第50話

なぜお義母様のことを尋ねる気になったのか自分でもよくわからない。でもなんとなく知らなければならない気がした。ノートンのことも知らないふりで過ごそうと思っていたけど、彼にとっては生殺しにされている気分だったようだ。

はっきりさせたほうがいいのかもしれない。


「何故でしょう? 貴女がサーシャ様でなくリリアナ様だと言うのなら大奥様のことはそっとしておくことは出来ないのでしょうか?」

「わたくしもそう思っていたわ。そのほうが上手くいって。でもカイルとお義母様の関係はこのままではいけないと思うし、それにお義母様がいつからサーシャを嫌っていたのか気になるの。私の中にあるサーシャの記憶ではずっと娘のように可愛がってくれていたもの」


 ノートンは目を伏せて考えている。自分のことは話せてもお義母様のことは話しにくいようだ。

 私は彼を急がせることなく黙って待っていた。

 しばらくたって息をつくと、ノートンは口を開いた。


「これは私が大奥様を見て思ったことですから、本当のところはわかりません」

「ええ、そうね。それでかまわないわ」

「大奥様は娘が欲しかったのでサーシャ様とカイル様の婚約が決まった時とても喜んでおられました。そのことに間違いはありません。大奥様が変わられたのはケイトさんという女性が訪ねてきてからです」


 まさかまたケイト嬢の名を聞くことになるとは思っていなかった。ケイト嬢はもう結婚もして子供もいると聞いている。もう私たちには関係のない女性なのにいつまでも付きまとってくる。


「ケイト嬢は何を話したのでしょう?」

「私も傍で聞いたわけではないので詳しくは知りませんが、サーシャ様がいるせいで自分たちは結婚できないのだと、カイル様はマドリード伯爵にお金で縛られているとか、そのようなことを毎日のように来ておっしゃっていたようです。初めは大奥様もケイト嬢を相手にしていなかったのですが、泣いているのを慰めているうちに情が移っていったようです」


 それはいつ頃のことなのだろうかと考えて、アパートに合鍵を持って訪ねていく前のことだろうと考える。

 サーシャだった時の記憶を思い出して、あの頃のお義母様は確かにおかしかった。合鍵を渡してきたのだって、よく考えればおかしなのにお義母様に勧められて、勝手に部屋に入ることに対する罪悪感がなくなっていた。

 お義母様は部屋の中にケイトとカイルがいることを知っていてサーシャに渡したのだ。そうすることでカイルとサーシャの婚約が壊れるように仕向けた。それはケイトの考えだったのかもしれない。

 あの頃のサーシャは熱を出して寝込むことが多かったから、お義母様のところにあまり行く事が出来なかった。その間にケイトはお義母様の信頼を得ていたのね。


「それだけでないことはわたくしにもわかっているわ。あの頃のカイル様はサーシャと会うのさえ嫌っていたもの。お義母様がケイト嬢の味方をしたのも仕方がないことよ」


 お義母様は父から聞かされていなかったのだろうか。もともとカイルとサーシャの婚約はサーシャが成人する前には解消することになっていたのに…。


「思惑通りに婚約が解消されたのに、大奥様はあまり喜んではいませんでした。それでもカイル様のためだったのだと自分を慰めているようでした。ですがいつまでたってもカイル様はケイト嬢と結婚する様子もなく、紹介すらしてきませんでした。大奥様がやきもきしていると、サーシャ様と結婚すると旦那様が宣言されたのです。大奥様はものすごく驚きました。ケイト嬢のことはどうするのかと問いただしたかったようですが、彼女と会っていることは内緒に言われていたのでそれもできず、ケイト嬢に尋ねたくても連絡も取れなかったようです。ただ結婚式の日に手紙が届きました。この中身に何が書かれていたのかは知りません。ですが結婚されてからの大奥様の態度はこの手紙が原因ではないかと思っています」


 ノートンは全てを話し終えた後、大きく息をついた。今まで話すこともできずに自分一人の胸に抱え込んでいたことから解放されてホッとしたようだ。

 私はそれを見てお義母様のことを考える。再婚したとはいえ、カイルはいつまでも大事な息子だ。きっと心配していることだろう。サーシャとのことがなければ今でも仲の良い親子だったはず。

 何とかならないだろうか。ノートンを見ると彼も私に何かを期待しているようだ。

 お義母様のしたことでサーシャの命が縮むことになったけど、彼女が不幸になることをサーシャは望んでない。カイルだって本当の所は母親といつまでも仲が悪いままでいたくはないだろう。

 私だっていつまでもこのままでは落ち着かない。それに姑と上手くいっていないって噂されるのも困る。

 ただお義母様にとって私はリリアナだってこと。私がサーシャのことは昔のことだから気にしないでと言ったりしたら、かえって機嫌が悪くなるかもしれない。

 私はノートンとの確執が解消されたことで、恐怖感も克服することが出来た。震えも治まったので立ち上がる。

 ノートンは肩の荷が下りたような顔をして私が立ち上がるのに手を貸してくれる。


「明日は大奥様とのお茶会です。リリアナ様に期待しております」


 そうだった。明日はお義母様とのお茶会だった。ノートンが何を期待しているのかはわかりたくない。でもカイルのためには頑張りたいと思った。

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