本線

第一話 ~私たちの出発~ ①

―轍洞院家・シテツの部屋(朝)―


       朝を告げるスマホのアラーム音。

       ベッドの中からショートボブの黒髪の少女、轍洞院てつどういん シテツが手を

       伸ばし、指先だけでスマホを操作してアラームを止めた。

       布団からムクッと上体だけ起こした彼女はゆっくりとベッドから降

       りて、大きなあくびをしながらカーテンを開けに行く。

       朝日を浴びてもまだ少し眠そうなシテツは箪笥から下着を取り出す

       とそれらを持って部屋を出た。




―轍洞院家・風呂場(朝)―


       鼻歌を歌いながらシャワーを浴びるシテツ。




―轍洞院家・シテツの部屋(朝)―


       部屋に戻ったシテツは髪をドライヤーで乾かし、学校の制服に着替

       え始めた。

       ブレザーに袖を通し、彼女は大きな鏡で自分の姿を確認する。




―轍洞院家・リビングルーム(朝)―


       登校準備をしたシテツがリビングにやってくる。

シテツ 「おはよう」

       シテツが声を掛けた先には長い白髪の女性、姉の轍洞院 コクテツが

       朝食をテーブルに用意していた。

コクテツ「オハヨー」

       シテツは姉に微笑みかけると食卓に着いた。

       コクテツも席に着き、二人はそろって手を合わせた。

シテツ 「いただきます」

コクテツ「いただかれます」

       シテツは首をかしげながらコクテツを見た。

シテツ 「前から思ってたんだけど、何で「いただきます」じゃないの?」

コクテツ「私が作った料理をしーちゃんが「頂く」から、作った私は「頂かれる」

     でしょ」

シテツ 「あ~、なるほど」

       小さくうなずいたシテツは料理を食べ始めた。

シテツ 「今日は仕事行くの?」

コクテツ「うん、昨日面接受かった所」

シテツ 「どんなところ?」

コクテツ「えっと… レインメーカー銀行」

シテツ 「凄っ、超大手じゃん! 今度は続けてよね」

コクテツ「それは私だけの問題じゃないから、何とも言えないな」

       シテツは小さなため息をつくと、空になった食器を台所へと持って

       行き弁当を持って戻ってきた。

シテツ 「じゃあ、行ってくるね」

コクテツ「は~い、行ってらっしゃい」

       シテツは鞄を手に取り部屋を出て行った。




―ツチノコバス停前(朝)―


       スマホで音楽を聴きながらバスを待つシテツ。

       突然、彼女はポンと肩を叩かれた。

       イヤホンを外し振り向くと、やたら唇の厚い男子学生の織田 Q太郎

       が居た。

Q太郎 「よう、轍洞院」

シテツ 「おぉ、くちびるお化け! おはよう」

Q太郎 「こんな時間に珍しいな」

シテツ 「それはこっちのセリフだよ。遅刻魔のアンタがこんな普通の時間に居る

     なんて」

Q太郎 「俺もたまには普通に登校したいんだよ。ほら、俺ってスターでプラチナ

     じゃん? だから、他の学生も居る時間に登校すると混乱が起きるから、

     あえて遅刻してんの。分かんだろ?」

シテツ 「そ… そうだね…」

       シテツはQ太郎の言葉に愛想笑いを浮かべる事しかできなかった。

       そこへ高さ3メートルを超える巨大なツチノコがのそのそとやって

       きて、バス停の前で止まった。

ツチノコ「お待たせしました。カンパネルラ高校行きです」

       単調なアナウンスの後、ツチノコの脇腹にスッと一筋の切れ目が縦

       に入り、それが広がって大きな穴になった。

       シテツをはじめバス停で待っていた者たちがその穴を通りツチノコ

       の中へ入ると、ツチノコの穴が塞がった。

ツチノコ「発車します」

       左右を確認してからツチノコはゆっくりと動き始めた。




―カンパネルラ高校・校門(朝)―


       校門横のバス停にツチノコが停まり、脇腹に大きな穴が開くとその

       中から多くの学生が出てきた。

Q太郎 「んじゃ、また後でな」

シテツ 「えっ? どこ行くの」

       シテツは校舎へと向かう流れから抜けようとしたQ太郎を止めた。

Q太郎 「だからぁ、俺ってスターでプラチナじゃん? 目立たないように裏門から

