第二話 ~幸福の価格~ ①

―静止した空間―


コクテツ「読者の皆様お久しぶりです。サタニックエクスプレスの運転士兼社長の

     轍洞院コクテツです。


     今回は私たちがデンシャの運行会社サタニックエクスプレスを設立して

     間もなくのお話。

     デンシャの運行には当然その発着場となる駅が必要となります。私たち

     は中央都市圏の東西南北に各一つずつ常設の駅を持ち、月一で行く地方

     都市には仮設の駅を作っていますが…


     はい? さりげなく冒頭で設定説明するな?


     尺が足りないんですよ。時短です時短。

     こうやって私がサングラスの大物司会者ストーリーテラーみたいな事をやってるのもそう

     ですし。


     (咳払い)ここからが今回の本題です。

     お金とは生きる上で必要になってくるものです。だからコスパは大事。

     でも、最安値の人生は不安。


     さて、あなたの幸せはお幾らですか?」




―イストシティ駅・プラットホーム(夜)―


       中央都市圏の東側に位置するイストシティ駅。

       点々と明りが灯る無人のホームにトーマスが滑り込んできた。

       トーマスがホームの横にピタリと止まると、太い尾にスッと切れ目

       が入り中からシテツが出てきた。

       彼女は自分が出てきた切れ目に手を突っ込み、中から拡声器を取り

       出すとマイクを口元にかざした。

シテツ 「ご乗車お疲れ様でした。終点、イストシティ。イストシティです」

       彼女のアナウンスに続いてトーマスの胴体に等間隔で大きな穴が開

       いた。そして中からぞろぞろと多くの霊人が出てきた。

シテツ 「当列車が本日最終運転となります。まだご乗車のお客様は、そのまま龍

     の夜食となりましても我々サタニックエクスプレスは一切の責任を負い

     かねますので、なにとぞご了承くださいませ」

       シテツのアナウンスの後に数人の霊人が逃げるようにトーマスの中

       から出て行った。

       彼らを見送った彼女は車内の忘れ物やまだ降りていない客が居ない

       か確認をした。

       尾から頭まで見て回った彼女はトーマスと談笑しているコクテツと

       合流した。

シテツ 「OKだよ」

コクテツ「ハイよ、じゃ帰りますか」

       コクテツはトーマスの頭を撫で、首に空いた穴に入っていった。

       シテツも胴体に空いた穴に入った。

トーマス「ガァウ!」

       トーマスの咆哮が夜の駅に響くと、彼の身体に空いていた穴が全て

       塞がった。そして、彼は颯爽とホームから走り出した。




―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       制服の上着だけを脱ぎ、ワイシャツの袖をまくったコクテツが夕食

