その2 ~ざくろ「ボクも本当に幽霊を見た事がある」~

―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       激しく打ち付ける雨の音。

       暗闇に閉ざされた部屋の中央で一本だけ明かりが灯った蝋燭を挟ん

       で姉妹が向かい合って座っていた。

コクテツ「これは… 私の友達の友達が知り合いのネトゲ仲間から聞いた話なんで

     すが… あるビッチ… もとい、普通の若い女性が望まぬ妊娠をしてし

     まったそうです……(中略)」

       蝋燭の明かりで顔だけが浮かび上がったコクテツは怯えるシテツに

       虚ろな目で怖い話をしていた。

コクテツ「…… 彼女は泣きやまない少年に今度は「お母さんはどこ?」と聞いた

     そうです… すると、今まで何を聞いても泣いていた少年がピタッと泣

     き止み、彼女を見て答えたそうです…


     お前だーっ!」

シテツ 「ギャーッ!」

       最後でゴリ押しの彼女の語り口にシテツは身を丸めた。

シテツ 「(涙声)もう止めようよぉ……」

コクテツ「何言ってんの、せっかくの停電なんだから楽しまなきゃ」

       コクテツが意地悪そうに笑った直後、眩い閃光が部屋に広がり轟音

       が空気を揺らした。

       シテツは声も上げられず身を竦めた。

コクテツ「今のは近くに落ちたね… ちょっと見てくる」

       彼女は燭台を手に取り窓の方へ向かっていった。

シテツ 「ちょ! 明かり持っていないでよ!」

コクテツ「だって、暗くて見えないんだもん」

       シテツに呼び止められたコクテツが窓の方へ歩き出そうとした時、

       再び雷が瞬いた。すると、彼女の手から燭台がスルリと落ちた。

シテツ 「危なっ!」

       慌てて燭台を拾い上げたシテツは姉を注意しようと彼女の顔を蝋燭

       の明かりで照らして覗き込んだ。そこに浮かび上がったのは、目を

       見開き強張った彼女の顔だった。

シテツ 「どうしたの…」

コクテツ「窓の外… 誰か居た……」

       彼女の言葉にシテツは恐る恐る振り返って窓を見た。

シテツ 「こ… こんな嵐で人なんか……」

コクテツ「本当に居たんだって、レインコート着た人が」

シテツ 「レインコート?」

コクテツ「フード被ってた」

シテツ 「それって… あっちの人よりヤバい生身の奴じゃない……」

       姉妹が窓の外の存在について話していると、雷が落ちた。

       その瞬間、彼女たちは窓の外に立つフードを被った人影をハッキリ

       と目に焼き付けた。

姉 妹 「うわぁぁぁぁ!」

       二人は突発的に抱き合い、窓の外を凝視した。


       バン バン バン!


       外に立つ者は窓を叩き始めた。

シテツ 「窓叩いてるよ、どうしよう…」

コクテツ「どうしようって… とにかく開けちゃダメ!」

       彼女たちの恐怖と比例するように窓を叩く音はどんどんと大きくな

       っていった。


       バンッ! バンッ! ……


       突然窓を叩く音が止んだ。

シテツ 「諦めた…」


       ガシャーン!


       甲高い音が、窓のガラスと共に二人の平穏を叩き割った。

シテツ 「入ってくるっ!」

       その瞬間、コクテツはシテツを庇うように身を入れ替えて窓の前に

       立った。

ケ イ 「すいませ~ん。ガラス弁償するんで、入れてください」

コクテツ「ケイちゃん?」

       聞き覚えのある声に姉妹が恐る恐る窓へ近づくと、割れたガラスの

       向こうにずぶ濡れのケイの姿があった。




―轍洞院家・玄関(夜)―


       蝋燭の明かりの下、心配そうに見つめる姉妹の前でケイは頭巾の裾

       を絞っていた。

シテツ 「こんな時間… というか、こんな時にどうしたの?」

ケ イ 「ちょっと泊めてほしくてさ」

シテツ 「なら、普通に玄関から来てよ」

       彼女の言葉にケイは少しムッとした。

ケ イ 「最初はそうしたよ。でもピンポンも鳴んないし、ドアを叩いても誰も来

     ない。んで、留守かなって思ったら明かりが見えたから中を見て呼んだ

     んだけど、二人ともシカトするんだもん。困ったのはこっちだよ」

コクテツ「ああ、停電してるからインターホン使えないし、雨の音でケイちゃんの

     声も聞こえなかったんだ。ゴメンね」

シテツ 「あと、コク姉が怖い話してたから余計に警戒しちゃったよ…」

       三人が事の始終について話していると、消えていた電気がついた。

コクテツ「おっ、復旧したね。じゃあ、何か暖かい物用意するよ」

       コクテツはずぶ濡れのケイを家の中へと招き入れた。



―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       コクテツの部屋着を借りて着替えたケイはドライヤーで被ったまま

