第十二話 ~望みの終着点~ ③

―轍洞院家跡地(夜)―


       おーっと! 視線の先には眩い月光を背に受けて大きく鎌首を持ち

       上げた白銀色の龍。弥右衛門が居るっ!

       おや、弥右衛門の頭の上に誰か居るようであります。

       月明かりを背に受けたその影には鬼のような角が確認できます… 

       あれは一体誰なのでありましょうか!

       おっと、飛んだっ!

       華麗に宙返りをして降り立ったのは……

弥右衛門「愚霊闘 能登、見 参 !」

       まさか、ノトだっ! 悪霊の化身グレート・ノトが轍洞院家跡地に

       現れたぁ!

       おおっ… なんと禍々しい姿でありましょう、全身黒の装束に鬼の

       骨のようなマスクを被っての登場であります。

       今、マスクに手をかけて…

       おおーっと! 今日は金色のペイントだ! 過去最凶の金色能登が

       現れた!


       ショーンさん、いきなり入ってこないでください!


       あっ… 申し訳ありません、グレート・ノトが来ると小耳に挟んだ

       もので。どうしても実況がしたくて…

モーノ 「あれって… マジでグレート・ノトなのか……」

先 生 「ああ… まさか、ちびっ子シャーマンのダチってあいつなのか……」

       あっ、えっと… 能登の姿を見た者達は皆恐怖に顔を引きつらせて

       いた。ヒカリを除いて。

ヒカリ 「また変なのが出てきた… どいつもコイツもふざけんなっ!」

       能登の格好をふざけていると捉えた彼女の怒りは一瞬で激しく燃え

       上がった。

       ……。 仕方無いからここからはショーンさんいいですよ。


       おや、ノトが焼け跡を徘徊して何かを探しています。

       おっと、土を掘り返して… なんと、スケッチブックとペンを取り

       出したぞ! 土を払って何かを書き込み始めました。

能 登 『「ふざけるな」だと? 頭にネジが刺さってるふざけた格好のお前には

     言われたくない』

       ノトがスケッチブックに書いた文章を見せつけて… ゆっくりと首

       を掻っ切っるポーズを見せつけた!

       おっと、コレに怒ったヒカリがノトに銃を向けたっ!

       うわ、撃った!

       えっ! ノトが前に側転をして弾丸を避けた!

       そのまま勢いに乗って背中から飛び込んでヒカリの喉元にエルボー

       を浴びせたっ!

       これには堪らずヒカリも倒れた!

       何という一瞬の早業でありましょう。


       おや? ノトはまた何かを探していますね…

       何か持ち出したぞ、あれは尖った木片だ!

       まだうずくまっているヒカリの元へとノトが戻ってきて…

       ああーっ! 木片でヒカリの頭を突いた!

       ヒカリは大丈夫か… うわっ、額が大きく割れて流血しています!

ヒカリ 「えっ… なにこれ、血……」

       血で染まった手を見たヒカリは少々怯えている様子であります。

       そこにノトが容赦無く追撃を加えるっ!

       何と言うことでありましょう… ノトの非情な攻撃によりヒカリの

       額の傷がさらに開いたようであります。

       流れ出る血はヒカリの両手だけではなく衣服も真っ赤に染めあげて

       おります。

シテツ 「もう止めてっ!」

       おおーっと! あまりにも凄惨な光景に妹のシテツがノトを止めに

       入ったぞ!

       しかし、ノトはシテツを突き飛ばした。

       うわぁ! 毒霧だ! ノトが止めに入ったシテツを威嚇するように

       毒霧を高く吹き上げた。

       それでもシテツはノトを止めようとしています。

ヒカリ 「退けっ!」

       ヒカリがシテツを突き飛ばして、一気にノトに襲いかかった!

       物凄い勢いだ、今までやられた分の倍、いや10倍以上で殴り続け

       ているっ!

       目を見開いた真っ赤な顔に白髪を振り乱しながらノトを痛めつける

       その姿は鬼のようであります。

       恐ろしいほど怒り狂ったヒカリをもはや誰も止められません。

       ヒカリがぐったりとしたノトを引きずって移動させます。

       ん? これは… 焼け残っている柱の前にきたぞ。ヒカリがノトを

       パワーボムの体勢で担ぎ上げた。

       まさか! 柱に突き刺すつもりか!


