第十話 ~従者であること~ ②

―セルリアン家・イーグルの部屋(夕方)―


       強い西日が差し込でいる部屋ではジャルとバニラが互いを意識した

       まま黙り込んでいた。

       重く静かな空気の中にノックの音が入ってきた。

       二人が扉の方を向くと、イーグルの声が入ってきた。

イグル声「また身代金の要求電話があって、敵のアジトの位置が分かった」

ジャル 「分かった、行くよ」

       ジャルは部屋を出る途中でバニラの肩をポンと叩いた。

ジャル 「じゃ、後は頼んだよ」

       一声掛けた彼女が扉の前へと差し掛かると、バニラが椅子から立ち

       上がった。

バニラ 「必ず帰ってきてください!」

       ジャルは彼女の声に立ち止まることなく、小さく手を上げて答えた

       だけだった。




―フェザーフィールド空港・エプロン(夕方)―


       ジャルとイーグルが夕日を背に受け空港のエプロンを歩いていた。

イーグル「本当にそんな格好で行く気なのか」

       イーグルは普段と変わらないジャルの露出が高いメイド服を怪訝な

       目で見ていた。

ジャル 「うん、コレがアタシの戦闘服だから」

イーグル「そうか… 他の装備もあまりないようだが」

       ジャルはスカートをたくし上げて太ももに取り付けたホルスターと

       それに納められた銃を彼に見せた。

ジャル 「コレで充分。それに、お嬢様に使用に関してキツく言われてるからね」

       二人はネコザメに似た空鮫の前で足を止めた。




―空鮫の中(夕方)―


       狭い空鮫の中にはタブレット端末を持ったイーグルとパラシュート

       や防寒着、酸素マスクなどを身につけたジャルの二人だけだった。

イーグル「まもなく降下地点だ。降下はHALO降下で行う」

ジャル 「OK。じゃ、一人で片付けてくるよ」

       ジャルは装備を調えてポッカリと空いた穴の前に着いた。

イーグル「こんな無茶、すまないな… 必ず戻ってこい」

ジャル 「…… らしくねえよ」

       ジャルは親指を立てると、勢いよく空へ飛び出した。




―廃病院付近の森(夕方)―


       ジャルは防寒着を脱ぎながら木に掛かったパラシュートを見上げて

       いた。

ジャル 「今更だけど、他のルート無かったのかな…」




―山の廃病院・外(夜)―


       森の中の開けた場所にポツンとある三階建ての廃病院。その周囲に

       は夜のコンビニ前にたむろする不良少年達のように護衛の若者達が

       点々と集団を作っていた。

ジャル 「意外と人数は居るな… あんな開けてたら隠れようもないし…」

       その様子を森の木陰から見ていたジャルはなかなか安全な侵入経路

       を見つけ出せずにいた。

ジャル 「ま、やってみるか」

       大きく息を吸い込み、気合いを入れた彼女は廃病院へ歩き出した。

       酒を飲みながら談笑していた護衛の一人が森の中から現れたジャル

       に気が付いた。

護衛A 「おい、誰か女呼んだか?」

護衛B 「こんな所に呼ぶかよ」

護衛A 「でも、アレ見ろよ」

       護衛の若者達は皆ジャルに釘付けになった。

護衛B 「メイドさんじゃん! 誰が呼んだか知らねーけど、いい趣味してんな」

       ジャルは彼らの少し手前まで来ると立ち止まり、じっと相手の出方

       を伺った。

       最初にジャルに気が付いた男が立ち上がって彼女に近づいていった。

護衛A 「キミ、誰に呼ばれたの? ちゃんと金出すから俺もいい?」

       ジャルは黙って小さくうなずいた。

       そして、男の胸板に強烈なミドルキックを放った。

       男の体は地面から浮き上がり、ドサッと地面に落ちた。

       肺を蹴られて呻き声を上げながらむせかえる男の頭をジャルは踏み

       つけると、ニヤリと笑って残りの男達に中指を立てた。

ジャル 「お望み通り、テメェら全員のタマ取ってやるよ!」

       仲間が倒された事と挑発された事に護衛の若者達は一斉にジャルに

       襲いかかった。

