第38話 カイルside
私はリリアナに嘘をついた。
母は全てを認めたのだ。泣くことも謝ることもなく、淡々と自分の命令でハウスキーパーであるミドル・クラインを動かしたことを。
「なぜ? 母様はサーシャを気にいっていたではありませんか」
母は本当の息子である自分よりサーシャの方を可愛がっていたように思う。それなのにサーシャに嫌がらせをしたことが不思議で仕方がない。
「そうね。でもカイルはお金のために婚約しなければならなかったことをとても嫌がってたわ。私はあなたのために気づかれないように嫌がらせをしていたの。それはあなたたちが結婚する前からよ」
母の言葉は胸に刺さった。確かに私はサーシャとの婚約を嫌がっていた。婚約した時のサーシャはとても幼かったので、こんな子供と…という思いが強かった。彼女自身を嫌っていたわけではない。
「結婚する前からだって? まさか合鍵を彼女に渡したのは嫌がらせだったのか?」
「ええ、そうよ。あの後、婚約が解消されてとても上手くいったと思っていたのに、まさかその後にどんでん返しがあるとは思わなかったわ」
母がサーシャに合鍵を渡したことを訝しく思っていたが、まさか嫌がらせのためだとは思わなかった。母はサーシャの方から婚約話をなしにしてもらうために動いていたらしい。 それはとても巧妙で操られていたことに私もサーシャも気づかなかった。
「私が嫌がっていたから、ただそれだけでサーシャに嫌がらせをしたというのか? それなら結婚してからもする必要はなかっただろう。私とサーシャの結婚はとても上手くいってたのに」
「上手くいってた? 子供も望めない、いつ死ぬかわからない相手と結婚なんかして上手くいくはずないでしょう」
サーシャが身体が弱いことは話したけど、そこまで悪いことは母には内緒にしていた。でも母は知っていたようだ。もしかしたら私が知るよりも前から知っていたのか。
「母様は知っていたのですね。それなのにサーシャをいじめるなんて酷い人だ」
「酷いのは貴方でしょう。同情で結婚して幸せになれると思うの? ケイトさんは泣いてたわ」
「ケイト? 母様はケイトと話をしたのですか?」
ケイトは私がサーシャと結婚する前に付き合っていた女性だ。その時の私はサーシャとは結婚するつもりがなかったので、いずれはケイトと結婚するかもしれないとなんとなく思っていた。それは何となくであり、ケイトを狂おしいほど愛していたわけではなかった。
サーシャに恋をしたとき、ケイトとの関係はすぐに解消した。だから母とケイトが話をしたことがあることさえ初耳だ。
「ケイトさんの方から話がると言ってきたの。彼女は貴方がかわいそうだと訴えてきたのよ」
「それは私とサーシャの結婚が決まってからですか?」
「いいえ、もっと前よ。私はケイトさんに話を聞くまでカイルとサーシャが結婚することはそれほど悪いことだと思っていなかったの。サーシャは私の娘も同然だったし、とても優しくてかわいらしいから、いつかカイルの考えも変わると思ってたの。でもケイトさんからカイルがこの婚約をとても嫌がっていて、サーシャも結婚できるような身体ではないことを聞かされて、騙されていたことに気づかされたわ」
騙されていた? 誰に?
誰も母を騙してはいない。いや、母はケイトに騙されたのか。
ケイトはそこまで私と結婚したがっていただろうか。そんな素振りはなかった。常に一歩後ろにいる控えめな女性だった。
「確かにサーシャは長く生きられない身体だった。マドリード伯爵は元々、彼女と私を結婚させるつもりはなかったと婚約を解消するときに言っていた。彼が援助してくれる条件にサーシャとの婚約を強要したのは私たちを守るためだった。あの頃の私は気づくことができなかったが、成長して世の中がわかるようになった今はよくわかる。どれだけ私たちがマドリード伯爵に助けられていたか。彼もサーシャも私たちを騙してなどいない」
「でも…ケイトは、貴方から聞いたと…」
「騙されたんだよ。ケイトに」
母は長い付き合いのある娘のように可愛がっていたサーシャよりもケイトの話を信じた。そのことが妙に気になったが今さらそれが何になるというのか。ケイトは別の男性と結婚して幸せに暮らしている。このことを蒸し返したところで何も変わらない。
ケイトは私に復習したかったのだろう。そのことに気づかなかった私が一番悪いのだ。
母は茫然としているけど、気丈にも泣くことはなかった。
このことはリリアナには話さないことにした。ケイトの名を出したくなかったし、母とケイトがつながっていたことを知られたくなかった。
だが母が関わっていることが分かった以上、リリアナとの結婚は難しいかもしれない。それに彼女はまだ若い。私のような父親と変わらない年齢の男性との結婚はかわいそうな気がする。だが真名が問題だ。どうしたものだろうか
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