       (こんなに煩い実況をされていても、気に留めていない… 

        これはまさか…)

       すみません、ここからは私がやります。

ヒカリ 「死ねぇ!」

       ヒカリが能登の体を振り下ろそうとしたときだった。

       突然、彼女の体は凍り付いたように動かなくなった。

ヒカリ 「…! 何で、何で… 動けないの、何でよ!」

       身体の自由を奪われたヒカリは狼狽していた。

       それはそうだ。今の彼女には私の声は聞こえていないのだから。

       そして、これは私が変えた運命であるから。

ヒカリ 「うぁっ!」

       ヒカリが小さな悲鳴をあげると、固まっていた彼女は尻餅を突いて

       倒れた。

       意識を取り戻した能登が彼女の顔に毒霧を吹きかけたのだ。

       能登は転がりながらヒカリから距離を取った。そして、シテツに

       「行け」と大きく腕を振って後を託した。

       血と毒霧と涙でグシャグシャの顔を手で押さえながらヒカリが片膝

       を付いて立ち上がろうとすると、その背後からシテツが彼女の頭に

       刺さっているネジに手を掛けた。

       王手を掛けられたヒカリが息を呑んだのを感じ取ったシテツはネジ

       を強く握りしめた。

       その瞬間、微かにネジに付着した能登の血から柔らかな暖かさが腕

       を伝いシテツの体を包み込んだ。

ヒカリ 「くそぅ… お前なんか、お前なんか私の妹じゃない!」

       ヒカリの言葉を聞いた途端、シテツは深くうつむいて前髪で目元を

       隠した。

       そして、右手でネジを掴んだまま空いた左手をヒカリの肩にそっと

       置いた。

       ヒカリも肩に乗せられた手に何かを感じ取った。

ヒカリ 「……。 嘘だ… お前は、お前が… ノゾミのはずが……」

ノゾミ 「姉さん、本当に分からないの? たとえ私が轍洞院シテツでも誰でも私

     が姉さんの妹であることには変わらないでしょ」

       シテツとは違う優しい口調で語りかけられたヒカリはとっさにその

       声を拒むように強く目を瞑った。

ヒカリ 「お前がノゾミなら私の考えを、私の事を分かってくれるはず」

ノゾミ 「姉さんこそ何も分かってないじゃない!」

       ヒカリは閉じていた目をハッと開いた。

ノゾミ 「今の姉さんは自分の事しか見ていない。私はもう子供なんかじゃないん

     だよ、ちゃんと私の事を見てよ!」

       ネジを強く掴まれて頭を動かせないヒカリは肩に乗ったノゾミの手

       を掴もうとしたが、指が少し絡み合うだけで手と手が固く結ばれる

       ことはなくノゾミは手を引いた。

ヒカリ 「どうして…」

ノゾミ 「私のせいじゃない、姉さんが自分の取りたいようにしか取ろうとしない

     だけだよ… そんな手を私は取りたくない」

ヒカリ 「……。 そう… もう貴方は私のノゾミではないんだね」

ノゾミ 「私はあの時から何も変わってないよ。きっと、姉さんが求めているモノ

     とズレてしまったんだろうね… 私も、この世界も、全ての物が」

       ヒカリは再び目を静かに閉じた。

ノゾミ 「姉さんが必死にそのズレを埋めようとしていたのは私もシテツさんの目

     を通して見ていたから分かるよ。それに、姉さんが求めるモノは正しい

     と思う」

ヒカリ 「じゃあ、何で止めるの。何でこの『ふざけた世界』を残そうとするの」

ノゾミ 「……。 私がこの『ふざけきった世界』が好きだから。たとえ、間違い

     であってもこの世界を残したいし、この世界に残りたい」

ヒカリ 「そんな理由で… ふざけないで!」

       ノゾミはネジを掴む手に力を込めた。

ノゾミ 「ふざけてないよ。それが望みだから」

       ノゾミの頬を一筋の涙が伝った。

ノゾミ 「シテツさん… 後はお願いします!」

       ネジを掴んだシテツの体からフッと力が抜けていった。

シテツ 「ノゾミさん、ありがとう……」

       シテツはヒカリのネジを両手で握りしめた。

