第二話 ~幸福の価格~ ③
―ニュイン駅・駅舎―
――半月後
退屈そうに掃除をしているシテツとリーヴ。
シテツ 「お客さん来ませんね……」
リーヴ 「まあ、焦ることは無いですよ。デンシャは共用の一本だけ、つまり向こ
うも同じような状況でしょう」
シテツ 「でも、最近ウチに来るトーマスがつまらなそうなんですけど…」
リーヴは大きなため息をついた。
リーヴ 「なら、確かめてみればいかがです?」
シテツ 「確かめる?」
リーヴ 「東側に行ってみればどうですか?」
シテツは時計を見た。
シテツ 「そうですね、もうすぐトーマスが来ますし…。行ってみます」
リーヴ 「何か動きがあればご連絡を」
シテツ 「はい」
シテツは箒を掃除用具入れにしまうとホームに向って行った。
―イストシティ駅・プラットホーム―
トーマスから降りたシテツの目にホームいっぱいに並んだ霊人たち
が映った。
シテツ 「ちょ…。どういうこと……」
彼女は自分たちの駅の惨状が嘘のように賑わっているイストシティ
駅をキョロキョロ見回した。
―イストシティ駅・駅舎―
シテツは電光掲示板・自動改札・自動券売機などが設置され近代化
されたイストシティ駅を散策した。
シテツ 「な…。何なのココ……」
自分が知ってる駅の面影がほとんど無い異空間に困惑しきった彼女
の顔からは脂汗が流れていた。
そんな折、彼女は今までなかった部屋への扉を見つけた。
―イストシティ駅・企画会議室―
恐る恐るシテツは扉を開けて中を覗いた。
コクテツ「あれ? しーちゃん何で居るの!」
コクテツの声に驚いたシテツは固まって動けなくなった。
扉から顔を覗かせた彼女の前には長机を取り囲むようにコクテツと
おタマ・モーノ・メイそして虎のように髪を染め上げた作業着姿の
男が椅子に座りお菓子を食べていた。
シテツ 「メイ、何で居るの!」
メ イ 「コクテツさんに頼まれたんだ。駅の改修を行うから新設する機材のSE
兼プログラマーとして手伝ってほしいって」
シテツ 「そ、そうなんだ…」
メ イ 「試乗の時に連絡先を交換して良かったよ。まさかボクがデンシャに係わ
れるなんて思ってなかったから」
メイは隣に座る虎頭の男に手を差し出した。
メ イ 「彼は初めてだよね。ボクの友達のシン」
シ ン 「ちぃす、タイガー電気商会のタイガー・ハーン・シンだヨロシク!」
シテツ 「よ、よろしくお願いします」
シテツは扉越しに小さく頭を下げた。
メ イ 「ボクは工作が苦手だから、デバイスは彼に作ってもらっているんだ」
シ ン 「逆に俺っちはプログラミングなんて全く分からんから複雑な機械の中身
はいつもメイに作ってもらってんだ。俺っちとメイは相互補完の効いた
最強タッグってとこだな」
シテツはシンのキャラに押されポカンとしていた。
コクテツ「いつまでもそんな所に居ないでこっち来なよ」
シテツ 「えっ…。良いの?」
コクテツ「うん、別に隠す事無いし」
シテツはそそくさと開いている席に着いた。
コクテツ「早速だけどさ…。しーちゃんは何か駅にあれば良いなって思う施設とか
サービスって無い?」
シテツ 「そんな、急に言われても…」
シテツが考え始めると彼女のお腹が鳴った。
コクテツ「お菓子食べる?」
シテツは顔を真っ赤にしながらコクテツから差し出されたお菓子を
手に取った。
シテツ 「何か食事ができる場所が…。ほしい……」
一 同 「おお!」
モーノ 「確かに、食事だけじゃなくコンビニ的な売店が欲しいって声は聞くな」
メ イ 「自販機にするほうが良いのかな? お店じゃ人手が要るから」
おタマ コポポ…
シテツは自分の何気ない発言で会議が進んだことに戸惑った。
シテツ 「あの…。私の意見使うの?」
コクテツ「うん、ご飯大好きのしーちゃんらしい良い視点だよ」
シテツはうつむいてしまった。
