第六話 ~矛盾性運命論~ ③

―クリニック前―


スパイク「ちくしょう……」

ハ ル 「何苛立ってんだよ」

スパイク「最後にお前と意見が合っちまったことだよ」


スパイク「俺は彼女の代わりを拒んだ。あの時、どうして代わってやれなかったん

     だって考えてたんだ」

ハ ル 「今からでも遅くねえぞ」

スパイク「いいや。俺の場合、今はその時じゃないって思ってる。隣に正義の悪党

     が居る限り、そいつを自由にさせないためにな」




―クリニック・診察室―


先 生 「どうだ、少しは落ち着いたか?」

レ イ 「私… 死ぬんですよね…」


先 生 「端折って言うとそうだ」

レ イ 「どう死ぬんですか…」

先 生 「生きたまま死んでもらう」

レ イ 「……。 ごめんなさい、意味がよく分からないです」


先 生 「あの小娘からお前へ死の対象が移った方法論の応用編だ。お前は死ぬ。

     しかしぃ… 別のよく似た誰かとして生きる」

レ イ 「別の誰か…」

先 生 「そう、お前の今までの人生も何もかもを俺とジャクリーンが再構築して

     お前の命を引き継いでもらうって寸法だ」


レ イ 「私は… どんな人になるんですか…」

先 生 「お前の希望に添えるようにする。こんなクソな人生の幕引きをさせられ

     たからには、これからの人生はハッピーにしてやる」

レ イ 「そうですか…」


先 生 「一応、聞いておくが… 今の人生に未練はあるか?」



レ イ 「いいえ… 次の人生が楽しみです」


先 生 「安心したぜ」

レ イ 「先生、感謝しています」


先 生 「うし、死んだときの写真を撮るから来てくれ」

レ イ 「はい」

先 生 「悪いが、死に方までは選べないぞ。この後に影響するからな」

レ イ 「構いません」




―轍洞院家・リビングルーム―


―― 三日後


       コクテツはソファに座りテレビを見ていた。

       って、真面目にこっちの話を聞いてください!

コクテツ「ん? 聞いてるよ」

       そうですか…

       しかし、なんという事をしてくれたんですか!

       私、手紙出しましたよね?

コクテツ「うん、読んだよ」

       では、どうして私のナレーションに従わなかったんですか。

コクテツ「最初からそうするつもりは無かったんだけど… やっぱ、しーちゃんが

     死ぬって「ハイ、そうですか」って従えるはずがないよ」

       それはそうですが…

コクテツ「それに、昨日よっちゃんに聞いたらゾンビは生きてるうちに仕込まない

     と作れないんだって。そもそも、ゾンビは殺すための儀式で大切な者に

     絶対にやっちゃいけない事みたい。それで、そのままゾンビ論とお説教

     を7時間ぶっ通し」

       大変でしたね…

コクテツ「いや、勉強になったよ。死んでも生き返らせればいいやって考えてた私

     の甘さを痛感したよ。スイカにカスタードソース掛けたくらい甘いね」

       その喩え必要ですか?

コクテツ「でも、天の声さんを完全に無視した訳じゃないよ。しーちゃんっぽい人

     が死んだって辻褄は合わせてあるから」

       まあ、アレはお見事と言えますが…

       私情で運命を変えてもらっては困ります!

コクテツ「……。 運命って天の声さんが用意しているの?」

       いいえ、私は運命の女神様が書かれたシナリオを読んでお伝えして

       いるだけです。

コクテツ「そうなんだ」

       彼女はフフっと小さく笑った。

       どうして笑うのですか?

