第八話 ~かくして少女は鬼神となる~ ③
―セルリアン家・応接間―
アナとAJとイーグルがテーブル越しにQ太郎と向かい合って面接
をしていた。
ア ナ 「今回は大成功! それで早速、今後の件なんだけど」
Q太郎 「今後?」
ア ナ 「そう、『OVER-Q』プロジェクトとしてウチの事務所が総力を挙げて
貴方の売り込みを展開する予定なんだけど」
Q太郎 「あっ、そういうの要らないから」
サラリと断られたアナたちは目を点にした。
Q太郎 「俺、学校も忙しいし… ホラ、何より俺ってスターでプラチナじゃん?
だから、事務所とかそういうの要らないわ」
ア ナ 「いや、スターでプラチナならむしろ必要でしょ」
Q太郎 「何言ってんだ、俺はみんなのモノだぜ。誰かが独り占めはダメだろ」
ア ナ 「みんなのって…」
Q太郎 「星の光は平等だろ? 誰かの上だけ照らすのはスポットライトだぜ」
超強気なQ太郎にアナも言葉が出なくなった。
Q太郎 「まあ、今回は楽しかったよ。また面白そうな事を考えたらヨロシクな」
彼は椅子から立ち上がると高速ターンでくるくる回って扉に向きを
合わせてから歩き出した。
ア ナ 「えっ! ちょ、待って」
アナが彼を引き留めようと伸ばした腕をイーグルがそっと掴んだ。
イーグル「アナ様、残念ながら星に手は届きません」
A J 「そうね… 相手は雲の上の存在だから」
完全に諦めた二人に諭されるようにアナは伸ばした手を引いた。
ア ナ 「……芸能事務所は諦めよっか」
―クリニック・診察室―
先 生 「つまり、神様ってのはみんなに好かれる必要なんてねえんだよ」
ケ イ 「なるほど… でもそうなると、みんなから好かれるスターってすごいん
ですね」
先生は天井を指さした。
先 生 「お前、空を見て神様見たことあるか?」
ケ イ 「いいえ」
先 生 「そりゃそうだろ、神様の方が高いところに居るんだから」
彼女はその言葉に感銘を受け目を丸くした。
先生はその様子を笑い飛ばした。
先 生 「それすら分かってなかったか」
ケ イ 「でも、空を見なくても神様を見たことはあります」
先生は驚いたように彼女を見た。
先 生 「ほう… どこでだ?」
ケ イ 「今目の前に居ますよ」
彼女がそう言うと一瞬だけ静寂に包まれた。
そして、先生が笑い出すとケイも恥ずかしくて笑い出した。
先 生 「さすがだな。それが分かるんなら立派な神様の仲間だ」
ケ イ 「でも、本当に先生には助けてもらいましたから」
先 生 「俺はいつも通りの事をしただけだぜ。礼ならあの小娘に言うんだな」
ケイは素直に喜べないと言った複雑な表情を浮かべた。
先 生 「どうした?」
ケ イ 「いえ… 彼女が例のオーディションにあのくちびるお化けを連れてきた
んです」
先 生 「別にいいじゃねえか、アレを見たから間違いに気づけたんだし。他にも
勝てなかったヤツが居たんだろ?」
ケ イ 「……そうですね」
彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
ケ イ 「それに… アタシのためにあんなに泣いてくれたから」
先生は彼女の言葉に何かを思い出した。
先 生 「しまった! また泣いたら診ちまった」
悔しがる先生を見ていたケイは思わず笑い出した。
そんな彼女を先生は睨み付けた。
先 生 「もう一つテストしていいか?」
身を竦めながら彼女は小さくうなずいた。
―クリニック・ロビー―
JBに教えてもらいながら先生のセーターの続きをシテツが編んで
いた。
先 生 「おしまい!」
診察室の扉が開き、先生とケイが出てきた。
シテツ 「ケイ! 大丈夫?」