       の頭巾を乾かしていた。

シテツ 「それで、何で急に泊まりに来たの」

ケ イ 「えっとねぇ… それは…」

       シテツに問いかけられケイの手が止まった。

ケ イ 「…… 人間が出た」

       彼女がボソッと口にした言葉に姉妹は固まった。

ケ イ 「嘘じゃない! 本当だって、本当に人間が出たの!」

シテツ 「いや… 信じてない訳じゃないけど……」

コクテツ「ケイちゃんって人間が見えるタイプなの?」

ケ イ 「いいえ、初めてですよ。でもハッキリと見たんです」

       ケイは静かに目を閉じた。




―回想 ケイのアパート・ケイの部屋(夜)―


       段ボールだらけの広めのワンルーム。

ケ イ 「荷物は明日でいっか… 寝よ」

       彼女は積まれた段ボールの中から布団を探し始めた。

ケ イ 「やっべ… どれに入れたっけ」


       カチャン…


       彼女が布団を探していると、玄関から鍵を開ける音が聞こえた。

ケ イ (大家さんかな?)

       彼女はチラリと玄関に目をやった。

       すると、ドアノブが回りゆっくりとドアが開き始めた。

ケ イ (ヤバい、勝手に入ってくるって大家さんじゃない!)

       危険を感じた彼女はとっさにクローゼットの中へと逃げ込んだ。

ケ イ (あぁ… チェーン掛けとけば良かった……)

       少しだけ戸を開け部屋の中を覗いていると、全身ずぶ濡れのスーツ

       姿の男が入ってきた。

男   「はぁ~、疲れた」

       男はスーツを脱ぎ下着姿になると視界の外に消えた。

ケ イ (何アレ… 何でアタシの部屋に居るの)

       目の前の光景が全く理解できず、怖くて少しも動けなかった彼女の

       耳にシャワーの音が入ってきた。

ケ イ (今なら… 行ける!)

