第31話

なんとも後味の悪い終わり方だった。サーシャにとっては全てをやり切った感じで幸せだったのかもしれないが、はたから見てる分には自分勝手な行動にしか見えない。グレース王女の言うとおりだ。

 カイルに何と言えばいいのか、正直このまま記憶のないふりで通したいくらいだ。


「本当のところどう思っているの?」

「何を?」

「決まってるでしょ? サーシャを閉じ込めたのはハウスキーパーだったけれど、彼女一人の犯行とは思えないわ。物を隠したりして、頸にでもなったらハウスキーパーとしての地位を失うのよ。下っ端のメイドならともかくハウスキーパーがそんな危険を冒すのよ。黒幕が誰かなんてすぐにわかるわ」


 わかりたくなかった。サーシャだって、ハウスキーパーが犯人だとわかった時に黒幕の存在に気づいた。でも彼女はカイルにはそのことについて何も言わなかった。


「そうだけど、カイルに言う必要があるのかしら。サーシャだって言わなかったのに、わたくしが言うことではないような気がするの」

「カイルは本当に気づいていないと思う? 賢い彼が疑わなかったと思うの?」


 私はグレース王女の言葉にハッとした。私程度の頭で気づくことにカイルが気づかなかったはずがない。カイルは真実が知りたいと言った。サーシャの記憶を取り戻した私は彼に話さなければならないのだろう。


「サーシャはカイルに話したくないから黙っていたのに、私が話して本当にいいのかしら」

「本人が知りたがっているのだから話してあげるべきよ。長いこと疑っていたのだろうから、聞いてもそれほど騒がないでしょう」


 私の頭の中はまだパニックなのに、侍女から私の意識が戻ったことを聞いたカイルが現れた。まだ夜会の途中ということは、それほど時間は経過していない。


「リリアナ、君は全て思い出したんだね」


 カイルは私がサーシャだった頃の記憶を全部思いだしたことを確信していた。

 助けを求めるようにグレース王女を見たが、助けてはくれなかった。話しなさいという目で見られた。私は大きな息をついて口を開いた。


「ええ、思い出したわ。クラリス夫人の話がきっかけで思い出しました」

「それで?」

「カイルが知りたいのは何かしら」


 カイルと私の目が合う。もし彼が本当に知りたいと思っているのなら目をそらさないはずだ。

 カイルは私から目を逸らさなかった。


「私は真実が知りたい。それが耐えられないようなことでも隠してほしくない」

「わかったわ。でもサーシャは最後まで貴方には知られたくなかったということは覚えていて。彼女は心からあなたの幸せを思っていたのよ」

「………ああ、わかった」


「カイルも薄々気づいていたようだけど、ハウスキーパーを使って嫌がらせをしていたのはお義母さまよ。サーシャは最後まで信じたくなかったようだけど、使用人の態度でもしかしたらと思っていたの」


 私がお義母さまと言った瞬間、カイルは目を瞑って頭を下げた。


「そうか。だがどうしてサーシャは私に話してくれなった? 亡くなる前だって一言も洩らさなかった」

「それはカイルを悲しませたくなかったからよ。父親が亡くなってから苦労をさせた母を貴方はとても大事にしていたでしょ? それにサーシャも彼女のことが大好きだったから話せなかったの」


 サーシャは黒幕が義母だと気づいても、彼女を嫌うことはできなかった。幼いころから知っていて、たくさんの思い出がある。


「大好きか…。母は婚約解消した時とても喜んだ。その時はお金のためにした婚約を嫌っていたのだろうと思っていたんだけど、再度婚約することになった時「あの娘とでは子供ができないわ」と反対されて、母がサーシャの身体のことを知っていることに気づいた。私が説得して納得してくれたものと思っていたが、違っていたようだ」


 子供? それが問題だったのか。彼女はカイルの子供が見たかったのだ。確かに余命の短いサーシャが子供を産むのは無理だった。でもほんの数年我慢すれば違う女性との間に子供が生まれていたはずだ。サーシャが変な死に方をしたから、カイルはいまだに再婚していないのだから。


「でもそれだとカイルの母親はサーシャを死なせるつもりだったことになるわ。ただの嫌がらせをして離婚なんてあり得ないでしょう。離婚は真名のことがるから難しいことは知っているはずよ」


 グレース王女の指摘は間違っていない。悲しいことだけどカイルの母親は身体の弱いサーシャが病で亡くなればいいと思っていたということになる。でも物が無くなったくらいで死ぬことはないから、他の方法を考えていたのかもしれない。


「それはわからないわ。私が自分から修道院に入れば真名のことは解決するのだから、死なせるつもりだったかはわからないわ」

「それについては本人から聞くつもりだ」

「え? 再婚して幸せに暮らしているのでしょう? もう過去のことなんだしそっとしときましょうよ」

「過去のことだって? 君には過去のことなのかもしれないが私は違う」


 カイルの暗い瞳を見て、彼が長い間苦しんでいたことに気づかされた。私はそんな彼にかける言葉がなかった。


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