第一話 ~私たちの出発~ ③

―トトリー砂漠―


       一面が砂と岩だけの灼熱の世界の真ん中を歩き続ける姉妹。

       ローブとマント姿で長い杖を突いたシテツは酷くやつれ今にも倒れ

       そうな状態だったが、ジャージ姿でリュックを背負ったコクテツは

       颯爽と砂の山を越えていった。

シテツ 「待って…。コク姉……。速い…」

コクテツ「しーちゃん気合いが足りないよ!」

シテツ 「いや…。気合いとか……」

       コクテツは砂丘の上から周囲を見回した。

コクテツ「多分もうすぐだから、頑張って」

シテツ 「そう言って…。二週間……。だよ……」

       長い時間をかけシテツが砂丘を超えコクテツと合流すると、目の前

       に砂煙が立ち上がり巨大な龍トーマスが姿を現した。

       腰を抜かし怯えているシテツと嬉しそうに龍を見つめるコクテツ。

シテツ 「候補って…。コイツ……」

コクテツ「うん。やっと会えた」

シテツ 「こんなの…。なんて…。聞いてないよ……」

コクテツ「みんなの命と夢を乗せてもらうんだよ。このくらいデカくて強そうじゃ

     ないと任せられないよ」

       コクテツは荷物をシテツに預けた。

コクテツ「じゃ、頼んでみるね」

       コクテツは高く鎌首を持ち上げている龍の元へ歩み寄っていった。

コクテツ「トトリー砂漠のトーマスさんですよね?」

トーマス「ガウ」

コクテツ「私は轍洞院 コクテツと言います。んで、あっちでぐったりしてるのが妹

     の轍洞院 シテツです」

トーマス「ガウ」

コクテツ「今回は私たちお願いがあってこちらに参りました」

トーマス「グルル」

       コクテツはシテツに向け笑顔で親指を立てた。

コクテツ「私たちデンシャという新しい交通輸送手段を始めたいのですが、肝心の

     霊人を運んでくれる者が居なくて困っています。霊人の輸送の為どうか

     霊界一凶暴な龍と恐れられるトーマスさんのお力を貸していただけない

     でしょうか」

シテツ 「えっ…。れ、霊界一……」

       ここで初めてトーマスの通り名を知ったシテツの身体は恐怖で固ま

       ってしまった。

トーマス「ガァウ!」

       トーマスの咆哮にシテツは震えだした。

コクテツ「OKだって!」

       コクテツは満面の笑みをシテツに向けたが、シテツは目を点にして

       唖然としていた。

トーマス「グルルル」

       トーマスは鎌首を下げ、コクテツの横に頭を持ってきた。

コクテツ「わざわざお気遣いありがとうございます。それで詳しい話なんですが。

     あっ、ちょっと待ってください」

       コクテツは指をパチンと鳴らした。


 ×  ×  ×


コクテツ「ど~も~読者の皆さん、轍洞院 コクテツです。トーマスさんのセリフが

     「ガウ」と「グルル」だけですが今後も訳は出ません。彼が何を言って

     いるか分からない方はニュアンスで理解してください。

     ご協力をお願いします。



     ま、ココまで読んでればそんな人居ないと思うけど」


 ×  ×  ×


コクテツ「お待たせしました」

       コクテツはトーマスに内緒話をするように話し始め、トーマスの方

       も彼女の話を真剣に聞いていた。

コクテツ「分かりました。後はそれだけですね」

       コクテツは水を飲んでいたシテツの元にやってきてリュックの中を

       あさり始めた。

シテツ 「何探してんの?」

コクテツ「戦闘準備。龍族の掟で自分より弱い者には従えないんだって」

       コクテツの言葉にシテツは飲んでいた水を派手に吹き出し咽た。

シテツ 「……。まさか、戦うの?」

コクテツ「うん。すごく協力的なんだけど…。その掟だけはどうしても譲れないん

     だって」

シテツ 「協力的なら手加減してくれるんだよね?」

コクテツ「いや、ガチバトル」

       準備を終えトーマスの所に行こうとするコクテツをシテツは全力で

       止めた。

シテツ 「ヤメテ! 死んじゃうよ!」