     入らなきゃいけないのよ」

シテツ 「……。 (自称)スターも大変だね」

Q太郎 「そう。という訳でまたな」

       Q太郎が颯爽と去っていったのを呆れ顔で見送るシテツ。

       しばらく立ち尽くしていた彼女は頭をポンと叩かれた。

       シテツが振り返ると、真っ赤な頭巾を被った金髪の女子学生ケイ・

       キューがニヤニヤと笑っていた。

ケ イ 「スター追っかけてたら遅刻すんぞ~」

シテツ 「別に追ってないし」

       シテツはケイと共に歩き出す。




―カンパネルラ高校・教室(夕方)―


       西日が差し込む窓辺の席で帰り支度をしているシテツの元にケイが

       来た。

ケ イ 「ねぇ、みんなで何か食べに行かない?」

シテツ 「……。 ゴメン、今日部活」

ケ イ 「そっかぁ…」

       ケイは腕を組みしばらく考えた。

ケ イ 「サボっちゃえば?」

       ケイの提案にシテツは大きく首を横に振った。

シテツ 「何言ってんの!」

ケ イ 「だって、オカルト研究部なんて大会とかあるわけじゃないでしょ」

シテツ 「オカルトって言うな! 人間界交信倶楽部、オカルト研究部なんかじゃ

     ないの」

       シテツの剣幕に少々困り顔を見せるケイ。

シテツ 「生徒会長がそんなこと言うからウチの部活はキ〇ガイ集団みたいに思わ

     れてるんだよ」

ケ イ 「ご、ゴメン…。 とりあえず、ご飯行くのはまた今度ね」

シテツ 「うん。ゴメンね」

       ケイは笑顔で手を振るとシテツの元を去っていく。




―カンパネルラ高校・オカ研部室(夕方)―


シテツ 「失礼しま~す」

       シテツが入ってきた部屋は壁に不可解な幾何学模様が描かれ、そこ

       かしこに動物の骨や水晶玉などの黒魔術で用いられるようなものが

       転がっていた。

       部屋の中央に置かれた長机の先には夕日を背に浴びた人物が独りで

       ノートパソコンに向かっていた。

シテツ 「部長、お疲れ様です」

       シテツの声に気が付いた小柄な女生徒メイ・サッチャーは目をパソ

       コンの画面から彼女へと向け、洒落た眼鏡を少し直した。

メ イ 「あっ、轍洞院さん。お疲れ様」

シテツ 「他のみんなは?」

メ イ 「多分、今日も休みじゃないかな? ボクとあなた以外はこの部を作るため

     に名義貸ししてもらっただけだし」

       メイはすぐにパソコン作業に戻る。

シテツ 「じゃあ、今日の活動って…」

メ イ 「新しい会報ができたからそれを持って行ってくれれば、後は自由。ボク

     は磁場を使った異界との交流術について調べてる」

       黙々とパソコン作業を続けているメイをただ見つめるシテツ。

メ イ 「……。悪いけど、今大学とか軍のデータベースにハッキングしてるから

     手が離せないんだ」

       シテツはパソコンの横に置かれた会報を手に取る。

メ イ 「ここでやることが無ければ帰っても構わないけど」

シテツ 「えっ、でもそれじゃ来た意味が」

メ イ 「会報を受け取れた。じゃ駄目?」

       シテツは黙って会報を見つめた。




―轍洞院家・玄関(夕方)―


シテツ 「ただいま~」

       帰ってきたシテツに返事は来ない。

       シテツが玄関の靴を見ると姉の物は無かった。




―轍洞院家・リビングルーム(夕方)―


       リビングに来てもコクテツの姿は無い。

       姉の仕事が続いてることに安堵したシテツはソファに座り込んで、

       鞄から部の会報を取り出し読み始めた。

シテツ 「デンシャ? ふ~ん…」

       シテツは横になり会報を読み続ける。


――数時間後


       シテツはいつの間にか眠っていた。

       そこへ彼女の額に強烈なデコピンが放たれた。

シテツ 「うえっ! ったぁ……」

コクテツ「ご飯できたよ」

       シテツが額を押さえながら目を開けるとコクテツが彼女の顔を覗き

       込んでいた。

シテツ 「……。 次はもう少し弱く打って」

コクテツ「ゴメン、打ちやすかったからついクリーンヒットさせちゃった」

       はにかみながらコクテツは謝るとシテツの手を引きソファから起き

       上がらせた。


