第八話 ~かくして少女は鬼神となる~ ①
―イストシティ市街―
シテツは久々の休日に一人で街に繰り出して気が赴くまま食べ歩き
をしていた。
鯛焼き屋、クレープ屋、ソフトクリーム屋、たこ焼き屋と店を転々
としていると、行き交う人の中でジャルを従えたアナが何かを探す
ように立ち止まって周囲を見回しているのが見えた。
彼女はたこ焼きを食べながらアナの元へと近寄っていった。
シテツ 「アナさん?」
よほど集中していたのか彼女は声を掛けられて初めてシテツの存在
に気が付き、驚いた表情を浮かべていた。
ア ナ 「シテっちゃん?」
ジャル 「おっ、デンシャ妹」
シテツ 「二人とも呼び方… ってこんな所で何やっているんですか?」
アナは道行く人を次々と小さく指さした。
ア ナ 「うちの航空会社、今度テレビでCMやろうと思ってさ。それで、どうせ
なら芸能事務所を立ち上げて自前でスターを起用すればまるっとお金が
入ってくるじゃんって考えたの」
シテツ 「つまり… スカウトなう、って事ですか」
ア ナ 「そういう事」
彼女は説明を終えると再び目を光らせ道行く人々を観察し始めた。
シテツ 「あの…」
ア ナ 「何? 今見た目以上に忙しいから手早くお願い」
シテツ 「友達に生まれながらのアイドルが居るんですが」
その言葉にアナはガバッと顔をシテツへと向けた。
ア ナ 「もっと早く言ってよ!」
シテツ 「会った時間からすると最速な気がするんですが…」
ア ナ 「もう… 私たちソウルメイトでしょ? 細かい事なんてお互い言わなく
ても分かるじゃん」
シテツ 「いや、魂までは… てか、それならそっちも分かってよ」
―セルリアン家屋敷前―
周囲の木々をなぎ倒しながらトーマスが屋敷の前へと猛スピードで
突っ込んできた。
彼が屋敷の門の前で急停止をすると、胴体に大きな穴が開き中から
シテツとケイが出てきた。
シテツ 「ありがとね~」
コク声 「は~い。迎えに行くから終わったら連絡ちょうだい」
シテツ 「わかった」
トーマスの中のコクテツとのやりとりが終わるとトーマスは来た時
のように猛スピードで去って行った。
手を振り見送ったシテツが隣を見ると、緊張で脂汗をだらだら流し
ているケイの姿があった。
シテツ 「大丈夫…?」
ケ イ 「緊張で吐きそう… アタシにとってはすごい飛び級試験だよ…」
シテツ 「大丈夫、私ともう一人居るから」
そのまま過呼吸で倒れそうな彼女にシテツはグッと親指を立てた。
ケ イ 「もう一人?」
瞬間的に緊張が吹き飛んだケイの顔には不安だけしか見て取ること
ができなかった。
シテツ 「ケイも知ってるヤツだよ」
彼女少し怯えたケイの手をしっかりと掴んで屋敷へ歩き出した。
シテツ 「あっ、居た!」
ケ イ 「もう一人って… アイツ!」
二人の前には青いワイシャツに白スーツを着込み同じく白いハット
を被ったQ太郎が屋敷の門に寄りかかっていた。
シテツ 「保険で呼んでおいたの、アイツを見せればケイの方が良い印象を受ける
でしょ」
Q太郎が向かってくる二人に気が付いた。
Q太郎 「よっ、待たせたな」
シテツ 「いや、どう見ても待ってたのアンタでしょ!」
―セルリアン家・応接間―
嬉しそうに笑みをたたえながら腕を組んだアナの両脇にイーグルと
部分的に白く染まった茶色い長髪の女性。屋敷のメイド長「AJ」
ことアルテミシア・ジェードが立っていた。
彼女たちと向かい合うようにケイやQ太郎たちオーディション参加
者が並んでいた。
部屋の隅ではシテツや他の参加者の関係者たちが集まり、彼女らを
ジャルが監視していた。