       待ってたとばかりに、彼女は集団に向かって勢いよく走り出した。

       そして、先頭の男とぶつかる寸前で大きく飛び上がりパルクールの

       壁登りの要領で彼の胸を踏み台にして更に上へ飛び上がった。

       その後も落下地点に居る男の頭を飛び石のように次々と踏み飛ばし

       ていき、集団の外へと降り立った。

護衛C 「女のくせに舐めんじゃねえぞ!」

       ジャルが立ち上がり振り返った瞬間、彼女は集団の外に居た護衛に

       羽交い締めにされた。

       しかし、彼女は男の足を思いっきり踏みつけた。

       足を踏まれた男の腕から力が抜けた所を逃さずジャルは逆に彼の腕

       を取り、背負い投げで地面に叩き付けた。

       一瞬何が起きたか分からなくなった男の視界には膝を曲げた状態で

       両脚を揃えたジャルが自分に降ってきている光景が映っていた。

       何が起きたか分かった時は、ジャルの真っ直ぐに伸びた脚は仰向け

       になった彼の腹に突き立てられていた。

       呼吸が乱れ、もだえ苦しむ仲間の無残な姿を見た他の若者達の動き

       が止まった。

護衛B 「何だよあの女…」

護衛D 「ば… バケモンだ…」

       勝ち目が無いと悟った護衛たちは蜘蛛の子を散らしたように森の中

       へと逃げ去っていった。

ジャル 「よし、見た目通りのザコどもでよかった」

       ジャルは誰も居なくなった病院の入り口へと歩き出した。




―山の廃病院・廊下(夜)―


       廊下の窓から外の様子を見ていたルーとフランクは青ざめていた。

ル ー 「一人でアレって… アタシらが勝てるわけないじゃん!」

フランク「やっぱプロはレベルが違うな…」

       彼の何気ない言葉にルーは何かを思いついた。

ル ー 「あ、そうだ! あのシスターさんに来てもらおう、あの人なら勝てるん

     じゃない?」

フランク「そうだな… じゃあ、呼んできてくれ」

ル ー 「えっ? アタシ? 嫌だよ、あの人怖いし…」

       フランクは怯えるルーの肩を掴んだ。

フランク「お前じゃあのバケモノメイドと戦えないだろ、俺が時間を稼ぐからその

     間に呼んできてくれ」

ル ー 「…… うん、分かった。あなたも無理はしないでね」




―山の廃病院・屋上(夜)―


       同じ頃、ヴァンは屋上からジャルと護衛達の戦闘を見ていた。

ヴァン 「やっぱ、バイトで雇った場末のヤンキーなんかじゃ無理だよな…」

       思わず天を見上げた彼が再び目を落とすと、既にジャルが入り口へ

       向かってきていた。

ヴァン 「ヤベ… 逃げよ」




―山の廃病院・玄関ロビー(夜)―


       静まりかえった院内にジャルの靴音だけが響いていた。

フランク「こっから先は行かせないぞ!」

       待合ロビーから奥へ続く廊下の前に釘バットに更に有刺鉄線を巻き

       付けた物を持ち、全身用プロテクターを身に付けて完全武装をした

       フランクが立ちはだかっていた。

ジャル 「やめときな… アンタ、膝が震えてるよ」

       彼女の指摘され、フランクは膝だけでなく全身が小さく震えている

       事に初めて気が付いた。

フランク「武者震いってヤツだ! 多分…」

ジャル 「じゃ、そういう事にしておこうか… でも、通してもらうよ」

       ジャルは身を低くしてフランクに突っ込んでいった。

       先に動かれたフランクは彼女が来るタイミングを計って、釘バット

       を大きく振り下ろした。

       しかし、それはジャルの予想した通りの動きだった。彼女はバット

       の軌道から外れるように彼の左側へと滑り込んだ。

       慌ててバットを高く振り上げながら横に向き直したフランクの空い

       た腹にジャルはソバットを放った。

       渾身の1発だったが、フランクはよろけただけだった。

ジャル (うぇ… あのプロテクターメチャメチャ固いな、普通に蹴ってたら足を

     痛めたかも)

フランク(おっ! 痛くねえ、中古でもさすが対ドラゴン用プロテクター)