       二人そろって夕食を共にする姉妹。

シテツ 「でも良かったよ。今回は仕事続きそうなんだね」

コクテツ「? お昼で辞めてきたけど」

       思わずシテツは箸を落とした。

シテツ 「……。 何て言ったの」

コクテツ「お昼で辞めた」

       シテツは両手でテーブルを叩いた。

シテツ 「何でよ!」

コクテツ「だって、私じゃなくてもできる仕事なんだもん」

シテツ 「ま た そ の 理 由 か !」

       激昂するシテツにコクテツは両手を小さく下へ動かし落ち着くよう

       になだめる。

シテツ 「そもそも、銀行員なんて誰でもできる仕事じゃないよ。今日の仕事だけ

     で判断なんかできないでしょ」

コクテツ「まぁ確かに全部はやってないけど」

シテツ 「じゃあ、今日は何をやったの」

       コクテツは腕を組んで思い出し、話し始めた。

コクテツ「最初は新人だから、先輩が付いて案内を任されたんだけど。ATMの前

     でずっと電話しているおばあちゃんが居て。話を聞いたら息子が事故を

     起こしたから入金をしたいって」

シテツ 「あ~、詐欺だねソレ」

コクテツ「そう思って詳しく話を聞いたら。電話の相手が番号を掛け間違えてて、

     ウチの専務の息子さんだったみたいだから専務に伝えたの。んで、結構

     ひどい人身事故らしくて示談金というか、口止め料として専務が入金」

シテツ 「おいコラ! 犯罪をもみ消すな」

       シテツのツッコミを無視してコクテツは続ける。

コクテツ「んで、無事解決したから。また案内をやってたら強盗が来たの。銃とか

     持ってて怖かったけど、みんなワンパンで気絶しちゃったからそのまま

     警察に送って」

       この時、シテツはただ口を開けたまま姉の話を聞いていた。

コクテツ「んで、服に血が付いたから案内じゃなくて裏方の投資信託の方に回され

     て、先輩から話聞いて適当にお金転がしてたら元の10倍くらいになっ

     ちゃって」

シテツ 「……。それで見切りを付けて辞めた」

コクテツ「そう」

       シテツはハッと何かに気が付いた。

シテツ 「でも、私の方が帰り早かったよ」

コクテツ「辞めた後にパチンコ行って、ずっと勝ってて帰れなかったの」

シテツ 「またギャンブルか! まぁ、今の収入のメインだから文句言えないけど、

     このまま続くはずないよ」

       コクテツは大きくうなずいた。

コクテツ「そうだね」

シテツ 「で、次はどうするつもり」

       コクテツはシテツの部の会報を見せた。

コクテツ「コレやる」

       シテツは会報を手に取った。

シテツ 「コレって… このデンシャ?」

コクテツ「そう」

       シテツがコクテツの顔を見ると、その目は妙にキラキラと輝いて

       いた。

シテツ 「本当にコレ?」

コクテツ「うん」

       コクテツは眩しいほどの笑顔をシテツに向けた。

コクテツ「始めようよ! 私たちで一緒に」

       シテツはコクテツから顔を背け俯いてしまった。

シテツ 「……。 無理だよ」

コクテツ「どうして?」

シテツ 「だって、それしか情報が無いんだよ」

コクテツ「多分何とかなるよ。「右に倣え」だけが正解じゃないんだから。私たち

     のデンシャを作れば良いんだよ」

       シテツは小さくうなずいたが顔は曇ったまま。

シテツ 「でも、私は学校があるし…」

コクテツ「そっか…。じゃあ、卒業してからでもいいよ」

       シテツは何も答えず食べかけの食器を台所へと持っていった。

シテツ 「ごちそうさま」

コクテツ「不味かった?」

シテツ 「いや、食欲がないの。なんか今日は疲れちゃった」

       シテツは残飯を捨て、食器を洗うと部屋を出た。




―轍洞院家・シテツの部屋(夜)―


       制服を脱ぎ、部屋着に着替えたシテツはベッドに大の字になった。

シテツ (コク姉がやる気になるなんて…)

       ただボーっと天井を見つめるシテツ。

シテツ 「一緒にか…」

       彼女は一言だけ言うと静かに下唇を噛んだ。




                           第一話 ② へ続く…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る