       彼女はクローゼットを飛び出して、そのまま走って部屋から逃げ出

       した。




―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


ケ イ 「という事があって…」

       話したケイ自身よりも、聞いていた姉妹の方が青ざめて身を強張ら

       せていた。

シテツ 「超ヤバいじゃん、それ」

コクテツ「とりあえず無事で良かったよ。警察には言った?」

       ケイは首を小さく横に振った。

ケ イ 「いいえ、アレは普通の人じゃないと思うんですよ。だから人間だって言

     ったんです」

コクテツ「何で?」

ケ イ 「アタシの家に忍び込むのって、お金かアタシが目当てですもん。でも、

     そんな素振り全然無かったから」

シテツ 「お金はともかく、ケイ目当てって…」

ケ イ 「アイドルだし、ストーカーには何度か遭ってるよ」

コクテツ「経験則からなら、間違いなさそうだね」

       コクテツはケイの前に暖かいお茶を差し出した。

コクテツ「ウチは泊まってもらって構わないから、気にしないでね」

ケ イ 「すみません」

コクテツ「じゃ、ケイちゃんのお布団用意してくるから」

       彼女はケイの肩をポンと叩くと部屋から出て行った。

シテツ 「それで、どうするの?」

ケ イ 「どうしよう… 引っ越したばかりで、また引っ越したくないし」

       ケイは腕を組んで静かに今後の事を考え始めた。

ケ イ 「とりあえず… あの部屋を奪還する!」

シテツ 「どうやって?」

ケ イ 「どうしようか?」

       シテツは大きなため息をついた。

コクテツ「お布団できたよ~」

ケ イ 「ありがとうございます」

       コクテツはケイの隣に座った。

コクテツ「それで、どうするの?」

ケ イ 「まずはあの部屋を奪還します」

シテツ 「やるってだけで、何もプランは無いけどね」

       コクテツはケイに出したお茶を飲み始めた。

コクテツ「それなら、なんとかできそうな人知ってるよ」

ケ イ 「本当ですか! さすがコクテツさん」

       シテツはハッと何かを思い出した。

シテツ 「そっか、その手が有ったか!」

ケ イ 「じゃあ、その助っ人さんにお任せするよ」




―ケイのアパート近くのツチノコバス停―


       バスの到着を待っているシテツとケイ。

シテツ 「ケイの家ってウチから結構遠いんだね」

ケ イ 「正直、あの嵐は死ぬかと思った」

       ツチノコがのそのそとバス停にやってきた。

       バス停に止まるとツチノコの脇腹に大きな穴が開き、中から大型の

       掃除機のような機械を背負ったメイが降りてきた。

シテツ 「来てくれてありがとう」

メ イ 「いいよ。ボクとしても今日は楽しみだったから」

ケ イ 「久しぶり! 元気だった?」

メ イ 「うん、あなたも元気そうでなによりだね」

       シテツはツチノコがこちらを見ているのに気がついた。

シテツ 「あっ、私たち乗りません」

ツチノコ「分かりました」

       ツチノコはバス停からのそのそと去って行った。

シテツ 「コク姉は乗ってなかった?」

メ イ 「うん、てっきりそっちで待っているものだと思ってたけれど」

       シテツは大きく肩を落とした。

シテツ 「こんな時にどこ行っちゃったの……」

ケ イ 「まぁ、ウチの場所は教えてあるしそのうち来るよ」

シテツ 「うん、メイが居ればいいから先に行こうか」

       三人は揃って歩き始めた。




―ケイのアパート・外―


ケ イ 「その機械って人間退治用のヤツ?」

メ イ 「うん、まだ試作段階だけど」

       三人が話しながらアパート前にやってくると、既にコクテツが待っ

       ていた。

コクテツ「遅~い」

シテツ 「遅いって、仕方ないじゃん。メイを迎えに行ってたんだから」

       コクテツはメイに気がついた。

コクテツ「あっ、メイちゃん久しぶりだね」

メ イ 「ご無沙汰しています」

コクテツ「今日はどうしてきたの?」

メ イ 「えっ? 人間退治を頼まれてですが」

コクテツ「え? 頼んでないよ」

       互いに困り顔を浮かべているコクテツとメイの間にシテツが割って

       入った。

シテツ 「私がお願いしたの。って、メイ以外に人間がらみの問題を解決できる人

     なんていないでしょ」

       コクテツはアパートを指さした。

コクテツ「現場見たいからって先に部屋に行ってる」

シテツ 「誰呼んだの!」

コクテツ「プロ呼んだ」

メ イ 「プロの方ですか! ぜひお目にかかりたいです」

コクテツ「じゃ、行こうか」

       目を輝かせたメイとコクテツに続いて一行はケイの部屋へと向かっ

       ていった。

       すると、彼女の部屋の前にはふて腐れて座り込んでいるドレドの姿

       があった。

ドレド 「あっ、コク! 鍵持ってる?」

コクテツ「ううん。でも、家主が来たから開けられるよ」

       ドレドはスッと立ち上がるとコクテツ以外の三人を見た。

ドレド 「初めまして、予はドレド・ノト。オガサーラ島のシャーマ…」

シテツ 「うわぁ、出たぁぁぁぁ!」

       いつも通りリアルな髑髏の化粧を施したドレドの顔を見たシテツは

       叫びながら逃げ出してしまった。

       残りの二人はドレドの顔より彼女が逃げ出した事の方に驚いた様子

       だった。

ドレド 「…… アレが予の期待通りのリアクションだったんだけど、君たち二人

     は平気そうで嬉しいというか、寂しいというか…」

メ イ 「すみません。ボクの場合はもっとエグい物を見慣れているので」

ケ イ 「アタシも人間を見たばっかだから」

ドレド 「人間? じゃあ、君がここの家主だね。悪いけど、鍵を開けてくれない

     かな?」

       ケイは驚いた様子でドアの前に行き、何度も開けようとしたが鍵が

       掛かっていた。

ケ イ 「アタシ鍵掛けてないけど…」

ドレド 「そこは後で説明するよ。とりあえず開けてくれないかな」

ケ イ 「分かりました」

       ケイは頭巾の中から鍵を取りだし開けた。

コクテツ「その頭巾便利だね!」

ケ イ 「大事な物はここにしまうんです」

コクテツ「なるほど、私も頭巾被ろうかな」

ケ イ 「コクテツさんなら、黒頭巾なんかどうです?」

コクテツ「それって忍者じゃない?」

       ケイがドアを開けると逃げ出したシテツ以外の面々は中へと入って

       いった。




―ケイのアパート・ケイの部屋―


       ビーッ! ビーッ!


