第37話

ダニエル様はしばらく話した後、また会おうと言って帰って行った。

 残された私は、彼の話を聞いた後では本を読む気も失せていた。パラパラとページをめくりながら、これからのことを考える。ミスラ教の本を読んでも何も解決しないのなら、もう私ができることはない。それなのにここから立ち去ることが出来ずにいる。


「ボーっとして何かあったのか?」


 カイルの声がした。ああ、そうか、彼を待っていたのか。

 私はその時初めて自分の行動の意味に気づかされた。国立図書館でいくらミスラ教の本を読んだところで、何も解決しないことはわかっていた。だってここには真名のことについての本は一冊もおかれていないのだから。それなのに毎日のように来て、本を読んでいたのは、またカイルとここで会えるのではないかと心のどこかで考えていたからだ。


「リリアナ、大丈夫か?」


 カイルは私がボーっとしているので訝しい顔になっている。


「大丈夫よ、少し本を読みすぎたみたい」

「ダニエル様に何か言われたのか?」

「見ていたの?」

「ああ、話をしているようだから遠慮したんだ。話の内容は見当がついてる。彼は神殿図書館で本を探しているときに話をしてるんだ」


 ダニエル様はカイルにも忠告しに行ったようだ。おそらくグレース王女に頼まれたからだろうけどご苦労なことだ。


「ダニエル様の話、どう思って?」

「私はこの間までは、それしかないと思っていた。彼の言うように真名をお互いが知っている状態では、他の人との結婚はあり得ない。私はこの年まで独身だからもう結婚しなくてもいいが、君はそういうわけにはいかないだろう?」

「そうね、父に本当のことを話さない限り縁談を持ってくると思うわ。それに本当のことを話せば、貴方と結婚させられるでしょうね」

「おそらくそうなるだろうと私も思っていた。だが母のことがあるから悩んでいた。サーシャの死の真相を確かめない限り前へ進めないと思って…」


 カイルはそこまで言うと口を閉じた。言いたくない事でもあったのだろうか。

「真相がわかったの?」

「あの時のハウスキーパーの居所を見つけることができた」


 もう何年も経っているから、彼女の行方はわからないと思っていた。


「すごいわ。どこで暮らしているの?」

「母の所でハウスキーパーをしていた」

「…まあ、」


 やっぱりと言いそうになって口を閉じた。カイルの母親が一番怪しいと疑っていたけど、彼にとっては信じたくない事だっただろう。


「会いに言って話を聞いてきた。初めは否定したけど、あの場を見ていた人の証言があるというとあきらめたのか、あの日のことを話してくれた。サーシャが私に物が無くなったことを話すような気がして、部屋に隠していたものを別の場所に移そうとしていたところを見つかったそうだ。彼女が逃げるだけの時間を稼ぐつもりで君を閉じ込めただけで、殺すつもりはなかったと言っている」


 確かにいくら身体が弱いと聞いていても、部屋に閉じ込めたくらいで死んでしまうとは思わないだろう。あれは事故のようなものだった。サーシャの体調はずっと良くなかったのに無理をしていたのだ。でなければあんなことくらいで高熱を出して死ぬようなことにはならなかった。


「そうね、彼女はサーシャを嫌っていたけど殺すつもりはなかったと思うわ」

「嫌がらせをしたのは誰かに頼まれたのか聞いたが、自分が勝手にしたことだと言って母を庇っていた」


 カイルは自分の母が関わっていることは間違いないと思っているようだ。確かに私も一番怪しいと思っている。ハウスキーパーが彼女の所で働いているのが証拠のようなものだ。

 でもいまさら犯人捜しをしても何も変わらない。もう忘れたほうがいいのではないかという気さえしている。


「真相はわからない方がいいのかもしれないわ。それに間接的に閉じ込められたことが原因で亡くなってしまったけど、あれくらいで死ぬなんて思わなかったというハウスキーパーの言ってることは正しいと思うの。そのことに貴方の母親が関わっていたとしても、殺したわけじゃないわ」

「確かにそうだが、ハウスキーパーが泣きながら謝っている横で、平然とした顔で涙一つこぼさない母を許せそうにない」


 カイルの母はサーシャの記憶に中にたくさんある。カイルとの思い出よりも多いくらいだ。ふわふわした優しい人で、カイルが王都からあまり帰ってこなくなった時も「ごめんなさいね」と彼の代わりに私に付き合ってくれていた。カイルの好きなミートパイの作り方も彼女に教えてもらった。自分では作れなかったサーシャは料理人に頼んで作ってもらったが、作り方は彼女に聞いた通りに作った。

 そんな優しい人がどうしてサーシャをいじめるようなことをしたのだろう。嫁姑の話は聞いたことがあるけど、彼女も息子を盗られたような気がしたのだろうか。

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