シテツ 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

ヒカリ 「やめてぇぇぇぇぇえ!」

       互いの叫び声が混ざり合う中、シテツはヒカリのネジを一気に引き

       抜いた。


       シテツは血がこびり付いたボルトを持った手を見ていた。

       彼女が不意に目を落とすと、そこには岸に打ち上げられた魚のよう

       に大きく目を開いて口をパクパクさせながら横になっているヒカリ

       の姿があった。

シテツ 「えっ… 嘘、嫌ぁぁぁぁ!」

       我に返ったシテツは腰を抜かして悲鳴を上げた。

モーノ 「大丈夫か!」

       そこにモーノが駆けつけた。

シテツ 「違う、違うの! こんなんじゃ、こんなはずじゃ…」

モーノ 「何があった」

シテツ 「ネジを引き抜いたんですけど… 姉さんが、姉さんが……」

       モーノはシテツの足元に転がっている血で濡れたボルトを見た。

モーノ 「……。 あのさぁ、ボルトって回して抜くもんだろ?」

シテツ 「はい?」

モーノ 「お前、引き抜いたって言ってたけど…」

シテツ 「は… はい……」

       シテツがごく小さな声で答えた時、動きが鈍くなっていたヒカリの

       体から徐々に力が抜けていき、彼女の体は動かなくなった。

       その変化に気が付いたモーノは彼女の首筋に指を当てたが、静かに

       首を横に振った。

       シテツは泣き叫びながら動かなくなった姉に抱きついた。

       悲しみに暮れる二人の元に先生が根を掘り取った一輪の花を持って

       やってきた。

       彼は何も言わずシテツを退かすと、彼女の頭に空いたネジ穴に花を

       植えた。

モーノ 「おい、ドクター! 何やってんだ、アンタがふざけてどうする!」

先 生 「ふざけてねえよ! コレが今できる一番の止血法だ、この花の根が張れ

     ば穴は完全に塞がる」

       先生は心配そうな目を向けるシテツを見た。

先 生 「お前の姉ちゃんはこんな程度で死ぬか?」

       シテツは黙ったまま首を横に振った。

       その時だった、かつて幼いシテツが追っていた光を放つ蝶が飛んで

       きてヒカリに植わっている花に止まった。

       蝶が翅を閉じると、その縁から放たれる光が徐々に消えていった。

       光が完全に消えて数秒後、蝶はポトリと花から落ちた。

       そして、コクテツが大きなあくびと共に目を覚ました。

コクテツ 「ふぁ~ぁ、よく寝た… およ? ここどこ?」

       ついさっきまでその体に宿っていた者とは全く違う間の抜けた印象

       を感じ取ったシテツは彼女に抱きついた。

シテツ 「コク姉っ!」

コクテツ「わっ! しーちゃん、どったの?」

       何気ない彼女の言葉はシテツを安心感と幸福感で包み込んだ。

コクテツ「……。 泣いてる?」

シテツ 「(涙声)うん…」

コクテツ「えっ、どうして!」

シテツ 「(涙声)嬉しいからだよ…」

       コクテツは困り顔を浮かべながらも、泣いているシテツをなだめる

       ように優しく抱き返した。

コクテツ「ご、ごめん… 寝てたからよく分かんないんだけど、そんなに良いこと

     があったの?」

シテツ 「うん… 望みだったから」

       コクテツは静かに小さくうなずいた。




―シンの家・玄関(朝)―


―― 翌日


シテツ 「いってきまーす」

シン声 「おう、気ぃつけてな」

       私服姿のシテツが元気に家の奥に声を掛けてから玄関へと来ると、

       制服姿のコクテツが絶望に満ちた表情で家に入ってきた。

シテツ 「ど、どうしたの!」

コクテツ「駅に行ったら、知らない人に「轍洞院さん、今日はお休みですよ」って

     言われて追い返された…」

シテツ 「あれ… 言ってなかったっけ?」

       コクテツはカクンと首を縦に振った。

シテツ 「ま… まぁ、そういう事だから私はメイの所に遊びに行くけど」

コクテツ「じゃあ、私もどっか遊びに行こう!」

       そう言うと彼女は家の奥に駆け込んでいった。




―カンパネルラ高校・オカ研部室―