ア ナ 「今日は遠路はるばるご苦労様。早速だけど、審査を始めるね。審査内容
は実技のみ、つまり貴方たちのパフォーマンスのみ」
ケイは彼女の言葉を聞くと気を引き締めるように静かに大きく息を
吸い込んだ。
ア ナ 「じゃ、まずはレイラ・ドミノ・クラプトンさんお願い」
レイラ 「は~い」
奇抜な服装の女性が参加者の列から前に出てシテツたちとは反対側
に置かれたギターとアンプを運び出し準備を始めた。
A J 「他の皆様は後ろに椅子を用意してありますので、自分の番までそちらに
おかけください」
ケ イ (いきなりギター… このオーディション何でもありなんだ)
レイラを残して他の参加者たちはAJに促されるままに椅子に腰を
下ろした。
ア ナ 「(小声)あえて他の人に見せる、ニクい事考えたね」
A J 「(小声)今隠しても結局は人に見られる仕事になりますので。それに、
他者と見比べて自分の力量が分かればと思います」
ヒソヒソと話すアナとAJの前でレイラはギターのチューニングを
黙々と行っていた。
レイラ 「じゃ、始めます」
彼女のギターから力強い音が流れ始め、彼女は全身でその音に乗り
ながら弾き語りを始めた。
ケ イ (ヤバい… あの人メッチャうめぇ……)
相手の実力を目の当たりにしたケイは焦りを感じ始めていた。彼女
や他の参加者の目など気にせずレイラは歌い終えた。
ア ナ 「…貴方、プロじゃないの?」
レイラ 「はい? それを目指してるからココに来てんですけどぉ」
ア ナ 「そうだよね… えっと、次はポール・レヴィンさん」
ポール 「はい。あっ、アンプそのままで良いですよ」
待機していた参加者の中からアンプを片付けようとしていたレイラ
と同じくらいの小柄な男性が出てきた。
レイラ 「はいはい。じゃ、よろしく」
彼女はサラリと控えの席へと戻っていくとポールは部屋の隅の楽器
置き場からベースを持ってきた。
ア ナ 「ギターのサイズ間違えてない?」
A J 「アレはベースですよ」
二人の些細な会話が聞こえたポールは恥ずかしそうに笑った。
ポール 「やっぱデカく見えますよね、体が小っちゃいからダチからノミってよく
言われるんですよ」
彼は話しながらベースの準備を終えると深呼吸をした。
ポール 「参ったな… 先にあんなのやられたら地味に思われるな」
ア ナ (まぁ、ベースだけじゃあね…)
苦笑を浮かべながら彼は演奏を始めた。
すると、瞬く間にまったりとしたベースラインの音色が広い部屋中
を支配した。
ア ナ (何コレ、カッコいい…)
2分ほどの短い演奏を終えた彼はチラリとアナを見た。
ポール 「まだ時間ありますか?」
ア ナ 「えっ? ええ、今のくらいならいいけど」
ポール 「じゃあ、こんな事もできますよって事で」
そう言うと彼は先ほどとは打って変わってスラップ奏法を多用した
小気味いいベースラインを奏でた。
ケ イ (ヤベェ… ここ化け物しか集まってない…)
その後も様々な楽器演奏者や歌手またはラッパーまでと音楽の異種
格闘技戦は続いたが、ケイと同様に二人のレベルに圧倒されたのか
他は精彩を欠いていた。
ア ナ 「(小声)ねえ、二人とも」
A J 「(小声)はい」
イーグル「(小声)どうしました」
いつの間にか椅子に座って審査をしていた三人は静か名越で会議を
始めた。
ア ナ 「(小声)みんな、特に最初の二人はすごいのは分かるんだけどさ、これ
ってテレビCM用のオーディションでしょ?」
A J 「(小声)そうですね」
ア ナ 「(小声)この場合さ、欲しいのは音楽的才能よりもビジュアルだよね?
