第30話
目が覚めた時の気分は最悪だった。
サーシャだった時の記憶を全て思い出せたのは良かったけれど、あまり良い記憶ではなかった。だから思い出すことが出来なかったのかもしれない。
ここはどこかと侍女に聞くと王宮の客間の一つだった。私が倒れたために急遽用意してくれたようだ。侍女はグレース王女に知らせてくると言って下がっていった。
まだそれほど時間は経っていないようで安心した。
さて、どうしたものか。思い出すことは出来たけれどカイルに全て話すほうがいいのか迷っている。だってサーシャの記憶はとてもプライベートなことで、亡くなった後に日記を読まれるような感じだと思う。
ノックの音とともに入ってきたのはグレース王女だけだった。カイルがいないことにホッとする。今はまだカイルに会いたくなかった。
私はとりあえず起き上がりグレース王女が座っているソファに座る。侍女がお茶の用意をしてくれたので、紅茶を飲むと気持ちも落ち着いてきた。
「リリアナ、大丈夫?」
グレース王女が心配そうな顔をしている。
「ええ、驚かせてしまってごめんなさい」
私は紅茶のカップをさらに戻しながら謝る。
「急に頭を押さえて意識を失ってしまったから本当に驚いたわ」
「クラリス夫人の話で記憶が刺激されたみたい」
「では思い出したの?」
「ええ。いろいろと思い出したくなかったことを思い出したわ」
「やはり閉じ込められたのはハウスキーパーが原因だったの?」
「ええ、間違いないわ。サーシャの部屋からなくなっていたものも彼女が隠し持っていたの」
私はグレース王女にハウスキーパーがサーシャの箱を持っているのを見てサーシャが後をつけた話をする。グレース王女はそれを聞いて首を傾げた。
「どうしてハウスキーパーは箱を持って歩いていたのかしら? 隠し場所を変えるためかしら」
「確かにおかしいわね。急に隠し場所を変えなければならない事なんてなかったと思うけど…」
私はカイルに物が無くなることについて話してはいなかった。話せば使用人が一番に疑われて、荷物検査なんてことになっていたかもしれない。でも物を盗んで自分の所に隠す人なんてほとんどいないと思う。そんなことをすればすぐにばれてしまうのだから。ハウスキーパーは箱をワインが置いてある部屋に隠そうとしていた。ではもとはどこに置いてあったのだろうか。そしてなぜあの日急に隠し場所を変える必要がったのか。とても慌てていたから何か理由があったような気がする。
「その後、サーシャは亡くなってしまうけどカイルにはハウスキーパーのことは言わなかったの?」
「すごい高熱がでて、頭がとても重かった。いろんな人の声は聞こえていたけど、話すことは出来なかったわ。不思議なことに死ぬ前のほんの一瞬だけ時が止まったかのように身体がとても楽になってカイルと話ができたの。でもその時はハウスキーパーのことはたいして重要なことではなかったのね。思い出しもしなかったから…」
その時の話の内容はカイルが言ってた通りだ。カイルが「生まれ変わったら一緒になろう」と言ってくれたのに、サーシャは「生まれ変わっても一緒にはならない」って返事をした。
カイルにとってそれは衝撃的な言葉で何十年も彼を悩ますことになったようだけど、サーシャにとってはカイルを解放してあげるつもりだったようだ。カイルとケイトが心置きなく幸せになるために残した言葉だった。自分のために不幸になってほしくなかった。
私はサーシャが最後に残した言葉の本当の意味を話すとグレース王女はまたもや首を傾げた。
「それはちょっと悲劇のヒロインぶってるような気がするわね。死ぬ前だから計算とかじゃないんだろうけど、カイルが何を考えているのか噂だけで判断している気がするわ」
私もグレース王女と同じことを思った。でもサーシャは本心からカイルの幸せを思っていたのだ。それが独りよがりだったとしても、サーシャにとっては死ぬ前にどうしてもカイルを解放してあげたかったのだ。
「サーシャの世界はとても狭かった。もっと外の世界を知っていれば噂だけに心を動かされることもなかったと思うの」
「なんだか、やるせないわね」
短い生涯だったサーシャを思うと悲しくなる。でも彼女はカイルと結婚できて幸せだった。たとえそれがケイトという女性を不幸にしてしまったとしても、それでも最後の数か月は自分だけの宝物だと思って亡くなった。だからサーシャの生涯は彼女にとっては幸せだったと言えるのだろう。
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