シテツ 「いや…。でも、私は敵だよ?」
モーノ 「関係ねぇよ」
シテツは顔を上げモーノを見た。
モーノ 「お前も猿も分かってねぇみたいだけど、ココは誰かの城じゃねぇんだ。
誰でも入れるからこそ、ココをいい場所にしようって俺たちは話し合っ
てんだよ」
コクテツ「そういう事。来る人代表のモーノ君と受け入れる側代表のおタマはんの
双方が満足できる空間を目指ていったらこうなったって話」
シテツは黙って会議参加者の顔を見回した。
シテツ 「そっか…。分かったよ」
シ ン 「ココは最初からノーサイドだったんだぜ」
シテツ 「そうですね。じゃあ…」
シテツは目の前のお菓子の山を手あたり次第食べ始めた。
シテツ 「あぁ…。スッキリした」
コクテツ「お菓子補充する?」
シテツ 「いいよ。それよりも、ウチの方も駅の改修をしたいんだけど」
コクテツ「無理。お金無い」
コクテツに即答されシテツは唖然とした。
シテツ 「マジで?」
コクテツ「うん、しーちゃんとお猿さんが荒稼ぎしたお金を使ったんだけどココと
グッズリバー改修したら無くなった」
シテツ 「えっ? あのお金を……」
コクテツ「だって会社のお金じゃん」
シテツは残りのお菓子を貪り始めた。
シテツ 「おかわりっ!」
コクテツ「ちょっと買い足してくる…」
―イストシティ駅・入り口―
――半月後
改札横で土下座をさせられているシテツとリーヴ。
二人の前には腕を組んで仁王立ちをしているコクテツとおタマの姿
があった。
また、少し距離を取ってモーノ・メイ・シンの三人が立会人として
状況を見守っていた。
シテツ 「あの…。本当に許してください……」
涙声でシテツは額を床に押し当て懇願した。
上から見下ろすコクテツの視線、遠くから見つめる立会人の憐みの
視線、何事かと見る利用客の視線、その全てが彼女に突き刺さって
今にも泣きそうだった。
コクテツ「しーちゃん、何でそんな事になってるか分かる?」
シテツ 「お金の事しか考えてなかったからです」
コクテツ「それは結果。そもそもの話だよ」
コクテツは組んでた腕を解いた。
コクテツ「顔上げて」
シテツとリーヴは顔を上げた。
コクテツ「リーヴさんはそのまま」
リーヴは再び額を床に付けた。
コクテツ「さて…。しーちゃん、私たちのお仕事の内容って何か分かる?」
シテツ 「お客さんを運ぶこと」
コクテツ「そう。それってつまりどういう事かな」
シテツ 「運送…。いや、サービス業?」
コクテツは首を横に振った。
コクテツ「もっと深い所」
シテツ 「……ゴメン分かんない」
コクテツ「お客様はネットで注文した商品が入った段ボールじゃないでしょ?」
シテツ 「うん」
コクテツは自分の胸に拳を当てた。
コクテツ「お客様は命があるもの。命を運ぶ…。分かる? 私たちのお仕事は運命を
扱っているの。しーちゃんの感覚で言えば、ただの人の移動や搬送なの
かもしれない。でも、それを私たちがやることでより良いものに変えら
れるかもしれない。お客様みんなの運命がちょっと良い方向に動くかも
しれない。待ち合わせに早く着いたり、綺麗な景色が見れたり…。些細
な事でもいいから命をより良い方向に運ぶことが大事なの」
シテツはポカンと口を開けてコクテツの演説を聞いていた。
コクテツ「誰かが運ぶから、運命は動くんだよ。良くも悪くもね」
コクテツはシテツに歩み寄り優しく彼女の頭を撫でた。
コクテツ「今回何が駄目だったかはこの前の会議で分かっただろうけど、こういう
根本的な事はまだ分かってないのかなって思ったから。どう?」
シテツ 「運命なんて全然考えてなかった」
コクテツ「だよね」
コクテツはリーヴの前に行き、再び腕を組み彼を見下ろした。
コクテツ「さて、その体勢じゃ聞かざるって訳にもいかなかったでしょう」