シテツ 「お邪魔しまーす」

メ イ 「どうぞ」

       相変わらず昼間から薄暗い部室の中央に置かれた長机にメイだけが

       一人ちょこんと居るいつもの光景。

シテツ 「受験、楽勝だったみたいだね」

メ イ 「うん、ボクは最初からムー大だけに絞ってたからね。AOで研究成果が

     認めてもらえたから早かったよ」

       しかし、いつもとは違う所が一つあった。それは部屋中に大音量で

       流れているヴァイキングメタルだった。

シテツ 「何コレ… メイ、こんな曲聞いてたっけ?」

メ イ 「いいや。でもケイさんのバンドの新曲だから聞いてみたくって」

シテツ 「えっ! ロートケプヒェンって解散したんじゃないの?」

メ イ 「ボクも詳しくはないけど… バンドがプロデューサーかマネージャーと

     喧嘩してレコード会社を辞めて独立したらしいよ。この曲がその第一弾

     ってことで聞いてみたんだけど、ハマっちゃった」

       メイの説明を聞いたシテツは改めて部屋中を包み込んでいる騒音に

       耳を傾けた。

       激しいながらも活き活きと楽しげな音色に彼女は幸せになった。




―セルリアン家屋敷・応接間―


       暇を持て余したコクテツはアナの屋敷へ遊びに来ていた。

       しかし、屋敷の住人の彼女に対する視線は厳しいものだった。

ア ナ 「で、急に来るなんて何の用なの」

コクテツ「いや、暇だったから」

ア ナ 「分かってるから、この前の企画のダメ出しへの回答の要求でしょ」

コクテツ「あー、アレね」

       コクテツは突然鞄から分厚い書類を取り出してアナに渡した。

       アナは貰った書類に目を通すと驚きの表情を浮かべた。

コクテツ「前に貰ったヤツはね、アナちゃんが気を遣ってこっちメインで立てた感

     が強かったからね。むしろ、アナちゃんに合せてみた」

ア ナ 「……。 ありがとう」

コクテツ「いやいや、折角用意して貰った物を9割変えちゃってゴメンね」

       アナは書類とコクテツの顔を交互にチラチラ見た。

ア ナ 「あのさ… ちょっと聞いたんだけど、今のところコクちゃん達って家が

     無いんでしょ?」

コクテツ「うん。でも、シンさんの家にお世話になってるから大丈夫だよ」

ア ナ 「そう…」

       アナはあえてコクテツから視線を逸らした。

ア ナ 「あのぉ… ウチも空き部屋沢山あるから泊まってもいいよ」

コクテツ「ん~、別にいいよ」

       アナは急にコクテツの顔を見た。

ア ナ 「何で! ウチに来てよ!」

       コクテツは苦笑いを浮かべた。

コクテツ「気持ちは嬉しいんだけど… それよりさ……」




―オガサーラ島・浜辺―


       ティタが息を切らせながら浜辺へと走ってきた。

       彼女の視線の先には吾郎丸が遠い水平線から浜辺へと向かってくる

       のが見えた。


       やがて吾郎丸が浜にたどり着くと中からドクロペイントのドレドが

       飛び降りてきた。

ドレド 「たっだいま~」

       彼女の元気そうな姿を見てティタは安堵の息をついた。

ティタ 「おかえり」

ドレド 「これお土産」

       ドレドはティタに愚霊闘 能登がヒカリ戦で被っていた角が生えた

       骸骨のマスクを渡した。

ティタ 「……。 ドクロ好きだね…」

ドレド 「それは本物のグレート・ノトのマスクだよ。今回の旅は彼女の協力無し

     では成し得なかったからね、予と彼女の友好の証で貰ったんだ」

ティタ 「そう…」

       ティタは貰ったマスクを眺めていた。

ティタ 「今度は私も連れて行って」

ドレド 「ダメだよ! 危険すぎる」

       ティタは手にしたマスクをおもむろに被った。

ティタ 「大丈夫、グレート・ティタとして行くから」

ドレド 「………。 じ… じゃあ、毒霧の作り方と吹き方教えるね」




―ハッピーイエロークリニック・入院室―


       隣同士のベッドに横になっているハルとスパイク。

スパイク「なぁ、今更だが一つ聞いていいか」

ハ ル 「何だ」

スパイク「お前、あの時何故フラン・ベルジュを庇った」