コクテツ「女神様には私の気持ちが伝わったのかなって思って」

       シテツさんを死なせたくないって思いですか。

コクテツ「うん。だって、あの後もしーちゃんは元気だし、何か世の中がおかしく

     なった事も無いから」

       確かに今のところ綻びというか矛盾は起こっていませんね。

コクテツ「私は運命って誰かに決められた物じゃなくて、自分が決める物だと信じ

     てるんだ」

       彼女は視線をテレビの画面から天井へと向けた。

コクテツ「それがちょっと証明できたのかな」

       この時、私は彼女が運命を書き換えたことを認めつつも自らの立場

       に拘るあまり彼女の言葉を受け入れられなかった。

       いや、受け入れたくなかった。

       そんな私を見透かしたように彼女は静かに目を閉じ私に語りかけて

       きた。

コクテツ「別に私だけじゃない、天の声さんも、しーちゃんもみんな自分で運命を

     決められるんだよ。なぜその道を選んだかって運命の女神様に分かって

     もらえれば流れなんて変わるから」




コクテツ「あれっ? 天の声さん、居るんでしょ。どうしたの?」

       少し考え事を…

コクテツ「そう、私でいいなら相談乗るよ」

       いいえ、大丈夫です。


       (私は運命を読み上げる存在。

        だから、運命を変えるなんて考えたことは無かった。

        きっと、私が明日死ぬと言われても「そう決まったもの」と簡単

        に受け入れていただろう。


        そして、他の者にもそうさせていた。

        「そう決まったもの」だからと言い訳で目を塞いでいた。


        そんな自分が酷く恐ろしくなった。


        目の前の彼女と出会うことが私の運命には違いない。はたして、

        これは幸せな物語なのか。

        何も知らず、何も考えない方が私は幸せだったのではないか。


        しかし、私は今… 奇妙な幸福感を感じている。


        運命を変えるなんて考えは今も無いが。少しだけ、自分の気持ち

        に素直に生きてみてもいいのかもしれない)


コクテツ「天の声さん? 本当に大丈夫? さっきから全然喋ってないよ、ラジオ

     なら放送事故だよ」

       ええ、もう大丈夫ですよ。

コクテツ「天の声さんの声が聞こえてないと不安になるから、お願いね」

       はい、すみませんでした。

コクテツ「じゃあ、もうすぐしーちゃんがお泊まりから帰ってくると思うから」

       分かりました。

       最後に、一つだけいいですか?