リーヴは黙って土下座をしたまま動かなかった。
コクテツ「あなたがお金を稼ごうとしていた事は別に悪い事だとは思わないけど、
やり方がねぇ……」
コクテツは大きなため息をついた。
コクテツ「お金なんて他人の運命ボロボロにしてまで手に入れるような物じゃない
でしょ?」
リーヴ 「金なんて?」
リーヴは顔を上げた。
リーヴ 「金が無いヤツに何ができる!」
コクテツは組んだ腕を解いて小さく横に広げた。
コクテツ「お金が無い人ができる事…。日々楽しく幸せに生きる事じゃないかな」
リーヴは大声で笑った。
リーヴ 「そんなの一番無理な事だ」
コクテツ「それはあなたがお金しか持ってないからでしょ」
リーヴの笑い声がピタリと止んだ。
コクテツ「何も無いと確かに無理な事だと思う。でも、お金以外に幸せや楽しみを
生むものってたくさんあるよ」
コクテツはチラリとシテツを見た。
コクテツ「あなたはこれから先それが何なのか知っておいた方がいいと思う」
コクテツは目を瞑り静かに息を吸い込んだ。
コクテツ「我々はあなたを追放します」
コクテツの言葉を聞いたリーヴは頭を掻きむしりうずくまった。
彼女はリーヴに背を向けた。
コクテツ「これから先、お金しかないままのあなたがあなた以上にお金を持ってる
相手に会った時どうするつもり?」
リーヴは頭から手を放し、スーツの懐からナイフを取り出してコク
テツに飛びかかった。
リーヴ 「こうしてやるっ!」
シテツ 「コク姉!」
シテツの声に振り返ったコクテツの眼前にはナイフを振りかざした
リーヴが居た。
とっさにコクテツは身をすくめたが何も起こらなかった。
不思議に思った彼女が前を見ると、ナイフを持ったリーヴが空中に
浮かんだまま固まっていた。
リーヴ 「う…。動けん……」
思わぬ事態に周囲を見回したコクテツは背後に目を止めた。
水槽の中で全身に血管を浮き上がらせたおタマが目を大きく見開き
リーヴを凝視していた。
コクテツ「お…。おタマはん……」
おタマが勢いよく身体を上に振り上げた。その動きに合わせリーヴ
の身体も駅の屋根を突き破って遥か彼方へと飛ばされていった。
コクテツは水槽へ抱き着いた。
コクテツ「ありがとう、おタマはん」
シテツと立会人たちは唖然としてその光景を見ていた。
コク以外(あのオタマジャクシ敵にしたら殺される……)
―イストシティ駅・企画会議室―
長机を取り囲んで座る面々。
コクテツ「ハイ! 皆様お疲れ様でした」
コク以外「お疲れ様でした」
おタマ コポコポ…
コクテツは席を立ちホワイトボードを持ってきた。
コクテツ「予定より遅くなりましたが、このままぶっ続けで駅環境改善会議のほう
を始めます」
コク以外「よろしくお願いします」
おタマ コポコポ…
コクテツは無言でシテツにペンを渡して書記に任命した。
コクテツ「まず、本日を以って分割運営を終了し従来通りの運営に戻します。これ
により旧イースト地域と旧ウェスト地域での駅の整備格差が生じます。
この問題を解決するために当面の設備投資は旧ウェスト地域の駅を優先
して行うものとします。この事に異議のある方は居ますか」
シ ン 「無いべ。次行こ、次」
コクテツ「じゃ次…。猿を追放したのでおタマはんを正規の駅長として任命…」
コク以外「異議無し!」
コクテツが言い切る前に全員が声を揃えて意思表明をした。
コクテツ「ちょっと早くない?」
モーノ 「他に誰も居ないから反対しようがないだろ」
コクテツ「いや、任命だけじゃないんだけど」
モーノ 「他に何があるんだ?」
コクテツは軽く咳払いをした。
コクテツ「さっきのお説教タイムでも言ったけど、この仕事って多くの人の運命を
扱う仕事なのね」
コクテツが話し始めると他の参加者は静かに聞き入った。
コクテツ「私はそこに魅力を感じたから、この仕事を始めて続けてる訳だけど…」