心配で編みかけのセーターを放り投げて駆け寄ってきた彼女にケイ
はニコッと笑顔を見せた。
ケ イ 「うん、ありがとう」
先生はシテツが放り投げたセーターを拾い上げてJBの元へと歩み
寄った。
先 生 「ジャクリーン、この後の予定は?」
JBは手帳を開き目を落とした。
J B 「この後は… 盆栽の手入れです」
先 生 「ん? ギターの練習じゃなかったか」
J B 「えっ… いえ、こちらには……」
先生はチラリとケイを見た。それを確認したJBは予定の食い違い
の理由を理解した。
J B 「そうでしたね。では、私もドラムでご一緒します」
先生は彼女に軽く手刀を切って礼を伝えるとシテツの元へ行った。
そして、彼女の脳天にゲンコツを叩き込んだ。
シテツ 「いっだ!」
先 生 「俺のセーター投げんな、下手糞!」
シテツ 「んな事言われてもぉ…」
頭を押さえたシテツはプクッと頬を膨らませて彼女が編んだ部分を
ほどいている先生を睨んた。
先 生 「それよりも、お前の姉ちゃん呼んでこい」
シテツ 「へ? コク姉?」
先 生 「俺がバンドの練習するって言えば来る」
シテツは渋々スマホを出してコクテツに連絡を取った。
―クリニック・死体安置所―
死体袋がゴロゴロと転がっている地下室の真ん中にギターを持った
先生、スティックをクルクル回しているJB、発声練習をしている
ケイの姿。
部屋の隅には死体袋をソファのようにして座りながらそんな三人を
見つめるシテツ。
シテツ 「何でこんな場所で…」
先 生 「一番防音がいいんだよ」
鋼鉄製のドアが開きコクテツが入ってきた。
コクテツ「お待たせ~」
先 生 「うし、始めんぞ」
コクテツ「先生がギター? 私はどうすんの?」
先 生 「ベースやれ」
コクテツはJBからベースを差し出されると全く嫌がる様子もなく
あっさり受け取った。
コクテツ「うん、知ってた… で、何やるの」
先 生 「あ~、アレだ… 通りゃんせ、地獄の片道切符バージョン」
コクテツ「は~い」
シテツ (どんなバージョンだよ…)
JBがスティックを打ち鳴らして拍子を取ると先生のギターソロが
始まった。
泣きのギターに合わせてケイの冷たく悲しげな歌声が入ってきた。
シテツ (普通じゃん… てか、ケイこんなに上手かったっけ?)
彼女が一通り歌い終えると、曲のテンポが上がり演奏者たち全員が
激しくヘッドバンギングをしながら荒々しく演奏を始めた。
シテツ (あっ… 地獄に入った……)
再びケイが歌い出すと今度は掛け合うようにクリーンな歌声とデス
ヴォイスを使い分けていた。
シテツ (何あの声… 本当にケイなの…)
何かのスイッチが入った彼女は本来の歌詞が終わってもアドリブで
歌詞を継ぎ足しデスヴォイスで叫び続けていた。
その内容は「帰りは怖い」の内容を歌ったものだったが、あまりに
凄惨な内容なので割愛する。
シテツ (頭振りたくなってきた…)
演奏が終わり、バンドの面々は互いをたたえ合うようにハイタッチ
を交わしていった。
ケ イ 「シーどうだった?」
満足そうに笑顔を浮かべながらケイがシテツに感想を聞くと、彼女
は何かに取り憑かれたように一心不乱にヘッドバンギングを続けて
いた。
先 生 「最高だってよ」
ケ イ 「そ、そうみたいですね…」
先 生 「このまま俺たちバンド組めばイケるんじゃないか?」
J B 「無理だと思います、所詮アマチュアですよ」
コクテツ「それもボーカル力に全振りだからね…」
JBとコクテツは目を合わせると、言葉を交わすことなくコクテツ
がベースをギターに持ち替えて二人で即興演奏を始めた。
先 生 「見た目とボーカルさえ良けりゃ、演奏なんかはごまかせるだろ。最悪、