何か、みんな的外れな気が……」
ジャル 「準備OKっす!」
ジャルの声に三人は目を前に戻した。そこにはこの日一番の問題児
がドラムセットの真ん中に座っていた。
ア ナ 「(今度はドラムかよ…)じゃ、チャド・アンダーソンさんお願い」
チャド 「おう」
スティックを持った手を挙げ応えたスキンヘッドの大男を見たAJ
は眉をひそめた。
A J 「あら… 貴方見た事あるけれど、プロじゃない?」
チャド 「元プロだな。昨日ムショから出てきたばかりだから今は無職」
ア ナ (前科者まで来ちゃったよ…)
A J 「あっ、思い出した! そうそう、喧嘩で相手を病院送りにしたのよね」
チャド 「正当防衛だけどな。俺が抜けてバンドが空中分解しちまったからソロで
やってくきっかけとして今回参加した」
チャドはイーグルを指さした。
チャド 「アンタ、銃を構えるマネしてくんないか?」
イーグル「こうか?」
彼は拳銃を構える体勢を取った。
チャド 「そうそう、いいじゃないか! アンタ結構使い慣れてるな」
イーグル「アナ様のボディーガードも兼ねているからな」
チャド 「OK、とりあえず撃つマネをしてくれ。それに俺が合わせて音を出す。
ただ叩くのを聞かされるよりこういう方が面白いだろ?」
イーグルは小さくうなずき撃つマネをした、それに合わせてチャド
がドラムを叩いた。
ア ナ (こんなの私でもできるけど…)
チャド 「単発じゃ面白くねぇな… そらよ!」
彼はイーグルに向かって両手で何かを投げるマネをした。
つられてイーグルも受け取る動きをしてしまった。
チャド 「ちょっくらそのマシンガン撃ってみてくんねぇか?」
イーグルはニヤリと笑うと椅子から立ちエアマシンガンを構えた。
彼が目でチャドに合図を送ると小刻みに腕を振るわせた、その動き
に合わせチャドは高速でドラムを叩いて本当にマシンガンを撃って
いるように見せた。
ア ナ (う~ん、ライブパフォーマンスとしては面白いけど… やっぱりテレビ
向きじゃないな)
マシンガンごっこを終えたイーグルはチャドに銃を投げ返す動きを
した。
イーグル「良い銃だが、音が軽いな」
チャド 「じゃあ、こっち使うか?」
彼は再び銃を投げるマネをした。
イーグルもノリノリで受け取りすぐに構えた。
彼が再び撃っている動きをすると、チャドはバスドラムでロールを
始めた。
A J (ん? バスドラ一台って事は片足でロールしてるの、さすがね)
イーグルが銃を投げ返すと彼はそのままチャドに拍手を送った。
イーグル「楽しかった、礼を言う」
チャド 「礼は結果で頼むぜ」
彼は審査員たちに軽く頭を下げると、控えの席へと戻っていった。
ジャルがドラムセットの片付けを始めると、アナたち三人はすぐに
会議を始めた。
ア ナ 「(小声)どうする?」
A J 「(小声)悩ましいですね…」
ジャル 「片付けOKっす!」
ジャルが三人に声を掛けるとアナたちは顔を戻した。
ア ナ 「じゃ、ケイ・キューさんお願い」
ケ イ 「はい」
名前を呼ばれたケイは前に出るとチラリとシテツに目を送った。
シテツ 「すみません、音源の準備をしていいですか」
ア ナ 「いいよ」
彼女はそそくさと楽器置き場から少しボロいCDラジカセを持って
くると、ケイの自主制作のCDをセットした。
それを見たケイはポーズを取りスタンバイをした。
シテツ 「行くよ」
ケ イ 「いつでもいいよ」
スピーカーから音が流れ出すとケイの体が自然に動き出した。
彼女のキレのあるダンスと澄んだ歌声にアナたちはすぐに確信した
「求めていたのはコレだ!」と。
音楽が彼女の緊張を吹き飛ばし、周囲からの視線が彼女の気持ちを
昂ぶらせた。
彼女がビシッと決めると一瞬のように感じられた高揚感に包まれた
時間が終わり、審査員たちからは自然と拍手が起こった。
ケ イ 「ありがとうございました」
彼女は深々と礼をして控えの席に戻っていった。
ア ナ (良かった… 彼女も歌だけだったら詰んでた……)
アナは大きく安堵の息をついた。
A J 「(小声)お嬢様、もう一人残っていますよ…」
ア ナ 「えっ! あっ、そうだった… えっと、織田 Q太郎さんお願い」
Q太郎 「はいよ。スターでプラチナな俺の出番だな」
Q太郎が前に出てくるとアナたちの顔が僅かに曇った。
ア ナ (うわぁ… 色々すっごいの来た……)
A J (今までに見たことないアナゴくちびるだけど… 見た目で判断をしちゃ
ダメね…)
イーグル(何だ… 彼のあの揺るぎない自信は…)
Q太郎は三人の前に立ったまま動かなかった。
ア ナ 「どうしたの? 早くお願い」
Q太郎 「焦んなって、まだ俺の用意した音源が届いてないんだ」
