第一話 ~私たちの出発~ ②

―轍洞院家・リビングルーム(朝)―


       制服姿のシテツがやってくるとテーブルには一人分の朝食。

コクテツ「オハヨ―」

       シテツが声の方を向くと、コクテツはソファに座って真剣に書類を

       読んでいた。

シテツ 「おはよう。朝から何やってんの?」

コクテツ「デンシャの準備。会社の登録とか事務手続きだけで結構あるんだよ」

       シテツはテーブルに着くが目の前の食事ではなく姉の方をずっと見

       ていた。

コクテツ「私は先に食べたから気にしないでいいよ」

シテツ 「そう…。 じゃあ、いただきます」

コクテツ「いただかれます」

       いつもの返事に少し微笑んでから彼女は食事をとり始めた。




―カンパネルラ高校・教室―


       机を向かい合わせて食事をしている女子学生たち。

       その中でシテツはボーっと窓の外を眺めていた。

ケ イ 「シー、どうしたの?」

       ケイに呼びかけられ彼女はハッと我に返った。

シテツ 「いや、何でもないよ。大丈夫」

ケ イ 「なら良いんだけど。それで、どう?」

シテツ 「どうって、何が?」

       ケイは怪訝な顔をしてシテツを見た。

ケ イ 「昨日、ご飯行くの中止にしたから今日行こうって話」

シテツ 「あぁ…」

       シテツはしばらく何かを考えた。

シテツ 「ゴメン…。今日も無理」

ケ イ 「そう。てか、本当に大丈夫? 具合悪いなら保健室行こうか?」

       ケイの態度にシテツは慌てて笑顔を作った。

シテツ 「大丈夫、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」

ケ イ 「ふ~ん」

       ケイは少し疑った様子でその作り笑顔を見ていた。




―カンパネルラ高校・オカ研部室(夕方)―


       シテツが静かに部屋に入ってきた。

メ イ 「お疲れ様」

       突然声を掛けられシテツはビクッとした。

シテツ 「お、お疲れ様です!」

メ イ 「珍しいね、招集をかけてないのに来るなんて」

       メイは相変わらずパソコンに向かったまま話しかけてきた。

シテツ 「ちょっと調べたいことが」

メ イ 「じゃあ、これ使う?」

シテツ 「良いの?」

メ イ 「うん、ボクの方は結論がでたから。ウチじゃあ不可能だって」

       メイは席を立つとシテツに座るように手を差し出した。

       シテツは促されるままパソコンの前に座ったが、画面を見るとその

       まま固まってしまった。

シテツ 「……。 家のと違う」

メ イ 「そっか… 色々とカスタマイズしてるから分からないよね。じゃあ、ボク

     が代わりに調べておくよ」

シテツ 「お願いします」

       シテツはパッとパソコンの前から退き、両手を差し出しメイに戻る

       ように促した。

       開いた席に彼女は何事も無かったように座った。

メ イ 「それで、何を調べればいいのかな?」

シテツ 「会報に乗っていたデンシャについて」

メ イ 「へぇ、あの記事気に入ったの」

シテツ 「ま、まあ…。そうだね」

       メイは素早くタイピングを始めた。

メ イ 「アレはたまたま手に入った情報だったけど、ボク自身こっちにも在れば

     良いなって思ったんだ」

シテツ 「どうして?」

メ イ 「遠くの知らない景色を見たいとは思わない?」

       シテツは小さく何度もうなずいた。

メ イ 「この件はボクに任せて」




―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       朝と同様一人で食事をとるシテツ。

       コクテツはソファに座り分厚い本を読んでいた。

シテツ 「ごちそうさま」

       独りの夕食を終えたシテツは静かに食器を台所へ持っていき、洗い

       終えると何も言わずに部屋を出て行った。