コクテツ「大丈夫、考えはあるから。そうだ、一番大事なもの」

       コクテツはリュックから家庭用ゲーム機のコントローラーと一枚の

       紙を出しシテツに渡した。

       シテツが渡された紙を見ると、そこには記号と矢印が羅列されてい

       るだけだった。

シテツ 「何コレ?」

コクテツ「必殺技。ゲージ使うから練習なしの一発勝負で」

シテツ 「へ? ゲージって?」

コクテツ「出すタイミングは私が言うから、頼んだよ!」

       そう言い残しコクテツはトーマスの元へ駆け出していった。

       彼女の動きを見たトーマスは素早く砂の中へ潜り込んだ。

       トーマスの姿を見失ったコクテツは立ち止まった。

       やがて、地面が震えだし彼女はとっさに横に飛び退いた。

       コクテツの立っていた位置から大きく口を開けたトーマスが飛び出

       してきた。

       巨体が巻き上げた砂埃が引き荒ぶ風に乗り、砂嵐となってコクテツ

       に襲い掛かった。

       激しい砂嵐に視界と動きを制限されたコクテツは身構えてトーマス

       の動きをうかがっていた。

       トーマスは身体を大きくくねらせ尻尾をコクテツに向け大きく振り

       下ろした。

       当たる寸前のところで尻尾を避けたコクテツ。

       しかし、トーマスは身体を大きく回しそのまま尻尾を振り回した。

       連続攻撃に対処できず、彼女は尻尾に弾き飛ばされた。

シテツ 「コク姉っ!」

コクテツ「呼んだ?」

       シテツは横に居るコクテツを見て頭の中が真っ白になった。

シテツ 「えっ…。今のは……」

コクテツ「身代わり」

       そこへボロボロになった熊のぬいぐるみが飛んできて、コクテツが

       キャッチした。

コクテツ「キャー! 私のクマちゃんがぁぁ!」

       コクテツはまだ放心状態のシテツにぬいぐるみを渡し、死者を弔う

       ため合掌をした。

コクテツ「クマちゃん、あなたの死を無駄にはしない!」

       コクテツは再びトーマスの元へと大きくジャンプした。

       トーマスの顔の前に飛び込んだコクテツは拳を大きく引いた。

       しかし、トーマスはそのまま頭突きを放ち彼女を吹っ飛ばした。

       砂丘に叩きつけられたコクテツはゆっくりと起き上がった。

コクテツ「こんな強いなんて、すごいワクワクして――」

       コクテツが喋り終える前にトーマスの尻尾が飛んできて彼女はまた

       吹っ飛ばされた。

コクテツ「嘘…。前言撤回、メチャメチャ痛い……」

       コクテツは弱音を吐きながらも、フラフラと風になびく柳のように

       トーマスの攻撃を避けながら距離を詰めていった。

コクテツ「しーちゃん! リュックにタオルが入ってるから、ソレを出して!」

       シテツは慌ててリュックから真っ白いタオルを取り出した。

シテツ 「コレ?」

コクテツ「そう。それをこっちに投げて!」

       シテツは指示通りにタオルを投げようとするが、放す前にピタッと

       止まった。

シテツ 「それって、ギブアップって事?」

コクテツ「バレた?」

       会話をしていたコクテツに強烈な尻尾の一撃が入り、彼女は膝から

       崩れ落ちた。

       シテツは息を呑み、両手でタオルを握りしめた。

       コクテツはゆっくり立ち上がり、右腕を高く掲げ親指を立てた。

コクテツ「まだ大丈夫だけど、本当にヤバいと思ったら投げて。しーちゃんの判断

     なら後悔はないから」

       再びトーマスの尻尾がコクテツの身体に襲い掛かり彼女の身体が宙

       を舞った。

       その光景を見たシテツはタオルを投げ入れようとした。

       ……

ケ イ 「アタシはさ、シーも自分の進みたい道を進むべきだと思うよ。その道が

     茨の道でも、刈り取れば通れるもんだよ」

       ケイの言葉を思い出し、シテツの腕はタオルを強く握ったまま動か