コクテツ「何?」

       今度から私のことを「天の声」ではなくて「エヌ」と呼んでもらえ

       ますか。

コクテツ「あぁ、そういえば手紙に名前書いてあったね。いいよ、エヌさん」

       ありがとうございます。

シテツ 「ただいま」

       両手に大きな紙袋を下げたシテツが部屋に入ってきた。

コクテツ「おかえり。その袋何、お土産?」

シテツ 「そうなんだけど… 先月のイベントで売れ残ったケイのグッズ」

コクテツ「あらら…」

シテツ 「本人は発注掛け過ぎただけだって言ってたけどね」




―クリニック・入院室―


       レイは小さな個室のベッドで眠っていた。

       その傍らではジャクリーンが花瓶の花を取り替えていた。

       彼女はうなされる声に気がつき、視線をベッドの方へ向けるとレイ

       がゆっくりと目を覚ました。

J B 「やっと気がついたのね」

       彼女はボーっとジャクリーンの顔を見上げた。

J B 「ちょっと貴方の身元を調べさせてもらったわよ」

       レイは急に目を背けた。

J B 「フラン・ベルジュ。19歳、住所不定。強盗・殺人などで超有名な指名

     手配犯。なお、殺人の大半は警察官。間違いないわね」

       レイ・ピアース改めフラン・ベルジュは自分についての事を聞くと

       ニヤリと笑った。

フラン 「そう、ケーサツは嫌いなの」

J B 「きっと、警察も貴方の事が嫌いよ」

フラン 「だろうね。で、ワタシの事サツにチクった?」

J B 「いいえ」

       フランは不満そうな顔を浮かべ大きく息をついた。

フラン 「ちぇ… つまんない」

J B 「命の恩人をぶっ殺すつもりだったのかしら?」

フラン 「そうだねぇ、場合によっては」

       ジャクリーンは大きなため息をついた。

J B 「そんな考えだから血まみれでウチの前にぶっ倒れているのよ」

フラン 「アハハ、アレはヤバかった! ガチで死んだと思った」

       とびっきりの笑い話を聞いたように楽しそうに大笑いをするフラン

       にジャクリーンは困り顔を浮かべた。

J B 「よく笑えるわね… 貴方本当に死ぬところだったのよ」

フラン 「は? 死んだらまたガキからやり直せばいいじゃん」

       ジャクリーンは彼女の思考の理解することの困難さに我慢できず額

       に手を当てた。

J B (マズいわね… 人格を弄り過ぎちゃったみたい)




―轍洞院家・リビングルーム―


       姉妹は部屋いっぱいにシテツが持ってきたケイのポスターやうちわ

       などの売れ残りのグッズを広げていた。

コクテツ「こんなに持って来たの…」

シテツ 「ケイの家にはこの5倍は残ってたから、少なく見えたんだよね」

コクテツ「全部しーちゃんの部屋に飾る?」

シテツ 「無理、無理! 私どんだけケイを推してる事になるの」

       二人は黙ってポスターの中のケイとにらめっこをしていた。


       あの、コクテツさん。

コクテツ「はい?」

シテツ 「どうしたの?」

       私の呼びかけに彼女は答えようとしたが、すぐに隣のシテツを見て

       口を閉じた。

コクテツ「と、トイレ行ってくる」

シテツ 「は~い」

       彼女はポスターのケイとにらめっこを続けるシテツを残して部屋を

       出ていった。




―轍洞院家・廊下―


コクテツ「エヌさん、しーちゃんが居るときに声かけないで!」

       すみません、ただ早めにお伝えしたい事があって。

コクテツ「何?」

       あのグッズ多少なら私の方で引き取ります。

コクテツ「マジで!」

       シテツさんとの話はそちらで合わせていただければ。

コクテツ「分かった。じゃあ、私の部屋に置いておくね」

       彼女は嬉しそうに部屋へと戻っていった。

       (こうするのが私の携わる運命、今はそう思う)