コクテツ「…。どうしたのかな? ねぇ、天の声さん何か知ってる?」

       コクテツは本を読みながら私に問いかけてきた……。

       って、それダメですよ。

コクテツ「何で?」

       私は居ない設定だからです。

コクテツ「そんな事言わないでぇ、良いでしょ?」

       ……。今回だけですよ。

コクテツ「ありがとう。で、しーちゃんどうしたの?」

       実は、かくかくしかじか……。

コクテツ「なるほどね…。私と遊べなくてすねてる訳じゃないんだ」

       むしろ逆ですね。コクテツさんが真面目に取り組んでるから悩んで

       るんです。

コクテツ「まぁ、しーちゃん自身で結論を出してほしいから。今のは聞かなかった

     ことにしておく」

       お願いします。私も失職したくはないので……。




―カンパネルラ高校・校門(朝)―


       シテツがツチノコバスから降り校舎へと向かっていると、校門の前

       でメイが待っていた。

メ イ 「おはよう」

シテツ 「おはよう」

メ イ 「昨日頼まれたこと終わったから、放課後来てくれる」

シテツ 「本当!」

       驚くシテツに対してメイは黙って一度うなずいた。




―カンパネルラ高校・教室―


       おいしそうに弁当をほおばるシテツ。

ケ イ 「ところでさ、シー今日は空いてる?」

       彼女は向かいのケイに呼びかけられ口の中の物を丸呑みにした。

シテツ 「ゴメン、今日もダメなんだ」

       ケイは少しふてくされた顔をした。

ケ イ 「……。誰かと会うの?」

       シテツはケイの言葉にピタッと固まった。

ケ イ 「ふ~ん…。余計なお世話ってのは分かってるけどさ。生徒会長として、

     何より友達として言わせてもらうね」

       ケイは真剣な顔でシテツの目を見た。

ケ イ 「Q太郎はやめとけ」

シテツ 「はい?」

ケ イ 「いやいや、隠す必要ないよ。アタシら友達じゃん?」

       気が付くとシテツを取り囲んだ女子たちの視線は全て彼女に向けら

       れていた。

       シテツ自身がケイの言葉の意味を理解したとき、彼女の顔は真っ赤

       になった。

シテツ 「ちょ、何言ってんの! 私がくちびるお化けと付き合ってるって誰が言い

     出したの!」

       ケイが手を高く上げた。

シテツ 「それ、勘違い。ていうか冤罪」

ケ イ 「冤罪って…。話戻すけど、その約束抜けられないの?」

シテツ 「う~ん、ちょっとしばらくは無理かな。私の事は気にしないでみんなで

     行ってきてよ」

       ケイは少し寂しそうな顔になった。

ケ イ 「分かった」




―カンパネルラ高校・オカ研部室(夕方)―


シテツ 「失礼しま~す」

       シテツが部室に入ってくると奥でパソコンに向かっていたメイが顔

       を上げた。

メ イ 「待ってたよ」

       メイは立ち上がり鞄から分厚いファイルと大きな外付けハードディ

       スクを取り出した。

メ イ 「どっちがいい? 媒体の違いで内容は一緒」

       シテツはチラッとメイのパソコンを見た。

シテツ 「紙で」

       メイはシテツにファイルを渡した。

メ イ 「頼まれ仕事だったけど楽しかったよ、ありがとう」

シテツ 「いや、礼を言うのは私だよ」

       メイはシテツに微笑みかけるとパソコンの前に戻っていった。

メ イ 「どうやらそれは現在進行形で発達している物らしいから、また何か新し

     い情報が分かれば教えるよ」

シテツ 「ありがとう」

       シテツはファイルの中身をパラパラめくって眺めた。




―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       コクテツはノートパソコンを開き何かを打ち込んでいるとシテツが