俺らは音源流して弾いてるフリすりゃいい」
コクテツ「それじゃ、ケイちゃんが可哀想」
J B 「歌だけなら彼女一人だけの方がいいのでは」
二人にバンド結成の提案を拒否され続けた先生は拗ねて舌打ちを
一つするとギターをラックに戻した。
先 生 「まぁ、今回歌ってもらったのはそんな理由じゃねえしな」
先生はケイを見ると彼女を指さした。
先 生 「お前は神は神でも… 破壊神だ!」
ケ イ 「えっ… グロウルだけで判断してないですよね?」
先 生 「むしろお前のデス声は綺麗な方だろ」
先生は腕を組み近くに転がっていた死体袋に深く座り込んだ。
先 生 「理由としては、あの歌の続きを神側の回答として親子の死別を突きつけ
ながらも、それを拒む親の愛をアドリブでやったセンス。良かったぜ」
褒められた事にケイは素直にはにかんだ。
先 生 「それに… お前は問診の時に言っただろ、自然と人の中心に居たって」
ケ イ 「はい」
先 生 「あの時に挙げた例の中でも、お前は中心に行くと同時に色々ぶっ壊して
いたんだと思うが」
ケ イ 「武力行使はしていません!」
慌てて否定した彼女を先生は笑いながら見ていた。
先 生 「常識や古くさい価値観を粉々にしてやっただろ?」
ケイは息を呑み自分の過去を思い返した。
先生はポケットを漁りコンビニのレシートを取り出すと、その裏に
サラリと何かを書いた。そして、死体袋から立ち上がりケイへその
紙を渡した。
先 生 「今回の処方箋だ」
彼女は手渡されたグシャグシャのレシートを裏返した。
つまらねえ物はぶっ壊せ 以上
と乱暴な時で書かれていたレシートを彼女は強く握りしめた。
ケ イ 「ありがとうございます」
彼女は先生に深く頭を下げた。
―ケイの部屋(夕方)―
帰ってきたケイとシテツは部屋中に涌いたキノコの処分に追われて
いた。
レイラ 「失礼しま~す」
何の前触れも無しにレイラが勝手に部屋に入ってきた。
二人はキノコ狩りの手を止め彼女を見た。
ケ イ 「あっ、お久しぶりです」
シテツ (勝手に入ってるよ!)
不法侵入を気にしているのはシテツだけの様子で、ケイとレイラは
久々の再会にハグを交わした。
レイラ 「元気してた? あん時すっごく落ち込んでたから、みんな君の心配して
たよ」
ケ イ 「みんな?」
レイラ 「そうそう、あの後ウチら優秀賞メンバーでバンド組んだんだ」
ケ イ 「へえ、それはいいですね。皆さんなら最高のバンドになりますよ」
レイラ 「君も素敵なアイドルになれると思うよ」
ケイは一瞬だけ表情を曇らせた。
ケ イ 「そう言えばどうしてここに?」
レイラ 「主催者のお嬢様からあの時の賞金とかを君に渡してくれってね」
ケ イ 「賞金って、残念賞の…」
ケイが嫌そうな顔をするとレイラは大笑いした。
レイラ 「要らないらウチがもらっていい?」
ケ イ 「別にいいですよ」
レイラ 「じゃ、賞金の300万カーネもらうね」
ケ イ 「さっ… えっ!」
目を丸くした彼女にレイラはニヤニヤ笑いかけた。
レイラ 「ちゃんとウチらの活動資金として大切に使うよ。副賞の空港年間パスも
もらっておくね」
ケ イ 「いや、待って。そんな物だなんて…」
レイラはリュックから封筒を取り出し、その中から小切手を出して
見せた。
レイラ 「ホレ、これだよ」
ケイが彼女から小切手を受け取って確認すると、確かに300万と
記されていた。
レイラ 「まさか、金額見て欲しくなった?」
ケイは小切手を持ったまま黙り込んでしまった
レイラ 「まー、そうなるよね。大丈夫、冗談だから」
ケイは小切手をレイラに突き返した。
ケ イ 「どうか、皆さんの活動資金として使ってください」