―クリニック・入院室―


       気だるそうにベッドに横になるフランとその横の椅子に座って新聞

       を読んでいるジャクリーンの姿があった。

フラン 「ねぇ看護婦さん、睡眠薬ちょうだい」

J B 「今起きたばかりなのに?」

フラン 「寝直したいの… 変な夢を見ていたから」

J B 「どんな夢だったの?」

       フランは寝返りを打ってジャクリーンに背を向けた。

フラン 「ワタシがケーサツで、襲われている女の子を守るんだけど… 撃たれて

     死んじゃうの。馬鹿みたいでしょ?」

       ジャクリーンはふと新聞に目を落とした。

       そこにはレイ・ピアース巡査が強盗事件で人質の少女を庇い犯人に

       撃たれて殉職したという内容の記事が載っていた。

J B 「そうね… でも、その馬鹿な行為を褒め称える馬鹿も世の中に沢山いる

     のよ」

フラン 「アンタ、ヒドイ人だね。ワタシは馬鹿とは言い切っていないよ」

J B 「貴方に酷いと言われるなんて… 最高の褒め言葉ね」

       フランは再び寝返りを打って幼子のような無垢な笑顔をジャクリー

       ンに見せた。

フラン 「そう、アンタ最高だよ。殺したいくらい」

J B 「それ、普通は嫌いな人に言う言葉よ」

フラン 「ワタシはアンタを最高なままで終わらせたいの。綺麗でセンスも良い、

     そんなアンタが汚えババアになった姿を見たくないから」

       ジャクリーンは新聞をラックに置き、人差し指を立てて小さく横に

       振った。

J B 「お生憎様、私はまだまだ伸びしろが在るの。今終わらせたら絶対に後悔

     するわよ」

       フランはニヤリと笑いながら何度もうなずいた。

フラン 「だと思ったから、ヤメタ」

J B 「意外と賢いわね」

       ジャクリーンは椅子から立ち上がった。

フラン 「待って、どこに行くの!」

       歩き出そうとしたジャクリーンは驚き立ち止まった。

J B 「睡眠薬を持ってくるのよ、ここには無いから」

フラン 「いや、もういい」

       フランはまだ残る全身の痛みに顔を険しくさせながらゆっくりと体

       を起こした。

フラン 「クスリより、アンタが欲しい」

       言葉数少ない彼女の懇願にジャクリーンは微笑みを浮かべ再び椅子

       へと腰を下ろした。

J B 「良い口説き文句ね、分かったわ」

フラン 「ありがとう」

       フランは再び痛みに顔を歪めながらベッドに横になった。

フラン 「痛てぇ… ねぇ、看護婦さん。ワタシはいつ頃仕事に戻れるの?」

J B 「襲う規模次第ね。小さい小売店なら3~4週間程、警備が厳重な大銀行

     ならリハビリ込みで半年って所かしら」

フラン「少なくとも一ヶ月はココか…」

       彼女は不機嫌そうにため息をついた。

J B 「治療費はツケでいいわよ。今は持ってないでしょうから」

フラン 「チャラにしなきゃ殺す! って言ったら?」

J B 「しないわよ。それって結局は貴方も死ぬだけだから」

       顔色一つ変えずに答えた彼女を見てフランは嬉しそうに笑った。

フラン 「アハハ、いいねぇ… 良い一ヶ月を過ごせそう。アハハハ、犯罪稼業の

     合間のバカンスだね」

J B 「料金は一流ホテル並みに請求していいかしら」

フラン 「それって煽ってる? アンタの頼みなら欲しいだけ盗ってくるよ」

J B 「あら、頼もしいわね。でも、無茶しちゃ駄目よ」

       彼女は少し興奮気味のフランの額をそっと撫でた。

フラン 「ヤメテ!」

       彼女は突然全身をバタつかせてジャクリーンの手を振り払った。

       予想外の事にジャクリーンは暫し放心状態だったが、すぐに痛みに

       苦しむフランの姿に気がついた。

J B 「ごめんなさい。痛かったかしら」

フラン 「……。 (涙声)牙を折らないで…」

J B 「牙?」

フラン 「(涙声)優しくしないで… ワタシ、壊れちゃう……」

J B 「……。 ごめんなさい」

       その時、個室の扉が勢いよく開け放たれた。

先 生 「ジャクリーン! 急患だ、来い!」

J B 「はい、分かりました」

       ジャクリーンはすすり泣くフランを一目見たが、何も言わずに部屋

       を出て行った。




―クリニック・廊下―


       廊下を早足で歩く先生とジャクリーン。

先 生 「今回の患者は九割死んでる。即オペに入るぞ」

J B 「はい」

       彼女はチラリと出てきた病室を見た。

J B 「先生、彼女の事なのですが…」

先 生 「本人の希望だ、警察も運命も何もかもクソ食らえってな」

J B 「そうですが…… 退院までの間、求めてくる彼女にどう接すれば良いか

     分かりません」

先 生 「気負うな、いつも通りのお前でいい」

       先生は突然足を止め懐からタバコを取り出した。

先 生 「キ○ガイって呼ばれる奴らはみんな凄く繊細なんだよ。割れたガラスや

     棘だらけのバラのように危ねえ分綺麗な奴らだ。そんな奴らを満たせる

     のは同じキ○ガイだけなんだよ」

J B 「……。 いつも通りの私ですか、納得しました」

       彼女はドヤ顔でタバコを蒸かす先生を見て微笑んだ。

J B 「それを吸い終えても、オペには間に合いますよね」

先 生 「あ? ああ、別にオペ自体は急ぐ必要なんか無いぞ。この前の件でいい

     裏技見つけたから、死んでもなんとかなんだろ」

       えっ、先生それは駄目ですよ!




                              〈第6話 終〉

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