       なかった。

       彼女の目の前ではコクテツがお手玉のようにトーマスの尻尾に弾き

       飛ばされていた。

       しばらくその光景を見ていたシテツは腕を大きく振り上げた。

       ……

メ イ 「なら、いつまでもこんな所に居ないで早く見せてよ。そして…。ボクも

     乗せてほしいな」

       メイの言葉が頭を過った瞬間、シテツは左手でタオルを持った右手

       を強く掴んだ。

       やがて、シテツはタオルを地面に投げ捨てた。

シテツ 「ごめんなさい! 私、できない! 諦めたくない!」

       シテツが叫ぶと、コクテツは小さく笑い空中で体勢を立て直し尻尾

       の追撃を避け着地した。

コクテツ「それが聞きたかったんだよ」

       身体こそはボロボロながらも、しっかりとした足取りで立ち上がっ

       たコクテツは真っ直ぐにトーマスを見た。

コクテツ「でも、次はちゃんとやってもらわないと…。死ぬかな?」

       コクテツは小さくつぶやき、ニヤリと笑った。

       トーマスは大きく口を開けてコクテツに突進してきた。

コクテツ「しーちゃん、コマンド入力っ!」

       その声にシテツはとっさにコントローラーを取りボタンを押した。

       コクテツとトーマスの身体が触れる瞬間、周囲の空気が激しく震え

       だした。シテツはその物々しい雰囲気が怖くなり目を瞑った。

       吹き荒ぶ砂嵐の中、低く鈍い打撃音が絶え間なく鳴り響いていたの

       をシテツは聞いていた。

       周囲の音が無くなり、シテツは目をそっと開けた。

       砂嵐が止み晴れ渡った空が広がる下、ぐったり倒れたトーマスの奥

       で彼女の方に背を向け立っているコクテツの姿があった。

シテツ 「コク姉」

       シテツが声を掛けるとコクテツは彼女の方を向き優しく微笑んで、

       そして力なく倒れた。

       倒れたコクテツの元に駆け寄ったシテツは彼女を抱き上げた。

コクテツ「これで…。全部そろったね……」

       コクテツは虚ろな目でシテツに笑いかけた。

シテツ 「コク姉…。ごめんなさい、こんなになって…」

コクテツ「謝らないで…。これはわざとやられたから…。体力が三分の一を切って

     る方が威力が上がるんだ……」

       コクテツはゆっくりと手を伸ばし、シテツの頭を撫でた。

コクテツ「あぁ…。ボーっとする……。私、主人公じゃないから死ぬかも…」

シテツ 「嫌だよ! コク姉と一緒じゃなきゃ嫌!」

       シテツはコクテツを強く抱きしめた。

コクテツ「痛い痛い痛い!」

       コクテツはガバッと飛び起きた。

コクテツ「あーっ、びっくりした」

シテツ 「それはこっちのセリフだよ!」

       驚いき飛び退いたシテツを見てコクテツは再び力なく倒れた。

コクテツ「ゴメン…。もう一回……。やろうか…」

シテツ 「演技って分かったら、もうそんなムードになんない」

コクテツ「そっか…」

       コクテツは残念そうな顔でひょこっと起き上がった。

コクテツ「じゃあ、トーマスさんの手当てをしなきゃ」

       彼女は立ち上がるが、そのまま顔面から倒れた。

コクテツ「……。しーちゃん、助けて…」

       先ほどの事があって、シテツは疑いの眼差しで地面に突っ伏した姉

       を見ていた。

シテツ 「またふざけてるの?」

コクテツ「…。今度はマジ……」

       シテツは慌ててコクテツを抱き起こした。

シテツ 「どうしたの?」

コクテツ「……。おなか減った…」


――数時間後


       回復したトーマスが姉妹に頭を下げていた。

コクテツ「では早速、パレハ契約の儀式やります」

       コクテツはトーマスの前で人差し指を下に向けクルクル回した。

       トーマスはその指に合わせて三回その場で回った。

トーマス「ガウ」

コクテツ「はい。これで私とトーマスさんがパレハって事で」

トーマス「ガウ」

       コクテツは座り込んでいるシテツの元に歩み寄った。

