ 「あっ、メイちょうど良かった。明後日って予定空いてる?」

メ イ 「うん、空いてるけど」

シテツ 「じゃあさ、一緒にシュガーマウンテン行こうよ」

メ イ 「それってケーキバイキングのお店だっけ、ボクはいいけど…」

       メイはチラリと蓮を見た。

コクテツ「その人、メイちゃんのお友達?」

       コクテツの質問に蓮はビクッとした。

メ イ 「ハイ、人間界から来たカワゴエ・レンさんです」

蓮   「は、初めまして」

       緊張で堅くなった蓮にコクテツは優しい笑顔を向けた。

コクテツ「初めまして。私は轍洞院 コクテツ。んで、隣のケーキのことで頭の中

     がいっぱいなのが妹のシテツ」

       シテツは姉の紹介に対して一瞬ムスッとしたが、すぐに蓮に笑顔を

       見せた。

シテツ 「よろしくね」

蓮   「よ、よろしく」

コクテツ「あっ、あと後ろに居るのがデンシャのトーマス」

       コクテツに紹介されトーマスは頭を持ち上げ蓮を見下ろした。

トーマス「ガウ」

       ツチノコ以上に現実離れした存在を見てしまった蓮の体は瞬間的に

       恐怖で動けなくなった。

蓮   「(震えた声)電車は龍かよ……」




―トーマスの中―


       二人は横に並んで座りトーマスの走りに身を揺らしていた。

蓮   「あのさあ…」

メ イ 「何?」

蓮   「こっちって車無いの?」

メ イ 「車… ああ、輸送用の機械の事だよね。それなら必要無いよ」

蓮   「なんで? この龍はともかく、あのツチノコよりは車の方が速いと思う

     けど」

       彼の質問にメイは困ったように笑った。

メ イ 「ボクたちじゃまだ心のある機械が作れないから。大事なことはそんな物

     を使うより他の生き物たちに協力してもらう方が安心できるんだ」

蓮   「心のある機械…」

       蓮は思わず自分の手を見た。その手をメイが掴んだ。

       驚いた彼が彼女の顔を見ると、二人の目が合った。

メ イ 「レンさんは機械じゃないよ。体はそうかもしれないけど、心はレンさん

     のものだよね」

       彼はメイから目を離し自分の胸の辺りを見ていた。

蓮   「うん… そう思う」

       メイはゆっくりと彼の手を下ろさせた。

メ イ 「ボク、本当の体のレンさんを見てみたいな」

蓮   「それは無理じゃないかな…」

       うつむいたまま答えた彼と同じようにメイも少し視線を落とした。

メ イ 「ボクがなんとかするから」

       彼女がつぶやいた言葉に蓮は顔を上げて彼女を見た。

       メイもチラリと彼の顔を下から覗き込んだ。

メ イ 「人間界に行くのが、ボクの夢なんだ。だから、今は人間界の物事を勉強

     して向こうの物を作ってみたりしてるんだけど…… いつかは向こうと

     行き来できる装置を作りたいんだ」

       彼女は顔を上げ蓮の顔を真っ直ぐに見た。

メ イ 「それが完成したら、レンさんにボクと一緒に来て欲しいな。その時に、

     本当の姿のレンさんに会えるかもしれないから」

       蓮は彼女の視線に耐えられずに顔を逸らした。だが、何度も小さく

       うなずいていた。

蓮   「じゃあ、その時は今日の逆で俺が人間界を案内するよ」

メ イ 「本当! 約束だよ」

蓮   「ああ、約束する」

       二人はいつの間にか指を絡ませ手を繋いでいた。




                           第七話 ③ へ続く…

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