       の準備をしていた。

コクテツ「しーちゃん、ご飯だよ」

シテツ 「は~い、今日は早いね」

       漫画を読んでいたシテツは本を置きテーブルに移動した。

       コクテツは茶碗に盛られた白米と綺麗に煮干しを並べた小皿を彼女

       の前に置いた。

シテツ 「……。これだけ?」

コクテツ「うん。お金無いから」

       当たり前のようサラリとに返したコクテツは自分のご飯と煮干しを

       テーブルに置き席に着いた。

       その間シテツは目の前の夕食を呆然と見つめていた。

コクテツ「そろそろ競馬とか行かないとキツイね」

シテツ 「いや、その発想おかしい」

コクテツ「えっ? だってお金無いんだよ!」

シテツ 「……。デンシャの収益は?」

       コクテツは両手を広げて首を横に振った。

シテツ 「それを何とかするべきじゃないの」

コクテツ「そう言ってもねぇ…」

       コクテツは面倒臭そうに煮干しをつまんで食べ始めた。

コクテツ「そもそもさ、お金の事ってしーちゃんの仕事なんじゃないの?」

シテツ 「はい?」

コクテツ「だって、車内でお金を集めるのは車掌の仕事じゃん?」

シテツ 「ちょ、ちょ待って! そんな話聞いてないよ」

コクテツ「アレ? 前に言わなかったっけ?」

シテツ 「聞いてない、聞いてない」

       シテツは何度も大きく首を横に振った。

       コクテツも両手で顔を覆って黙り込んでしまった。

シテツ 「ごめんなさい…。今度からは集めるようにはするけど、朝や最終とかの

     ラッシュ時は無理だよ。十分ちょいで百人以上から別々の額を集金する

     なんてできないよ」

コクテツ「う~ん…。確かにそうだね」

       二人とも食事を忘れて腕を組み深く考え込んでしまった。

シテツ 「そうだ、駅でお金払ってもらえばいいんじゃない?」

コクテツ「あ~、その発想は無かった」

シテツ 「じゃあ、駅でお金を集める人を雇わなきゃね」

       コクテツは大きくうなずくと、煮干しを食べ始めた。

コクテツ「ま、お金のことはしーちゃんに任せるよ」

シテツ 「……。一番大事な事を丸投げしないでよ」

コクテツ「任せられると思ってるから。それにしーちゃんお金にうるさいから自分

     でやった方が納得できるでしょ」

シテツ 「でも多少はコク姉もやってよ、社長なんだから」

       コクテツは何も言わずご飯を食べていた。

シテツ 「とりあえず、求人の広告出してみるね」




―轍洞院家・シテツの部屋(夜)―



――数日後


       シテツは一枚の履歴書を見ながら頭を抱えていた。

シテツ 「猿だけかよぉ……」

       彼女が見ている履歴書の写真には猿の顔が映っていた。




―イストシティ駅・プラットホーム―


       シテツはいつものように拡声器でアナウンスをしながらトーマスか

       ら降りた客を見送っていた。

シテツ 「次の発車は13時15分ブクロ行きとなります」

       コクテツがトーマスの中から出てきた。

コクテツ「空っぽOK! お昼にしよ」

シテツ 「うん、午後はお願い」

コクテツ「いいよ、面接早く終わりそうなら連絡ちょうだい」




―イストシティ駅・倉庫―


       掃除道具や何に使うか分からない資材が隅に寄せられ作られた狭い

       スペースにシテツとスーツ姿の猿がボロい机を挟んで座っていた。

       シテツの前には猿の履歴書と『サルでもわかる猿語入門』という本

       が置かれていた。

シテツ 「ウキー、キャッキャウキャ」

       本を読みながら話しかけたシテツに猿は手のひらを向け制止した。

猿   「普通に喋ってもらって構いません」

シテツ 「……。ありがとうございます」

       彼女ははにかむと隅に置かれた古いゴミ箱に本を投げ捨てた。

猿   「履歴書を普通に書いてる時点で察してほしかったんですがね…。あと、

     文法間違っていましたよ」

シテツ 「すみません…」

       シテツは猿に頭を下げると彼の履歴書に目を落とした。

シテツ 「えっと…。リーヴさん、今回は我社で働くにあたって何か意気込みなど

     伝えたいことがあればお願いします」

       リーヴと呼ばれた猿は腕を組みニヤリと笑った。

リーヴ 「儲けましょう。それだけです」

       猿の自信に満ちた言葉にシテツは固まった。

リーヴ 「「できればいいな」ではなく、できるからやるんです。その為のプラン

     もいくつか用意してあります」

シテツ 「……。お聞かせいただけますか」

リーブ 「そうですね、例えば…」

       シテツは身を乗り出してリーヴの話を聞き始めた。




―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       大皿の上の茹でただけのもやしの山をつつき合う姉妹。