彼女の言葉が途切れると一同は次の言葉を固唾を飲んで待った。
コクテツ「駅の運営っていうか…。会社の経営って全く興味無いんだよね」
コク以外「え?」
コクテツ「さすがに勝手に走らせるのは悪いと思ってこのサタニックエクスプレス
は立ち上げたけど…。やっぱ経営ってスゲー面倒臭いんだよねぇ」
唐突なカミングアウトに誰もが言葉を失った。
コクテツ「ヤル気が無い私がダラダラやるよりも駅長でヤル気のあるおタマはんが
そーゆーの全部やった方が良いのかなって思ったんだ」
メ イ 「駅長ではなく社長にするって事?」
コクテツ「いや、社長は私。そのまま駅の運営や会社の経営の全権をおタマはんに
譲ろうかなって」
モーノ 「その社長職に意味はあんのか……」
コクテツ「う~ん…。マスコット的な感じ。おタマはんじゃ外回りできないし…。
ダメかな?」
誰もが難しい顔をして黙り込んでしまった。
おタマ コポポ…
コクテツはおタマの吐き出した泡を見た。
コクテツ「全権は要らない…。自分が経営を引き受けても最終的な決定はコクテツ
さんにお願いしたい…。だって」
コクテツの翻訳を聞いた参加者たちは全員が無意識のうちに拍手を
していた。
コクテツ「本当にそれでいいの?」
おタマ コポ…
コクテツは静かにうなずいた。
コクテツ「では、満場一致でおタマはんの正規駅長任命と一部の権限の譲渡を決定
いたします」
会議の参加者は皆スタンディングオベーションで新たなスタートを
祝福した。
コクテツはポケットから小さな制帽を取り出し水槽の中に入れた。
水を受けゆらゆらと落ちてくる帽子をおタマは頭でキャッチした。
コクテツ「おタマ駅長就任!」
おタマ コポコポ…
コクテツ「見ての通りの未熟者ですが、皆様に喜ばれるデンシャや駅にできるよう
頑張ります。だって」
それからしばらくの間、拍手が鳴り続いた。
コクテツ「では、本日はお疲れ様でした。解散!」
コク以外「お疲れ様でした」
おタマ コポポ…
―轍洞院家・リビングルーム(夜)―
シテツはまだ食事が並んでいないテーブルに着いていた。
その様子をコクテツは台所からチラリと見た。
コクテツ「気が早くない?」
シテツ 「最近外食ばかりで飽きちゃったから」
コクテツは大皿に山盛りの茹でただけのもやしを持ってきた。
シテツ 「何でもやし…」
コクテツ「食べ続けてたらハマっちゃった」
しばらくもやしの山を見つめていたシテツは手を合わせた。
シテツ 「いただきます」
台所に戻ろうとしたコクテツは少し驚いた。
コクテツ「食べるの?」
シテツ 「うん。今はコク姉の作ったものなら何でも食べたい」
コクテツ「そう。じゃあ、いただかれます」
シテツはもやしを一口食べた。
シテツ 「……。こんなに美味しかったっけ」
彼女は箸を進めてもやしの山を小さくしていった。
コクテツは白米と焼き魚をシテツの前に持ってきた。そして半分程
になったもやしの山を見た。
コクテツ「私の分も残しておいてね…」
シテツ 「あっ、ゴメン」
シテツが手を止めるとコクテツは自分の分の魚とご飯を持ってきて
席に着いた。
シテツはあえてもやしに手を付けず焼き魚とご飯を食べ続けた。
コクテツ「……。もやし美味しかった?」
シテツは手を止めて姉を見た。
シテツ 「うん、全部美味しい」
コクテツ「お金じゃ買えない隠し味を使ってるからね」
シテツ 「何を使ったの?」
コクテツ「ヒミツ」
コクテツは微笑むともやしの皿を少しだけシテツの方へ寄せた。
コクテツ「久しぶりでしょ、全部食べていいよ」
シテツはもやしの皿をテーブルの中央へ戻した。
シテツ 「一緒に食べたい」
姉妹は二人で一つのもやしの皿をつついた。
〈第二話 終〉
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