第29話 サーシャside

私はサーシャ・オッドウェイ。カイル・オッドウェイの妻である。

 今日は朝から探し物をしていた。物が無くなるのはいつものことだが、今日無くしたものはカイルから結婚した時にいただいた大切な指輪だった。どうしてもこれだけは無くすわけにはいかない。屋敷中の部屋を隅から隅までさがしても見つからない。

それはわかっていたことだ。大切に机の引き出しの中に置いていたものが無くなっているのだから、簡単に見つかるわけがない。カイルに話すべきだろうか。一瞬だけ思うが頭を振る。カイルに話せば大事になる。それに……彼は私の味方をしてくれるだろうか。反対に大事なものを無くした私に失望するのではないだろうか。

カイルは結婚してからもケイトという女性と付き合っていることを知ったのは、使用人たちの噂話からだった。それがケイトという名でなかったら私は気にも留めなかった。侍女たちの噂話なんて信じなかっただろう。結婚してからのカイルはとても優しく私を大事にしてくれているから、ケイトという存在をすっかり忘れていた。彼女と別れるなんて一言も言ってなかったことに気づいた。

カイルが私と結婚したのは、もしかして同情からだった? 長く生きれない私を哀れに思ったのだろうか。私はもっと疑うべきだった。でもカイルと結婚したかったからつい手を取ってしまった。本当の邪魔者はケイトではなく私の方なのかもしれない。

 ハウスキーパーの姿が見えたのは偶然だった。彼女が私を嫌っていることは知っていたので思わず部屋の中に隠れる。ドアから彼女が少し焦っている感じで歩いているのが見える。

(何を焦っているのかしら…。あら? あれは…)


 ハウスキーパーが何か隠し持っている。あれは私の箱だわ。よくある箱だけど私の箱には小さな目印があるのだ。後をつけることにした。

 地下の方に来るのは屋敷を案内されてから初めてのことだ。地下は薄暗くじめっとしていて好きではなかった。それに使用人が使う部屋で私には縁のない場所だった。

 ハウスキーパーが入った部屋はワインが置いてある部屋だ。どうするべきか悩んだ。でもここで逃げたところでどうにもならない。もし彼女が私の物を盗んだ犯人だとしたら、大袈裟にしないためにもこの場で聞いたほうが良い。私は決心して扉を開ける。

 ハウスキーパーはビクッとして箱を落とした。落とした箱の中からとび出して散らばったものは私が無くしたものだった。

 ハウスキーパーは私を見て目を見開いて固まっている。


「どうしてあなたほどの人がこのようなことを? 私に対する嫌がらせ? それとも誰かに頼まれた?」


 ハウスキーパーは何も言わない。ただ押し黙っている。

「どうしても話せないの? それならもういいわ。このことは誰にも言わないからあなたも黙っているといいわ」


 甘いのかもしれない。でも大事にしたくなかった。それになんだか頭が重い気がする。熱が出る前のこの感じには覚えがある。早く部屋に帰って休まなければ寝込むことになる。

 私はハウスキーパーのことを馬鹿にしたつもりは全くなかったけれど彼女は逆上した。


「何よ、お金を積んで結婚した女のくせに態度だけはでかいんだから。貴女のことなんてだれも女主人として認めてないわよ。ご主人様とケイト様が本当にかわいそう」


 ハウスキーパーは捨て台詞を吐くとすごい勢いで去っていった。

 その時ガチャッという音がしてビクッとする。この音は鍵の音だ。どういうこと? もしかして鍵を閉めたの?

 慌ててドアのノブを回すけど開けることができない。こんな場所に閉じ込められたら熱がさらに上がってしまう。急に寒さを感じだした。もっと厚着をしていればよかった。

 ドンドンと叩くが返事もない。もう去っていったのだろうか。


「ねえ、開けなさい。今なら不問にするって言ったでしょ?」


 何度も扉を叩いて助けを呼んだけれど誰も現れない。もしかして気づいているのに無視されているのかもしれない。ハウスキーパーが言ってるように屋敷の使用人みんなが同じように思っているのなら不思議ではない。お金でカイルを買ったと思われていたなんて。

 でも全くの出鱈目でもないのだ。彼が私と婚約したのは確かにお金が絡んでいたのだから。

 結婚の申し込みは婚約解消の後だったし、私を好きだから結婚したのだと思っていたけど私の勘違いだったのだろうか。ソールにケイトがカイルの部下として一緒にいると聞いた時から、本当はわかっていた。同情だったんだって。でも信じたくなかった。せめて生きている間はカイルに愛されていると思いたかった。自分のことだけ考えてケイトという女性のことを考えてはいなかった。

 床に座りこみながら呟く。カイルに贈られた指輪を握る。


「結局、私はカイルに迷惑しかかけられなかったのね…。彼を解放してあげないといけなかったのに…」


 冷たい床が気もちいい。誘われるように床に寝転ぶ。こんなことしたら叱られる。でも誰に叱られるの? カイルに? カイルはまだ帰ってこないわ。だったらしばらくここで寝ていても大丈夫ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る