レイラ 「いやいや、マジで冗談だって」
ケ イ 「いえ使ってください。一つだけ条件付きですが…」
―セルリアン家・AJの部屋―
ある日の昼過ぎ。
AJはほんの僅かな休憩時間を部屋で過ごしていた。
カップに紅茶を注ぎ、ゆっくりと顔に近づけ香りを楽しむ。数分間
だけの彼女の至福の一時だった。
ア ナ 「AJ! 音量下げてっ!」
突然アナの怒鳴り声に紅茶の香りの余韻をぶち壊された彼女はムッ
と主人を睨み付けた。
A J 「何かご用でしょうか?」
ア ナ 「だから! このデスメタルを止めてっ! 他のメイドさんたちがみんな
頭振っちゃって仕事になってないの!」
まったりとした彼女のティータイムのBGMであった爆音のドラム
とギターリフに対しての苦情にAJは首を横に振った。
A J 「このアルバム初めて掛けているので、聴かせてもらえませんか」
ア ナ 「じゃあ、音を下げて! 屋敷中がメタルのフェス会場みたいになってる
から」
A J 「私はこのバンドに最大の敬意と愛情を持って音割れする直前の最大音量
で掛けています。ですから音量は譲れません」
毅然と拒む彼女に太刀打ちできないと判断したアナは時計を見た。
ア ナ 「休憩終わったら止めるよね…」
A J 「はい、ですからこの時間は音楽鑑賞を楽しませていただけませんか?」
ア ナ 「うん、分かった…」
アナは完全に諦めて紅茶の香りを堪能しているAJの前に座った。
彼女が前に座るとAJはすぐにアナの紅茶を用意した。
ア ナ 「これ何てバンド?」
A J 「ロートケプヒェンという最近デビューしたバンドです。しかし、この
『A gift for my grandma』はデビューアルバム
ながら良い評価ですよ」
AJはCDのケースをアナに渡した。
ア ナ 「ふ~ん…」
彼女は何気なくCDのアートワークを見ていた。
ア ナ 「ねえ、このヴォーカルのズキンとかって本名なの?」
A J 「メンバーですか? ニックネームだと思います」
ア ナ 「だよね、コレちょっと見て」
アナがCDのジャケットをAJに見せた。
ア ナ 「このハンターってドラムの人、あのオーディションに来てた人だよね」
A J 「そう言えば… ギターとベースもあの時の……」
二人はアートワークのメンバーの写真を見てはあの日を思い出して
いた。
ア ナ 「もしかして… このボーカルも……」
A J 「ええ、来ていましたね… あの時はアイドル志望でしたが」
アナは両手で顔を覆い上を見上げた。
ア ナ 「嘘でしょぉ…」
A J 「あの時、我々は一番光る星だけを探していて… 星と星を繋いで星座を
探してはいませんでしたからね」
アナは悔しさを腹に押し込むように紅茶をグイッと飲んだ。
ア ナ 「やっぱ、事務所は辞めて正解だったね」
A J 「そう思います」
AJも紅茶に口を付け本来の休憩時間に戻った。
ア ナ 「でも、このバンドのメンバーの事知らなかったの?」
A J 「ええ、あれっきりでしたので」
アナはCDのジャケットに再び目を落とした。
ア ナ 「メンバーのニックネーム。リル・ウルフ、ママ・レイラ、ハンターまで
はバンド名からして赤ずきんの登場人物ってのは分かるけど、何で肝心
の赤ずきんがZUKIN名義なのかな?」
A J 「ケイ・キューa.k.a.ZUKINと言いたかったのでしょう」
ア ナ 「あっ、そう来たか!」
激しいサウンドとケイのデスヴォイスを聴きながら、AJの優雅な
休憩時間は過ぎていった。
〈第八話 終〉
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