       メイのファイルを持ってきた。

シテツ 「順調?」

コクテツ「ぼちぼち」

       シテツはコクテツにファイルを渡した。

コクテツ「何コレ?」

シテツ 「友達にデンシャについて調べてもらったの」

       コクテツはファイルの中をパラパラめくった。

コクテツ「おぉ、こりゃスゴイ」

シテツ 「良かったら使って」

コクテツ「ありがとう、助かるよ」

シテツ 「私にはこれくらいしかできないから」

       シテツは姉に背を向け足早に部屋を出ていった。




―カンパネルラ高校・校門(朝)―


       シテツがツチノコバスから降り校舎へと向かっていると、校門の前

       でケイが待っていた。

ケ イ 「よっ」

シテツ 「おはよう」

       シテツが隣へ来るとケイも一緒に歩き出した。

       妙に上機嫌なケイの顔を見るシテツ。

シテツ 「何か良い事あったの?」

ケ イ 「ちょっとしたサプライズを企画してんの」

シテツ 「それ言っていいの?」

       ケイは笑顔を浮かべながら大きくうなずいた。




―カンパネルラ高校・教室(朝)―


       学生たちが騒いでいる教室に担任が入ってくると生徒たちは慌てて

       各々の席に着いた。

ケ イ 「起立。礼!」

       ケイの声に合わせて礼をする生徒たち。

ケ イ 「アタシ以外着席」

       余計な物が付いた号令に教室内は戸惑った。そこにガタンとケイが

       机を蹴り倒した音が響き、辺りは静まり返った。

ケ イ 「アタシ以外、着席っ!」

       強い声で掛けられた号令にとっさに席に着くケイ以外の生徒。

       独り立ったままのケイは鞄を手に取り真っ直ぐ教卓へ歩き始めた。

       彼女は担任の前に来ると、鞄から白い封筒を一つ取り出して教卓に

       叩きつけた。

ケ イ 「私、ケイ・キューは只今を以って退学いたします」

       騒然とする教室内。

       ケイはその中を何も言わず平然と出て行った。

       その直後、シテツも迷わず席を立ち教室を出て行った。




―カンパネルラ高校・校門(朝)―


       ゆっくり校門に歩いて来たケイはその足を止めた。

       彼女の前には両手を大きく広げたシテツの姿。

ケ イ 「授業始まってるぞ~」

       シテツはケイを見ながら黙って首を横に振った。

ケ イ 「ま、良かったよ。誰も止めに来なきゃどうしようかって不安になってた

     から…。すんなり帰ったらカッコ悪いじゃん?」

       ケイは軽く微笑んでみせた。

シテツ 「どうしてなの」

ケ イ 「理由? アイドルになる」

       ケイの答えにシテツは唖然とした。

シテツ 「スカウトでもされたの?」

ケ イ 「いや。ていうか、シーが思ってるアイドルじゃない」

       ケイは鞄から辞書を取り出しシテツに投げ渡した。

ケ イ 「付箋の所開いて」

       シテツは言われるまま付箋が付いたページを開く。

       彼女が開いたものは英和辞書で、idolの所に赤くマーカーが引かれ

       ていた。

ケ イ 「アタシは偶像になるの。人々から信仰され、崇拝される存在に」

シテツ 「そんな夢…」

       ケイの目が鋭くなった。

ケ イ 「夢じゃない! それがアタシの運命なの」

シテツ 「運命?」

ケ イ 「そう。例えば、ココではアタシは生徒会長として過ごしてたけどさ…。

     本来は、アタシみたいな不良って生徒会長になれないでしょ」

シテツ 「そんな事ないよ」

ケ イ 「確かにそんな事なかった。それはアタシが信仰されるべき存在だから。

     今までもそうだし、これからもそう」

       シテツは諦めたように辞書を閉じた。

ケ イ 「その辞書はあげる。だから…。退いて」

       シテツは黙って数歩横に動いた。

       ケイは真っ直ぐに歩き、シテツの横で立ち止まった。

ケ イ 「アンタ、アタシが羨ましいから止めたんでしょ?」

       シテツは目だけケイに向けた。

ケ イ 「アイドルって立場じゃなくて、進むべき道を進めることが」

       シテツはケイから目を背ける。

ケ イ 「アタシはさ、シーも自分の進みたい道を進むべきだと思うよ。その道が

     茨の道でも、刈り取れば通れるもんだよ」

       ケイはシテツの頭を撫でてから歩き出す。

ケ イ 「暇があったら連絡して、また遊ぼうよ」

       シテツは振り向き小さくなっていくケイの姿を見ていた。




―カンパネルラ高校・教室(朝)―


       静かに教室に戻ってきたシテツ。

       教室中の視線が彼女に集まると、彼女は黙って首を横に振った。




―轍洞院家・リビングルーム(夜)―


       パソコン作業しているコクテツの横で体育座りをしているシテツ。

コクテツ「何があったの?」

       コクテツは画面を見たまま彼女に問いかけた。

シテツ 「ケイが…。学校辞めた…」

コクテツ「何で?」

シテツ 「崇拝されるために」

コクテツ「カッコイイじゃん。正解だと思うよ」

       シテツは黙って小さくうなずいた。

シテツ 「私…。認めたくなかった」

コクテツ「何を?」

シテツ 「ケイの行動が正しいって事」