       フェイスガードを被ったままのハルの表情はハッキリしたものでは

       なかったが、露わになった下唇を小さく噛んだ様子からは彼の迷い

       が見て取れた。

ハ ル 「……。 似てたんだよ、レイに」

       彼の返答にスパイクは眼鏡を少し直した。

スパイク「レイ・ピアースか… 彼女は立派だったな」

ハ ル 「別人だってのは分かってるけどな… 特に笑った顔がそっくりなんだ。

     それ見てたらアイツが殺人鬼だなんて思えなくてな」

       二人の間に少し重い空気が漂い始めたとき、ノックの音と共に二人

       の昼食が乗ったカートをJBが運んできた。

       その後ろには右腕を吊ったフランの姿もあった。

J B 「フラン、手伝える?」

フラン 「多分大丈夫」

       JBはスパイクに、フランはハルに食事を持って行った。

フラン 「アハハ、おっちゃん達も悪いヤツだったんだね」

スパイク「そいつは悪党だが俺もか?」

フラン 「だってさぁ… 二人とも看護婦さんをマジで怒らせたんでしょ。ワタシ

     でもそんな事したことないよ」

       彼女の言葉にスパイクは苦虫を噛み潰したような顔になり、ハルは

       声を上げて笑っていた。

ハ ル 「そうだな、悪人殺せなきゃヒーローにはなれない。結局、み~んな悪い

     奴んだよ」

フラン 「じゃあ、ワタシもヒーロー?」

ハ ル 「ああ、もちろんだ」

       楽しそうな二人の様子をJBとスパイクは眺めていた。

スパイク「なぁ、看護婦さん… 正義って何だ?」

J B 「究極のエゴイズムよ」




―ハッピーイエロークリニック・診察室―


       患者の居ない診察室で先生はデスクの上に置かれた一つの瓶を眺め

       ていた。

       その中にはホルマリンに漬け込まれた一本の骨でできた大きなネジ

       が入っていた。

先 生 「確かに… お前は死んじゃいないな」

       瓶のラベルにはヒカリ・シンカーセンの名が刻まれていた。

先 生 「身体が欲しいか?」

       独り言のように彼は瓶の中のネジに問いかけた。

先 生 「……。 考えとく」

       彼は瓶を大事そうに両手で持つと、部屋の奥へと去って行った。




―イストシティ駅前(夕方)―


       メイと別れ帰路を急ぐシテツ。

       彼女は駅前で偶然アナの屋敷から帰って来たコクテツと出会った。

コクテツ「しーちゃん! 今帰り?」

シテツ 「うん、コク姉も?」

コクテツ「そう。アナちゃんの家に行ってたの」

       シテツは前日のAJとイーグルの事を思い出した。

シテツ 「大丈夫だった? 拷問とかされてない?」

コクテツ「えっ、何で? …アナちゃんってそういう趣味があったの?」

       コクテツの様子を見るに、特に何事も無さそうだったのでシテツは

       安心した。

シテツ 「いや… 私の勘違い」

       二人はコンビニの前に差し掛かった。

シテツ 「ちょっと寄っていい?」




―駅前のコンビニ・店内(夕方)―


       スイーツを全種類持ったシテツが誰も居ないレジへ来た。

       彼女は品をカウンターに置くと手早く財布を出した。

       しかし、いくら待っても店員は来なかった。

シテツ 「すみませ~ん」

       あまりにも対応が遅いので彼女は声を掛けた。

レジ爺 「ふがふが~(訳 ごめんね~)」

シテツ 「ん?」

       まさかと思った、彼女の声に答えてのろりのろりとレジに向かって

       いったのは居ないはずのお爺ちゃん店員だった。

       レジに着いても、彼は相変わらずのスピードで延々と時間を掛けて

       会計をしていった。

       しかし、いつもはこの待ち時間に苛立っていたシテツの顔には嬉し

       そうな微笑みが浮かんでいた。




―駅前のコンビニ・外(夜)―


       シテツが店内から出てきた頃には既に日が落ちていた。

シテツ 「ゴメン、遅くなっちゃった」

コクテツ「いいよ、いいよ」

       シテツはすぐに歩き出そうとした。

コクテツ「しーちゃん、今日はシンさんの家には帰らないよ」