ア ナ 「嘘、機材はそこに用意してあるけど」
彼女が楽器置き場を見たとき応接間の扉が開いた。
するとプリン金髪の若いメイドであるバニラ・S・チトセが台車に
乗ったジュークボックスを運び込んできた。
バニラ 「すみません、遅くなりました」
Q太郎 「おっ、そこでいいよ」
バニラ 「分かりました。では、失礼します」
バニラは台車ごとジュークボックスをその場に置いて足早に部屋を
出ていった。
扉が閉まる音に合わせてQ太郎はクルッと振り返った。
Q太郎 「待たせたな」
ア ナ (いや、待ったの貴方…)
アナが心の中でツッコミを入れた瞬間、彼はポケットからコインを
取り出し指で弾いた。
コインは視線を集めながら綺麗な放物線を描きジュークボックスへ
吸い込まれていった。
コインの投入音を合図に音楽が流れ始めると、Q太郎は精密な機械
のように直前のケイとは比べものにならないレベルの滑らかでキレ
のあるダンスを始めた。
ア ナ 「(震えた声)……す、すごい」
審査員たちや他の参加者はただ呆然と彼の動きを見つめることしか
できなくなっていた。
Q太郎 「ポォウ!」
彼が独特のかけ声を上げるとギアが上がったのか部屋中をステージ
にして更にダンスはキレを増していった。
シテツ (嘘だ… アイツがこんなカッコいいなんて…… ん? 体が…)
Q太郎のボルテージは更に上がっていき、彼は扉を華麗に蹴り開け
踊りながら応接間を出て行った。
―セルリアン家・廊下―
バンッと扉が開く音にバニラが慌てて駆けつけた。
すると、彼女は応接間から出てきたQ太郎と真っ正面から遭遇して
しまった。
そこへ廊下へと出た彼を追ってきた審査員や他の参加者たちが追い
ついた。
驚き固まってしまったバニラの前で彼は踊り続けると、彼女もその
動きに呼応するようにキレのある動きで踊り始めた。
ケイとレイラ、ポール、チャドの四人を除いてその光景を見ていた
他の参加者たちも続いて一人、また一人と踊り始めた。
レイラ 「これ、フラッシュモブってヤツ?」
チャド 「壮大な仕込みだな…」
訳が分からなくなった傍観者たちを置いて、Q太郎と彼にダンサー
にされた者たちは屋敷を踊りながら練り歩き始めた。
A J 「このままじゃ全員踊らされる」
イーグル「そうだな、俺は軍の出動準備をする」
A J 「ええ、そうして」
緊迫した二人の前で恍惚の表情を浮かべていたアナは誘われるよう
にQ太郎たちの後を追っていった。
A J 「あっ! お嬢様!」
AJは彼女に気が付き慌てて後を追った。
ポール 「コレって踊ってない俺らが止めるしかないのか?」
ケ イ 「そうだね、行こう!」
ケイたちも後を追っていった。
―セルリアン家・玄関ホール―
玄関ホールでは亜麻色のゆるい巻き毛を肩まで下ろした華奢な若い
メイドのシナモン・ロウルが掃除をしていた。
シナモン「ん? 何だろう…」
廊下の先から聞こえてきた音に彼女は顔を上げた。
同じように不審な物音を聞きつけた他のメイドたちも次々と屋敷中
から集まってきた。
ホールに集まったメイドたちの前にQ太郎たちがやってきた。
シナモン「えっ!」
アナとAJが遅れてホールにやってきた。
A J 「こ… これは…」
彼女が見たホールは好き勝手に踊り狂うメイドたちで溢れかえって
いた。
その中心の開けた場所でQ太郎が踊り、バニラ、ジャル、シテツ、
シナモンが彼の両脇を固めるバックダンサーのように動きを合わせ
踊っていた。
ケイたちもホールに到着すると我が目を疑った。
ケ イ 「ヤバいよこれ…」
チャド 「…… そうだ! 俺が止めるからちょっと待ってろ」
一言残してチャドは廊下を戻っていった。
その間も踊り続けるQ太郎や周りの四人の動きは重力や時間などの
物理法則を無視したものになっていった。
ア ナ 「ヤバい、ヤバい、コレすごい! すごいよ!」
完全に興奮しきったアナは今にも気絶しそうなくらい息を切らせて
Q太郎とメイドたちのダンスを見ていた。
そこへマシンガンを携帯したセルリアン家私設軍があっという間に
展開し周囲を取り囲んだ。
一変した状況に焦るAJの隣にイーグルが戻ってきた。
イーグル「準備完了だ」
A J 「何で武装させてるの! メイドさんたちを撃たないで!」
イーグル「分かってる全て麻酔弾だ。全隊、構え!」
ダダダダダ…!
突然鳴り響いた銃撃音のような音が音楽を引き裂き、メイドたちは
皆パッタリと倒れてしまった。
AJやケイたちが振り返るとスネアドラムを脇に抱えたチャドの姿
があった。
チャド 「どうだ! このビートじゃ踊れねえだろ」
第八話 ② へ続く…
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