コクテツ「どうして?」

シテツ 「私が間違ってることになるから」

       コクテツは作業を止め、シテツの肩に手を回した。




―ツチノコバス停前(朝)―


       シテツ音楽を聞かずにバスを待っていた。

       そこへQ太郎が小走りでやってきた。

シテツ 「おはよう。今日も普通に登校なんだね」

Q太郎 「おう、毎回毎回時間をずらして出待ちされないようにしてんだ」

       シテツはQ太郎の顔を見て微笑んだ。

Q太郎 「俺に会えたのが嬉しいのか?」

シテツ 「まあね」

       ツチノコがバス停にやってきた。




―カンパネルラ高校・教室(朝)―


       教室に担任が入ってきて、生徒は一斉に席に着くがケイの席だけは

       空いていた。

       号令がかかり生徒たちが礼を終え席に着く。

       その中シテツだけは立ったままだった。

       前日のケイと同じ状況にシテツに視線が集まる。

       シテツは自分に注目が集まると周りをキョロキョロと目で見まわし

       て固まってしまった。

       深呼吸をして、ざわつく教室の中をシテツはケイと同じように教卓

       へ向かい鞄から封筒を取り出した。

シテツ 「わ…。 私、轍洞院 シテツは……」

       極度の緊張で言葉が途切れたシテツ。

       担任の心配する声も、他の生徒からの野次も彼女の耳には一切入っ

       てなかった。

シテツ 「た、たた…。退学します…。ごめんなさい…」

       シテツは小っちゃな声で喋ると、退学届を教卓に置き一目散に教室

       から逃げ出した。




―カンパネルラ高校・オカ研部室(朝)―


       逃げ込んできたシテツは息を切らせ扉を背中で押さえていた。

メ イ 「おはよう」

       突然の呼びかけに驚いたシテツは声がした方を向いた。

       そこにはいつものように長机の一番奥にメイが座っていた。

シテツ 「部長…。何で居るの?」

メ イ 「いつもここに居るよ。授業はビデオチャットで出てる」

シテツ 「そ、そうなんだ…」

       メイは席を立ち窓の前に歩み寄り外を眺めた。

メ イ 「突然なんだね…。別れって」

シテツ 「……。もう知ってるの」

メ イ 「二日連続で同じクラスの生徒が、同じような不躾な辞め方をすればすぐ

     学校中に広まるよ」

       メイの答えにシテツは何も返せなかった。

メ イ 「寂しいよ。この部屋はボク一人には大きすぎるから」

       シテツは俯き黙ってしまう。

メ イ 「でも、それ以上に嬉しいよ。デンシャをこの目で見ることができるかも

     しれないから」

シテツ 「えっ…」

       シテツは顔を上げメイを見た。

メ イ 「あなたはそのつもりなんでしょ。それがここを去る理由」

シテツ 「うん…」

       メイは目尻を押さえながら振り返った。

メ イ 「なら、いつまでもこんな所に居ないで早く見せてよ。そして…。ボクも

     乗せてほしいな」

       目に涙を浮かべながら微笑むメイにシテツは大きくうなずいた。

シテツ 「うん。約束する」

       シテツはドアノブに手を掛けた。

メ イ 「そんなつもりじゃなかったろうけど…。来てくれて、ありがとう」

       ドアノブから手を放し、シテツはメイに向き直した。

シテツ 「今までありがとうございました。部ちょ…。メイ」

       シテツはメイに大きく一礼をして部屋を出ていった。




―轍洞院家・リビングルーム―


       息を切らせながらシテツが部屋に飛び込んできた。

シテツ 「ただいま! コク姉、何か手伝うことない?」

       テレビを見ながらのんびりお菓子を食べていたコクテツはシテツの

       帰宅に驚き戸惑った。

コクテツ「しーちゃん? 学校は?」

シテツ 「コク姉とデンシャやるために辞めてきた」

コクテツ「わぉ…」

       コクテツは軽く手招きをしてシテツをソファに座らせた。

コクテツ「まぁ、お煎餅でも食べてゆっくりしなよ」

シテツ 「デンシャの準備は?」

コクテツ「大体終わったよ。書類はツチノコバスを参考に役所に出したし、お金は

     レインメーカー銀行の専務さんに頼んで用意してもらったから」

シテツ 「……。専務さん脅迫してないよね?」

       シテツの問いかけにコクテツはニッコリ笑うだけで答えなかった。

シテツ 「答えてよ!」

       コクテツは急に何かを思い出したように手を叩いた。

コクテツ「そうそう、一番大事なもの忘れてた」

シテツ 「何?」

コクテツ「車両」

シテツ 「それって…。ツチノコバスで言うと、ツチノコが居ない状態って事?」

コクテツ「正解!10ポイント」

       シテツは一度大きく深呼吸をする。

シテツ 「大 問 題 じゃん !」

コクテツ「大丈夫、候補は挙がってるから」

シテツ 「そうなの?」

コクテツ「うん。しーちゃん学校ないなら、明日から行こうか」

シテツ 「どこに?」

       やはり、コクテツはシテツの問いには笑って答えなかった。




                          第一話 ③ へ続く…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る