       コクテツに呼び止められ彼女はピタリと足を止めた。

シテツ 「えっ! じゃあ、どこに帰るの?」

コクテツ「もちろん、私たちのお家」

シテツ 「いや、無いでしょ!」

コクテツ「土地はあるから、その上に箱があれば家になるでしょ」

シテツ 「その言い方って… また段ボール生活に戻る気なの……」

       コクテツは露骨に不安な顔を浮かべるシテツの背中を押して轍洞院

       家跡地の方へと歩かせていった。




―轍洞院家跡地(夜)―


       コクテツに背中を押されて、シテツが轍洞院家跡地へとやってくる

       とそこには眩しい明かりが見えた。

シテツ 「えっ… 何あれ……」

       彼女が明かりに近づいてみると、それは大きなキャンプファイヤー

       の炎だった。

       その後ろにはシンプルながら立派な二階建てのコンテナハウスが炎

       に照らされていた。

シテツ 「嘘… 家がある……」

ア ナ 「私がコクちゃんのお願いを受けて建ててあげたの」

       作業用ヘルメットを被ったアナが腕を組んで出てきた。

コクテツ「そういう事…」

ア ナ 「まぁ、ウチのセルリアンアーミーの力を使えばこんな程度の家なら半日

     で建てられるからね」

       シテツが家に見とれている間、周囲に少しずつではあるが人の気配

       が出てきた。

先 生 「おう、轍洞院! 良い家じゃねえか」

       呼びかけられた声に振り返ると一升瓶を持った先生がJBとフラン

       を連れてやってきた。

シ ン 「セルリアンさん、ステージのセッティング終わったぜ」

ア ナ 「ありがとう」

       振り向けばシンとメイがアナと何やら話し合っていた。

シテツ 「コク姉、これはどういう事」

コクテツ「アナちゃんが新築祝いをやりたいって」

ケ イ 「シー、久しぶり!」

       シテツが振り返ると、バンドと共に笑顔のケイが来ていた。

シテツ 「ケイ! 聞いたよ、独立おめでとう!」

ケ イ 「独立なんて、みんなの我儘が一致しただけだよ」

シテツ 「でも、良かった… あの時は凄く辛そうだったから」

ケ イ 「ん~、まあね。でも、あの時の約束をこんな形で果たすとはね」

レイラ 「ケーイー! 音合わせやるよ!」

ケ イ 「ハイよ! じゃ、また後で」

       ケイは慌ててメンバーの元へと戻っていった。

ドレド 「ヤッホー」

コクテツ「よっちゃん、ティタさん! 間に合ったんだ」

ティタ 「吾郎さんは陸路じゃ間に合わないからって帰ったけど、二人によろしく

     伝えてくれって」

コクテツ「そっか… 海から三日かかるもんね」

       コクテツはドレドが持っている水槽に気が付いた。

コクテツ「まさか、おタマはん!」

おタマ  コポポ…

ドレド 「この子、今朝ウチの浜に打ち上がってたのをティタが保護してたんだ。

     話を聞いたらコクちゃんの友達だって」

       その後もモーノやQ太郎など姉妹に親交がある者たちが轍洞院家へ

       やってきた。

イーグル「それでは、これより轍洞院家完成祝賀式典を執り行う」

       イーグルの司会でパーティが始まるとAJが先導して運営を行い。

       モモと料理長の料理をバニラやシナモンたちが運び、オゼとハルナ

       がはしゃぐトーマスなどのデンシャ龍たちをまとめていた。

       思い思いにパーティを楽しむ参加者を姉妹は眺めていた。

シテツ 「ここが帰る場所か…… みんな、ありがとう」

       シテツがふと思いを口にすると、コクテツは何かを思い出した様子

       で慌てて指をパチンと鳴らした。


×   ×   ×


コクテツ「読者の皆様、ご無沙汰しております轍洞院コクテツです。

     サタニックエクスプレス666はこの話を持って終了となります。

     ここまでのご愛読ありがとうございました。

     またいつか、お目にかかれる事を楽しみにしております」


×   ×   ×




                               〈終〉

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