       四人が部屋に入るなりメイの懐からけたたましいアラームの音が鳴

       り始めた。

ケ イ 「何の音?」

メ イ 「確認する」

       彼女はブレザーの内ポケットからタバコの箱ほどの機械を取り出し

       て目を落とした。

メ イ 「…… 酷いね。磁場も電場も変な数値を出してる。でも、放射線が無い

     だけマシなのかな」

ドレド 「へぇ、よく分かんないけど面白い物持ってんだね。それなら誰でもこの

     部屋が普通じゃないって分かるね」

ケ イ 「この部屋ヤバいの?」

       メイとドレドは揃ってうなずいた。

ドレド 「君はどう思う?」

       ドレドはニヤリと笑いメイを見た。

メ イ 「ここは「スポット」と呼ばれる物ではないでしょうか」

ドレド 「ゴメン、予がそれ分からない」

メ イ 「在ると仮定して、霊界と人間界の壁が何らかの原因で薄くなってしまい

     双方の境界が曖昧になっている場所や空間の事です」

       ドレドは嬉しそうに何度も大きくうなずいた。

ドレド 「うんうん。予もそうだと思う」

ケ イ 「つまり… どういう事?」

ドレド 「簡単に言うと、ここは半分人間界になってるって状況。君が見た人間は

     向こうからこっちに来たんじゃなくて、向こうに居るのを君がこっちか

     ら見てしまっただけ」

ケ イ 「じゃあ、別に害は無い?」

       ドレドとメイは同時に首を横に振った。

メ イ 「むしろ危ない。この空間の主導権が霊界と人間界どちらにも無いから、

     双方が干渉可能になってるんだ」

ケ イ 「えっと… つまり…」

ドレド 「その人間に殴られたら死ぬし、レイプされたら孕むって事」

ケ イ 「うわ、それ最悪!」

コクテツ(よっちゃんって、どストレートに言うな…)

       メイとドレドは互いに見合い何も言わずにうなずいた。

メイドレ「一刻も早く、この部屋から出て行く事をお勧めします!」

       二人は一言一句ピッタリとそろえてケイに提言をした。

ケ イ 「…… 分かったよ」

       ケイは大きなため息をついた。

ケ イ 「分かったけど、今出て行ってもどこに住めばいいの」

コクテツ「ウチでいいじゃん」

ケ イ 「う~ん… そうですね、しばらくはお世話になります」

       ケイは部屋中に積まれた段ボールを見た。

ケ イ 「また引っ越し屋頼むのは面倒だから、コレは自力で運ぶか」

コクテツ「一日で行ける?」

ケ イ 「数日に分けますよ」

ドレド 「なら、予がボディーガードとして付いているよ」


―― 数日後


       窓の外は雨がしとしと降っていた。部屋にはまだ多くの段ボールが

       残っていた。

ケ イ 「今日は運べないかな…」

ドレド 「コレって何が入ってるの?」

ケ イ 「アタシのイベントで販売するグッズ。ポスターとか」

       ドレドが乾いた笑いを浮かべると玄関先で物音がした。

ドレド「帰ってきた、隠れて!」

       ドレドとケイは開けっぱなしのクローゼットに入り戸を閉めた。

       戸を少し開け部屋の様子を見ていたドレドは手を奥に向け払いケイ

       に合図を送った。

ドレド 「こっち来てる、奥へ行って」

       二人はクローゼットの奥にうずくまった。

       その時、戸が開き男が中を見回した。しかし、すぐに首をかしげて

       戻っていった。

ケ イ 「バレなかった?」

       ケイの問いにドレドはニヤリと笑った。

ドレド 「どうやら今は霊界の影響力の方が強いみたい。運が良かったよ」

ケ イ 「どういう事?」

ドレド 「こっちの姿は相手に見えない状態って事」

ケ イ 「私たち無敵モードなの!」

ドレド 「過信はしちゃダメ、音とかこの部屋自体の変化とか、両方の世界で共通

     なものは気づかれるから注意して」

       ケイは黙ってうなずいた。

ケ イ 「この状態がいつまで続くか分からないけど、今が荷物を運び出す最大の

     チャンスかも」


―― 数日後


       廊下を走るケイをドレドが両手を広げて止めた。

ドレド 「音を立てちゃダメ!」

ケ イ 「でも急いだ方がいいんでしょ」

ドレド 「穏便に進めるのが第一。最近あの人間もこっちに気がついてるみたいだ

     から慎重に」

ケ イ 「はぁい…」


―― 数日後


       最後の一箱を前に一息ついている二人。

ケ イ 「長かった…」

ドレド 「これで最後だね」


       カチャッ…


ドレド 「帰ってきた」

       二人は急いでクローゼットの中へと駆け込んだ。

       ドレドは隙間から部屋を覗くとすぐに慌てて戸の前から離れた。

ドレド 「バレてる、こっちに来る」

       彼女の慌てた様子にケイも動揺して、狭いクローゼットの中で転ん

       で壁に頭を打ち付けてしまった。

ケ イ 「痛たた…」

       彼女の額からは血が流れていたが、ドレドは彼女を奥に座らせると

       顔を伏せさせた。

ドレド 「ゴメン、手当は後で」

       ケイに一声かけると、自らも少しでも見つからないように体を小さ

       く丸めた。


       ガラッ…


       クローゼットの戸が開いた音がした。

       しかし、前とは違い二人がいくら待っても閉まる音はしなかった。

ドレド (今回は見えてるのかな…)