シテツ 「この極貧ディナーも今日までだね」

コクテツ「駅員さん採用?」

シテツ 「うん」

       シテツはニコッと笑ってみせた。




―イストシティ駅・プラットホーム(朝)―


シテツ 「ニュイン行き、ドア閉まります」

       シテツはトーマスの胴体の穴が全て塞がったのを確認すると拡声器

       を下ろした。

シテツ 「さぁて…。Aプラン実行」

       一言呟くと、彼女は鼻歌を歌いながらトーマスに乗り込んだ。




―トーマスの中(朝)―


       多くの霊人たちでごった返している車内。

       その奥の壁が開き、首から大きながま口を下げたシテツが現れた。

       彼女は大きく息を吸い込んでから、拡声器を口元に持ち上げた。

シテツ 「乗車券を拝見します」

       突然のアナウンスに騒然とした車内を彼女は涼しい顔で見回した。

       そして近くに居た男性に近づいて行った。

シテツ 「乗車券は?」

男   「そ、そんなの知らないけど…」

シテツ 「本日から発券するようになったんです。駅に告知の貼り紙してありまし

     たよ」

男   「いや、急に言われても」

シテツ 「持ってないって事ですか…」

       男性は小さくうなずいた。

       それを見たシテツは黙って手を横に大きく振り壁際の乗客を退かせ

       た。そして、手をパンパンと鳴らして乗降用の穴を開けた。

シテツ 「じゃあ、降りてもらうしかないですね」

       彼女は男性の腕を掴み無理矢理引きずり出そうとした。

男   「おい、ふざけるな!」

シテツ 「お金を払わないでいるあなたはどうなんですか?」

       しばらく無言でにらみ合った後、シテツは手を叩き穴を塞いだ。

シテツ 「仕方ないですね。ただし、罰金として3千カーネ頂きますよ」

男   「そんな金払えるか!」

シテツ 「なら…。デンシャ止めるか戻るしかないですね!」

       シテツはあえて乗客全員に聞こえるように言った。

       そこに帽子を深くかぶった細身の男性が騒動の中心へ歩いてきた。

帽子の男「おっさん、払うしかないんじゃないか?」

男   「なんでだよ」

       帽子の男はポケットからグシャグシャの紙を取り出し広げた。その

       紙には荒く彫られたハンコが押してあった。

帽子の男「まともに金払った俺まで止められちゃ困るんだよ」

       彼はシテツに紙を見せつけた。

帽子の男「俺は追加料金無しだろ?」

シテツ 「…。ええ、ごゆっくり」

       帽子の男は車内を見回した。

帽子の男「見ず知らずの俺が言うのも何だが、ここに居る全員の為にデンシャを止

     めることだけは避けたい。悪いが今日は酷い事故にあったとでも思って

     払ってくれ」

       帽子の男の呼びかけに車内は静まり返った。

       やがて、乗客たちは一人また一人とシテツの元に来て彼女のがま口

       へと金を入れていった。




―ニュイン駅・プラットホーム(朝)―


       トーマスの中から一斉に多くの霊人たちが降りてきた、その足取り

       はいつもよりも心なしか早かった。

       パンパンに膨らんだがま口を下げたシテツは人ごみの中に先ほどの

       帽子の男を見つけ駆け寄っていった。

シテツ 「先ほどはありがとうございました」

       シテツの声に気が付いた男は足を止めた。

帽子の男「いや、礼はいい。正直者が馬鹿を見たくなかっただけだからな」

シテツ 「あの…。お名前教えていただけませんか」

帽子の男「俺の? 俺はモーノ。モーノ・レイル」

       コクテツが点検を済ませトーマスから出てきた。

コクテツ「空っぽOK!」

シテツ 「了解」

       コクテツはモーノを見た。

コクテツ「しーちゃんのお友達?」

モーノ 「いいや。ただの乗客だ」

シテツ 「この人のおかげで集金がスムーズにいったんだ」

       シテツは札が詰まったがま口をコクテツに見せた。

コクテツ「……。何でそんなに入ってんの?」

シテツ 「えっ…。そ、それは……」

        目を逸らしたシテツの頭をポンポンと軽くモーノが叩いた。

モーノ 「集金デビューでみんながご祝儀くれたんだよな」

       シテツはパッとモーノを見た。彼は黙ってうなずいただけだった。

シテツ 「そ、そう。そういう事なの」

コクテツ「ふ~ん」