コクテツ「じゃあ、帰ろうか」

       シテツは砂しかない風景を見回した。

シテツ 「帰るって…。道分かるの?」

       コクテツはトーマスを指差した。

コクテツ「私たちが一番乗りだよ」




―轍洞院家・シテツの部屋(朝)―


       朝を告げるスマホのアラーム音。

       ベッドの中からシテツが手を伸ばし、指先だけでスマホを操作して

       アラームを止めた。

       布団からムクッと上体だけ起こした彼女はゆっくりとベッドから降

       りて、大きなあくびをしながらカーテンを開けに行った。

       朝日を浴びてもまだ少し眠そうなシテツは箪笥から下着を取り出す

       とそれらを持って部屋を出た。




―轍洞院家・風呂場(朝)―


       鼻歌を歌いながらシャワーを浴びるシテツ。




―轍洞院家・シテツの部屋(朝)―


       部屋に戻ったシテツは髪をドライヤーで乾かし、学校の制服に着替

       えようとした。

       しかし、すぐにクローゼットに服を戻してその隣の純白の真新しい

       制服を手に取った。

       コートに袖を通し、彼女は大きな鏡で自分の姿を確認した。新しい

       制服に気を良くした彼女はその場で回ったり、鏡に向かってポーズ

       を取っていた。

コクテツ「しーちゃん、ご飯冷めちゃうよ!」

       コクテツの声にハッと我に返ったシテツ。

シテツ 「今行く!」

       彼女は慌てて部屋を出た。




―轍洞院家・リビングルーム(朝)―


シテツ 「ゴメン遅くなっちゃった」

コクテツ「いいよ。じゃ、食べようか」

       先にテーブルに着いていたコクテツは真っ黒な制服だった。

       シテツはテーブルに着く前に制服の上着を一度脱ぎ、ワイシャツ姿

       になった。

コクテツ「暑い?」

シテツ 「いや、私の白いから汚したくなくって」

       丁寧に制服をたたんだシテツは席に着き両手を合わせた。

シテツ 「いただきます」

コクテツ「いただかれます」




―轍洞院家・玄関前(朝)―


       シテツが扉を開け家から出ていくと。玄関前には見覚えのある赤い

       頭巾と眼鏡があった。

ケ イ 「久しぶりっ!」

メ イ 「学校を辞めて以来だね」

シテツ 「えっ…。どうして……」

       ケイとメイは驚くシテツに揃って招待状を見せた。

ケ イ 「試運転に招待されたんだけど」

メ イ 「てっきり、あなたが送ったものだと」

       遅れてコクテツが出てきた。

コクテツ「はーい、ゲストさんようこそ! まだちょっと準備があるから待ってて」

       コクテツはシテツを連れて一度家に入っていった。

コクテツ「で、どっちがどっち?」

シテツ 「分からずに呼んだんか! えっと…。赤ずきんがケイで、眼鏡がメイ」

       扉越しに二人の声が聞こえた後、コクテツとシテツが揃って家から

       出てきた。

ケ イ 「おい、人を服装だけで判断すんな」

シテツ 「ゲッ…。聞こえてた……」

       シテツが逃げようとするとトーマスがやってきた。

       ケイもメイも初めて見たトーマスの姿に圧倒されていた。

コクテツ「二人とも行きたいところある?」

       急に行き先を聞かれ戸惑ったケイとメイは二人で話し合っても答を

       出せずにいた。

シテツ 「行けるところまで、どこまでも行こうよ」

トーマス「ガウ」

       シテツが提案するとトーマスの脇腹に大きな穴が開いた。

シテツ 「さあ、みんな乗って!」

       シテツを先頭にケイとメイはトーマスの中に入っていった。

       最後に残ったコクテツは指をパチンと鳴らした。


 ×  ×  ×


コクテツ「皆さんもボン・ヴォヤージュ」


 ×  ×  ×




                             〈第一話 終〉

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