       状況を確認するためにドレドは意を決して顔を上げた。

       その先に彼女が見たもの。それは口をパクパクと動かしている青ざ

       めた男の顔だった。

ドレド (ヤバっ… 目が合っちゃった……)

       その瞬間、ドレドの体に力が入ったのを隣のケイは感じて彼女も顔

       を上げた。男と目が合った彼女は頭が真っ白になった。

ケ イ 「出てって… 出てって… 出てって…」

       パニックに陥った彼女は呪文を唱えるように男に何度も何度も声を

       掛けた。しかし、男はその場にじっと動かなかった。

ケ イ 「出て行けぇ!」

       彼女は叫びなから立ち上がった。

       すると、男はスッと体を引っ込めた。

       放心状態の二人は互いの手を取り合いながら恐る恐るクローゼット

       から出た。

       そこに男の姿は無かった。

ケ イ 「もう嫌! 今日ここ出て行く!」




                       〈サブストーリーその2 終〉



















 これは私がつい先日体験した事です。


 仕事の都合で引っ越しをしたのですが。その部屋は比較的新しい物件でワンルームながら広いものでした。しかし、交通の便があまり良くないということで家賃が安く、見に行った際に即決したものでした。


 引っ越してから数日後、自転車通勤をしている私は帰宅途中に突然の大雨に降られて全身ずぶ濡れになりながら部屋へと戻りました。

 部屋へと戻った私は違和感を感じました。圧迫感というか、部屋が少し狭く感じたのです。しかし、その時は大雨の中を走った疲れによる物だと思い、気にする事も無くシャワーを浴びてすぐに寝ました。

 しかし、夜が明けてもその違和感は消えていませんでした。今思うとあの時に気がついていれば…


 それから、部屋の圧迫感は徐々に消えていきました。私はやはり疲れによる物だったと安心しました。

 部屋の違和感を気にしなくなってから数日後、私はある事に気がつきました。部屋に備え付けのクローゼットの戸がいつも少しだけ開いているのです。最初は立て付けが悪いのだと考えていましたが、雨続きのある日、私は湿気を溜めないためにその戸を開けたまま出かけました。

 すると、帰ってきたときその戸が閉まっていたのです。そう、同じように少しだけ隙間を空けて。

 私はすぐに中を調べましたが。特に変わった事も無く、その日は気味が悪くなったので忘れるためにすぐに寝る事にしました。


 しかし、あの日を境にこの部屋に居る何かが活発に活動するようになったようでした。誰も居ない廊下から足音が聞こえたり、玄関の鍵が開いていることも起こるようになりました。

 何よりも、部屋に居る時は常に視線を感じるようになりました。あの少しだけ開いたクローゼットから。


 この度重なる奇妙な出来事を誰に話しても信じてもらえず、私は精神的に追い込まれていきました。

 そんな時、今思うと自棄になっていたのでしょう。私はあのクローゼットをもう一度調べようと思いました。


 仕事から帰り、気味の悪い視線を感じながら私はすぐにクローゼットに向かい少しだけ開いた戸を思いっきり強く開けました。そして、中を見ると……


 そこには赤く染まったフードを被った女と、その女の娘らしき少女がうずくまっていました。

 私はそんな者が居るとは思っていなかったので、恐怖で体が動かなくなり、ただクローゼットの中の二人を凝視していました。すると、顔を下に向けていた少女がこちらを見ました。


 彼女の顔に皮膚は無く、剥き出しの頭蓋骨に目玉だけが残っている状態でした。


 すると、フードの女の方も顔を上げ、血まみれの顔を私に向けて睨み付けてきました。


「デテイケ… デテイケ… デテイケ…」


 非常に小さな声でしたが女は何度も「出て行け」と言っていました。私は当然逃げたかったのですが、恐怖で足が全く動けませんでした。


「出て行けぇ!」


 女が声を荒げ立ち上がった瞬間、私は尻餅を突き倒れました。その後は、ただ必死に部屋から逃げ出した事しか覚えていません。


 翌日、私は会社を休み部屋を引き払いました。今もあの部屋に彼女たちが居るのかは分かりません。




                    〈サブストーリーその2 本当に終〉

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