       ジャルの蹴りが効かないと分かった事で、フランクは一気に自信を

       みなぎらせバットを乱暴に振り回しながらジャルに襲いかかった。

ジャル (クソ… 頭を叩けばいいんだけど、バットが速くて狙えねえ)

       有効打が出せないジャルはフランクの猛攻を避けつつ常にチャンス

       を伺っていた。そして、その時は来た。

       ジャルが待合室の背もたれの無いベンチソファを飛び越えて逃げた

       後にフランクが振り下ろしたバットの釘がソファに突き刺さり抜け

       なくなったのだ。

フランク「チクショウ!」

       いくら引いてもバットは抜けなかった。この時、唯一の攻撃手段が

       無くなる事を恐れたフランクは武器の回収を優先させるあまり周り

       が見えていなかった。

       彼がソファに片足を掛けてバットを引き抜こうとした時だった。

       走り込んできたジャルがバットの刺さったベンチに左足で踏み込み

       ながら飛び乗ると、右脚を大きく振り抜いてフランクの側頭部に膝

       を叩き込んだ。

       その閃光のような一撃にフランクは意識が飛びバタリと倒れた。

       ジャルは立ち上がり、スカートの汚れをポンポンとはたき落とすと

       院の奥に向かって歩き出した。

       しかし、数歩進んだ所で立ち止まり完全に伸びたままのフランクに

       目を向けた。




―山の廃病院・入院室(夜)―


       外の喧騒から隔離された部屋には恐怖で荒くなったアナの息遣い、

       その横にパイプ椅子を広げて座っているデルタが持ち込んだ聖書を

       読み進める音だけしかなかった。

ル ー 「シスターさん! 助けて!」

       ルーが叫びながら二人の前に転がり込んできた。

デルタ 「どうされましたか?」

       デルタは聖書から目を離すことなくルーに声を掛けた。

ル ー 「人質を助けに来たヤツが凄く強すぎて誰も止めらんないの! だから、

     あなたに倒してもらいたくって」

デルタ 「人数は分かりますか?」

ル ー 「一人、バケモノみたいに強い女。メイド服の女が一人だけ」

       デルタはあえて音がするように聖書をパタンと閉じた。

デルタ 「その手には乗りませんよ…」

ル ー 「えっ… 何言ってるの……」

       デルタに凍り付くような視線をキッと向けられたルーは今にも泣き

       出しそうな顔で身を竦めた。

デルタ 「私を防衛対象があるこの部屋から出して何のメリットがあるのですか?