       モーノは二人に向けて軽く手を上げた。

モーノ 「ちょっと用事があるんで俺はこの辺で」

コクテツ「引き止めちゃってごめんなさい」

シテツ 「いろいろとありがとうございました」

       モーノはシテツの耳元に顔を近づけた。

モーノ 「(小さく)今回は黙っといたけど、おふざけも程々にしとけよ…」

       シテツにそう言い残し彼は去っていった。

コクテツ「最後、何て言ったの」

シテツ 「良かったな、だって」




―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       シテツはソファに座り札を数えていた。

コクテツ「ご飯食べないの?」

       コクテツは一人でもやしを食べながらシテツに声を掛けた。

シテツ 「もやしはいらない」

コクテツ「じゃあどうするの?」

       シテツは札束をコクテツに見せつけた。

シテツ 「お金があるから外に食べに行く。コク姉も行こうよ」

コクテツ「……。私はもやしでいいよ」

シテツ 「そう? じゃあ行ってくるね」

       シテツは札束を持って部屋を出て行った。

       一人部屋に残されたコクテツは黙々ともやしを食べていた。




―トーマスの中―


       シテツが乗車券を確認して回っていた。

       ある客の乗車券を見た彼女はポケットから別の乗車券を取り出して

       見せた。

シテツ 「コレ前の乗車券ですね。今日の乗車券のハンコはこうなってるんです、

     違い分かりますよね」

       シテツは客から預かった古い乗車券をその場で破り捨てた。

シテツ 「では、本日の乗車券を提示いただくか、乗車券不所持の罰金をお支払い

     いただくか、今すぐ降りていただくか… どれにします?」




―イストシティ駅・プラットホーム―


       シテツが車いすの乗客を押して案内していた。

       彼女はトーマスの乗降口の目の前でピタリと止まり客に向けて手を

       差し出した。

シテツ 「では、ここまでの案内サービス料として千カーネ頂きます」

客   「えっ…。お金取るんですか?」

       戸惑う客に向けられた無慈悲な手に千カーネ札が乗せられた。

モーノ 「ほらよ、サービス料だ。早く乗せてやれ」

       モーノは無理矢理シテツに札を握らせた。

シテツ 「えっ? いや、なんであなたが払うんですか」

モーノ 「この人に丁度千カーネ借りてたんだ。それはこの人の金だ、だから早く

     乗せろ」

       シテツは黙って札をがま口に入れてから車いすを押し始めた。

       モーノはシテツと目を合わせずに去っていった。




―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       シテツは相変わらずソファに座り札を数えていた。

シテツ 「今日は何食べよっかな~」

       コクテツは一人で白米と梅干だけの夕食を静かに食べていた。

シテツ 「コク姉、そんな食事じゃなくてもっといいの食べに行こうよ。焼肉とか

     寿司とか」

コクテツ「私は一人ならこれで十分だよ」

シテツ 「まぁ、もやしよりはマシだけど…。本当にいいの?」

コクテツ「うん。しーちゃんが食べたいの食べるのが一番だよ」

       シテツは札を数え終えるとその一部を自分の財布に突っ込んだ。

コクテツ「そのお金はご祝儀じゃないんでしょ?」

       姉の問いかけにシテツは固まった。

コクテツ「どうやって集めてるかは聞かないけど…。悪いことはしてないよね?」

       シテツはフフッと笑った。

シテツ 「もちろん。むしろ正しいルールに則ってやってるから全く問題ないよ」

コクテツ「そう……」

       コクテツは食事を終え食器を台所に下げた。

シテツ 「全部リーヴさんのおかげだよ。猿だからって最初は心配したけど雇って

     大正解だったね」

       コクテツは何も言わずに食器を洗い終え、そのまま部屋を出ようと

       した。

シテツ 「どこ行くの?」

コクテツ「私もちょっと出かける」

シテツ 「…。そう、分かった」

       コクテツはシテツを置いて部屋を出て行った。




                           第二話 ② へ続く…

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