     むしろ、警備が薄くなった所を狙われます」

       デルタの意見にルーは何も言うことができなかった。

デルタ 「今回の敵はセルリアンアーミーですよね? 貴女が私に始末させようと

     した一人の裏に何人の敵が潜んでいるか…」

       デルタは再び聖書を開いた。

デルタ 「貴女を含めて」

       聖書は途中から中がくり抜かれ、そこに拳銃が隠されていた。彼女

       はその拳銃を取りルーへ向けた。

ル ー 「違う! 違う! アタシは敵じゃない! あなたの仲間だよ!」

デルタ 「仲間?」

       デルタは椅子からスッと立ち上がり、銃を向けたままルーへ近づい

       ていった。

       危険を感じたルーは本能的に後ずさりをしたが、恐怖で足が動かず

       尻餅を突いてしまった。それでも這いながら後ろへと下がったが、

       壁に当たり逃げられなくなった。

デルタ 「私と貴女方は事業主とクライアントの関係です。私は貴女方に従属した

     覚えなどありません」

ル ー 「でも…」

デルタ 「そもそも、貴女が私の敵ではない証明が済んでいません」

       デルタは漠然と向けていた銃口を泣き始めたルーの額へ向けた。

ル ー 「(涙声)ごめんなさい! ごめんなさい! 何でもする、あなたの言う

     こと全部聞く! だから、助けて! 助けて…」

ア ナ 「その人は違う! 私たちとは無関係だから殺さないで!」

       ルーだけでなくアナもデルタを止めに入った。

デルタ 「でしたら、祈りなさい。神が居るなら助けてくれるでしょう」

       ルーとアナが助けを求める中、デルタは引き金を引いた。




―山の廃病院・玄関ロビー(夜)―


       闇に包まれた廊下の奥から1発の銃声が聞こえてきた。

       微かな残響が気を失っていたフランクを目覚めさせた。

ジャル 「よっ、気が付いた?」

       ぼんやりとする彼の前にはジャルがソファに座っていた。

フランク「今、銃の音が聞こえたような…」

ジャル 「うん、したね」

フランク「お前じゃないのか?」

       ジャルはスカートをたくし上げてホルスターに入った自分の銃を彼

       に見せた。

ジャル 「アタシのはココにあるよ、でも使うなって言われてる。それに、アンタ

     には使う必要無いし」

       彼女に言われてフランクは拘束衣を着せられている事に気付いた。

ジャル 「物置でロープ探してたら見つけたんで、そっちにしといた」

       ジャルは不敵な笑みを浮かべながら慌てふためいているフランクに

       スッと詰め寄った。

ジャル 「でさぁ… 本題なんだけど、お嬢様はどこに居る?」

       彼女の質問にフランクは口を固く閉ざした。

ジャル 「そう… そうだよね……」

       ジャルは諦めたようにフランクの元を離れると、長い時間使われて

       いない照明の蛍光灯を取り外した。

       そして、彼の前へ戻ってくると、その蛍光灯を彼の頭めがけて振り

       下ろした。

       ボンという破裂音とガシャンというガラスの砕ける音が同時に玄関

       ロビーに響き渡った。

フランク「ぎゃあぁあっ! 痛てぇ! うぁっ!」

       痛みに悶える彼にジャルは割れた蛍光灯を突きつけた。

ジャル 「言え! お嬢様は何処だっ!」

フランク「ぜっ… 絶対に言わねぇ…」

       ジャルが声を荒げても、フランクは痛みを堪え顔を血で染めながら

       毅然と拒んだ。

       ジャルは手にした蛍光灯をフランクに投げつけて、同じように照明

       から蛍光灯を取ってきて彼の頭で叩き割った。

       その間も彼は黙秘を続け、何本もの蛍光灯が割られた。

フランク「勘違いするな… お前のためだぞ」

ジャル 「はぁ?」

       大きく肩で息をしながら口を開いたフランクにジャルの手は蛍光灯

       を振り上げたまま止まった。

フランク「あの部屋に… 行ったら… 死ぬぞ……」

       フランクはジャルの顔を見上げた。頭頂部から流れ出た血で真っ赤

       に染まった彼の顔には一筋だけ涙が流れた跡が残っていた。

フランク「お前の… お嬢様の護衛に… 一人雇ったんだ…… アイツは危険だ…

     人を殺すのに… 何の躊躇いも無い…… きっと、さっきの銃声も… 

     アイツが撃ったんだろう…」

ジャル 「そう……  ん? 待って、撃ったって誰を? お嬢様か!」

       ジャルの目が鋭くなった。しかし、フランクは強く目を閉じて首を

       大きく横に振りながらうつむいた。

フランク「それは… 無い… アイツが… 人質を殺すような事は……」

       言葉を詰まらせたフランクは肩を大きく振るわせた。

フランク「(涙声)仲間の… 女の子が…… お前を倒して… もらおうと…… 

     アイツを呼びに…… 呼びに… 俺が… 俺が……」

       懺悔するように彼が絞り出していた言葉は嗚咽となって途切れた。

ジャル 「ならさ… 尚更行かせてくれないか… アンタの代わりにその人でなし

     をぶちのめすから」




―山の廃病院・入院室(夜)―


       鮮血が飛び散った壁にルーの体がもたれ掛かっていた。

       大きくうなだれた彼女の額からは血が滴り落ちていた。

       アナは目の前で再び起きた惨劇に身を震わせ、言葉を失っていた。

       デルタは動かなくなったルーに近づいて、首筋に指を当てて小さく

       うなずいた。

ア ナ 「(震え声)何で…… 何で… 殺したの……」

デルタ 「私が生きるためです」

       デルタはそう一言だけハッキリと答えると、アナの横のパイプ椅子

       に戻って座り直した。

       恐怖、憤り、悲しみ。あらゆる種類の負の感情に飲み込まれそうに

       なったアナは強く目を瞑り、現実を遮断した。




                           第十話 ③ へ続く…

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